得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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27 クロウ(II)

 

 

 

 

 

 

 ──安全領域から駆け出し、こちらへと向かってくる、己よりも遥かに小さい『敵』の姿。……それを見た階王種は、その凶相を歪める。

 

 この階層においてあらゆる魔獣を凌駕する存在として定められている階王種であるが、唯一、その手の及ばぬ場所が階層内に存在する。──それが、“扉”だ。敵がその領域に逃げ込んでしまえば、自身の手でそれを追撃することができない。

 

 階王種は“階層で最強の個体”であると同時、“迷宮という機能の保全者”でもある。それこそが存在のコンセプトであり、覆すことのできない命題である以上、階王種は“扉"を破壊しうる行動は取ることができない。

 敵に放ったブレスでさえ、その影響を受けていた。

 本来であれば敵に直撃していたはずのブレスは、その直線上に“扉”が存在していたがために階王種の意思とは関係なくその放出を一瞬、遅らされ、“扉”を逸れると同時、獲物をも逃した。

 

 ──まあ、そんなことはどうでも良いのだ。

 

 人間的な感情に則れば、階王種はそう思った。つまり、己ですら手出しできない領域に逃げ込んでいた敵が、隠れるのをやめて向かってきた。だから、叩き潰せる。……それだけが大事なことであり、それ以外の思考は必要ない。

 

 階王種はその口蓋を開く。……ブレスではない。ブレスは絶大な威力を持つが、しかしある程度のチャージを必要とする。それよりも、あのわけのわからない動きと速力を放棄した敵相手にならば、より有効な方法がある。

 

 吼える。──咆哮が大気を弾く。高周波で震える大気がギィィン、と響く。

 

 ……実際のところ、それは人という種に絶対的な効力を持つ攻撃だった。人の大きさで人の形をした人の構造を持つ、そんな生物の動きを奪うことに最適化された、“音”という攻撃。

 それは階王種がヒトの天敵種としてデザインされていることの証明でもあった。

 

 だが──こちらに迫り来る“敵”は、その動きを鈍らせはしなかった。

 

 ──!?

 階王種は動揺する。……こちらに向かってきている敵は、人間だ。あのデタラメで破滅的な動きではない、間違いなくヒトの動きでこちらに向かってくる。

 

 ウォオオォォォオオオッッッ!

 ──雄叫びとともに、人に対して絶対的な威力を持つはずの音砲が続けざまに放たれる。

 

 “敵”の周囲の空気が続けざまの振動に揺らめき、ギギギギィィィンッ! とガラスを引っ掻くような不協和音をがなりたてる。

 ……だが、それでも敵は止まらない。

 

 と、同時、階王種は気付く。──敵を守るあの黒い靄は、何だ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……」

「……そんな目で見られても困るぞ、クー」

 

 背中に負った少女の形をした魔物から注がれる、なんとも言いようのない視線をクロウは感じていた。クーは無言であるが、否、無言であるだけ、弁解しなければならないような気分にクロウはなってきていた。

 

「だっておれはアレを喰らうと、動けなくなるんだ。だから……」

「……!」

「──頼む」

 

 一瞬後、咆哮により産み出された音の氾濫がクロウに押し寄せる。

 爆音は空気をビリビリと震わせ、もはやそれは音というよりもただ振動現象と表現した方が真実に近い。

 実際、耳に詰め物をしたとしても、この音の波は皮膚から浸透し人体を揺らし、行動不能を引き起こす。

 

 それはクロウにしても同じ。いかに頑強な体もまるで役に立たない。だが──。

 

 音の氾濫が一時的に収まると同時、クロウはクーの姿を脳裏に思い描く。……背に小さな重みが戻る。クーの無言の抗議にクロウは反論する。

 

「違う。仲間を盾にするんじゃない」

「……」

「役割分担だ。うむ。いい響きの言葉だ」

 

 はぁ……、と。背後から溜息のようなものをクロウは感じ取った。一応は了承したようだ。

 

 階王種がその巨大な口を開いた瞬間、クロウはイメージする。

 ──クーではない、『ミミック』の姿を。

 

 次の瞬間、クーが黒い靄のような姿に変わり、繭のようにすっぽりとクロウを包み込む。そして、音速で飛来した振動がその表面を打った。

 

「……ッ!」

 

 無論、全ての音を防げるわけではない。クー程度の体積でクロウを覆ったところで、そう大きな遮音効果があるわけではない。だが──直撃しない。

 

 音そのものが物理的な破壊力を持つわけではない。あくまでも、人体の半規管がグチャグチャに揺らされるために平衡感覚の喪失が起こる。

 ……ならばその音量に反して意外なほどに繊細なその攻撃を凌ぐためには、直撃さえしなければ十分だ。

 

「ありがとうな。……そうだな、アレを倒したら、アレの魔石を食べていいぞ」

「!」

「あ、全部じゃないぞ。ミューが怒らないくらいの量な」

 

 階王種の魔石を喰らうという提案にクーの中に眠る野生の火がついたのかは定かではないが、再び少女の姿に戻ってクロウの首筋に抱きつくクーは、目をギラギラとさせていた。

 

 再び放たれた音砲にも嬉々として対応する。

 ……階王種の攻撃が人にしか効かない、ということをクロウは知っていた。

 何しろミューもクーも──半生体ではあっても人ではないミューも、人を模していても魔物のクーも──音響攻撃に気を失ってなどいない。

 

 人を包み込み、窒息死させるミミックが、クロウ一人をすっぽりと覆うことなど造作もない。そして音砲に影響を受けるわけもない。

 耳などそもそも存在せず、平衡感覚を司る機関などというまだるっこしいものも持っていないのだから。

 

 普段は戦力と言うにも躊躇を覚えるクソ雑魚魔物であるクーだが──この瞬間のみ、階王種へと対抗するためには最高の切り札だった。

 

 ……だが、それも数十秒で終わりを迎える。

 クロウの背にしがみつくクーは、びくりと身を竦める。その理由は一目瞭然──階王種がその巨大な口蓋に、目も眩むほどに莫大な魔力を蓄え、圧縮しだしたからだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 階王種は冷静だった。──もはや怒りという段階は過ぎ去った。あの矮小な生き物を殺し損ねる無様。あまつさえ圧倒され、恐怖すら感じるという階層の王にあるまじき振る舞い。

 

 ──十分だ。確実にアレを仕留められるなら。

 

 階王種は欲張らない。

 本来であれば踏み潰し、己の無力をたっぷりと味あわせてから絶望とともに殺したい。だがそれよりも、これ以上の無様を晒せないという矜持が優った。

 

 故に選択する攻撃方法に、一切の遊びは無い。出し惜しみなど、もうしない。

 ブレスという、保有魔力──言い換えるならば魔物としての格がその威力に直接反映される攻撃で、抵抗の隙もなく焼き尽くす。

 

 彼我の距離は既に、そう遠くない。最大出力分のチャージは完了した。

 もはや撃つのみ──その瞬間、敵は跳んだ。

 

「……ッ!?」

 

 生半可な高さではない。それまでの速力全てを注ぎ込み、上方への推進力とした跳躍。敵は階王種の頭を越えるほどの高さまで到達している。

 おそらくは、ブレスを避けようとしたのだろう。だがそれは──悪手!

 

 巨獣は勝利を確信する。

 

 空中に浮いたままの敵は身動きが取れない。ただ落下するだけだ。階王種を苦しめた、敵の持つ技術や経験、或いは速度──その全てが意味を成さない。

 

 無論、虚は突かれた。だが、それだけだ。下に向けて放とうとしていたブレスを上方に向けて撃つ、ただそれだけで全てが終了する。背後には“扉”も無く、間違いなく直撃する。

 

 ──勝った。

 

 高密度まで圧縮されたブレスが膨張し、光の濁流となる。それは敵へと一直線に向かった。

 威力と速度は避けきれるものではなく、受け切れるものではない。階王種は、獲物の姿がその光帯へと完全に呑み込まれる様をその眼に映した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……言葉に過不足がなさすぎて逆にわかりづらいのですよ、クロウさんはッ!」

 

 同時、後方に一人取り残された少女がヤケクソ気味にそう叫んでいた。

 目も眩むほどの光から目を逸らさず、光に呑み込まれる二人を見る。

 

 悪態は続く。

 

「私が理解できていなかったらどうするつもりだったのですか! 普通わかりませんよ、あれだけじゃ! 私だったからわかりましたけど!」

 

 そう言ってミューは一瞬黙り、もう一度繰り返す。

 

「……私はわかりましたけど!」

 

 僅かにドヤ顔であった。そのままミューは叫んだ。

 

「勝ってください、クロウさん──!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「──応」

 

 ──ッ!?

 

 奇妙なまではっきりと聞こえたその声に階王種は瞠目する。音の発生源は上空、すぐ近く。……極大の混乱が階王種を襲う。

 

 馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な──!

 

 チャージした魔力を全て放出し終え、ブレスは細くなり、遂には途絶える。

 熱せられ、膨張した空気による爆風が起こり、漂う靄のような魔力の燐光を吹き払う。

 その先、階王種の目と鼻の先には──高温に焼かれ、紅く燃え盛る巨大な岩の先端があった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「助かった。ミューが手を貸してくれたおかげだな」

 

 ──と。気絶したクーを尻目に、落下中のクロウは()()()()()()()()()()()()()()()を見た。

 

「さすがはミューだ。このデカい魔鉱石も、あの変なパンチもこのときを見越していたなんてな」

 

 ミューが聞いたら全力で抗議しそうなことをクロウは呟く。

 

 ……実際のところ。

 切り離した手首の先からでも収納魔術でものを取り出せるのかなどという疑念に、クロウはそもそも思い当たりもしなかった。というか、ミューの手首から先をかざせば自動的に、ミューがクロウにプレゼントしようとしていたあの巨大な魔鉱石を取り出せるものと思い込んでいた。

 さらに言えば巨大な魔鉱石の後ろに隠れたからといってブレスを本当にやり過ごせるのかなどわからなかったし、全てはぶっつけ本番だ。

 

 要するに、行き当たりばったりの作戦であったことは間違いない。

 だが同時、今、この瞬間を創り出すためにはミューとクーの協力が必要不可欠であり、またクロウと一瞬で意思疎通できなければならなかったことも真実であるわけで──。

 

 ──要するに皆、自分の仕事を果たした。

 次はクロウの番だ。

 

 とりあえず邪魔なので、ミューの手とクーを遠くにぶん投げる。腐っても魔物、空から落ちた程度では死なない。……今は、この目の前の敵だ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 階王種は秒を経ずに混乱から復帰していた。この巨大な岩の塊を盾にして、矮小な敵はブレスを防いだ。

 

 だが──それがなんだというのか?

 

 結局それは、彼我の距離が近づいただけのことでしかない。どちらにせよ接近戦において己がこのサイズの敵になど敗北するはずがないのだから。

 ならばそれは生存の時間を伸ばしただけに過ぎず、敵からすれば"扉"の側で怯えていた方がまだマシだった。つまり所詮、これは──

 

 ──その瞬間、階王種は気付く。

 

 違う……違う!

 コレは──目の前の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 敵にとっては決して、ただの盾ではなく──!

 

 階王種は岩の向こうに敵の姿を幻視する。本能はその脅威を悟り──しかしながら肉体は本能に、追いつけなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 クロウは拳を構える。全身の筋肉が絞られ、腕がミシミシと音を立てる。過剰な力が拳に集中する。

 

 拳と魔鉱石──どう考えても衝突すれば拳が砕ける。間違いない。

 

 意味がない。効率的ではない。馬鹿馬鹿しい。……魔鉱石の塊を拳で殴りつける男を見れば、誰もが例外なくそんな感想を抱く。

 無論、それは正しい。確かにそれは無意味で、どう考えてももう少しマシなやり方がありそうな間抜けな行為で──

 

 ──ここに一人、そんなことを続けた男が、いる。

 

「……喰らえ」

 

 ──ゴゥン、とクロウの拳が巨岩を打った。

 

 それは非現実的な光景だった。

 巨岩が拳により撃ち出される。その鋭い先端は燃え盛り、溶岩のような熱と鉄のような重量は尋常ならざる破壊力を否応無く連想させる──巨獣殺しの矛だ。

 

 矛が階王種の胸の中心を穿つ。

 胸部の中央部、魔核が存在するちょうどその直上に、その切っ先が突き刺さる。焼けた先端は肉を焼き、重量が容赦なく骨格を貫く。

 

 階王種は苦痛に絶叫を挙げた。 ……存在を始めてから初めて受ける絶対暴力。しかし致命傷ではなく、未だ力のある眼光でクロウを睨みつける。

 だがクロウは退かない。退く必要などない。

 

 クロウは咆哮した。もはや思考など必要ない。

 最も使い慣れた拳という武器を、最も殴り慣れた魔鉱石という物体に向けて解放する。

 ……響き渡るは破砕音。かつて誰もいない場所で孤独に響いていたその音は、今やその先に敵を見据え、幾重にも重なり、高らかに響く。

 

 硬く握り締められたクロウの拳が唸りをあげて叩き込まれ、その度に深く、より深く、確実に矛は血肉を穿つ。

 その一撃一撃が並みの魔物を屠り、消し飛ばす獰猛な一撃。……連続して叩き込まれるソレに、階王種はある概念を知る。

 

 ──敗北。そして、死。

 

 こんなところで存在を終えることの恐怖。圧倒的強者であるはずの己が追い詰められる理不尽。……初めて味わうそれが、渾然一体となって全身を巡る。

 

 肉体を構成する全てがその感覚を拒否した。勝利への、生への執着。そして最強種としての誇りが、恐怖をも超え肉体を動かす。

 生存本能が選択させた攻撃はブレスだった。チャージは最小でいい。ただ、敵を焼き尽くすだけの火力があればいい。魔核が砕かれる前に──!

 

 階王種の口蓋に、再び魔力の燐光が収束する。ソレは既にクロウを照準に捉え、数秒のチャージを終えたら後は放たれるだけだった。

 

 同時──クロウも最後の一撃を放とうとする。

 必要なのは、巨大な魔核を再生不能に破壊し尽くす至高の一撃。クロウの全身の筋肉がメギメギと軋みをあげ、肉体が持つ全能力を拳へと集約する。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 さて。ここで疑問を一つ提示しよう。

 ──クロウにとって拳を握るという行為は、“悪鬼”としての能力を封じる枷でしかないのだろうか?

 

 無論、クロウと悪鬼の能力差を考えれば、その疑問は頷けない類のものではない。

 仮に両者が正面から戦うことを想定すれば、肉体性能は同じであっても勝者は間違いなく悪鬼だ。

 

 ならば──ならばクロウとは、悪鬼を封じるためだけの外殻に過ぎないのか?

 

 

 

 ……答えは、否。断じて、否である。

 

 ただ振るうだけで十全な能力を発揮する四肢の暴力を、全てたった一本の腕に集約するという馬鹿馬鹿しい()()()。既に強大であるものがより過剰な破壊力を求めるという()()

 

 然してそれこそは生物が生まれながらに持つ能力ではなく──人の練り上げし業。

 非力を前提とした種が足掻くために錬磨した技に、法外の膂力を搭載するという反則。

 

 ──それこそが、悪鬼では手の届かない領域の一撃へと、クロウの拳を至らしめる。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「オオオォォォオォオオオォォオオッッッ!!!!」

 

 ──ブレスが放たれるよりも一瞬だけ早く、クロウの拳は巨岩に叩きつけられた。

 

 その一撃は魔鉱石で構成される巨岩にビシビシと亀裂を走らせ、自壊へと追い込む。しかし──その先端は確かに、階王種の魔核を貫いた。

 

 ──ルオオォォォオオオオッッッ!!!!

 

 階王種の断末魔が響き渡る。

 口蓋に蓄えられた魔力が魔核を破壊される衝撃に拡散し、莫大な燐光が宙空を乱舞する。

 

 階王種はすぐには倒れなかった。

 地上に落下したクロウを赫怒の眼で見据え、その巨腕を伸ばす。だが──。

 

 魔核の崩壊と連動し、階王種の肉体も崩壊を始める。クロウを捉えようとした腕は半ばから亀裂が走り、どさりと地面に落ちる。

 

 そしてクロウを睨み据えるその眼は永遠に光を失い、その巨体は地響きをあげて地面に倒れこむ。……それが、階層の王の死に様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロウは階王種の死を確認してから仰向けに倒れた。……身体が痛む。被害は甚大だ。息をするだけで骨が軋んでいる。

 掠れ声でクロウは呟く。

 

「……おれより強いやつは、どこにでもいるんだ」

 

 そんなことは昔から知っていた。

 今回の戦いはただの無謀だ。十に一つの勝ちを拾ったに過ぎない。だが──。

 

 ──奇妙な感慨が身体を満たしていた。

 空気の味が鮮烈だ。地面の感触は痛いほど。こちらに駆け寄るミューがクロウを呼ぶ声が聞こえる。

 

 ……それは生の実感だった。クロウが初めて自分の手で掴み取ったものはたったのそれだけで──それだけで、満ち足りていた。

 

「……勝った」

 

 クロウはそう呟いて、意識を手放す。

 ──世界に語られぬ戦いが幕を下ろした。

 

 

 

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