得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】 作:アッパーカット
「うむ。おれの勘ではこっちだ」
「……あのクロウさん、クロウさん?」
「なんだ?」
「本当にこう、にょきっと剣が生えているのですか? ……いえ、クロウさんを疑いたいわけではないのですが、流石に信じられないといいますか……」
森に入って数十分。徐々に緑はその深さを増し、周囲には秘境とでも表現して差し支えのない、まるで文明の足跡が見えない未開の森が広がっていた。……歩いている場所にしても獣道である。当然のように魔獣と鉢合わせした。その度にクロウが殴り飛ばしたが。
ミューの不安げな声に、クロウはのんびりと答える。
「そうだな。……おれの経験上、あまり人のいないところに生えていることが多いぞ」
「そ、そうなのですか? そんなものなのですか?」
妙な自信に満ち溢れたクロウの言葉に、段々とミューも自信が無くなってくる。
この広い迷宮には、未だ人々に知られていない神秘が多すぎる。もしやクロウだけの知っている、本当に剣が地面から生えているような場所も存在しているのではないか……?
思考をぐるぐるとさせているミューをよそに、クロウはふと立ち止まった。
「うむ。この辺に生えていそうだ」
「へ? これって……」
ミューはぽかんとした。なぜなら目の前にあるのは、いかにも魔物の住処になっていそうな、じめじめとした洞窟……寝ぐらにしている風に削られできたような洞窟とは違う、魔物の住処としての、いわゆる迷宮らしい場所だったのだから。
構わず入るクロウに続いて、ミューも慌てて中に入る。
中には生温い風が吹き抜け、クロウとミューの足音が大きく反響した。暗い洞窟をじんわりと照らすのは光苔で、あまり光量の多くないそれは、かえって恐怖を煽るようだった。
時折、洞窟内に響く二人以外の生き物の音……遠くからの咆哮らしき響きや、何かがバサバサと飛び立つ音、それに僅かな水流の音。それらが洞窟内で反響するたびに、ミューはびくん、と小さく体を震わせた。
「……こ、これはもしかして、私は外で待っていた方が良かったのではないですか……? いえ、怖いとかじゃ全然ないんですけど。あくまでもメイドは怖がらないのですけど」
「そうか。さすがミューだな」
「そうなんですよねー。私、弱点とか無いんですよねー」
そう言って微笑むミューはクロウの後をしずしずとついて行きながら、がっしりとクロウの腕を掴んでいた。それはもう、絶対にはぐれないくらいに強く。
「……」
歩きにくかったがまあいいかと思って何も言わずに歩いていたクロウは、その時ふと、目的のものを見つけて立ち止まる。
「あった。これだな」
「ひ……えっ?」
喉の奥を引きつらせかけたミューの声が疑問符に変わる。
ミューはまじまじとそれを見詰めた。見た目は箱……というか、これは。
「……宝箱、ですか?」
「これの中に剣が生えてるんだ」
クロウはそう言って、無造作に手を伸ばす。
縁に手をかけて力を入れると、がぱ、と大雑把な音を立てて宝箱の蓋が外れた。そしてその中には、暗闇の中にあってもまばゆく輝く、宝石を散りばめた宝剣の輝きが収められている。
それはいかにも、名のある一振りに見えた。ミューは思わず感嘆の声をもらす。
「ああなるほど、そういうことですか。確かに剣が遺物として宝箱の中に生えていることは珍しく……生えて?」
その瞬間、あることに気づいたミューの表情がこわばる。……クロウが手に取ろうとする剣からは、明らかに何か不穏な気配がしたのだ。そう、それは例えば──
「それ剣じゃなくてミミッ……!」
ミューが言い切る前に、
──クロウが手に取った瞬間、宝剣の眩いほどの輝きは消え失せ、色どころか形、質感すらも変わり果てて変化する。伸び上がるそれは質量を持つ影のような姿だった。
体積を大幅に膨張させたそれは洞窟の天井に届きそうなほどに伸長し、クロウへと覆い被さるように襲いかかる。クロウの姿は一瞬にして、それに呑み込まれた。
「クロウさん!?」
ミミック──宝物に化けて油断した探索者を襲う、この迷宮という場所にはつきものの魔獣である。
ミューはクロウに駆け寄り、ミミックをクロウから引き剥がそうとする。ミミックは本来、不定形生物だ。何にでも精巧に化けられるその肉体は、いざ獲物を取り込めば決して逃さずに軟体の網のように絡みつき、消化してしまう。
ミューは慌ててクロウに駆け寄り、ミミックを引き剥がそうとし──その瞬間、ミューは気づく。
……このミミック、なんか痙攣してない?
そしてずぽん、と何かが抜ける音とともに、例えば座布団がばたばたと振り回されるようなそんな乱雑な動きで、ミミックは収縮しながら宙を舞った。
「うむ。いきがいいな」
目を丸くして唖然とすることしかできないミューに、クロウは手にミミックの首根っこ(?)を掴みながら、力なく震えるミミックを観察してそんなことを呟いていた。
「あ、あのそれ……なんですか?」
「ん? これはな、一気に箱から抜き出すと少しの間大人しくなるんだ」
「そんな習性が……ではなく! それをどうするつもりなのですか?」
どうもクロウの様子から考えるに、元からミミックが目当てだったように見えてならない。だが、ミミックを捕まえてどうするつもりなのか?
そんなミューの疑問は、クロウの次の言葉で氷解した。
「決まっているだろう。これを剣にするんだ」
「へ? ……!?」
べちん、と音が響く。……クロウがミミックの頬(?)をシバいた音だ。
「おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。おまえは剣だ。お前は剣だ。お前は剣だ……」
クロウはミミックの耳元(?)で絶え間なくその言葉を呟きながらシバき倒す。クロウがミミックの左右を張るベチベチという音が洞窟内で反響した。クロウの手に文字通り命を握られているミミックは力なく震えることしかできない。
一瞬遅れて事態を把握したミューは、慌ててクロウの腕に縋った。
「ちょっ、洗脳じみてて怖いのですけど!? ……というか! もしや剣が生えてるって、箱の中に生息しているミミックを引きずり出して無理矢理剣に変形させて使うという意味なのですか!?」
「? それ以外になにがあるんだ」
「無垢な瞳でド外道なことを言わないで下さいよ!」
「だってこれ、魔物だぞ」
「モラル! モラル大切にしましょう! クロウさんに必要なのはもう強さとかじゃなくて、優しさとか慈悲とかそういうふわっとした人間らしさです! 正論を言えばいいってものではないのですよ!?」
ミューがミミックを背後に庇うと、庇われたミミックは完全に戦意を喪失してプルプルガッタガタと震えていた。その様子に少し前の自分の姿を見た気がしたミューは、思わずクロウの説得を試みる。
「さ、流石にこれはどうかと思います! いくら魔物相手とはいえ、やっていいことと悪いことってあるでしょう!?」
「でもミュー、おれの住んでたところでは結構売ってたぞ、それで作った剣。親方のところでも時々、売っていたと思うんだが」
「ほんっと魔境ですねあの場所! 良心の麻痺した人間しかいないのですか!? ……もういいですから! そんな虐待じみた方法を使うくらいなら剣なんていりませんから!」
「うーむ……」
クロウは首を傾げ、少し悩んでから、ミューに提案する。
「ミューはそれを剣にするのは、嫌なのか」
「……そうですけど」
「じゃあ仕方ないな。退治するか」
「容赦無いですね!?」
「だってそれ、魔物だろう」
「うっ……」
ミューは冷や汗をかく。そう言われると弱かった。……実際、もともとクロウの言っていることが間違っているというわけではないのだ。基本的に魔物は敵であるし、退治するのは当たり前だ。
しかしそれはそれとしても……少し、これは。
振り返るとミミックはクロウの発する無色の凶気に充てられたのだろう、未だにガタガタと震えている。そのいっそ小動物じみた、魔物としての誇りを捨て去った様子を見れば、とてもではないが退治するのを座視する気分にはならない。
とはいえ、口で言い聞かせただけで果たしてクロウがこのミミックを見逃すだろうか? ……そう自問自答してみると、それはかなりの低確率に思えた。何しろミューは、クロウが魔物どころか人間に対してさえ慈悲をかけている場面を見たことがない。
ならば──。ミューはクロウに向き直り、宣言した。
「この子は私の従魔にします! だから退治はナシで!」
「……? そんな簡単にどうにかなるものなのか」
「幸か不幸かこの子はもう完璧に屈服しちゃってるっぽいですから。私と契約すれば、クロウさんが退治する必要はありませんよね?」
「そうなのか。なら、そうだな……本当に退治しなくていいのか?」
クロウがもう一度だけ聞いてみると、ミューはそれをどう受け取ったのだろうか。
ミミックをゆさゆさと揺さぶりながら、必死に語りかける。
「……クロウさんに媚びるのです! 可愛らしい感じに変身して必死に媚を売るのです! 私への仕打ちなどから考えて、クロウさんは殺ると言わなくてもいつのまにか殺っちゃってるタイプの人間なのですよ!? ──今、ここで! 一発うまく媚びを売っておかなくてどうするというのですか……!?」
「……」
ミミックはミューのその言葉にゆらゆらと波打ちながら、耳(?)を傾ける。
……ミューの言葉はいつも、何か間違っている気がする。というか仮にもマスターをなんだと思っているのだろうか。そんなクロウの言葉にはならない思いと裏腹に、ミミックはミューの説得を受けて変身を始めた。
「頑張れ、頑張りなさい……! なんかいい感じに!」
「ミューはな、時々投げやりだと思うんだ」
ミューはそんなクロウの言葉は聞き流して、目の前のミミックの変身に注目していた。ミミックは近くの人間の思考……というか望みを読み取る力があると言われている。それ故に宝箱を開く人間が思い描く『財宝』のイメージ通りに化けられるというのだが……。
不定形だったミミックはすう、と伸び上がり、人型を形成する。影色だった表面は肌色になり──気がつけばそこには、ミューよりも頭一つ小さな少女が立っていた。
身体にはミューの姿を参考にしたのだろうメイド服を纏い、しかしミューの黒髪とは異なる白銀の髪を揺らし、紺碧の瞳でクロウを無表情で上目遣いに見上げている。が、ミューのメイド服にしがみつき陰に隠れている様子を見るに、クロウへの怯えは解消されていないようだった。
「……おまえは」
「はい?」
クロウの呟きに聞き返すと、クロウはじい、とミミックを見つめて言う。ミミックはますます怯えて、ミューにしがみついた。クロウはそれを観察して、ふと呟く。
「……違うな。うむ、おまえは違う」
「あの、クーちゃんと誰が違うんですか?」
「んん? ……ミューでもエウーリアでもないし、言われてみれば誰と見間違えそうになったんだろうな。親方とかだろうか。……ところで、クーちゃんってなんだ?」
「親方じゃないことは確かです。……クーちゃんはこの子の名前ですよ。ミミックのクを取ってクーちゃんです。ミーちゃんでもいいのですけれど私と紛らわしいので」
「そうか。ミューは名前をつけるのがへたくそなんだな」
「クロウさんは言葉をオブラートに包むということを知らないのですか!?」
しかし実際、自分のネーミングセンスの無さは自覚があるのだろう。ミューはそこで言葉を切り、クロウに改めて聞く。
「どうですか? これでもまだ、退治しますか?」
「……」
流石にクロウも、こうなっては退治する気はない。無意識の戦闘スイッチが切れると、ようやく無言の圧力から解放されてミューは安堵のため息を漏らした。
あくびをしながらクロウは聞く。
「……まあいいか。それはクーって呼べばいいのか」
「お好きなように。私の従魔である以上はクロウさんにもマスター権限がありますので、細々したことならクーちゃんに申し付けてくださって大丈夫です。……経緯を考えるにおそらく、私が命令するよりもクロウさんの言葉の方によく従うでしょうし」
「わかった。……でも残念だな、剣が手に入らなかった」
「やめてくださいその話題を口にしながらクーちゃんを見ないであげてください、尋常でなくガタガタ震えていますから。……まあ、別に剣が必須ということもないので。どうしてもお肉が必要なら罠でも使えばいいのですし」
ミューがそう言うと、クロウはポツリと呟く。
「……なら最初からそれでよかったんじゃないのか」
「何を言っているのですか。つまんない思春期みたいな冷めたこと言わないでくださいよ。……だって剣とか使えた方が格好いいではないですか。こう、いつもは散々怠惰にメイドに甘えて甘やかされていながらいざ剣を抜けば最強の剣士、みたいな。私的にはそういうのが理想ですねぇ。燃えます」
「ミューはバカなんだな」
顔真っ赤にして反論してくるミューを放って、クロウは洞窟の出口に引き返す。
少し遅れて付いてくる足音は、入ってきた時と違って二つに増えていた。