倒した、と誰もが思った直後。
氷炎将軍フレイザードが放った技――『氷炎爆花散』は、直接的自体は大きくなかった。
しかし、無数の石による霰が収まった後で聞こえてきた地響きが、敵の真の狙いを教えてくれる。
「……今の技はなぁ。攻撃と同時に、オレの部下達への合図でもあったのさ」
氷漬けになったレオナのすぐ傍。
バラバラになった破片が集まってフレイザードの姿を構築していく。
「名付けて、氷炎結界呪法!!」
バルジ島の中央にそびえ立つ高い塔。
その塔を挟むようにして、地面から『何か』が隆起してくる。
――塔だった。
一方は燃え上がる炎を纏った紅蓮の塔。
一方は見るだけで冷たさを感じるような氷の塔。
入り口や窓の類は見えない。
中に入るためのものではなく象徴的な代物であることは遠目からも窺えた。
「カカカカカッ! 炎魔塔完成ッ!!」
「シャシャシャシャ~~ッ! 氷魔塔も完成だっ!!」
塔を囲って騒ぐ魔物達。
紅蓮の塔の周りには炎で出来た人型。氷の塔の周りには氷の人型。
フレイムとブリザード。
属性以外は外見の良く似た魔物達はまさしく、氷炎将軍フレイザードの配下に違いなかった。
思わず様子を窺いたくなる光景。
いち早く我に返ったのはポップだった。
「なにがなんだか知らねえが、てめぇを倒しちまえば済む話だろっ!?」
得意の
「おおっと、そうはいかねぇ!!」
右の手から吹き付けて来たのは極寒の吹雪。
ヒャド系最上位呪文であるマヒャドがポップの炎を遮り、押し返す。
残った吹雪がポップだけでなくアティ達にも吹き付け、その身を震わせる。
「結界の効果は自分達で考えなぁ! オレは中央塔で待つ! 逃げれば姫さんの命はないぜぇ!!」
一行の足が止まった隙を見て、フレイザードはくるりと背を向けた。
氷漬けのレオナを担ぎ上げて中央塔へと足を向ける。
「待てっ、フレイザード!」
「ハハハッ。てめぇらは部下達とでも遊んでなぁ!!」
炎魔塔と氷魔塔から駆け付けて来たのか。
二方向から現れたフレイムとブリザード達が、追おうとするアティ達を阻んだ。
「囲まれると厄介です! いったん迎撃を!」
「くそっ。ちょろちょろといっぱい出てきやがって!」
先の呪法の効果もわからない。
フレイザードが生きていたタネも不明な今、深追いは危険と判断する。
――フレイムとブリザードが入り乱れると厄介です!
アティはポップと背中を合わせ、フレイムへとヒャダルコを放った。
ブリザードにはポップがメラゾーマを。撃ち漏らした敵はダイが海波斬で一体ずつ切り捨てていく。
「大丈夫……!?」
「え、ええ、ごめんなさい……」
倒れている人達にマァムが駆け寄り、一通りホイミをかけ終わる頃には、妨害する魔物達はあらかたいなくなっていた。
☆ ☆ ☆
気球に乗っていたのは近衛兵が二人と、賢者の姉妹だった。
「私はマリン。こっちは妹のエイミです」
「マリンさんにエイミさん。確か、前にレオナ姫から伺いました」
「ええ。パプニカが誇る三賢者――今はご覧の有様で、最後の一人であるアポロの生死もわかりませんが」
賢者姉妹の姉、マリンが悔しげに答えた。
エイミだけではない。妹のエイミも、近衛の二人も同じような顔だ。
無理もない。
命に代えてでも守るべきレオナを目の前で氷漬けにされたのだから。
「気球で逃げなくても、ルーラはできなかったんすか?」
「……ごめんなさい。賢者の位を授かっているとはいえ、私達もまだ修行中の身。ルーラを習得するには至っていないの」
唯一、バロンがルーラを使えたが、収監中に不死騎団の襲撃を受け死亡したらしい。
最も優秀な男が罪を犯し、そのツケが魔王軍襲撃後に大きな痛手になって返ってきた。
「マリンさん達は、氷炎結界呪法について何か知りませんか?」
「……いいえ。結界呪法というからには、範囲内に何らかの効果があるのでしょうけど……」
マリンの答えを聞き、アティは再び二つの塔を見やった。
氷魔塔と炎魔塔の囲むような効果範囲だとすれば、アティ達のいる海岸沿いは範囲から逃れている。
中に入ってみないと効果はわからない。
フレイザードは結界呪法を頼みに中央塔へ逃げた、あるいは罠を用意して待っていると見るべきか。
「みんな。少しだけここで待っていてもらえますか? マリンさん達をバダックさんにお願いしてきます」
「バダックに……? そう、彼も生きて……。でも、それじゃああなた達は?」
「もちろん、フレイザードを倒します」
返事を聞いたマリン達は「無茶だ」と言い募った。
しかし、アティ達に方針を変える気はなかった。
「マリンさん。おれはレオナを助ける。だって大事な友達だから」
「今ならまだレオナ姫は生きています。逃げたり、態勢を立て直していれば助けられる可能性はどんどん低くなるでしょう」
「……わかりました。姫様を、どうかよろしくお願いします」
マリンたちはせめてもの助けに、と薬草を幾つか提供してくれた。
アティはそれを受け取り、ダイ達に渡すと呪文を唱えた。
「
バダックとマトリフの元へ一瞬で移動すると、マリンは「姫様が言っていたのは誇張ではなかったのね……」と驚いたような顔をしていた。
「じゃあ、お願いします」
「はいよ。……まったく、次から次へと厄介ごとを持ってきやがって」
マトリフの愚痴も照れ隠しからのもの、と今は思っておく。
再度ルーラで戻れば、ダイ達は薬草を使い終え、休憩により多少の体力を回復させていた。
「……そろそろ日が落ちますね」
夜は魔物達の時間。
できれば、早めに決着をつけたいところだが。
☆ ☆ ☆
「身体が重くなる?」
「うん。結界の中に入ると、全身に重たいものがついてる感じになるんだ」
「それだけじゃないわ。呪文も威力がぐんと落ちるし、魔弾銃も動かなかった」
「……もう。待っていてください、って言ったじゃないですか」
ダイ達はちゃっかり、ちょっとだけ偵察もしてくれていた。
「じゃあ、フレイザードの狙いはそれですね」
恐らく、魔物達には効果のない呪法なのだろう。
アバンの用いたマホカトールの逆、と考えればいいだろうか。
あのハドラーもデルムリン島への侵入に骨を折っていたのだ。このまま中央塔に向かえばフレイザードの餌食になりかねない。
「なら、回り込んで塔を壊しましょう」
「でも、早くフレイザードを倒さないと……!」
声を上げるダイにこくんと頷く。
気持ちはアティだって同じだ。
「もちろん、レオナ姫も助けます。そのためにちょっとだけ回り道をしましょう。きっと、フレイザードもそれを見越して部下を配置しているでしょうけど、このまま向かうより勝率は高いです」
「……それしかねえか」
はあ、とポップが息を吐く。
「そうね。でも先生、片方だけ壊せばいいんでしょうか?」
「……うーん。一応、マトリフさんに聞いてみたんですけど、呪法を立ち上げるには二本必要でも、維持するには一本でいいかもしれない……ということでした」
つまり、壊すなら両方。
ぐっ、と、ダイが拳を握った。
「二手に分かれよう」
「……うん。それしかないですね」
四人で一本ずつ壊すのでは遠回りになってしまう。
とりあえず一本壊してみるという手もあるが、駄目だった時が大変だ。
「でも、絶対に無茶はしないでください。無理だと思ったら逃げて合流すること。いいですね?」
「わかってる。おれ達まで倒れたら、誰もレオナを助けられなくなる」
怒りはいい具合に収まっているらしい。
ダイは決意を籠めた表情でアティに頷いてくれた。
話し合いの結果、パーティは男女別になった。
基本的に前衛であるダイと後衛のポップはバランスが良く、なんだかんだ息の合うコンビである。
中衛であるアティとマァムは間合いを合わせやすく、うまく連携すれば継戦能力が高い。
「……これ、思ったより遠回りですね」
「あはは。でも、結界の中に入るよりはマシですから」
範囲外なら氷炎結界呪法の効果はない。
散発的に襲ってくるブリザードを魔弾銃をメインに倒しながら、回り込む形で氷魔塔に近づく。
「せめて、ヒュンケル達がいてくれたら」
「………」
ぽつり、とマァムの呟いた言葉に銀髪の剣士の顔が浮かぶ。
「二人は『フレイザードを追う』と言っていました。上手くいけば合流できるかもしれませんね」
「っ。はいっ」
ぱっと顔を輝かせるマァム。
そんな少女を見て、アティはくすりと笑った。
「マァム、もしかしてヒュンケルのことが気になってますか?」
「え? ええ……っと、そういうわけじゃ……」
ごにょごにょ、と、マァムが言葉を濁したところで。
「見えてきましたね」
いよいよ、氷魔塔が近づいてきていた。
☆ ☆ ☆
「シャーシャシャシャシャ!!」
塔を囲んでブリザードが踊る姿を、アティはマァムと共に物陰から見つめた。
「マァム。たぶん、塔に近づくと結界呪法の範囲に入ります」
「じゃあ、近づかずに攻撃した方がいいですね」
頷き合った二人はすぐさま準備を整えた。
「じゃあ……」
「行きましょう!」
ラグレスセイバーを抜いたアティと、魔弾銃を構えたマァム。
物陰から飛び出すと、敢えて大きな声でブリザード達を挑発する。
「魔王軍! すみませんが、氷魔塔は壊させてもらいます!」
「シャ……ッ!?」
ぴたり、と踊りを止めたブリザード達が一斉に振り返り、アティ達に躍りかかってくる。
「マァム!」
「はいっ!」
当然、アティ達はその動きを予想していた。
要領はフレイザードの時と変わらない。魔弾銃とアティの左手、二か所から同時に放たれた
主と違い素体を持たない部下達はそうなれば復活してこない。
――アティ達から氷魔塔に向けての道が開かれる。
慌てたブリザード達が道を塞ごうとしても、もう遅い。
彼らが気づいた時にはマァムは次弾を装填し、アティも呪文を唱えている。
「
二発の爆球が氷魔塔を直撃し、根元から砕いて地面へと落とした。
「ひょ、氷魔塔が……っ!」
「フレイザード様に怒られるーっ!」
ブリザード達が挑みかかってきたところで、もう遅い。
「海波斬っ!」
「中途半端に実体あるからっ!」
剣閃が、ハンマースピアの先端が切り裂き、打ち破る。
慌てている魔物達は気づかない。
アティ達が自分から距離を詰めない理由に。むしろ下がりながら戦っている理由に。
――傾いた形勢が完全に固定されるのは時間の問題だった。
最後の一匹が海波斬に倒れ。
アティとマァムは息を吐いてそれぞれの得物を下ろした。
「……なんとかなりましたね」
「はい……さすがに数が多かったですけど」
奇襲めいた形で数を減らせたお陰で助かった。
いざとなれば『抜剣』を用いることも考えていたのだ。
――後は、回り込みながら中央塔に向かえば。
ダイとポップが炎魔塔を壊してくれる。
そう、アティがマァムに告げようとした時。
「……ふむ。少し遅かったか」
「キィーッヒッヒッヒ!! なんのなんの、これから血祭りに上げればいいだけのこと!」
聞き覚えのある声が二つ、立て続けに聞こえた。
立ち止まって振り返るアティ。
続いてマァムが振り返って、そこに広がっていた光景に「あっ」と声を上げた。
悪魔型モンスターと魔法使いモンスターの群れ。
それらを従えるようにして立っているのは、二人の魔族。
長身にして鍛え上げられた肉体を持つ魔軍司令ハドラー。
小柄な身体を丸め、いやらしく笑う妖魔司教ザボエラ。
フレイザードの管轄であるはずの場に姿を現した両者は、驚くアティ達を淡々と見つめ返してくる。
「ハドラー、どうしてあなたがここに!?」
問えば、マァムもまた相手が何者か悟ったらしい。
ぎゅっとハンマースピアを握り、怒りの籠もった視線を向ける。
ハドラーはといえば、マァムに劣らぬ怒りを瞳に乗せていた。
「知れたこと。貴様ら勇者一行を根絶やしにするために来たのだ……!」
ばさっ、と、ハドラーの着ていたマントが空に翻る。
「炎魔塔にも残りの軍団長が向かっている」
「……っ!?」
まだ見ぬ二人の軍団長。
クロコダイン、ヒュンケル、フレイザード……これまで戦ってきた相手を考えても、恐ろしい強敵であることは間違いない。
それが二人、少年達を襲っている。
にい、と、ハドラーが口元に笑みを浮かべた。
「魔王軍の総攻撃! デルムリン島では不覚を取ったが、今度こそ貴様らの命を貰い受ける!」
炎魔塔が崩れる音が響いたのは直後のこと。
しかし、アティの背筋には依然として、強烈な寒気に襲われていた。
塔ができてから攻略までの間が少ない
→魔王軍の増援が到着するタイミングが違う
→先に魔塔を攻略することに成功
→慌てて来たので人数もちょっと少ない
ただし、ダイ達の方には「残り二人の軍団長」が来ている模様