得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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17 精神的強者

 

 

 

 

 

「おれはな、よく考えれば働きものじゃなかったんだ」

「はあ」

 

 階層に閉じ込められたことが判明してからおよそ十日。今日も朝飯を喰らって目を覚ましたクロウは、唐突にそう言った。呆気にとられたミューの生返事に、かつてない熱意を持って言葉を続ける。

 

「働くのは三日に二日、いやもしかしたら二日に一度くらいだった。見棄てられた領域の第五階層まで行って、気まぐれに壁を殴って、魔物を殴る。それがおれの、なんだっけ……らいふる?」

「ライフスタイル?」

「そう。それだ。それがおれの、ライフルスタイルだったはずなんだ。それ以外の時は食べて、寝て、街で殴りかかってくるやつを殴り返して、メシを食べて寝る。暴力と食事と睡眠で成り立っていたのが、あのころのおれだったと思うんだ」

「うわぁ。どう控えめに見てもならずものですね」

「なのに」

 

 クロウはグッと拳を握りしめる。

 

「気がつけばおれは、ここに来てから一日も休んでいない。毎日ずっと狩りに出て、魔物を殴っているような気がする」

 

 実際、クロウはよく働いてきた。毎日三桁に届こうかという魔物を屠り、魔石を採取するクーもてんてこ舞いだ。特に最近などは、休む間もなく魔物を狩っている。

 それというのも……

 

「転移のためには魔石が必要だからな。うむ、それはわかるんだ」

「クロウさんのお陰で、今では目標とする必要魔力量の半分ほどが集まっていますからねー。……正直なことを言いますと、いくらクロウさんでもここまでのハイペースで魔物を狩れるとは思っていませんでした」

 

 ミューが提案したこの階層から抜け出す方法は単純だ。

 

 魔石を集めて再び転移を行う。一回で失敗したのなら何度も繰り返せばいい。それは単純かつ愚直ながら、しかしある意味で、間違いなく道理に適った思考である。

 例えば折良く攻略中の階層に転移できれば、あるいは未知の遺物でクロウのステータスを偽装して作り出す方法があるかもしれない。

 確実さなどどこにもないが、しかし行動する価値はある。

 

 そう決めてから既に十日ほどが経過して、現在ではミューの言う通り、転移魔法に必要な魔力の半分ほどが集まっている。

 魔物から得られる魔石が魔鉱石よりも遥かに魔力効率が良いとはいっても、無論、これはクロウが魔物を狩るその異常なハイペースによるものだった。何しろ大抵の場合、拳の一振りでケリがつく。その気になれば、文字通りに鎧袖一触だ。

 

 ──しかし。クロウはそんな今までの経緯を全て無視して、雄々しく、そして高らかに、己の胸の内に秘めた野望を宣言した。

 

「ミュー……おれは決めたぞ。おれは休む。ミューがなんて反対しても休む。働けと言っても知らない。おれの決心は硬いぞ。本気だ。今日は絶対に休んでやる」

「あ、はい。そうですね、休養も大切です」

 

 ──そしてその言葉に、ミューはあっさりと頷いた。

 あまつさえ、腕を振り上げ硬直したままのクロウに色々と提案する。

 

「ではでは今日一日は私がお側についてお世話をいたしますので……そうですねえ、天気もいいですしピクニックにでも行きますか? それともゆっくりと魚釣りか、あるいはここでのんびりとするのもいいですね。……あ、膝枕やりましょう膝枕! 私としたことがまだ一度もクロウさんに膝枕をしていませんでした。不覚……!」

「……ミュー」

「はい?」

「おれは、休んでもいいのか……?」

 

 クロウがそう聞くと、ミューは妙な顔をした。

 

「当たり前でしょう。というか基本的にクロウさんはマスターとして、働かないくらいでいいのです。まあこの状況で本当にそうされてしまうと生活が立ち行きませんので、働いていただいていますけれど」

「……じゃ、じゃあ。なんでおれは、ずっと働いていたんだ?」

「いえ、知りませんけど。……私、クロウさんにことさらに働くように言ったことがありましたっけ?」

「……ない、な」

「早く違う階層に転移したいのか、それかクロウさんは身体を動かすのが好きなんだなーと、そんなふうに思っていましたが。違うのですか?」

 

 首を傾げるミューに、クロウは戦慄した。

 ……いつのまに。いつのまに自分は、こんな人間になってしまっていたのだろうか。

 一日丸々寝ていても気にならなかった昔の自分はどこに行ってしまったのだろうか。

 眠くもないのにボロ布団に寝転がりながら、目の前を行進するアリの列をだらだらと見続けていたかつての自分はどこに行ってしまったのだろうか。

 

 お仕事大好きなミューにすら感心されてしまうような働きものに、自分はいつのまに成り下がってしまっていたのだろうか……!?

 

 クロウはふらふらと、その辺のクッションに倒れこむ。

 

「……今日は寝て過ごす……」

「はいはい。とりあえずお茶持ってきますね?」

「……ああ」

 

 答えて数分後には、すぐにミューがお茶を淹れてきた。クロウの一番好きな、人肌よりもやや温かめの温度だった。

 ほうっと一息つき、ぼうっとしだしたクロウの横にはミューが座り、僅かに甘い匂いが鼻をくすぐった。気づけばミューが、干した果実を盛った皿をクロウに差し出している。

 

「近くに食用果実の樹を見つけたので、干してみました。お口にあいますか?」

「……甘い。うまい」

「よかったです」

 

 クロウが感想を言うとミューは柔らかく微笑み、ふと思いついたように言う。

 

「……あ、耳掃除しましょうか。ごろんってなってくださいごろんって」

「……ああ」

 

 そして二十分後。

 クロウの耳掃除を終えたミューは、小さく鼻歌を歌いながら編み物に精を出していた。その様子を見ながら、耳をふーってしてもらってぼうっとしていたクロウはぼんやりと思った。

 ……ミューはすごくよく働くな、と。

 

 ──その時。クロウは突如としたある気付きにより、カッ! と眼を見開いた。

 わなわなと震えながら、恐ろしいものを見る眼でミューを見る。

 

「ク、クロウさん?」

「……わかったぞ。なんでおれが休めないのか、わかった」

「は、はあ」

 

 クロウは拳を握りしめ、力説した。

 

「おれは。たぶん、一緒に暮らしているやつが真面目に働いているのに自分だけ休んでいることが、なんか居心地が悪いんだっ……!」

「……!?」

「今まで誰かと暮らしたことがないから知らなかった。なんていうんだろうな、よくわからないんだが、こう、妙にむずむずした気分になるんだ……!」

「どうしたのですか急に真人間のようなことを言って!?」

 

 動揺するミューに、クロウはかつてなく深刻な口調で言う。

 

「……おれは逃げていたんだ。休むことから、逃げていたんだ。働いていたほうが罪悪感がないから、だから働いていたんだ。絶対に休む、そういう決意が足りなかった。──ミュー、おれは休むぞ」

「は、はあ……」

「だからとりあえず、ミューはついてきちゃ駄目だ。休めない」

「っ……!?」

 

 ミューは呆然とした。──メイドに傅かれていながら休めない……そんな人間がまさか、本当に存在するというのだろうか?

 生まれた時からメイドにお世話され、メイド的母性の中で生の意味を見出し、そして死ぬときはもちろんメイドに手を握られながら安らかに息を引き取る……そんな人生を送ることが全人類の本懐にして野望ではなかったのか!?

 

 このままではミューのアイデンティティは崩壊である。ミューはフリーズからコンマ一秒で復帰して、必死に説得しようとする。

 

「そ、そんなこと言っちゃ駄目です! 私がついていながら休めないなんて、何か重大な精神疾患があるに決まっています! ……カ、カウンセリング! カウンセリングしましょう! 全十回のそれを終えたころにはクロウさんも私に思い切り甘やかされていないと泣き出してしまうような立派なマスターになれています! で、ですから……!」

「──待て、ミュー」

 

 クロウがスッと、手のひらでミューを押し留める。

 そして厳かに言った。

 

「おれはな、ミュー。帰ってくるぞ」

「ク、クロウさん……?」

「おれはこのままじゃ駄目だ。ミューがとても忙しそうに働いていても肩もみを要求できるような……そんな心の強い人間に、おれはなりたい。だからミュー、待っていてくれ。おれはきっと、そういう人間になってまたここに戻ってくる」

「……はうっ!」

 

 きゅんっとした。それはこれまでにミューの見た、最も格好いいマスターの姿であった。

 クロウはそんなミューを尻目に、きょろきょろとあたりを見回して言う。

 

「とりあえずクーと遊んでくる。クーはどこにいるんだ」

「ク、クーちゃんは……外に」

「わかった。行ってくる」

 

 そうしてクロウは外へ出て行く。

 ミューはその颯爽とした後ろ姿を、潤む瞳で見つめていたのだった。

 

 

 

 

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