得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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20 あっ……

 

 

 

 

「……困りましたねえ」

「うむ。なんでだろうな」

「……♪」

 

 この階層に転移してきてからそろそろ一ヶ月が経過しようとしている。そんな折、まだ昼なのに洞窟に戻ってきたクロウに連れられて、ミューは久しぶりにクロウの狩りに同行していた。……しかし、その表情は困惑に包まれている。

 ここまでクロウについて歩いてきた道のりが過酷であったというわけではない。ミューが困惑している理由はむしろ、その逆……あまりにも、平穏すぎたのだ。

 

 そんなミューに対して、クロウはいつも通りの何も考えていなさそうな表情だが、しかし声色にはやはり困ったような色が含まれている。そんな二人と対照的に、魔石を入れるはずの籠を背負うクーだけが楽しげだった。おそらくは、普段の日中は別行動のミューと一緒にいるのが嬉しいのだろう。

 

 しかしミューもクロウも、浮かれているクーを宥めようとはしない。仮に注意をしようにも、そもそも敵が出現しないというのに何に注意をしろというのか。

 周囲の森には、依然として生命の気配が溢れている。自生する野獣、空を飛ぶ鳥、草葉を揺らす虫……それらの気配は簡単に感じられるのに、いつもなら真っ先に襲いかかってくるはずの魔物の気配だけが感じられない。

 

「クロウさん……こんなに魔物が少ないだなんて、何か前兆がありましたか?」

「いや、昨日は普通に魔物が出てきていたと思うぞ。……ああでも、最近は数が減っていたような気もするな。それで遠くまで行ったりとしていた」

「そういえば確かに、ここ二、三日ほど帰りが遅いような気はしていましたが……」

 

 ミューもクロウも困惑を隠しきれない。

 無論、魔物は狩れば減る。魔物とはいっても煙や霞ではないのだ、多く退治すればそれだけで多く減ることになる。クロウは日に三桁に届こうかという勢いで魔獣を屠っているわけで、なるほど数を減らすのも道理だろう。しかし……。

 

「見棄てられた領域でも、割と魔物を殴っていたんだ。でも、こんなにはっきりと数が減ることはなかった」

「この場所で特有の現象、ということでしょうか? 今日はこの階層の魔物特有の何か習性じみた理由で潜んでいるとか……」

「でも、クーは全然そんな感じじゃないな」

「そうなのですよね……」

 

 籠を背負って歩くクーはむしろ楽しげで、調子が良さそうだ。クーはミューたちの従魔だが魔物であることには違いないわけで、例えば階層全体の魔力枯渇などの理由で魔物が死に絶えたのだとすれば、クーもある程度は影響を受けておかしくない。

 そもそも、魔物がこうまで露骨に数を減らすことがあるのだろうか? とミューは思う。魔物の発生元ははっきりとはしていないが、生殖以外にもなんらかの方法でポコポコ生まれてくるものである。だいたい魔物とはそういうものだとミューは思っていた。

 

 ミューは思案する。……唐突に帰ってきたクロウに魔獣が出現しないことを告げられた時は半信半疑だったが、しかしこうもはっきりと実感してしまえば、魔物が出現しないことはもはや確定事項だ。つまりそれは、差し迫った問題としては……。

 

 ミューはクロウを見遣って言う。

 

「クロウさん。既に魔石は転移のための必要量ギリギリ程度まで集まっています。魔物を狩ることがこれ以上は難しいのでしたら、多少無理が生じるかもしれませんが試してみますか?」

「何か不都合そうなことがあるのか?」

「具体的にはそうですねぇ……平穏な環境に転移できるかわかりません。最悪、地面に埋め込まれて転移なんてこともありえないとは……」

「駄目に聞こえるんだが」

「まあ、駄目なのですけれど。最近ではクロウさんがいれば、ある程度はその類のことも力技でなんとかなるのではないかなーと思ってきたところでして」

 

 ミューはこれまでの日々をしみじみと思い出しながらそう言った。

 まぶたの裏に浮かび上がるはクロウの戦闘記録である。襲ってきた魔物を一発の拳で叩きのめすクロウの姿、自分の身長を遥かに越す数メートルの魔獣を食糧として引きずってくる姿、はたまたはるばる上空から洞窟へと突貫してきた鳥獣を受け止め、地面に叩きつけてそのくちばしを根元から折り飛ばしたクロウの姿。

 

 どれを思い起こしても圧倒的であり、少々のことはどうにかなっちゃうんじゃないかな、と思い始めているミューである。それに対してクロウは、少しだけ悩むそぶりを見せてから反対した。

 

「……いや、それはあまり良くないと思うぞ。おれはともかく、ミューやクーはなにかがあったらもしかして死ぬんじゃないか」

「クロウさん……?」

「なんでそんな不思議そうな顔をするんだ」

「……私は今、感動しています。クロウさんが私たちのことを具体的に心配してくださる日が来るとは……!」

 

 ミューはホロリと涙ぐみそうになる。クロウはミューやクーのことを考えないわけではないのだが、基準が割とクロウ自身であるため、方向性が的外れというか明後日の方向を向いていることが多いのだ。

 しかしそんなクロウが、まともな視点で自分たちの身を案じている。……これが進歩でなくてなんだろうか。ミューはひとしきりクロウの頭を撫でてよしよしと褒め回し、その言葉に賛成する。

 

「クロウさんの言う通りですね。確かに今、余計なリスクを取る必要はありません。もう数週間かかっても問題はないのですし、そのうち魔物も出現することでしょう。時間をかけてゆっくりと魔石を集めればいいかと」

「うむ」

 

 そんなことを話しながら一行は森を行き、気がつけば上層へと繋がるあの巨大な“扉”が見える場所まで近づいていた。ミューがのびをして提案する。

 

「どうせ魔物も出ないのですし、少し休んで行きますか? ピクニックということで」

「うむ、いいんじゃないか。楽しそうだ」

「では少々準備しますので、クロウさんはちょっと待っていてください」

 

 虚空から敷物や椅子を取り出して、ミューが手際よく並べていく。見る間に過ごしやすい空間ができあがるその様子は、まるで魔法のようだった。

 

「しかしアレですねー、クロウさん」

「ん? なんだ。仕事か」

「ああいえ、そうではなくて」

 

 ミューが手伝わせてくれないのでクロウは手持ち無沙汰にミューを眺め、クーはその辺をちょろちょろしている。そんな中、ミューはふと思いついたように言った。

 

「こう静かだと、逆に何か起こりそうで怖くないですか?」

「怖い? 魔物がいないのにか」

「クロウさんと外出するときって、基本的に十分に一回は魔物に襲われてたイメージですので。それが無いとこう、なんだかしっくりこないというか、何か前兆じみていて不気味と言いますか……いえ、なんだか戦地慣れして日常に帰れない兵隊みたいな感覚で、これはこれでどうなのかなーとは思いますけど」

「前兆か。なにが起こるんだ?」

 

 何も考えずに口に出したクロウの言葉に、ミューも何も考えずに言葉を返した

 

「へ? 具体的に考えてはいませんでしたれけど、そうですねー……例えば魔物ですら逃げ出してしまうような何かが出現する前触れ……だったり、とか……」

「……」

「……」

「……」

「……そ、そんなわけないですよね! きっと魔物も繁殖期でねぐらにこもってるとか、そういう私たちにはなんの関係もないどうでもいい理由に違いありません! ね、クロウさん!」

「うむ。いったいミューは何を言っているんだ」

「ですよねー!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ──その五分後。

 大地が揺れ、一つの小山が割れた。その小山には光る線で巨大な扉が刻まれていたが、それが左右に砕け、内から巨大な魔物が出現した。

 

 出現したそれは銀の体毛に燃える灼眼。猿のような外見だが体躯は十メートル近くに及び、その隆々とした肉体には巨大な力を蓄えていることが容易に伺える。腕を一振りすればあらゆるものを紙屑のように吹き飛ばし、足を一踏みすればあらゆるものを塵芥のように押し潰すに違いない。

 その咆哮はびりびりと空気を震えさせ、聴くものの根源的な恐怖を煽った。

 階王種──一つの生態系の頂点に立つ、絶対者である。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……」

 

 近くの木にミューを背負って登り様子を伺っていたクロウは、出現した階王種の威容をよそに、振り返って無言でミューを見た。そのどこか物言いたげな視線に、ミューはヤケクソ気味に叫んだ。

 

「こっち見ないでくださいよ! ……ええそうですね薄々となんとなく思ってましたよ! 『あっ今、私なんか余計なこと言ったなー』って!」

 

 

 

 

 

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