得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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2 クロウという少年

 

 

 

 

 迷宮──地下奥深くへと続く、いつから存在していたともしれない、或いはそれこそが世界の始まりなのではないかと言われるそれは、巨大な街が丸ごといくつも収まるほどの、一層一層があまりにも広大な階層の連なりによって構成されている。

 

 階層の数は依然として知れない。……果たして百層が迷宮の最奥となるのか、或いは無限の深淵へと続くのか──その問いにはまだ、誰一人として答えを出せていない。

 

 迷宮がその名を世界に轟かせるのは、そこに出現する魔獣や、産出する迷宮特有の鉱石、そして異界の知識を匂わせる奇妙な遺物のためだ。

 

 迷宮の外には存在しない摩訶不思議な財宝の数々は、いつの世も人々の好奇心と欲望を刺激し、無謀な挑戦へと掻き立てる。

 ──すなわち、深く。より深く、さらに深く。誰も訪れたことのない、この迷宮の深奥へ。

 

 しかしながら、である。……迷宮の地上部分(・・・・)が、探索者であれば普通は足を踏み入れない領域──“見棄てられた領域”と呼ばれていることは意外と知られていない。

 全五階層から成るその領域は、外から見ればまるで天を衝く巨塔。迷宮というものをよく知らない人間であれば、或いは“見棄てられた領域”こそが迷宮であると勘違いするのも無理はない。

 

 だが実際には、“見棄てられた領域”に探索者が足を踏み入れることは少ない。

 その理由は多々存在するが、そもそもの問題、迷宮で生まれたわけでもない『外』から来たまともな探検者には、“見棄てられた領域”に足を踏み入れる理由が存在しないのだ。なぜなら彼らの最前線は頭上にではなく、常にその足元深くに存在しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ──と。そんなまともな探検者ならまず足は踏み入れない“見棄てられた領域”の中でも人間の住める環境の上端……はっきりと言えば行き場の無いゴロツキどもの集まる第三階層において、その住人であるクロウとおそらくはまともな探索者ではないのであろう少女は、二日ぶりに再会していた。

 

「見つけた! なあ、そこの黒髪のぬぼーっとした雰囲気のお前だ!」

「それはおれのことを言っているのか」

「あの後、探してたんだ。話してみたかったからな!」

 

 少女が屈託無くぶんぶんと手を振るので、クロウはそちらの方へと向かっていく。

 が、その途中に少女を囲んでいたチンピラどもが立ち塞がった。自分たちを舐めた態度の少女と、チンピラ達の頭越しに会話するクロウの両方が気に入らないのだろう。実にチンピラ的な理由で、チンピラ達はチンピラ活動に勤しんでいた。

 

「おうガキ。テメエに用はねえんだよ。さっさと視界から消えろや」

「やっか? お? テメー俺らに逆らうんか? あ?」

 

 拳をバキバキと鳴らし、下品にニヤニヤと笑いながらクロウに詰め寄るチンピラ達。クロウはチンピラ達の言葉に、ゆるゆると頭を振った。

 

「いや。そんなつもりはないぞ」

「お? なんだ素直じゃねーか。なら特別に有り金全部で許してやるよ」

 

 そのあまりにもチンピラクオリティの高い返答に、クロウは首を傾げる。

 

「? 何を言っているんだお前たちは」

「あ? んだテメーこら、あ?」

「お前たちがおれに用がないように、おれもお前たちに用がない。だからお前たちがおれの前から姿を消せば、お互いになんだっけ……そう、うぃんうぃんじゃないのか」

「なっ……!」

 

 目を剥くチンピラに、クロウは肩を竦めてやれやれとばかりに言う。

 

「やれやれ。これだからかしこく考えられないやつらは困る。特別におれが頭のいい解決策を教えてやったんだぞ。感謝してどこかに行くんだな」

「こ、このガキ……!」

 

 男たちが殺気立つ。背丈が自分よりも頭一つ低い少年から挑発じみた言葉を返されたのだ、ここで退けば面子が廃るというもの。

 チンピラA、チンピラB、チンピラCがその拳を振り上げる。クロウはぼうっとした表情でそれを見ているだけだ。奥からは少女が面白そうにこっちを眺めている。

 

 振り上げた拳がクロウに振り下ろされようとする、まさにその瞬間だった。唐突に響き渡ったチンピラDの声が仲間を静止する。

 

「……っ! ……まさか!? おい、やめろお前ら!」

「あぁ……!? んだコラ!? 止めんのか、あぁ!?」

「馬鹿か!? この第三階層で黒髪で、頭の緩そうなガキといえば──! ……お前らも聞いたことぐらいはあるだろ!?」

「……ッ!? お、おいそれって……!」

「おれの頭はゆるくないぞ」

「まさか……“悪鬼”……!?」

 

 その声に一瞬、周囲の喧騒が止まる。

 

「こ、こんなガキがか……!?」

「“悪鬼”……!?」

「おれの……おれの頭蓋骨は、硬いぞ」

「お、俺はずらかるぞ! ここで逃げるのは恥じゃねえ! “悪鬼”に関わってロクでもない目に遭ったやつの話は腐るほどあるんだ!」

「ま、待て! お、俺も……!」

「クソ! 覚えてろ……じゃねえ! 俺たちのことは忘れろ“悪鬼”!」

 

 捨て台詞を吐いてその場を去ったチンピラたちの後には、『……おれの頭は……硬いのに』と哀しげに呟くクロウと、ちんぷんかんぷんな表情の少女が残された。

 少女はクロウに近づいてぽんぽん、と肩を叩く。

 

「なあ。お前の名前、悪鬼って言うのか?」

「違う。おれの名前はクロウだ」

 

 クロウが足を踏み出すと、チンピラたちとの会話が聞こえていたのだろう、人垣がざあっと割れて道ができる。

 少女を引き連れて歩きながら、クロウは尋ねた。

 

「そういうお前は誰なんだ」

「ん? ……あ、名乗ってなかったか。私の名前はエウーリア」

 

 少女は屈託の無い笑みで名乗った。

 

「エウーリア・レーベルハントだ。よろしくな、クロウ」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「粗茶だが」

「ありがとな。……なあこの茶、色が付いてないし味もしないんだが」

「? 沸かした水だから当たり前だろう」

「いや、だから水だろ!? 何をお茶ですって言って出してるんだ!?」

「お前は何を言っているんだ。沸かせばだいたいお茶だろう。しかも粗いお茶だぞ。つまり沸かした水はお茶だ。無知だなあエーウリアは」

「ば、……馬鹿にされているのか? いや……」

 

 エウーリアは少々悩み、クロウに質問してみる。

 

「クロウ、一般的にお茶とはなんだ?」

「沸かしたやつ」

「よし、把握した」

 

 エウーリアはクロウという人間の一端を知った。おそらくそもそも、クロウとエウーリアでは保有する常識が異なるのだ。

 

 階層の天蓋からこちらを照らす珠は、時間の経過で周期的にその光を陰らせる。現在のその様子を見るに、時刻は既に夕刻が近い。

 エウーリアはお邪魔したクロウのねぐらの狭さと汚さに頓着せず、普通に座っていた。迷宮にはこれ以上の悪環境などいくらでもあるので、当然といえば当然だ。

 

 エウーリアはぐいーっと豪快にお茶を飲み干して、話を切り出す。

 

「ところでクロウ、二日前のことだけどな」

「……? ……ああ、戦っていたやつか。勝ったか?」

「ああ勝った。お前のおかげでもあるな」

「おれのおかげ?」

 

 クロウは首を傾げる。あの魔獣の片眼を奪ったのはクロウだったが、自己治癒能力を持つことの多い魔獣相手には、あの程度の傷では致命的なものではなかったはずだ。無論、何の影響も与えないかと言えばそんなわけもないのだが。

 エウーリアはクロウの疑問に答える。

 

「皮が厚くて魔法が通らないのが問題だったんだよ、アレは。相性の問題って言えばいいのかな。けど、クロウが魔鉱石を眼にぶち込んでくれただろ? アレを触媒にして、内側から頭を吹っ飛ばしてやったんだ。いやあ、爽快だった」

 

 物騒なことを楽しげに話すエウーリアにクロウは頷く。

 

「そうか。よかったな」

「でさ、クロウが投げた魔鉱石を持ってこれれば良かったんだが、触媒に使った時に粉々に砕け散ったみたいでな。見つからなかったんだよ。悪いけど、金での精算でいいか?」

「いや、別に金はいらない。大した金にもならないからな」

 

 魔鉱石などと大層な名前がついてはいるが、正直なところ需要は小さい。魔力源としては、魔物から得られる魔石の方が効率がいいからだ。……というかそれ以前に、もし現物で返されたとしても、魔物の体液に塗れた魔鉱石など返されても困る。

 しかしエウーリアは首を横に振る。

 

「そんなことを言われても困るんだよ。私はいつ死んでもいいように、借りは作らないのが信条なんだ。何か私にしてほしいことはあるか?」

「いや、ないな」

「即答だな……」

 

 エウーリアはふと、クロウのねぐら……もとい掘っ建て小屋に存在するものを確認する。

 布切れをかき集めたベッド。どう見ても素人手作りの囲炉裏。水瓶。吊るしてある服の替え一式。道具なのかゴミなのか不明なガラクタがちらほら。そして小屋の隅に乱雑に積まれた小銭とボロボロの紙幣の山。

 

 ……以上だ。例外として茶を沸かした鍋が転がっているが、それ以外に炊事道具などという軟弱なものは存在しない。

 ものが少ない割に整理整頓されているわけでもなく、ただ単にこの小屋には、何一つとしてクロウの大切にしているものなど存在していないのだろうな、ということだけが伺えた。

 

 最後にエウーリアはクロウを見る。クロウはぼうっとした覇気の無い表情でエウーリアを見ているが、そこには何の意思も感じられない。よく言えば仙人のような、悪く言えば阿呆のような表情だった。なるほど、この小屋の持ち主に相応しそうな有様である。

 

 困った。クロウの欲しがりそうなものが何一つ思い浮かばない。

 

「どうしたんだエウーリア」

「クロウ、何か欲しいものは?」

「そうだな。腹が減った」

 

 エウーリアは脱力した。

 

「……とりあえず奢るよ。クロウはどこかいい店を知ってるか?」

 

 

 

 

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