得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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25 悪鬼(II)

 

 

 

 

 

 魔獣は全て鏖殺した。ならば後は、デカブツだけだ。

 ──悪鬼は再び加速を始めた。走るでもなく這うでもなく、地面に接地した四肢で地面を抉り、吹き散らし、強引に加速を続ける。莫大に吹き荒れる砂埃だけが、悪鬼の移動の軌跡を示した。

 

 対する階王種は、明らかにクロウの突貫を待ち受けていた。

 ……巨獣は“悪鬼”がいかなるものであるか、朧げながら理解していた。ソレが本能に突き動かされるだけの動きであり、所詮は理性無き獣の動きであることを。賢しさも無ければ業も無い、およそ己と同種に近い動きであると本能的に理解していた。

 

 ──故に、階王種の行動は悪鬼の行動と同じくシンプルで単純だ。ただその拳を、向かって来るクロウへと最大威力で叩きつける。

 ……悪鬼が階王種に挑む戦いとは、つまるところ単純なスペックの比較に過ぎない。戦略も戦術も存在しない、およそ肉体性能に頼った化物同士の戦いである。ならば、それを迎え撃つために何の小細工を施す意味があるだろうか。単純な能力において己を上回る化物など、存在しないのだから──。

 

 だが──悪鬼は加速をやめない。疾く、より疾く。悪鬼は一瞬の躊躇もなく突貫する。

 悪鬼に恐怖などない。あるのは破壊衝動だけだ。向けられる殺意、悪意へと反応し、敵がこの世から消え失せるまで破壊するだけの存在──それが悪鬼だ。

 故に、階王種が向かってくる悪鬼に向けてカウンターで全力の拳を振るったとしても、悪鬼の前進の速度が緩むことはなく、躱すことすらもなかった。

 

「……! 駄目──ッ!」

 

 悪鬼の戦いにまるで思考が追いつかずに混乱するばかりのミューが、その光景にようやく状況を理解し、叫ぶ。いかにクロウといえど──いかに悪鬼といえど、あの大質量を防御もなく正面から食らっては、叩き潰されるだけだった。

 激突が迫る。もはや双方、回避などできない。……ミューは思わず顔を背けようとし、そして呆然とした声を唇から漏らす。

 

「……え?」

 

 悪鬼が回避行動を見せず階王種が攻撃するならば、その衝突は必須──その予想はなるほど、正しい。だがそれは決して、悪鬼の敗北を意味しない。

 ミューには見切れなかった。それはたった一つの決定的な事実、つまり──

 ──加速を続ける悪鬼にとって、既に巨獣の攻撃は鈍重な動作に等しかった、ということだ。

 

 戦いが始まって初めて、階王種が苦悶の叫びをあげた。

 理解不能、理解不能──階王種は何が起こっているのか、理解できなかった。ただ己の腕に、脚に、胴体に、肉体に、一瞬のうちに無数の裂傷が刻み込まれ、血が噴き出る。

 それは全身へと波及し、その巨体を蹂躙し、破壊する。

 

 

 

 ──悪鬼の行動は単純だった。それはもはや攻撃ですらなかった。悪鬼は敵の巨大な腕を、地面と同じものと──加速するための()()と見なした。

 

 当然の話として、回避行動など取らなくとも悪鬼に敵の攻撃は当たらない。当たるわけがない。速度において超越する悪鬼には、階王種の攻撃はゆっくりと手を差し出されただけのこととまるで変わりなかった。

 ──ならば、悪鬼には特別な動作など何も必要無い。今までと同じく、加速を繰り返すだけだ。

 

 ただ一点、変わったことがあるとすれば──足場が土から肉の塊へと変わった、ということだ。

 悪鬼は目の前に現れた肉の塊に──階王種の腕に己の腕を突き刺す。地面を加速する時とまるで同じようにそれを抉り、腕力で強引に加速し、今度は脚を突き立て、踏み込み、加速する。

 

 つまり悪鬼にとってのそれはただの移動(・・)に過ぎない。巨獣は踏みしめるための、足蹴にするための土台でしかなかった。──階王種にしてみればたまったものではなかった。

 悪鬼が移動するたびにその強靭であるはずの肉体が穿たれ、裂傷が刻まれる。そして悪鬼の動きを捉えることはできない。鈍重な巨体にとって、悪鬼の動きはあまりにも疾過ぎた。

 

 己の肉体を縦横無尽に踏みしめ、穿ち、抉る悪鬼によって、階王種は回避不可能な攻撃を一方的に喰らうことしかできなかった。

 暴れる。階王種は腕と足を振り回し、肉体を捩り、己の肉体を蹂躙し、裂傷を刻み、あまつさえ地面の代わりとする無礼な敵を振り落とそうともがいた。だが移動時に四肢を肉へと突き立て、スパイクがわりにして移動する悪鬼を振り落すことはできない。

 

 ──そしてそれは一瞬のことだった。どちゅ、と音がする。不意に階王種の右眼が潰され、ひときわ大きい鮮血が散った。

 

 オオオオオォォオオォオオオッッッ!

 ……階王種が苦痛と怒りに叫びを挙げる。無論それは悪鬼の仕業だ。足場にするにはいささか柔らかく脆かったそこを、悪鬼はなんの遠慮も呵責もなく踏み抜き、その巨大な右目はぐちゃりと音を立てて潰された。

 

 無論、それでも階王種は死なない。階王種を滅するためには、その心臓部に位置する巨大な魔石を砕かなければならない。いくら悪鬼の素早さに対応できないからといって、悪鬼の攻撃が魔石にまで至る可能性はゼロ。ならば階王種が敗北する可能性もゼロだった。だが──。

 

 ──階王種は恐怖した。

 ああ、死にはしない。死にはしないだろう。だがこの苦痛はどうだ。この全身の肉を磨り潰されるかのような苦痛は! そして最強であるはずの己は、それを防ぐことすらできない。

 階王種の気配が変化する。階王種は悪鬼を油断などできない相手だと認識した。獲物ではない、叩き潰すべき、明確な敵である、と。

 

 故に、その身に秘める正真正銘の奥の手──敵をいたぶるためでは無く、()()()()()の能力を使用することを決めた。

 

 

 

 階王種がその巨大な口蓋を開く。それは音砲を放つための予備動作と全く同じもののように見えて──けれども、実際には全く異なるものだった。

 そこに集約されるものは大気の塊などという生易しいものでは無い。奇跡の源、万物を成す雫、ある意味で階王種という生命体を構成するそのもの──魔力である。

 

 口蓋に蓄えられるそれは、もはや燐光などという生易しいものではなく。その煌々とした輝きは、怪物の代名詞にして脅威たる攻撃(ブレス)──階層一つをリソースとする王種級の怪物が、その存在を削ってまで相手を滅する時に使用する攻撃にのみ見られる極光だ。

 

 ──階王種は待った。悪鬼に蹂躙される屈辱と痛みに耐えながらひたすらにその瞬間を待った。

 もはや速度において悪鬼に対応できないことは分かりきっている。

 だが例えば、ある一瞬を狙うならば? 速度で対応するのではなく、ある一点に辿り着いた悪鬼へと、蓄えた破壊光をそのまま叩きつけるだけならば──?

 

 悪鬼が階王種の鼻先を抉ったその瞬間、ブレスが放たれる。

 

 ──一瞬、音が消えた。

 

 太陽の真下と同じ光量で周囲一帯が照らされる。

 キィィィィィン、と高い不協和音が空気を震わせ、次いで爆音に取って代わった。ブレスの纏う光熱が空気の急激な膨張とそれに伴うソニックムーブを生み、暴風が生まれる。

 

 

 

「……ッ!」

 

 その様子を見ていたミューはその光と熱、爆風に思わず顔を庇い、そしておそるおそると目を開き──ブレスがもたらした破壊の跡を見て戦慄した。

 ブレスの軌跡上に存在したものは綺麗に無くなっていた。……ミューたちのすぐそば、“扉”をほんの僅かに逸れたその一撃は、背後に広がる森の直線上に存在するものを全て焼却し、破壊していた。

 

「こ……こんなものを生身で受けたら──」

 

 ミューはそう呟き、ハッとする。──クロウは!?

 慌てて振り返る。……そこに人影があった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ──悪鬼は生きていた。

 その速度をもってブレスの直撃は免れた。だが、次の瞬間に発生した爆風に抗う術もなく、触れるもののない空中ではさしもの悪鬼も無力。吹き飛ばされるほかなかった。

 

 幸運だったことは、階王種に悪鬼を深追いする気がなく、まずは追撃ではなく引き剥がすことを目的としたことだった。

 悪鬼は恐ろしい勢いで地面へと叩きつけられる。ズガガガガガ、と音を立てながら地面に制動痕を残し、無理矢理に停止する。悪鬼はゆらゆらと立ち、関節を鳴らし、肉体の不備を確かめる。……骨には異常が無いが、筋肉と内臓に幾らかの損傷。……つまり、まだ動ける。

 

 悪鬼は敵を排除するため、再び四肢に力を込め加速を始めようとし──不意に、目の前の人影を認識した。

 

『……! …………!』

 

 ソレは悪鬼に向かって何か音を発していた。だがその意味するところなど悪鬼には理解できない。必死の表情も、心配した声も、全て無意味と等しい。

 

 敵ではない。それは理解できる。だが、それだけだ。

 悪鬼にほんの僅かの疑念が芽生える。……敵ではないものが、何故、立ちはだかる?

 

 ──知らない。どうでもいい。

 

 生まれた疑念は瞬時に排除された。悪鬼に疑問など必要ない。悩むなら壊せ。思考の前に鏖殺せよ。……肉体を動かすその本能が、悪鬼に腕を振り上げさせた。そして、それを障害物に向かって振り下ろす。

 感慨は無い。悪鬼は再び前進しようとし──そして気付く。

 

 何故、目の前の障害物は弾け消えていない。……何故、己の腕は動いていない。

 ……異常事態だった。悪鬼は動けない。本能ならざる何かが、悪鬼を制止していた。

 

 目の前の脆いものは怯えていた。ソレは悪鬼という純粋暴力のプレッシャーに晒され、心底から恐怖しながら……しかし、退こうとしない。否、むしろ──踏み込んでくる。

 

『……! ……!?』

 

 未だにソレが発する音の意味はわからない。だが、不快ではない。

 ソレが悪鬼に近づく。震える手が悪鬼に近づく。──そして、悪鬼に触れた。

 

 どくん(・・・)、と鼓動。血が巡ることを理解する。

 悪鬼は慄いた。……知っている。これを知っている。この感触を、知っている──!

 少女の発する音が輪郭をとり、連なりとなる。それは次第に朧な意味で彩られ始め、そこに込められる意志を示し、ついには言葉となった。

 

「──クロウさん!」

 

 

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