得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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5 栄光を戴く種

 

 

 

 

 

 

 目の前に現れる樹の塊に向けて拳を振るう。それはクロウの拳の前に簡単に吹き飛び……そして一瞬の間も空けずに、次の樹が迫ってくる。

 

「……キリが、無いな……!」

 

 上下左右、あらゆる視界が樹で埋まっていた。ざわざわと葉の擦れ合う音。ぎちぎちと枝の擦れ合う音。その渾然一体がクロウの感覚全てを埋め尽くし、溺れさせようとする。

 

 拳を振るう。囲まれる。拳を振るう。囲まれる。拳を振るう。囲まれる。

 クロウは止まらない。だが物量と質量という彼我の圧倒的な差には対抗できない。

 襲いかかる木の突端へとクロウはその硬く握り締めた拳を打ち付け、バキバキと音を立てながら粉砕する。一打一撃、クロウの拳と精悪樹の制圧力が、土埃を巻き上げ地を揺らしながら衝突する。

 徐々にクロウの前進はその勢いを緩めることを余儀なくされ、そして、ある地点で完全に拮抗した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 実のところクロウは、この見棄てられた領域の第五階層において無敵であるというというわけではない。クロウには圧倒的な強み……常軌を逸した身体能力がある。だがそれは同時に、()()()()()()()()()()()ということでもあるのだ。

 

 クロウには魔法が使えない。だから、圧倒的な体積や手数を持つ相手には分が悪い。

 クロウはスキルを持たない。だから、格上相手に逆境を覆すことはできない。

 

 故に、クロウは常に逃走という手段を選択肢に入れている。

 相性が悪い相手には逃げればいい──それが探索者なるざるクロウの真理である。そんなクロウだ、今だって当然のように逃走という手段が頭の片隅にある。だが、何故かそれを実行に移せない。

 実力的な問題ではなく。そもそも逃走したいと思えないのだ。こんなことは初めてだった。……今のクロウの中ではっきりとしていることはたったの一つ。

 

 なんとなく。エウーリアの前では、逃げたくない。

 そう、初めて──クロウは自分の感情のために戦っていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ──そしてそのツケが、すぐさまやってくる。足が止まる。幹に近づくにつれて増す枝の密度が、クロウの前進を阻む。前に足を踏み出そうとするクロウの力と押しとどめようとする枝の物量の拮抗は崩れ、逆転する。

 ずるずると、ほんの僅かに、気づかないほど僅かに、しかし確かに……クロウは押し込まれる。己の有利を確信した精悪樹はますます枝をクロウへと叩きつける。

 

「ぐ、お……!」

 

 その圧力はすでに、クロウの持つ力を大きく超えていた。みしみしと肉体が軋みをあげる。止まらない。一度押し込まれ始めた後退は止まらない。クロウの身体が軋みをあげる。

 意志も意気も、純粋な物量の前には意味を成さない。そのままクロウは耐えられず、吹き飛ばされようとし──

 

 

「悪いなクロウ、遅くなった」

 

 

 ──とん、と触れた少女の手が、瞬時に樹の枝を凍りつかせる。そして次の瞬間、枝はぴきぴきとひび割れ、砕け散った。少女は手をもう一振りし、その直線上にあった枝の全てが動きを止める。ぎぎぎ、と枝の軋む音が聞こえた。

 

「……エウーリア、か?」

「なんだよクロウ、私を見間違えるのか?」

「いや……」

 

 見間違えたのではない。見惚れたのだ。

 エウーリアの両目の瞳は淡い水の色に変化し、全身に纏う濃密な魔力で紅のコートが揺らめく。そして何よりも──エウーリアは獰猛な、美しい笑みを浮かべていた。

 

「よし、クロウ。作戦は簡単だ。私が枝の動きを止める。クロウは本体をぶん殴る。……わかりやすくていいだろ?」

「……うむ、悪くない。合理的だ」

 

 同時──()()()()()()()()、と擦過音を立てる枝はしなり、うねり……そして、ぱあんと弾かれるように動き出した。

 

「──行けクロウ! 急げよ、私のこの状態は長くもたないからなぁ!」

「任せろ」

 

 クロウは一歩を進める。そこに前後左右から襲いかかる常軌を逸した物量の樹。視界の全てが覆われるようなそれは、しかしエウーリアの魔法でその動きを停止して、ぴきぴきとひび割れ、砕け散る。

 クロウは一人、幹へと向かい走り抜け、迫り来る樹を今度は真正面から打ち砕くのではなく、横へと弾き、逸らす。その一瞬の時間でエウーリアが樹を凍らせ、動きを止めてくれる。だから背後から襲われる危険は無いという確信あっての動きだ。

 

 しかし精悪樹もされるがままではない。エウーリアの魔法により砕けた枝の先端、最も新しい断面──そこから新たに枝が成長し、今度はエウーリアに襲いかかる。

 

「ぐ……!」

 

 エウーリアは不意の攻撃に反応が遅れ、ほぼ全ての枝を再び凍らせ破壊したが、一本だけ逃し、身体を打ち据えられる。こぷ、とエウーリアの口から血がこぼれた。

 

「エウーリア!」

 

 身体能力、ひいては耐久力に秀でるクロウと異なり、エウーリアの耐久力は同レベル帯の探掘者と比べても低い。それは膨大な魔力の引き換えであり、また少女としての肉体の華奢さ故の必然でもあるのだが……一瞬、足を止めたクロウにエウーリアは叫ぶ。

 

「止まるな! この程度では死なん!」

「……だが」

「なんだクロウ、お前まさか、私を心配しているのか!? ……ハッ、そんなくだらん感傷は捨ててしまえ! お前の心配なんかいらん! 私は今、楽しいんだ!」

「……!?」

「ほら進め! 止まったら殺すぞ!」

 

 その声にクロウは進む。殺到する枝を再びエウーリアは凍らせる。砕けた断面からすぐさま成長した枝がエウーリアを襲うが、今度は紙一重でそれを避けた。

 

「ははははっ! なあクロウ、楽しいなあ! ……さっきの話の続きだ、お前の問いに答えてやる! これが、これこそが、私が迷宮に潜る理由だ!」

 

 エウーリアは嬉しそうに、どこまでも嬉しそうに笑いながら枝を破壊し、舞うようにその破片を避けながら、金糸の髪と紅のコートを靡かせて宣言する。

 

 

 

「──()()()()()()()()()!」

 

 

 

 その言葉が、前進を続けるクロウの脳に食い込んだ。思わず口から言葉が漏れる。

 

「冒……険」

「そうだ、冒険だ! ……なあクロウ、私はお前を否定しないよ。確かにお前の言う通りだ、私は迷宮なんかに潜らなくとも生きていけるだろう。名前も知らん偉い誰かに端金の代わりに差し出される生き方もあったのかもしれん! 私は強制されるそれを玩具のようだと嫌悪するけどな、だからといってそれが誰にとってもの真実じゃあないだろ!」

 

 エウーリアは砕け散る樹と再生する樹の狭間で、なおも獰猛に笑う。

 

「けれどな、それでは──今、()()()()は手に入らないんだよ! 此処には人間が存在する! 虚飾も外面も全て剥がした、剥き出しの人間が! ──此処には敵がいる! 全身全霊を傾けて、他の何一つ気にせず叩き潰すべき敵が! ……そして!」

 

 クロウの心臓が、どくりと鼓動を打つ。

 

()()()()()()()()──! この場所でなら死んでもいい、それ以外で死ねないと思えるこの私が! ……なあクロウ、私たちみたいなやつらにそれ以外に生きる意味が必要か!? 私は確信している! 此処には全てが存在する、と──! ──だから!」

 

 エウーリアは全身に擦過傷を負いながら、その柔な肢体にありったけの魔力を込めて無理矢理に動かし、美しい金髪をほつれさせ振り乱しながら、しかし力強く宣言する。

 

「だから私は冒険をするんだよ! この私の全てを懸けて──!」

 

 少女のその宣言が、クロウの中に存在する何かをビリビリと振動させる。肉体が湧き立ち、血液よりも濃厚に熱された感情が全身に満ちる。

 この感覚は、なんだ。……クロウはこの感覚を知らない。感動という単純ですらある、故に何よりも強烈なこの感情を知らない。初めて手にしたそれが、クロウの足を突き動かす。

 

 複雑に絡み合う剥き出しの根の上を身軽に跳び、気づけば目の前には樹の幹がある。それは眼前にするとなおさらに雄大で、神樹とすら見まごう大木だ。

 そのあまりの巨大さに一瞬だけ戸惑ったクロウの耳に、エウーリアの声が聞こえる。

 

「クロウ、やれ! 殴り飛ばせ!」

 

 身体が発火した。みしみしと全身の筋肉が蠕動し、右の拳へと肉体の膂力全てを集約させる。そしてそれが、全力を以って解き放たれた。

 

 ──爆音が響いた。それはまるで巨獣の一撃だ。限界まで収斂された力が生み出す、純粋にして至高の一撃。

 それは彼我の大きさの差などというくだらない差を完全に超越し、樹の繊維をバキバキと音を立てながら引きちぎる。

 

 しかしその一撃は巨木を大きく揺らしたものの、破壊には至らなかった。生木特有のしなりと粘りが、クロウの拳による破壊を留めている。

 ……これではあと何発放てば樹を粉砕できるのか、予想もつかない。歯噛みしてもう一発拳を叩き込もうとし、拳を引いたその瞬間──

 

「……っ!?」

 

 ──パキパキと、この短時間で聞き慣れた音が目の前から聞こえる。見れば放射状にヒビの入ったその樹皮の表面には氷が張り、ビシビシと音を立てている。

 

「生木は無理でも、凍らせりゃ砕けるだろ!」

 

 背後のその声に導かれるように、クロウはもう一発、全力の拳を寸分違わぬ場所に打ち込む。今度は金属が擦れ合うような不協和音が響いた。放射状のヒビは一挙に広がり、巨大な樹はその支えを失いかけてぎしぎしと傾ぐ。枝の間を吹き抜ける風は断末魔のようだ。

 エウーリアが叫ぶ。

 

「とどめだ! もう一撃、行け──ッ!」

「お……お、おおおオオォォオオッッッ!!!!」

 

 臓腑の底から、クロウは無意識のうちに咆哮する。

 ──そして放たれた拳の一撃は、樹に巨大な風穴を開けた。

 

 

 

 

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