得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】 作:アッパーカット
駄目だ。クーが強くなる道筋が見当たらない。
雑魚魔物はしょせん雑魚魔物なのだろうか……? 世知辛いこの世の真実に気づきかけたクロウは、クーにつつかれてはっとする。
振り返るとクーは手を差し出し、ソレを見せた。
「……ちょうちょ、か?」
クーが頷くと、クロウは不思議そうにクーの手のひらを覗き込む。そこには、つい先ほどまでクーが追いかけていたものとそっくりのちょうちょが、逃げもせずにおとなしく留まり、その鮮やかな色彩の羽を時折、開けて閉じていたのだ。
「捕まえたのか? ……いや」
「……」
「……これ、クーか」
クーは頷く。クロウの驚いた表情を見るのは珍しい。なにせこのご主人様は、驚くとかなんとか以前に、大抵のものをあってもなくてもどうでもいいものと位置付けている。
どうでもいいものがどうであろうと驚くには値しないわけで、そんなクロウから驚きという感情を引き出せたのは、少しだけ誇らしかった。
クーが両の手のひらをゆっくりと閉じて再び開けると、ちょうちょの姿はすでに消えていた。
それも当然、なぜならばそのちょうちょは、クーが自分のミミックとしての能力で創り出した……否、真似たものだったのだから。
胸を張ってクロウに説明する。
「……。……。……! ……。……。……!」
言葉にすればとてつもない分量になるであろう熱弁であった。
……どれだけ精巧に真似られるか、そしてどれだけたくさんのものに真似られるかは、ミミックとしての生命線と言ってよい。というかミミックには、その能力しかないのだ。
だがクーのそれは今、ある意味で縛られている。従魔となったことで、本来ミミックが当たり前に備えているはずのテレパシー能力……相手の欲する姿になるという能力が、うまく働かなくなっているのだ。
一番最初にこの姿になった時は上手く変身できなければ殺されるという恐怖もあってか能力の発動に成功したのだが、それ以来一度も成功していない。
恐らくは主人の頭を不必要に覗けないようにという、従魔としての本能による現象なのだろう。赤の他人に試すことができれば良かったが、しかしこの階層に赤の他人はいなかった。
「……。……!」
「ふむ。おれの考えていることを覗きたいのか。いいぞ」
となれば。ご主人様の了解をとってから、考えていることを覗かせてもらうしかない。
クーは目の前のクロウに意識を集中する。今なら一時的に、クロウの考えていることを読み取れるはずだ。それをどれだけ精巧に再現できるか、それがミミックとしての修行であり腕の見せ所である。
「じゃあそうだな……ミューの真似」
「……」
「おお……」
一瞬だけ黒い靄が現れて、それが晴れて出てきた姿にクロウは感嘆の声をあげる。
なぜならばそれは、クロウの予想以上にミューの姿だったのだから。視覚以外に頼れば──重心の位置や表情や、そんな細かいところに注目すればクロウにも見分けられるかもしれなかったが、初見では確実に騙される。
「手首は抜けるのか?」
「……!?」
しかしその質問には、クー扮するミューは必死になって首を振り否定した。そんなことできてたまるか。というか、ミューはできるのか。
そんなクーの思いとは裏腹に、クロウは納得したように頷いていた。
「そうだな。よく考えたら手首が抜けていいことなんて一つもないもんな。うむ、クーはかしこいな。……じゃあ次はそうだな、エウーリアの真似をしてくれ」
「!」
目にしたことのない人間の模倣。それこそ、ミミックの専門分野と言ってよい。
再び黒い靄がクーを隠し、一瞬後には金髪の少女がそこに立っていた。
「おお……?」
風に揺れる金髪。華奢な身体。どこか気品のある顔立ちに真紅の装束。……それは記憶と寸分違わぬ姿で、しかしクロウは困惑の声を漏らした。
おかしい。どう見てもエウーリアなのに、まるでエウーリアに見えない。うまく真似られていないのかと慌てるクーに声をかける。
「いや、別にエウーリアと違うわけじゃないんだ。だけどな、なんか違う……」
「?」
「うーむ……なんだろうな、エウーリアってメガネとかかけてただろうか。たぶん違うと思うんだが、うむ。もしかしたらそんな気がしてきた」
「!?」
クロウのイメージに従ってクーが姿を変える。縁の小さいメガネをかけて困惑するエウーリアがそこにいた。
無論、クロウは首を傾げた。
「いや違うな。メガネじゃない気がする。……しっぽとか生えてただろうか」
今度はメガネが消え、ふさふさのしっぽが生える。無論、クロウは首をひねった。
「なんだろうな……もしかしてエウーリアはメイド服とか着ていただろうか……?」
クーはもはや混乱の極みである。何しろ、クロウの抱くエウーリアという人間に対する視覚的なイメージがころころ変わるのだ。現れたエウーリアはメイド服に身を包みながらもじもじとし、上目遣いにクロウを見上げていた。
「うむ……」
クロウはそれを見て唸った。よくわからないが……いい。これはいいものだ。
クロウの中に、言葉にはできないパトスが生まれようとしていた。それに従い、クロウは注文をつける。
「……多分違うと思うんだが、念のためそれでもっとあざとい格好をしてみてくれ」
「!?」
「おお……。……あとは腰をもっとこう、くいっとだな。うむ。そう、それだ」
「!?」
「うむ……他には表情をあと少し、こう、ちょっと生意気な感じで……」
「!?」
クロウは注文通りのポーズをとったクーをじっくりと、それはもうじっくりと観察し、大きく頷く。
「……。……うむ。もう全然エウーリアじゃないと思うが、それ、いいな。おれはそれ、好きだぞ。なんだろうな、こう、うまく言葉にできないが、心に込み上げてくるものがある」
精神的にある意味大幅な成長を遂げようとしていたクロウはそこでハッとし、ぶんぶんと頭を振る。違う、これは確かにいいものだが、やはり全然エウーリアではない。
数分ほど考えたのち、クロウは一つの結論に至った。
「うむ。気迫というか、気配が違うな」
「……」
クーは元の姿に戻り、じとっとした目でクロウを見ていた。そんなもんどないしろと。
クロウはその視線から目をそらすように次のお題を口にした。
「じゃあ、あれだ。親方」
「……」
クロウはぼうっとしながらクーの変身を待った。だが今度に至っては、クーは変化すらしない。いつものメイド服姿で、ただひたすら困惑している。
そしてクーはクロウに、無言の抗議をした。
「……親方の見た目? ……うむ、まるで憶えてないな」
「……」
「ク、クー?」
クーはいじけた。体育座りで地面に座って、顔をぷいっと背けた。
どう考えても最初から頼む相手が間違っていたのだ。こんな知り合いの少ない、その上一ヶ月会わなければ知人の姿形を綺麗さっぱり忘れてしまうような薄情系ご主人様に特訓の協力を求めたのが、そもそも間違いだったのである。
クロウはそっぽを向いたクーに一通りおろおろし、とりあえず何か食べれば機嫌が直るはずだという冷静な仮説を立て、その辺の魔獣を殴ってその魔石をクーに渡した。
クーはすぐに魔石をぽりぽりと食べ始めて機嫌を直した。ちょろかった。
◇◇◇
「あ、クロウさん。どうでしたか? マスターとして成長できましたか? とりあえずその、今日からお食事は私があーんで……」
「ミュー」
その夕方。大きめの魔石を嬉しそうに食べているクーを伴って、ふらっと帰ってきたクロウにミューが内心わくわくしながら聞くと、クロウは深刻な声で答えた。
「おれはな、気づいたんだ」
「はい?」
「もしかしたらな、おれは魔獣を殴っている時が一番、安らげるのかもしれない」
「!?」
「うむ、そうだな。何も考えずになにかを殴るのは、楽だな……」
「それは俗に言う修羅道ですから! 入っちゃいけない道ですから! カウンセリング! いいからカウンセリング受けましょう、ねっ!?」