得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】 作:アッパーカット
「……ありますねぇ。山一つぶん」
「足りるか?」
「……足りてしまいそうです」
ミューは崩れ落ちそうな脱力を感じながら、けれども嘘はつけないので渋々と頷いた。一縷の望みをかけてクロウに提案してみる。
「あの、クロウさん。魔鉱石がこれだけの量あればひと財産だと思うのですが、私に傅かれながら優雅な生活を送る気はないのですか? こう言ってはなんですが、そちらの方がきっと、クロウさんも私も幸せになれると思うのですが」
「それ、楽しいのか?」
「楽しいです楽しいです。私がクロウさんから楽しさ以外の感情を根こそぎ削り取って差し上げます」
「そうか。おれはそれよりも、下層に行きたい」
「そうですか……」
ミューはため息をついて、目の前の魔鉱石の山を見つめる。
──見棄てられた階層、第五階層。
ここは数日前までクロウの仕事場、つまり魔鉱石の採掘場として魔鉱石の壁がせり立っていた場所であり……現在は精悪樹の出現に伴って盛大に崩れ、魔鉱石が山となり積み重なっている場所だった。
「……というかクロウさん、流石にこんなサイズの
「おれだけで戦ったわけじゃない。エウーリアがいなければ、おれは逃げていたな」
ここまでの道中、クロウは通りすがりに頻出する魔物を拳の一振りで鎧袖一触にしてきていた。故にクロウの強さは理解しているつもりのミューだったが……天を衝くほどに巨大な樹の残骸を目にしては、眼を見張ることしかできない。
「……ここはもう、前向きに考えましょうか。下層へ到達したとしても、戦力的には問題がないということで」
「そうだな。……うん?」
クロウは首を捻り、ミューに聞いた。
「待て。ミューもついてくるのか? おれだけを下層に送り込んでくれればいいと思うんだが」
「……!? ……そ、それはちょっと」
「駄目なのか?」
クロウの言葉に、ミューは困ったように言う。
「……ええとですね、私はメイドです。メイドはマスターのため以外のことを何一つしません。そしてメイドはマスターにどこまでもついて行きます。クロウさんが下層に転移したいというのなら、必然的に私もついて行ってクロウさんのお世話をすることになるわけです。お分かりですか?」
「う……む?」
「言い換えれば、私を置いていくつもりでしたらクロウさんを転移させることはありません。それはもう私の本能といいますか、生態のようなものです。ですからどうしてもクロウさんが下層に行きたいのでしたら、私のマスターとして私によるお世話を受け入れる義務があるわけです」
「……わかった」
クロウが勢いに押されて頷くと、ミューも安堵のため息をついた。
人格的にはともかく、クロウはマスターとしての頼り甲斐……というか戦闘力には申し分がない。ならば従者としては文句もなし。
ミューは少々考え込み、クロウに提案する。
「……ではさしあたり、準備をしましょうか」
「うむ? 今すぐに」
「下層へと転移する前に準備くらいしても損はありません。それにメイドの労働環境を整えるのはマスターの務めです。いいですね?」
「……だが、おれは金とか持ってないぞ」
ミューの迫力に押されクロウは頷いたが、表情には困惑が貼りついている。実際、クロウは貯金にまるで興味がなく、寝ぐらには手に残った小銭が積み重なっているが、そう大した金額にはならない。
クロウがそう説明すると、ミューは呆れたように言った。
「何を言っているのですか。あるではないですか、ここに」
「魔鉱石か?」
「違いますよ。……この精悪樹の残骸です。この樹が何千年ものかはわかりませんが、枝の一本でも売ればそれなりの金額になるのではないですか?」
◇◇◇
五日間、クロウとミューは精力的に動いた。
一抱えもある太さの枝を折り、市場に舞い戻って競りにかけるとあっさりと売れた。金額にすればクロウが半年、魔石堀りとして働いたほどになるだろうか。
目を白黒とさせるクロウに逐一指示を出したのはミューだ。
というよりも最終的に、買い出しに関してはミューが行い、クロウは頷くだけのイエスマンと貸していた。
掘っ建て小屋で路上生活に近い暮らしを送ってきたクロウには、下層に潜るにあたって必要なものなど何一つ思い当たらなかったのだ。
世話になった人への挨拶もした。……もっとも親方に事情を告げただけであり、下層へ向かうと告げても冗談だと思われたのか、生返事が帰ってきただけだった。
とりあえず魔石掘りの仕事は当分の間休業と告げたので、問題ないだろう。
「……ぬぁー」
「どうしたのですかそんな声を出して。……一応確認しますが、クロウさんに預けた非常用荷物の中身には問題ありませんね? 最低限の食物や水、あとは……」
「大丈夫だ。全部持ってる」
クロウの声は投げやりだった。この五日間、買い物にいそしんだりミューのお世話を受けたりと今までになく文化的な生活を送っていたクロウはまだ順応しきれずに、微妙に疲れていた。
見棄てられた階層、第五階層──元魔鉱石採掘場にクロウとミューは立っている。
二人とも軽装だ。クロウは背に小さな包み……ミューに渡された緊急用の荷物を背負い、ミューに至っては手ぶらである。
だがそれは、二人がたったそれだけの持ち物で下層に挑むということを意味しない。
ミューのメイドとしての固有魔法である『収納魔法』──迷宮の遺物として時折出回る、容積以上の物品を重量を無視して持ち運べる袋などと類似した魔法により、買い込めるだけ買い込んだ品物やクロウの寝ぐらにあったもの、また転移魔法で使い切れずに余る魔鉱石など、様々な品物を持ち込むことになっていた。
ミューはゆっくりと周囲を歩き回り、数カ所に目をやり小さく頷くと、歩き回るのをやめ、クロウの元へ戻ってくる。
「大丈夫、問題ありません。魔法陣を描き終わりました。問題なく転移魔法が発動するかと」
「そうか。頼む」
クロウがそう言うとミューは頷き、その辺に落ちていた一欠片の魔鉱石を手に持った。
「では、その前に仮契約を。……ええと、私が詠唱するので頷いてください」
「頷くだけでいいのか?」
「はい。それで契約魔法が完成するので」
「おれは魔法が使えないんだが……」
クロウは首を捻りながらも、ここ数日でミューに逆らってもあまりいいことがないと学習しているので素直に頷いた。
「では。……【朧な地を踏みしめるものよ、あなたは契約を望みますか?】」
「【ああ】」
ミューの手に持つ魔鉱石が、僅かに魔力の燐光を漏らす。驚くクロウを尻目に、ミューは言葉を続ける。
「【ミュールリーハを従者とすることを望みますか?】」
「【ああ】」
燐光が少しだけ強くなる。ミューはさらに続ける。
「【ミュールリーハに対価を与えることができますか?】」
「【ああ】」
「【ミュールリーハに真摯であれますか?】」
「【ああ】」
「【ならば──】」
魔鉱石が燐光を発しながら、ほろほろと崩れる。ミューはクロウの目を見ながら言った。
「【──ならば、この契約が公正であることをここに宣言します。私はあなたの望む限り、あなたのものとなりましょう】」
「あ……【ああ】」
そう答えた瞬間、魔鉱石は強い光を発して弾け、溶けるように消えた。放たれた光は空中を彷徨い、やがてクロウとミューの二人に吸い込まれた。
「……おおー」
「ひとまずはこれで仮契約が成立、と。クロウさんを転移魔法で運べます」
「どうしておれが魔法を使えたんだ?」
「そうですね、何と言えばいいのか……クロウさんが魔法を使ったというより、クロウさんに魔法を使ったのですよ。性質上、あまり強力な契約ではないですが、ひとまずはこれで問題ないかと」
ミューはそう言うと、小さく笑って言った。
「では。これからよろしくお願いしますね、マスター」
「ああ、そうだな。よろしくな」
ミューは小さく頷いて、詠唱を開始する。山と積まれた魔鉱石が鳴動し、仮契約の時と同様に、しかしそれをはるか上回る規模で魔力の燐光が溢れ出し、風を逆巻きながら空間を震わせ、満ち、溢れる。
そしてミューの澄んだ声が途切れ、燐光が急激に膨張したその瞬間──クロウとミューは階層から姿を消し、未知の領域へと移動していた。