得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】 作:アッパーカット
「親方ー」
「おうクロウ……と、誰だそいつは」
「……友達、か?」
「あってる。友達だ。……しかしまた、雑多なとこだな」
エウーリアはクロウに連れられて入った店の、なんとも表現しづらい適当さに眼を見張った。一応は飲食店のように三つ四つのテーブルが並べてあるのだが、その脇には珍妙な品々……おそらくは迷宮産で使い道の見つからない遺物たちなのだろう。ガラクタが乱雑に積まれている。それが店の雰囲気を一気に怪しくしていた。
テーブルに着いたエウーリアにクロウが説明する。
「ここはおれの雇い主でもあるんだ。魔鉱石をここに卸している」
「へえ、ここにね……」
「汚くて悪いな。嬢ちゃんみてえな奴が来るところじゃねえんだ。注文はなんだ?」
と、親方に会話を中断される。エウーリアはきょろきょろと店内を見回してメニューが無いことを確認してから、親方に尋ねる。
「ここでは何が食べられるんだ、親方さん」
「おすすめは肉を焼いたやつだが」
「なるほど。なんの肉?」
「……? 肉だが?」
「いや、何の……?」
親方はエウーリアに愛想笑いを浮かべながら、クロウに近寄って耳元でこそこそと言う。
「おいクロウ。……面倒くせえ客を連れて来たな」
「すまない親方。エウーリアは世間知らずなんだ。許してやってくれ。あ、おれは肉で」
「あいよ」
“見棄てられた領域“といえば迷宮で生まれ迷宮で死ぬ、いわば骨の髄までの迷宮の住人たちが独自の文化を形成する魔境だ──と噂には聞いていたが、これがカルチャーギャップというものなのだろうか。詳細を尋ねるのを諦めたエウーリアは肉を頼み、親方が厨房に引っ込んだのを確認してからクロウとの話の本題に入った。
「実のところ、私はクロウに提案をしたいんだ」
「やっぱり飯は奢らない、ということか」
「……私、そんなセコい相談をしそうに見えるのか?」
「見えない。けど、それ以外に何があるんだ」
「いろいろあるだろ。……まず聞くが、クロウはどうして魔石掘りをやっているんだ?」
「どうしてといわれても困る。おれはそれ以外に何もできないからな」
のんびりとしたクロウの声と対照的に、エウーリアの声には熱が篭る。
「“見棄てられた領域“の最上階、第五階層──あんな場所で無事にいられる人間が私やお前を含めて何人いると思っているんだ?」
「けっこういるんじゃないか?」
「いや。私の知る限りではせいぜい、手足の指で数えられない程度……結構いるな」
「な?」
「な、じゃなくてな。……勿体無いと思わないのか? クロウの力なら迷宮の奥深く……私が普段、潜っているような最前線でも十分以上に通用する。なんでこんな場所で魔石掘りなんかをするんだ?」
エウーリアの言葉は世辞ではない。実際問題として、“見棄てられた領域”の魔獣……ことに第四、第五階層の魔獣は強大だ。並大抵の探索者では歯が立たない。
しかもそれほどに強大な魔獣に立ち向かっても、得られるものはあまり無い。“見棄てられた領域”の魔獣は迷宮下層の魔獣と違って魔石を持たないし、探索して簡単に手に入るような場所に存在する遺物は既に回収されている。そして何より、更なる深淵を目指そうにも第五階層より先は存在しない。
ならば、まともな探索者は深層を目指す。そこには魔獣を狩ることにより魔石という最低限のリターンが存在し、新たなる階層には手つかずの貴重な遺物、鉱石が存在することがほとんどだ。ただ魔獣が強大なだけの魔窟に足を踏み入れるには、下層があまりにも魅力的すぎる。“見棄てられた”と言うからには見棄てられるだけの理由があるのだ。
エウーリアから見れば、クロウは深層に挑戦する資格をもつ人間だった。“見棄てられた領域”の第五階層を一人で闊歩できるその実力は一線級、いやそれ以上。それがほとんど金にならない魔石掘りなどに費やされるのはあまりにも無為だ。常に戦力を欲している最前線でならば、同じ危険を潜り抜けるだけで莫大な富と名誉が約束されるだろう。
しかしクロウは、エウーリアの話に首を振る。
「探索者か。おれには無理だな」
「どうして? どうもここに愛着があるわけでもなさそうだし、一攫千金したいとは思わないのか? 男の子だろ?」
「そうだな。もしかしたら金が唸るぐらいあれば楽しいかもしれない」
「な? 一緒に金を唸らせてみないか? きっと楽しいぞ」
「でも悪い、エウーリア」
やはりのんびりとした口調のクロウに、エウーリアはむくれながら聞く。
「なんでだよぅ……。力があるなら、使えばいいのに」
「……うむ」
クロウは言うべきか言うまいか一瞬悩んで、まあいいかと思ってエウーリアに事情を告げた。
「実はな、エウーリア」
「なんだ?」
「おれには、ステータスがないんだ」
「……ステータスが無い?」
「そう。ないんだ」
エウーリアは眉をひそめる。ステータスが低いというのならわかる。だが、無い?
「どういうことだ? ……迷宮に一度でも踏み入った時点で、どんな人間であってもステータスを付与される。赤ん坊でも老人でも貴族でも奴隷でも、だ」
「そうだな。だけどおれには、ステータスがないんだ」
「……待ってくれクロウ。……そうだな」
エウーリアが鎧の中から一枚の紙を取り出す。灰色のその紙をエウーリアが握ると、紙の色が透明感のあるスカイブルーへと変わり、じわりと文字が浮き出る。
【エウーリア・レーベルハント Lv.45】
【称号 階層堕とし 相貌の愛し子】
【スキル 獅子の証明 憑霊契約】
【魔法 系統古代呪文・氷】
エウーリアが手にしたのは感応紙だ。広く出回る迷宮の遺物の一種で、迷宮の中で手に取り魔力を込めると、魔力に反応して紙の色が変化し、ステータスが現れる。
レベルは迷宮から吸い上げる力の総量を。称号は成し遂げた偉業を。スキルは錬磨した想いと願いを。魔法は現実をも凌駕する意志の形を──それぞれ体現すると言われている。
探索者の実力にはこれら全ての要素が密接に関わってくる。レベルは体力や腕力、魔力といった探堀者としての基礎の部分を総合的に示し、スキルは特定の状況下において絶対的な不利をも覆しうる。魔法は言わずもがな、力そのものだ。
エウーリアのステータスを見たクロウは目を見開いた。
「エウーリアは強いんだな。レベルはよくわからないが、称号とかスキルとか、そういうものはなかなか手に入らないと聞いたぞ」
「まあな。自分で言うのもなんだが私はそれなりに強い。レベルのおかげで外見がこんなでもそこらへんの適当な魔獣なら簡単にあしらえる。……ステータスのことを知らないわけじゃないんだな? これがステータスだということは理解しているよな?」
「あたりまえだろう。エウーリアはおれを馬鹿にしているのか」
「してない」
ただちょっと、言動の正確性に疑問を感じるだけだ。
エウーリアはクロウに感応紙を一枚渡した。
「じゃあクロウ、魔力を込めてみてくれ。ステータスが出てくるはずだ」
「そうか。まあやってみるか」
クロウは基本的に乗せられやすいのだ。クロウは魔力とかいう特に恩恵を感じたこともない力をえいやっと込めてみる。すると……
「ほらな」
「……ステータスが出て来ない? 名前すら?」
感応紙の色はくすみのない白へと変化し、魔力に反応していることは間違いない。だがしかし、文字は何一つ浮き出て来ない。エウーリアはクロウに問うた。
「待て……いつもこうなのか?」
「ああ、そうだな」
「……魔法はどうやって使っているんだ?」
「そんなものは使えないぞ」
「じゃあスキルは? クロウはどんなスキルを持っているんだ?」
「持ってない。そんなもの無くても敵を殴ることはできるからな」
「……それなのに一人であの階層に挑めるのか」
「あそこは人が少ないからな。気に入っているんだ」
エウーリアは愕然と眼を見開く。『馬鹿な』と形のよい唇が無意識のうちにそう呟いた。
要するにクロウの存在とは、それまでエウーリアの信じてきたものに真っ向から反するのだ。魔法も使わず、スキルの恩恵も無い。だというのにその身一つで怪物に立ち向かい、勝利し続けてきたのであろう少年が目の前にいる。
……知らず、エウーリアは身体を震わせた。クロウを真っ直ぐに見つめる。たじろぐクロウから視線を逸らさないまま、エウーリアはクロウの手を取った。
「お前……」
「なんだ」
「──お前、凄いな!」
「う……ん?」
エウーリアはクロウの手を興奮のままにぶんぶんと振る。
クロウは困惑していた。大抵の人間は、クロウのことを知れば知るほどに顔を背けるのだ。だというのにこのエウーリアは、眼を輝かせてクロウを見つめる。
「要するにさあ、純粋な身体能力だけであの強さってことだろ!? 凄いだろ! 意味わからないし聞いたことないぞ、そんなの! ……なあクロウ、私と一緒に来い! なっ!」
「お……おれの話を聞いていたのか。おれはステータスが、ないぞ」
「それだけ強ければ関係ない! むしろ面白いッ!」
「……おれにステータスがないのはおれが魔物の仲間だからだとかいって、この話をすると大抵、気味悪がられるんだが」
怪物と互角の力を持つ存在を、辛うじて人として定義するための『理由づけ』──ステータスがそういった側面を持つことは事実である。
怪物の力を持つ者は怪物に違いない──このどこまでも単純故に明快な論理を、ステータスというものの存在が皮一枚和らげてくれる。ステータスという強さの理由があるからこそ、それでも探索者は辛うじて人間として扱われる。
故にクロウは、自分が悪鬼などと呼ばれて他人から避けられるのは当然かもしれない、と無意識のうちにそう思っていた。ステータスすら無く……理由もなく迷宮を自由に闊歩できる強さを持つ人間というのは、もはや単純に気味が悪いのだ。いったいそれは、理性を持つ怪物とどう違う。
だがエウーリアは、そんなクロウを一言で喝破する。
「無知蒙昧な馬鹿は放っておけ! ……どこに行くか、そうだな、魔法耐性の妙に強い厄介なのが出て来る層に行こう! 三十六階層あたりを……いや、四十三層も」
「ま、……待て!」
初めてクロウの張り上げた声に、エウーリアは不思議そうにクロウを見る。
「なんだよ。一緒に冒険するだろ?」
「無理だ」
「ステータスが無いから、と? そんな馬鹿げた話は聞けないな」
「エウーリアは勘違いをしている。ステータスが無いというのは、つまりだな。たぶん、おれが迷宮に
「……?」
「簡単にいうとだな」
クロウは非常に微妙な表情で告げる。
「おれは、下層に入ることができないんだ」
「……何かの言葉遊びか?」
「エウーリアは、おれの言葉を勘繰らなければならない義務でもあるのか?」
「……いや、悪い」
エウーリアはバツの悪そうな表情でクロウの手を離し、席に座り込む。
クロウはまだエウーリアの体温が残っているような気のする手のひらをぐーぱーと握りしめてみて首を傾げ、エウーリアに説明する。
「おれはこれでも好奇心旺盛なんだ。面白そうだと思って、下の階層にいこうとしたことがある。だが……」
「だが?」
「地上階に入ろうとした瞬間、弾き出された」
「弾き出される?」
「ああ。“見棄てられた領域”の第一階層と地上階を結ぶ場所には、でかい扉があるだろう。あれを一歩越えようとした瞬間、わけのわからない力で体が押し返されるんだ」
「……疑いはしないが、何度試してもダメだったのか?」
「ああ。暇なときを見つけて、何度もやってみた。でも、無駄だった。速いスピードで突進すればするほど、強い力で押し返されるだけだった。だから気がつくとおれは……」
「俺は?」
エウーリアが促すと、クロウは深刻そうな表情で言葉を絞り出した。
「あの扉に押し返されて宙を舞う楽しさに、夢中になっていたんだ」
「楽しんだのかよ!」
「麻薬的な楽しさだった。なんだろうな、自分でジャンプするのとは違うんだ。空を飛ぶのはああいう気分なんだろうな」
「それちょっと羨ましいな……!」
そういえば、とエウーリアは思い出した。一時期、地上階に魔物が侵入しようとしているという噂があったのだ。迷宮から魔物が漏れ出す前兆か、と多くの探索者は危機感を持って地上階を張り込み、いつの間にか噂は消えていたのだが……
「クロウ。最近はそれ、やってるのか?」
「いや。なぜかある時から妙に人が増え始めてな。おれは常識があるからな、飽きてきたし、迷惑になると思ってやめたんだ」
「常識というやつは難しいな……」
「エウーリアは子どもだから、まだ難しいかもしれないな」
「いや同い年くらいだろう、私とクロウは。……もうそれでいいけど」
エウーリアはため息をつき、話を元に戻す。
「で、クロウは下の階層に行くことができないと」
「ああ、そうだな」
「なんだ、そんな……はぁ!? なんでだよ!? 一緒に冒険できないだろそれじゃ!?」
「だから、そう言っているだろう」
「……そんなぁ」
エウーリアはふてくされたように机に突っ伏す。その時、親方が肉を運んできたので、クロウはエウーリアの髪をつんつんとつついた。エウーリアの髪は上等な布のような柔らかな液体のような、今までに経験したことのない感触だった。
「エウーリア、肉だぞ」
「ああ、来たのか。……なんだこれ」
「肉だ。うまいぞ」
「肉!? これが!? なんて動物のどの部位だ……!?」
「食わないと損だぞ」
起き上がったエウーリアは、気乗りしない様子でその物体Xにフォークを伸ばす。
「……ッ!」
肉を飲み込んだエウーリアはダンッ! と拳をテーブルに打ち付けた。
「……クソ! 美味いのがなんか腹立たしい!」
「情緒不安定だな、エウーリアは」
「ほぼクロウのせいだ」
「そうか、すまないな。おれの肉を一切れやろう」
エウーリアはクロウのよこした肉を一口で食らった。やけ食いだった。