得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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6 戦いの後に残ったものは

 

 

 

 

 

 

「あー……。……もう余力が無い」

「元気そうでがないな、エウーリア」

「当たり前だろ……。こんなデカいものを凍らせたのは初めてだ」

 

 エウーリアは呻くようにそう囁く。殴り飛ばした精悪樹は支えを失ってそのまま崩れ落ちようとし、クロウはそれに巻き込まれようとしていた。

 それを寸前で助けたのがエウーリアである。その超重量をギリギリで凍りつかせたのだ。

 

 頭上には氷柱の下がる大樹。その隙間からは光が漏れ、氷柱できらきらと反射しながら深緑を際立たせる。クロウはその絶景に目を見張っていた。

 

「……しかしすごいな。エウーリアはこんなに強かったのか」

「これは私の力じゃなくて……【憑霊契約】ってスキルだ。対価を差し出して無理矢理、魔力を借り受けるんだよ」

「対価?」

 

 エウーリアの瞳の色は薄い水色から深い翠に戻っている。エウーリアは気怠げに言う。

 

「その時その時で全然違うんだけどな……今回は『時間』みたいだ」

「うん?」

「これから、そうだな……三日くらいか? 多分眠り続けるから……」

「エウーリア?」

 

 クロウがエウーリアを揺すると、エウーリアはがくんと倒れ込んだ。慌てて抱きかかえる。エウーリアは眠る寸前の間延びした声でクロウに頼みごとをした。

 

「氷の魔法も、そんなにもたないから……私を連れて、安全な場所に移動してくれ」

「わかった。その後はどうすればいい」

「適当に……その辺に……転がしといて……」

「わかった。適当にその辺に転がしておく」

 

 そのまま眠りこもうとするエウーリアに、クロウはあることを思い出して言う。

 

「そうだ、エウーリア」

「……んぅ? ……なんだ?」

 

 クロウは驚くほど自然に、その言葉を口に出していた。

 

「楽しかった、な」

「そうか……そうだろ」

 

 エウーリアはその言葉に微かに笑い、そのまま寝息をたてた。

 

 

 

 

 

 

 

 エウーリアを抱きかかえて、樹の隙間を縫って外へと出る。

 

「はー……すごいな」

 

 崩落した崖と、凍りついた大樹。それは異郷の神話のような荘厳さを感じさせる光景だった。

 クロウはエウーリアをその辺に適当に転がしてその様をしげしげと眺める。そしてそのまま十数分ほどぼうっとしていたクロウに、後ろから何かが突きつけられた。

 

「動くな」

「ん?」

 

 普通に振り向くと、見覚えのない女が動揺しながら剣を引っ込めた。しかし剣先はいまだにクロウに向けたままだ。見ると、エウーリアにはまた別の少女が縋り付いて揺すっている。

 ……と、クロウは気付いた。この目の前の女と、エウーリアに縋り付く少女。二人とも紅のコートを纏っている。それはどうやら、エウーリアの纏うものと同じもののように思えた。

 

「お前たちはエウーリアの知り合いか?」

「……お前こそ誰だ?」

「おれか。おれは、クロウだ」

「探索者か?」

「魔石掘りだ」

 

 そのまま見つめ合う。数十秒ほど経ってから女は大きく息を吐き、剣を納めた。

 

「……どうやら互いに事情を共有する必要がありそうだ。私はエウーリアの所属するギルドの副長、ミセルだ。クロウでいいのか?」

「そうだな。それ以外の名前は、好きじゃない」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 十五分が経過した。

 

「……うむ。理解した」

「本当だな? 貴様、本当に理解したんだな? よし、言ってみろ」

 

 念押しするミセルに、クロウは自信満々に言い放つ。

 

「ああ。つまり、ミセルはエウーリアの仲間なんだな」

「結局ッ! 結局そこしか理解していないのか!? これだけ説明しても……ッ!」

「そうだな。ミセルがエウーリアの仲間なら、エウーリアを心配するのも無理はない」

「こ、これほどまで話の噛み合わない相手は初めてだ……!」

 

 ミセルは呻く。頭痛を感じながらこめかみを抑えて言った。

 

「わかった。もうそれでいい。とりあえず私たちはエウーリアの仲間……『クラウソラス』というギルドの人間で、武者修行と言い残して消えたエウーリアを探しに来た。いいな?」

「ああ。完全に理解している。同じことを何度も言うのは頭がよくないぞ」

「……落ち着くんだ、私。目の前のこれを三歳のガキだと思えば……よし。……クロウ、私はここで何が起こったのか知りたい。まず、何故エウーリアは気を失って倒れている?」

「なんだったかな。……確か、なんとか契約と言っていたな」

「ユフィ、どうだ?」

 

 エウーリアの容体を診ている少女にミセルが聞くと、少女はコクリと頷く。それを確認してミセルは言葉を続けた。

 

「それはエウーリア自身の口から聞いたのか?」

「ああ。眠る前にそう言っていたな」

「……これは確認だが、あの馬鹿げた大きさの樹はエウーリアが凍らせたんだな?」

「そうだな」

「では、クロウ。貴様はエウーリアが樹を凍らせた時、何をしていた?」

 

 クロウは思い起こした。クロウが樹を殴り倒した後、倒れ込んできた樹をエウーリアが間一髪で凍らせた。その時、確かクロウは……。

 

「うむ。側に突っ立っていたな」

「……何もせずにか?」

「うん? ……そうだな。エウーリアの魔法はとても綺麗だったぞ」

「……そうか」

 

 ミセルはクロウを観察する。……その覇気のないぼうっとした顔はどう見ても、ただの少年だった。気を失ったエウーリアの倒れる側に立つこの少年に警戒心を向けていたことが馬鹿馬鹿しくなる。

 

「……なんらかの理由で倒れてきたこの樹の下敷きになりそうだったクロウを、エウーリアが助けた。そして憑霊契約の対価として気を失った、といったところか」

「そうだな」

 

 状況から考えるにそうとしか思えなかった推測の独り言に、クロウが肯定の返事を返す。この少年に嘘がつけるとはとてもではないが思えなかったし、ならば自分の推測は正しいのだろう。ミセルはそう思うことにした。

 ユフィを振り返ると、エウーリアを魔法で空中に浮かせている。帰る準備は万端のようだった。それをぼうっと見ているクロウに、ミセルは声をかける。

 

「……クロウ。私たちはエウーリアを連れて帰ることにする。貴様はどうする?」

「? どういうことだ」

「私たちは下の階層まで戻るが、途中のお前の住む階層まで連れて行ってやろうか、とな。エウーリアが気を失ってまで助けたお前が、直後に魔物に襲われて死んでは寝覚めも悪い」

「ああ、そういうことか。でもおれは魔鉱石を運ぶからな。気にしないでくれ」

「……そうか」

 

 ミセルはそれ以上は誘わなかった。こんな階層でただの少年が、それでも魔石掘りなどという仕事をしているのだ。それなりに事情と覚悟あってのことだろう。ならば、それ以上に踏み入る気もなかった。

 

「ならば失礼する。もう会うことはないかもしれないがな。運があれば、また逢おう」

「おれは運がいいから、また逢うかもな」

 

 ミセルが歩き出すと、ユフィもクロウに一度だけ会釈して歩き出す。

 クロウは魔鉱石を拾いに崖の方へ向かおうとして、あることに気づき、ミセルを呼び止めた。

 

「ミセル」

「……なんだ? 一緒に連れて行って欲しいなら」

「エウーリアはその辺に適当に転がしておいてやってくれ。そう頼まれたんだ」

「何を言っているんだ貴様は」

 

 ほんとこの少年、わけがわからない。ミセルはため息をついて歩みを進める。クロウも今度は呼び止めようとしない。

 ミセルは言葉では言い表せない、酷い疲労感に包まれていた。そんなミセルに、ずっと黙っていたユフィがふと、言葉を発した。

 

「“悪鬼”……」

「ん? なんだ、ユフィ」

「あ、いえ。エウちゃんが悪鬼とかいうすごく評判の悪い人と一緒に行動してるって、聞き込みではそういう情報があったと思うのですが」

「ああ、そうだったな」

「でも、そんな人は見当たらないというか……あの人、クロウさんでしたか? 彼では間違ってもありえないでしょうし」

「そうだな。あれが悪鬼ならアヒルも魔物だろうよ」

 

 ミセルは頷く。多少イライラさせられたが、その程度ならまだ可愛いものだ。命を大切にしないのはどうかと思うが、それもまた人それぞれの価値観だろう。

 

「それにしても悪鬼だなんて酷いあだ名ですよね。山のような大男でしょうか」

「そうかもな。一度顔を見てみたいものだ」

 

 一行は下層へと向かう。

 ……彼女らが自分たちの勘違いに気付くのは、意外とそう、遠くない。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ……クロウの日常に変化はない。せいぜいが魔鉱石を掘る必要がなくなり、崩れた崖の跡から拾うだけでよくなった、ということくらいだろうか。そう大した変化ではない。

 

 だというのにエウーリアがいなくなってから、クロウは妙に落ち着かない。魔鉱石を拾っていても、家に帰り着いても、眠ろうとしても、眠った後も、エウーリアと共に戦ったあの瞬間の記憶が忘れられず、脳裏に浮かび上がる。

 

 あの瞬間──クロウはそれまでの人生のどの瞬間よりも確実に、生きていた。自分の存在意義と存在価値を初めて実感できた。

 そしてなによりもエウーリアの言葉はクロウをこれまでになく強く揺さぶり、生れ出た熱量は消え去ろうとしない。

 

 ……クロウの内面に少しずつ、しかし確かな変化が現れる。クロウは寝ても覚めてもあの瞬間のことを考えていた。

 どうせ忘れられないなら、考えたほうがマシだ。クロウはずっと、自分がどうしてあの瞬間を忘れられないのかを考えていた。

 

 

 

 

 そしてその答えがふと思い浮かんだのは、エウーリアが去って三日後のことだった。

 

「そうだ──おれはもしかしたら、エウーリアを惚れさせたいのかもしれない」

 

 頬張っていた肉を飲み込み、おもむろにそう言ってみる。口に出すと、思いのほかそれは、クロウの今の心境をぴったりと表現していた。

 

「急にどうした、お前」

 

 暇そうに酒を飲んでいた親方は気味悪げにクロウを見て言葉を続ける。

 

「エウーリアってあれか、お前がこの店に連れてきた、あの貴族様みてえなガキか」

「ああ、それだ」

「馬鹿、やめとけやめとけ。あんなのは相手にするだけ無駄だよ。ああいう手合いはな、こっちを人間だと思っちゃいねえんだよ。こっちにしてもな、見てるもんが違いすぎらあよ」

 

 クロウにはエウーリアが親方の言うような人間には思えなかったが、しかし一理はあるかもしれないと思った。今のクロウでは、エウーリアとはもう二度と、会うことすらないかもしれない。

 だからクロウは、親方に聞いてみる。

 

「なあ、親方」

「ああ?」

「──おれが迷宮に挑む方法は、本当にたったの一つもないんだろうか」

 

 

 

 

 

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