得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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15 迷宮ぐらし

 

 

 

 

 

「クー。頼んだぞ」

 

 拳を振り抜きいつも通り魔物をぶん殴ったクロウが背後に声をかけると、メイド服姿でクロウよりも頭二つ分小さな少女がぱたぱたと近寄ってきて、生物だったものから手際よく魔石を取り出し、後ろに背負っているカゴにちまちまと入れていく。

 

 ──既にこの階層に転移してきてから、二週間ほどが経過していた。新たにクーを仲魔として加えた生活は、滞りなく進んでいる。

 現在は上の階層へと繋がる境界を探しているところであるが、収納魔法などいう便利なものを持っていないクロウからしてみれば、探索を進めながら荷物を持ち魔石を採取し……という作業はなかなか面倒だった。

 

 そこで働くのがクーだ。名目はミューの従魔であるクーだったが、住居まわりのことに関してはミューが一人で過剰に仕事をこなしている。

 であればクーがそこに割って入る隙間は無いわけで、今現在クーはクロウについてまわり、魔石の取り出しや荷物の運搬要員として働いているのだった。

 

「……。……!」

「お、済んだのか。めしにするか」

「……」

「うむ、そうだな」

 

 クーは喋らないのか喋れないのか、言葉を発そうとしない。が、もともと言語に頼り切らない生活をしていた……悪く言えばほぼ誰とも喋らず拳で語る生活を送っていたクロウのこと、クーが言葉を話せずとも正直あまり意思疎通の程度は変わらなかった。

 むしろ気配だけで直感的に判断するぶん、言葉よりも伝わっている可能性すらあった。

 

 クロウがとん、と地を蹴り側の樹の枝に着地し腰掛けると、クーは荷物が重いのだろう、跳躍するのではなくよじよじと樹を登り、クロウの横にちょこんと腰掛ける。

 そして、背負った籠からミューに持たされているクロウ用の昼ごはんを取り出し、差し出した。

 

「ん、ありがとうな」

「……♪」

 

 褒められると、表情を動かすでもないが僅かに雰囲気が楽しげになる。初対面の剣呑さとは裏腹に、この一人と一匹の交流はそれなりに良好だった。

 枝をさわさわと揺らしながら吹き抜ける風が心地よい。クロウはミューの用意した肉を挟んだパンのようなものを頬張りながら、クーの食事の様子を見てポツリと呟く。

 

「……うまいか?」

「……」

「そうか」

 

 無表情で頷くクーにクロウも無表情で頷く。うまいらしかった。

 クーの食事はミューと同じように、魔力の補給という形だった。当初は肉でも食べるのかと考えていたクロウとミューだったが、考えてみれば、誰も訪れない宝箱の中でひたすら何年も何年も人間を騙くらかすことだけを夢見て飲まず食わずでいたわけだ。それでも生きていられるというのなら、その源は不思議エネルギーたる魔力以外には無い。

 

 なんにせよクロウからしてみれば自分以外の少女二人は食事時間にぽりぽりときらきらした石をかじっているわけで、その味に興味が向くのも仕方のないことだろう。

 一度口にしてみたが、味のしない飴玉、つまりは石ころに過ぎず、どうやらクロウには魔石グルメはまだ早いようだった。……ミューに聞くところによると、『魔鉱石は味が薄くて、魔物の魔石は味が濃い。けれどどちらもご馳走様です』らしい。

 

 昼ごはんを食べ終わると、しばらく枝に腰かけたまま、クーと二人でぼうっとしていた。葉の隙間から溢れてくる木漏れ日はじんわりとした暖かさで身体を包む。ざわざわと葉の擦れる音が遠く近く揺れていた。

 

 これはこれで、悪くない。……ずっと一人で生きてきたクロウだったが、気がつけば隣にミューやクーが座っている今の状況は、おもしろかった。

 エウーリアの言うような冒険ではないような気がするが、だからといって今の生活が悪くないと思っていることもまた、確かだった。

 

 昼過ぎまで気を抜いたままぐてっとした姿勢でぼんやりとしていて、ようやく微睡みから醒めたクロウは枝の上に立ち、クーに声をかける。

 

「おれはちょっと、この樹の天辺から景色を見てくる。クーは待っててくれ」

 

 こくりと頷いたクーをそこに残して、クロウは枝を跳びながら樹の梢までたどり着く。クーも身軽でないというわけではないのだが、流石にクロウにはついていけない。箱の中に引きこもっていた生物なので仕方がないといえば仕方のないことかもしれなかった。

 

 クロウは後方を見渡す。これまで進んできた道無き道の跡にはところどころ木が倒れ、空気が淀み、魔物をブチ殺した痕跡が転々と残っている。明白な自然破壊の跡だった。

 次いで、反対側に目をやる。もうそろそろ森の切れ目が近いようだった。けれどそこには、なにかが建っている。まるでそれは自然に造られて存在しているのではなく、何かが明白な目的を持って創り上げたような……。

 

「……ん?」

 

 澄んだ空気は遠くまでの視界を確保し、未だ到達せざる場所の様子をクロウの目に届ける。──ソレを確認したクロウは、今度は一息に地面まで飛び降りる。僅かに地面の木の葉が舞うが、柔らかな着地だった。

 幹を伝ってよじよじと地面に降り立とうとするクーをひょいと持ち上げ、地面に軟着陸させてから、クロウは告げた。

 

「向こうにあるやつ。……あれ、境界じゃないか?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「案外早く見つかったな。ミューも喜ぶんじゃないか」

「……」

「ああそうだな。ご褒美にクーのおやつの魔石も多くしよう」

「♪」

 

 そんな会話を交わしながらクロウとクーは道を戻る。クロウはすぐさま“扉”へと突入しようとしたのだが、事前にミューから言い含められていたクーが必死にクロウを止めたのだ。そしてとりあえずミューに伝えるために、拠点へと戻っていたのである──。

 

「ミュー、ただい……!?」

 

 ──戻っていたのであるが。クロウ達を出迎えたのは、拠点の出口すぐに鎮座したクロウの身長ほどの直径を持つ巨大な岩と、それにちまちまと齧り付くミューの姿であった。

 

「……」 ←なんも言えねえクロウ

「……」 ←なんも言えねえクー

「……」 ←なんも言えねえミュー

 

 たっぷり10秒は続いた沈黙を打ち破ったのは、慌てたようなミューの叫び声だった。

 

「ちょっと……少々何か誤解をしていませんか!?」

「……いや、誤解してない。でもな、ミュー」

「は、はい……?」

「──すまない、おれの稼ぎが悪いばっかりに。そんなに腹が減っていたんだな。おれはほら、何も見てなかったから……」

「こんなくだらないところで気遣いの心を習得しないでくださいよ……! というかやっぱり誤解しているではないですか!」

 

 ミューはそう言って頭を抱え、大きなため息とともに説明した。

 

「お腹が空いたからって、外で魔鉱石のつまみ食いなんてしませんよ……。これはですね、魔鉱石を整形していたのです」

「んん?」

「クロウさんに何か武器のようなものでもプレゼントしようかと思ったのですよ。ほら、鉄ではクロウさんの力に耐えられなくとも、魔鉱石でしたらもう少しなんとかなるのではないかと思いまして」

「武器って……これがか?」

「これがです」

 

 クロウは鎮座する巨大な魔鉱石をしげしげと眺める。

 デカい。とにかくデカい。何しろ全長に至っては、クロウの身長の二倍はある。さしものクロウもこれを振り回すのは、流石に無理があった。

 ……だがよく見ると確かに一方の先端は尖っているし、使いようによっては巨大な戦槍のようにもなるだろう。

 

「もちろん大きすぎるのでもう少しサイズダウンしますが。……おそらくものすごく時間がかかるので、少しづつ進めていつかの機会にサプライズで渡そうと思っていたのです。見つかってしまいましたけどね」

 

 そう言って苦笑したミューは収納魔法でその巨大な魔鉱石をしまう。そして、自分へのプレゼントという未知の言葉の響きになんとなく心揺れていたクロウへと、不思議そうな口調で問いかけた。

 

「ところで今日はどうしたのですか? こんな時間に帰ってくるなんて初めてでは?」

「あ、ああ。それはな……」

 

 

 

 

「で、今は境界に向かっているのですね?」

「ああ。もうそんなに遠くないぞ」

 

 クロウの背から声をかけるのはミューである。歩くならばともかく、それなりの速度で移動したいならミューは足手まといなので、クロウが背負って移動していた。

 

「しかしクロウさん、よく我慢しましたね。『境界らしき場所を見つけたらひとまず、侵入する前にみんなで相談する』……約束の守れるマスターは素敵ですよ」

「ああ。おれはミューの言ったことを完全に覚えていたからな」

「えらいっ!」

 

 ミューが毎日洗っているはずなのにボサボサのクロウの黒髪を、首筋に抱きつきながら撫でくり回す。……このクロウという少年は割と、まっすぐな言葉には素直なのだ。最近それを発見して、褒めて伸ばすという教育方針を固めたミューであった。

 そしてその脇ではクーが、しらーっとした無表情で荷物を背負ったまま並走している。

 その深淵なる胸の内は窺い知れないが、きっともし喋れたなら、『私が止めたんだけどなー……』などと独り言をつぶやいていたに違いない。

 

「でもなミュー、なんで入ったらいけなかったんだ?」

「ああ、説明していませんでしたっけ。もちろん、境界だと思って侵入して何かの間違いでボス部屋やトラップの類だったらという懸念もないではないのですが……それ以前に本当にそれが『境界』だったとしても、私やクーちゃんがこの階層に取り残されてしまうのですよ」

「?」

 

 首を捻るクロウには、ミューが説明を捕捉する。

 

「えっとですね。要するに私は、一人では階層が移動できないのです。だって根本的に人間ではありませんし。それで必然的にと言いますか、階層を移動するならマスター……クロウさんと一緒に行かなければ、この階層に取り残されてしまいます。私は意思のある遺物ですから、迷宮側としても勝手に移動されては困るのでしょうね」

「はー……そうなのか。クーはどうなんだ?」

「クーちゃんはですねぇ……」

 

 ミューが首を傾げ、クロウの耳元で話す。

 

「……クーちゃんは正直、またよくわからないです。名目上は私の従魔ですので、私が階層を移動するときには一緒に移動できるはずですが、それ以外の場合となりますと。もともと魔物というのは、迷宮の階層間を移動するようにデザインされた存在ではありませんし」

「……なるほど」

 

 クロウは重々しく頷いた。……最近、頷くときには少し間を作った方が理解した感が出ることを学んだクロウである。日々成長しているのだ。

 とりあえずミューもクーもなかなか大変らしいということがわかったので、クロウ的にはそれで十分だった。

 そうこうするうちに目的の場所が近づいてくる。森の切れ目の端に立ち、そこには──

 

「わあ……」

 

 ミューが思わずといった様子で感嘆の声をあげる。

 そこには壮麗な装飾を施された、石造りの、巨大な巨大な──“扉”が存在していた。

 

 

 

 

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