得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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16 誤算

 

 

 

 

「これは……ある意味でわかりやすくていいですね」

 

 クロウの背中から降りたミューは流れるような滑らかさで軽やかにクロウの服に張り付いていた葉や雑草を取り払うと、扉に向き直る。

 何一つの人の痕跡が見えないこの階層で、突如唐突に存在する巨大な扉……それも、人の手では作れないほどに巨大な扉の威容には、驚きとともに畏敬を抱かざるを得ない。その巨大さはまるで、人ならざる何かが通過することを目的として造られたようですらある。

 

 ミューが扉に近寄る。

 

「……この石、魔力を帯びてますね。この扉全体で正確にどれほどの量かはわかりませんが、総量ではそれこそ転移魔術を使える程度には魔力を秘めているかと」

「ミューはこういうのを初めて見るのか?」

「封印される前には見たことがあったかもしれませんけど、覚えてないです。というかクロウさんは見覚えがあるのですか?」

 

 ミューの疑問形の言葉にクロウが答える。

 

「見棄てられた領域の境界も、場所によってはここと似たような雰囲気だと思うぞ。ただ、ここみたいに綺麗じゃなくて崩れたりぼろぼろだったな」

「崩れたり、ぼろぼろ……ですか」

「ああ。……と、あと一つあるかもしれない」

 

 と、ふと。たった今気づいたとばかりにクロウが言った。

 

「なんですか?」

「ミューが沈んでいた場所だ」

 

 虚を衝かれたミューに、クロウは言葉を続ける。

 

「見た目は全然違うんだけどな。なんとなくあの泉とこの扉は、空気が似ているような気がする。……なんだろうな、あんまり長居するのは良くないような、そんな感じだ」

「……あの場所、ですか」

 

 失われたミューの記憶に何かが引っかかっているような気もしたが、それははっきりとした輪郭を取らなかった。……考えても仕方がない。ミューはそこで思考を打ち切り、再び扉に目をやった。

 

「……ひとまず、開けてみますか?」

「いいのか?」

 

 ミューの提案にクロウが聞き返す。ミューは頷いた。

 

「ここが見棄てられた領域の境界に似ているというのなら、やはりこの扉がこの階層の境界である可能性が高いと思いますし、それに確かめる方法もありませんから。……本格的な引っ越しはともかくとしても、少しくらい覗いてみてもいいかと」

 

 基本的に、失ってはならないような物品はミューの収納魔法で管理しているのだ。仮に扉を潜ってから帰れないという事態に陥ったとしても、そう大した損失ではない。

 ミューのその意見に、クロウも頷いた。

 

「じゃあそうだな、開けてみよう。……実はな、最初見たときから開けてみたかったんだ」

「まぁ、扉があれば開けてみるのは基本ですからね。今回クロウさんはちゃんと我慢できましたし、ここは景気良くあの扉を全開にしちゃいましょうか」

「うむ」

 

 クロウが扉に近寄る。緩やかな階段を登り、その巨大な扉の前に立つ。

 そしてその扉に手を当て、力を込めて押し開こうとし──

 

「え?」

 

 ばちん、と大きな音がする。

 ──気づけばクロウは、宙を舞っていた。

 

「ク、クロウさん!?」

 

 驚くミューの声をよそに、クロウは空中で姿勢を整えて猫のようにしなやかに着地した。それはまるで、慣れきった運動のような滑らかな動作だった。

 

「無事ですか!? いったい何が……」

「ミュー」

 

 クロウがぼんやりとした表情でミューを見る。

 ……しかしミューは、クロウの小さな変化に気づいた。一見、いつもと同じようなただの無表情に見えるが、これは……。

 

「……たぶんこれ、おれは通れないぞ」

 

 それは、恐らく。──ミューの初めて見る、クロウの困り顔だった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「誤算でした……」

 

 拠点に戻ってきた三人は、丸い食卓を囲んで座る。クロウはミューの淹れた茶をすすり、クーはおやつの魔石をぽりぽりとかじり、ミューは頭を抱えていた。

 

 あの後、数度試してもクロウはあの扉を通れなかった。触れることすらできなかった。扉の反対側に回っても同じだ。どうしても弾き出される。

 続いてミューとクーも試してみたが、触れる以前に近づこうとすれば自然に足が止まってしまうといった有様で……要するに誰一人として、あの扉を通ることはできなかった。

 

 頭を抱えたままミューが小さく呟く。

 

「一度迷宮に入ってしまえばそれでいいものだと……見棄てられた領域では自由に階層を移動できていたのに……!」

「ミューは元気がないな。どうしたんだ」

「……っ」

 

 茶をすするクロウがそう言うと、ミューはピクンと身体を震わせ、顔を上げた。青ざめていた。

 

「……?」

「……クロウさん」

 

 普段とは違うミューの雰囲気に戸惑うクロウに、ミューは頭を下げる。

 

「ごめんなさい。これは私の失敗です。……こういった事態のことも、あらかじめ考えておくべきでした」

「……? 何を言っているんだ、ミューは」

 

 クロウが湯呑みを置いて首をかしげると、ミューは小さな声で言った。

 

「……転移という方法を勧めたのは私です。だから私には責任があります。あのとき、安易に転移という方法を持ち出すべきではなかったのです。実感として、結果としてこうなるかもしれないということを予想できたのは、あの時点で私だけだったのですから」

「……?」

「……ですからっ!」

 

 未だにピンときていないクロウに、ミューは僅かに声を震わせて言う。

 

「クロウさんは今、私を責めていいのです! この階層に閉じ込められたのは私のせいだ、と。どうして転移なんて方法を勧めたんだ、と。……そう私を罵ってくださっていいのです」

「……」

 

 クロウは冷めた茶をもう一口すすった。そしてミューの眼を見て言う。

 

「あのな、ミュー」

「はい」

「だからミューは、何を言っているんだ」

「クロウさん、私は……っ!」

「おれは、ミューの言っていることがよくわからん。……いや、この階層に閉じ込められたことはわかるんだ。入り口もないし出口もない。困ったと思う。けど、それはなんていえばいいんだろうな……」

 

 クロウは口を開こうとしたミューを遮るように、言葉を続ける。

 

「ここに閉じ込められるのは、そんなに大したことじゃないんじゃないか。だっておれはもともと、あの“見棄てられた領域”に閉じ込められていたんだ。だったら、場所がこの階層に変わっただけで、ほかには何も変わらなくないか?」

「か、変わるでしょう!? だってここには何も無くて」

「あの場所にもなにも無かったぞ」

「……っ! お、親方さんとか親しい人もいたでしょう!?」

「んん? ……ああ、思い出した。あの男か。でも、ここにはミューとクーがいるだろう」

「……まさか既に親方さんのことを忘れかけている……!? ……で、では、エウーリアさんは。エウーリアさんに辿り着くための道が途絶えたことは、どうなのですか?」

 

 ミューのその問いに、クロウは小さく唸って答えた。

 

「それは難しい質問だな。……確かに、おれがここからエウーリアに会いに行くことは大変かもしれない。どうしていいのかわからない」

「だったら!」

「でもそれも結局、昔と変わらないな。おれにはもともと、自分からエウーリアに会いに行く方法なんてなかったし……見捨てられた領域よりはここの方が、エウーリアに近いんじゃないだろうか。エウーリアは凄いからな、ここまでたどり着くのもきっとすぐだぞ」

「……随分と、エウーリアさんを信頼しているのですね」

 

 ミューがそう言うと、クロウは頷いた。

 

「ああ。あいつはなんだろうな……そうだな、とても生きているやつなんだ。だから……ああ、うむ。それとなミュー」

「……なんですか」

「おれは見棄てられた領域よりもここが好きだ。たぶんそれは、ここにはミューとクーがいておもしろいからだろうな。だから謝られても嬉しくない」

 

 クロウのその言葉にミューは眼を見開き、二、三言なにかを口にしようとして、やめた。

 立ち上がり、クロウと目線を合わせる。

 

「……謝りませんから。そこまで言うなら、私、謝りませんからね」

「そうだな、それでいいんじゃないか。クーも特になにも思ってなさそうだぞ」

「クーちゃんはそもそもこの階層の魔物ですし……」

 

 そう言ってクーに目をやったミューは思わず脱力した。

 クーが二人のやりとりにまるで興味の無い様子で、ひたすらもぐもぐちまちまと魔石を齧っていたからだ。ミューと眼を合わせると、“?”という腹立たしいほど何も考えていなさそうな顔でこちらを見返してくる。

 

「ク、クーちゃん……」

 

 ミューは思わず半笑いになった。従魔の精神状態はある程度、マスターの精神状態に左右されるという。それから考えると、この泰然自若っぷりを見るに、どうやら既にクーはミューよりも、クロウから強く影響を受けているようだった。

 なんということだ。それは要するに、ただでさえ思考がまるで読めないクロウが実質2倍になったようなものではないのか。

 

「……これは大変です。落ち込んでもいられませんね」

 

 ミューはそう独り言を呟いて、パン、と手を叩く。

 

「……では、この階層から抜け出す方法でも考えましょうか」

「ん? あるのか」

 

 のんびりとしたクロウの声に、ミューはいつものように笑って答えた。

 

「もちろんです。……メイドはマスターの望みを叶える生き物ですので」

 

 

 

 

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