得意技は殴打、必殺技も殴打【リメイク前】   作:アッパーカット

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9 アクセサリー(首に付けるやつ)

 

 

 

 

「安いぞ。安いぞー」

「……あのクロウさん?」

「いきのいいメイドだぞ。よく働くぞー。早い者勝ちだぞー」

「あのっ! クロウさんっ!?」

 

 見棄てられた階層、第三階層──行き場の無い人間たちが集う、迷宮最大のスラムだ。その階層でも最も多くの住人(ならずもの)が集う市場に、クロウとミューは立っていた。

 そこには喧騒があり活気があり、しかして秩序は無かった。人が踏みしめただけの道の横に掘っ建て同然の小屋が幾多も並び、今日の食料から禁制品までを幅広く商っている。

 

 気の抜けた声で道行く客に呼びかけるクロウの肩を、ミューがガクガクと揺さぶる。

 

「これアレじゃないですか? ……もしかして私、売られるやつじゃないですか!? いいんですかソレ!? なんというかこう……モラル的にも!」

「? ミューは遺物だと、そう聞いたと思うんだが。だったら売ってもいいだろう」

「素直すぎませんか!? 確かにそう言いましたけど! そう言いましたけれどっ!」

 

 言葉が言葉通りに通用してたまるか。

 クロウについてきたらいつのまにか売られる寸前になっていた。一寸先は闇にもほどがある。

 頭を抱えるミューに、ふーやれやれと言わんばかりにクロウが肩をすくめて言う。

 

「それにな、人聞きが悪いぞ。おれはミューに誰かマスターを紹介するのに、紹介料を取ろうとしているだけだぞ。そしておれはその金で欲しい情報を仕入れる。……うむ、合理的だ。やましいところはないんじゃないだろうか」

「なんでそんなところだけ如才無いんですか!? 天然で中身が真っ黒なんですか!?」

「あ、なあそこのチンピラー。メイドはいらないか」

 

 ダメだ。そもそもミューの話を聞いてない。

 ミューはクロウの説得を試みる。

 

「ほらクロウさん、メイドさんいらないんですか!? 一生に一度のチャンスですよ!?」

「別にいらないな。今のところ必要じゃない」

「ならええと、これでも私の造形は美少女ですよ!? 控えめに見ても!」

「そうだな。たぶん、ミューはかわいいと思う。でも、それだけだな」

「なん……ですと……!?」

 

 ミューは慄いた。可愛いは正義(プリティ・オブ・ジャスティス)ではなかったのか。

 説得材料を失い言葉に詰まるミューに、クロウがぼんやりとした表情で言う。

 

「それになミュー。おれはたぶん、ミューのマスターとやらには向いてないと思うぞ」

「いえ、マスターに向いているも何も……」

「おれにはな、ステータスが無いんだ」

「……はい?」

「ミューの言う契約というのはよくわからないが、それはたぶん魔法とかスキルとか、そういうものじゃないのか? だったらおれには無理だと思うぞ」

「いえ、そんな……」

 

 ステータスが無い──?

 ……確かにその言葉が本当ならば、本契約は無理かもしれない。魔力の経路(パス)を繋ぐことができないからだ。混乱するミューに、クロウが声をかける。

 

「あとな、ミュー。周りを見てみろ」

「……周り、ですか?」

 

 ミューはそう言われて周囲を改めて見回す。

 チンピラ、チンピラ、チンピラ、チンピラ、チンピラ……チンピラしかいない。それぞれのモヒカンが高さを競い、鶏の冠のようだ。ダメだこの階層。

 とその時、ミューは気付く。

 

「……私たちの周りだけ、人が避けていませんか?」

「そうだ。おれはな、この階層では【悪鬼】なんて呼ばれている。ステータスがない、という偏見のせいだな。おれは今更気にしていないが、ミューまでおれと一緒に、そんなふうに見られたくはないだろう」

「そんな……!」

 

 一度意識してみれば、それは明確だった。声の届かないようなところで小声で話しているのだろうが、ミューはメイドなので盗み聞きが得意だ。遠巻きにこちらを見つめる人々の言葉に耳をすませる。

 

『おい、見ろよ。【悪鬼】だ。こんなところにいやがる……』

『ケッ、忌々しい……』

 

 ミューは歯噛みする。……【悪鬼】だなんて。それがこんな、ぼうっとしたただの少年に向けられていい言葉なのだろうか。ミューはさらにその話に耳を傾ける。

 

『話の通じねえくせによ、気に入らねえことがあると半殺しにしてきやがるんだぜ』

『悪夢みてえなヤツだよ。カツアゲ程度許せってんだ、なあ?』

『全くだ。人間としてのモラルってやつが欠けてやがる』

『関わり合いになりたくねえな』

 

「っ! クロウさんに人間としてのモラルが欠けているだなんて……!」

 

『今度は【悪鬼】め、ついに人身売買に手を出しやがったぜ』

『いくら俺たちでもアレはねぇわ』

『あの嬢ちゃんも可哀想にな、同情するぜ』

 

「酷い……!」

 

 ミューは思わず手を握りしめた。見ず知らずの人間にここまで言われるようなことを、クロウがいつしたというのだろうか。クロウが少女を人身売買しているだなんて、そんな根も葉もない、偏見、を……?

 ミューはそこで何か違和感を覚え、現状を確認する。数秒黙ってから叫んだ。

 

「……いや違いますよね!? 別に偏見じゃないですよね!? 現在進行形で私、売り飛ばされる寸前ですし! もしかして悪鬼呼ばわりされるのはステータスとかそういう問題ではなく、単にクロウさん自身の行いのせいなのでは!?」

「急に何を言っているんだ、ミューは」

「自覚してない! クロウさん実は自分が悪であることを自覚していないタイプの一番ドス黒いナチュラルボーン畜生ではないですか!? 道端で人身売買してたらそれは誰だって避けて通りますよ! ドン引きされて当然じゃないですか!」

「いやこれは、人材を紹介……」

「悪鬼らしさをガンガン追加していかないでください! 弁護しきれませんから!」

 

 ぜーぜーと息を掠れさせるミューを尻目に、クロウは声をかけてきたチンピラの一人に応対する。チンピラはクロウの話にうんうんと頷き、二、三の質問をした後、クロウとがっしりと握手を交わした。

 

「よかったなミュー。マスターが見つかったぞ」

「いや待ってくださいよ! こんなところで人身売買じみた真似をしているクロウさんが異常ならそれに寄ってくる人も異常に決まっているでしょう!?」

「でもこの人はほら、もうミューのために特別なアクセサリーまで用意してくれているみたいで……」

「そのゴツい革の首輪をアクセサリーと!? 正気ですか!?」

「うむ、そうだな。ミューにも好き嫌いがあるだろう。直接話して決めるか」

「話が通じてない!」

 

 叫ぶミューだったが、とりあえずは交渉のチャンスのようなので、首輪を手に持ったチンピラと会話をしてみることにした。

 

「あ、あの……クロウさんとはどういった話し合いを?」

「……」

「ちょっ、この人無言でいきなり首輪をつけようとしてくるんですけど!? いくらなんでも行動派すぎませんか!? クロウさーん!? なんでこんなぶっちぎりでヤバい人にゴーサイン出すんですか!?」

 

 本気で逃げたミューはクロウの後ろに回り、背中に縋り付いて必死の交渉を開始した。

 

「いやもう本当に勘弁してください……! 正直クロウさんは頭おかしいし人の心を持っていないと思いますけど、この人と比べたら流石にマシですから! 必要でしょうメイド!? 頷いて! なんでもいいから頷いてくださいよぉ!」

「……」

「無言で押し出さないでくださいどうしてアイコンタクトで永遠のサヨナラを伝えてくるのですか!? 私ここで見捨てられたら一生お日様の光を拝めなさそうな気がするのですけれど!? なんでもしますから! なんでもしますから何か無いんですか!?」

「……ふむ」

 

 クロウは少し考えて、ミューに聞いてみた。

 

「迷宮の地上階を通らずに下層に侵入する方法を知っているか?」

「え、知ってますよ?」

「え?」

「え?」

 

 

 

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