タグにもあるように、戦闘シーンは皆無に等しいのでそういう系統がお好きな方には非推奨な感じになってます。
一人でも多くの方に楽しんでもらえると嬉しいです。
批評や感想等、お待ちしておりますので気兼ねなくどうぞ...。
そして初めて書きました、一万字越えの純愛系短編小説。
どうか楽しんで下されば幸いです。
三門市。
人口約28万人を抱えるこの地区には、他の市にはない一つの珍しい組織がある。
それは――。
「メテオラ」
小さくそう呟く一人の少女。
その手元に、何かキューブのようなものが発生する。
そのキューブを、少女は手を軽く振ることで飛ばす。
放たれたキューブは、光の筋となり一直線に飛んでいく。
それは少女から離れた位置にいた、何やら小さいモンスターのようなものを襲う。
立ち昇る煙の中で、彼女に声をかける人が数人。
「ちょ、メグ先輩、なんでメテオラぶちかましてんすか?!」
「あらメグちゃん、今日は一段と荒れてるわねぇ(笑)」
「おいおい、あんまりハチャメチャするなよ、お前たち」
メグ、と呼ばれた少女は、その人たちの方を向いて答える。
「公平。仕方ないでしょ、バイパーは手間かかるんだから。
望さんは、そんな察したようなこと言わないでくださいよ。
あと、この中で今日一番ハチャメチャしたの、紛れもなく太刀川さんですからね」
夜の街を駆けるこの四人。
時折、先程少女が吹き飛ばしたような小さい物体を見つけ、その度に斬ったり撃ったりして倒していく。
「よし、このへんでいいだろ」
太刀川、と呼ばれた男が時計を見ながらそう言う。
「はあ、やっと終わりですか...」
「公平、なんでそんなに疲れてるの?」
「…それ、自分の心に聞いてみてくださいよ、メグ先輩」
「おっ?公平は私のサラマンダーに処せられたいのかな?」
「それ、冗談でもやめてくださいね...マジで」
「メグちゃん、ホントに今日は荒れてたけど、何かあったの?」
「望さん、それ、また蒸し返します...?」
「だって気になるじゃないの。ねえ?」
「いや、そう言われましても...いつものことでしょ、私が荒れるのは」
「…あ、先輩自覚あったんだ」
「おい公平、聞こえてるから。本気でサラマンダー受けさせてやろうか?」
「いや...遠慮しておきます」
「なんだ、つまんないなぁ」
「いやいや、普通に考えて先輩の方がヤバいですからね?
後輩にサラマンダーとか...正気じゃないですよ。…あっ、やっぱり今の無しで」
「よし公平、今すぐ本部に帰って模擬戦やろう」
「えぇ...嫌ですよ!…太刀川さん、助けてください」
「ん?ああ...」
「ちょっと、見捨てないで!」
「それより、皆もそろそろ帰らないと」
「メグ先輩は意気揚々としないで!」
「そうね。夜更かしはお肌の敵だもの」
「加古さんも!少しくらいは助けてくれても!」
「おい」
「太刀川さん...!?」
「騒がしいぞ出水、今の時間帯考えろや」
「…すみませんでした」
* * * * *
「お~い、マサ~」
「うん...って、なんだ龍一か、どうした?」
「いや~言いにくいんだけどさ...」
「…部活のことか?」
「おっ、流石マサ!分かってくれるとは」
「分かるも何も、最近龍一が話しかけるのそのことくらいしかないじゃんか」
「そうだっけ?…まあいいや。てことで、今日もよろしくな」
「別にいいけど。何でやめないのか、そこが俺には気になるよ」
「んー、それは俺にも分かんね(笑)」
「なんじゃそりゃ(笑)まあいいよ。部活休みね、了解した」
「サンキュ、助かるよマサ。ホント、お前が主将になったおかげだな」
「”主将”ってのはやめろ、なんか恥ずかしいわ」
「そうか?カッコイイじゃん、”主将”」
「だからそれはやめろって、ほらほら、午後の授業始まるから」
「そうだな。んじゃ、また明日な、マサ!」
「ん。また明日」
…龍一は、今日も休みか。まあ、仕方ない。以前からアイツは、そういう奴だ。
のらりくらりとしていて、テキトーに過ごしているように見える。
だけど、やるときはやる。勉強も、スポーツだって。それが羨ましく、時に恨めしい。
一方の俺、
要領が悪い、とよく言われる。真面目だ、とも。
それらを、褒め言葉として受け取ったことは一度もない。
まあ、他人から褒められたい、なんて、もはや最近は思うことすらないんだけど。
…なんて、こんな陰気なことを考えているうちに鐘が鳴り、午後の授業が始まった。
そして、放課後。
俺はいつものように、部活へ。
俺が主将を務める弓道部。
部員は男子が10人、女子が7人と、比較的規模の小さいところだ。
数人が来ていないこと以外は特に問題なく、いつものメニューで練習。
そして練習は終わって、帰宅時刻に。
「(…今日も、平穏な日々でした、と)」
帰宅する道すがら、そんなことを考え歩く。
俺の自宅は、学校から近く、徒歩約10分の所にある。
学校の行き帰りが楽なのは、高校生である自分にとってやはりありがたいものだ。
ただ、雨の日だけは、それがマイナスに働く。
雨が降ると、車で行くには近すぎるのもあり、色々と面倒になってしまう。
だから高校生になって、俺は雨が嫌いになった。
…そうだ、雨、といえば。
雨が好きだったあの先輩は、今頃元気にしているだろうか。
俺が心揺さぶられ、弓道を始めるきっかけにもなったあの先輩は。
常に毅然としていて、その姿に思わず俺が憧憬の念を向けたあの先輩は。
去年高校を卒業し、今や普通に大学生活を送っているであろうあの先輩は。
…俺自身の変態さを実感するだけだから、これ以上はやめておこう。
毎回だ。
雨のことになると、先輩のことがどうしても俺の頭から離れようとしない。
『まるで、雨女...みたいだな』
そんな風に考えたこともある。そんなわけではないけど。
まあ、そんなことはこの際どうでもいいのだ。
何よりも大事なのは。
俺が、あの先輩のことを今でも想い続けている、ということだろう。
実際言葉にしてみると、それは極めて変態的で、且つ、重い。
しかしそれは、受け入れざるを得ない事実なのだ。
だが、俺は知っている。
その想いは、きっと彼女に届くことはないのだと。
俺のこの想いは、誰にもぶつけられることなく自身の中だけで理解され、消えていくのだと。
それを悲しいと感じたこともあった。
しかし俺は、いつまでもそのまま、子どものままでいるわけにはいかない。
「…進んでいかないと、ダメなんだ」
俺のその小さなつぶやきは、自分以外の誰の耳にも入ることなく、消えていった。
翌朝。
近所の喧騒に目を覚ます。
何事かと思い外を見ると、そこには。
「…な、なんでこんなところに...」
数体の小さめのネイバー”モールモッド”と、一体の大きなネイバー”バムスター”がいた。
テレビで何度か目にしたことはあったが、リアルで見たのはこれが初めて。
これまでは何となく信じ切れていなかったネイバーの存在を、この時に俺は改めて思い知った。
俺が呆然としている間にも、ネイバーは動きを止めない。
反射的に家を飛び出してみた状態のまま、俺は立ちすくむだけ。
街が壊されていくのを、ただただ見ることしかできない俺は...。
ドドドドドドドドドド!!!!!
突然に轟音が鳴り響く。
俺の目に、光の雨に襲われるネイバーの集団が写る。
その光の発生源に目をやった俺は。
そこにいた一人の女性を見とめる。
「(…えっ、あれは...先輩、なのか...?)」
その女性は。
俺の理想で、憧れで、恋心を寄せている、
「ねぇ、君」
声をかけられたと気付くのに、少し時間がかかった。
目の前には...先輩がいた。
「恵緒先輩、どうしてここに...」
「ん?何で私の名前知って...てもしかして、君弓道部?」
弓道部?と聞かれた。
俺の存在は、やはり先輩の目には入っていなかったのだと、そう言われた気がした。
「…そうです、高二の...服部理治って言います。
一応今は、弓道部の主将をやってます」
「へ~!どうりで見覚えがあると思ったわけだ。
主将かぁ、大変だと思うけど、やりがいあるでしょう?」
やりがい。そう言われ、つい閉口する俺。
「うん...?」
何も、返せない。
せっかく会ったのに、久しぶりに会えたのに、何も言葉が出てこない。
「あ、あの...」
そこまで言って、言葉に詰まる。
「何、相談事?どうしたのかな...私でよかったら、聞いてあげるけど」
…っ!!…この目だ。
この、何でも受け入れてくれそうな優しい目が、俺の心を狂わせてきた。
でも、今回は...違う。
何か話さないと、そう言う気持ちで俺は口を開く。
「俺、最近いきづまってて...何したらいいのか、分からなくなってて」
違う、俺は何を訳の分からないことを言っているんだ。
「だから、教えてほしいんです...先輩のようになるには、どうしたらいいのか、って」
………。
何を言っているんだ、俺は。こんなことが言いたかったはずではないのに。
「……」
黙る先輩。当たり前だ。こんな訳の分からないことを言われたのだから。
「いっいや!さっきのは忘れてもらっていいというか――、」
「君は、何か目標や人生の目的なんかを持ってる?」
突然開かれた先輩の口から出た質問。
目標。人生の目的。
俺は...答えられない。
「…そっか、じゃあ、私と同じだ」
…ん?今、先輩はなんて...。
「私もね、君と同じ。昔は、何もなかったの。
…でも、一つの出会いがきっかけで、変われた」
「…一つの、出会い」
「うん、そう。だからさ、君も...」
手を差し伸べてくる先輩。
「ボーダーに、入らない?」
その時、俺の中で何かが変わった気がした。
そして、先輩のその笑顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
そこから。
俺の行動力は、自分の想像以上のものだった。
ボーダー入隊に当たっての情報を調べたり、両親を説得したり(とはいっても意外とこれはすんなりだったが)
そうこうしているうちに、その
俺はやる気満々に、入隊試験の会場へと向かった。
「不合格です」
「は?」
「すみませんが、あなたは防衛隊員としての素質が足りないんですよ」
何故か知らないが、こんなことになってしまった。
防衛隊員としての素質?
それは一体、どんな指標なのか。すごくこの人を問い質したい。
「…いきなりこんなことを言われても戸惑うかもしれませんが、確かな指標なんです。
どうか、受け止めてください」
「…そうですか、分かりました」
俺だって、一応高校生。
その辺の分別は、きちんとついているつもりだ。
引くときは、引く。そういう割り切りも、きっと必要だろう。
「あ~あ...これから、どうしようかな」
面接室を出た俺は、帰宅するために歩みを進める。
親には...何と言ったらいいだろうか。
そして先輩には...困った。非常に困った。
「…って、あれ?」
周りを見回す。
「どこだ...ここ?」
どうやら、道に迷ってしまったらしい。
ボーダー本部なんて、初めて来たからどこに何があるかも分かっていない。
そんな中で、考え事をしながら歩くからこんなことになるんだ、全く...。
仕方ない。一番近い部屋に入ってみて、そこで中の人に出口を聞いてみよう。
丁度右に合った部屋の扉に手をかけ、開ける――
「…あれ?開かない、なんだこれ」
引いても、押しても、叩いても。
扉が開く様子はない。
「えぇ...困ったな、どうしよう」
来た道を戻るか?
…いや、来た道なんて正直覚えている自信がない。
だって、どこを歩いても同じような壁が続いているから、とても分かりにくいのだ。
すると。
さっき開かなかった扉が、ゆっくりと開いた。
「あっ!…って、あれ?先輩...?」
「えっ?君は確か...」
偶然。
その扉を開けたのは、あろうことか恵緒先輩だった。
「すみません...失礼します」
先輩に事情を話したら、出口を教える前に見てもらいたいものがある、と部屋に入れてもらった。
その部屋には、先輩の他に何人かの男の人がいて、机を囲んで何かをしている様子だった。
「ちょっとメグちゃん、関係者以外を入れちゃ...」
「先生、ちょっとだけですから。
あと、今は違いますけど明日には立派な関係者になってますから、きっと」
その中の一人と何やら少し会話をし、俺を机のところまで手招きする先輩。
「あの~、これは今何をやってるんです?」
「今はね、新しいトリガーの開発中なの」
「新しい、トリガー...?」
ちんぷんかんぷんで、全く理解できないのだが...。
「私たちボーダー隊員が、トリガーというものを使っているのは知っているわよね?」
「まあ、それは」
「今はそれの、改良研究をしているところなの。
あ、この部屋は、“開発室”といって、そういうのを主に行っている部屋なのよ。
ここにいる人たちは皆、エンジニアと呼ばれて、そういうことを専門にしてるの」
「はあ、そうですか...」
どうしよう、部屋に入れてもらった意味が分からないぞ...。
困って机の上を見ていると、気になるものが。
「これって...弓矢ですよね?」
俺は、机の上に置いてあった紙に書いてあるイラストを見ながら尋ねる。
「流石弓道部!鋭いね!」
いや、弓矢は誰が見てもわかるものだと思うんだけど...。
それにしても、弓矢、か。
ボーダー隊員の人たちがそういう道具を使っているところは多分見たことがないんだけど...。
「…気になる?」
耳元でささやかれるようにして聞かれ、思わず後ずさる。
「い、いえ...特には」
「そう?…本当に?」
笑いながら言われる。
こっちはいきなり近づかれて、それどころではないというのに。
「特別に教えてあげるとね...。
これは、最近私が提案した、今までなかった形の新しいトリガーなんだよ」
今までになかった、か。どうりで...。
「ちょっと、興味湧いてきたでしょ?」
まぁ、無関心...と言えば嘘になる。
でもだからといって、ここで色々聞いていることには何の意味が?
その答えが、自分の中では未だに見つかっていないんだけど...。
そんなことを考えながら、先輩の質問に肯定する意を込めて首を縦に振る。
「良かった、君が全く無関心だったら、どうしようかと思ったよ」
それでね、と先輩が続けて言おうとしたその時。
「お~い、恵緒は来とらんのか?」
と、部屋の中に声が響く。
名前を呼ばれた先輩の方を見ると。
「君、ちょっと急いで出ないとまずいかも、ついてきて!」
そう言って俺の手を引き、入ってきた扉の方に連れていく。
「(え?急いでって、えっ?いや、そんなことよりも...手だよ!手!)」
いきなり手をつながれたことに焦り、何も言えない。
「ちょっとここで待ってて。用事がすんだら、出口まで案内するからね」
二人で部屋から出た後、そう言い残してまた部屋に戻っていった先輩。
「(…心臓、バクバク鳴ってるよ...)」
まだ、さっきの手の感触が忘れられない...って、俺は変態かよ!
…いや、普通に変態だったか。
自分の中で答えが出て、落ち着きをなんとか取り戻す。
それにしても...さっきの時間は何だったのだろうか。
『今までになかった形の新しいトリガー』だと、先輩はそう言っていた。
どうしてそれを、ボーダー隊員ですらない自分に教え、見せてくれたのか。
う~ん、と頭を捻っていると、扉が開いた。
「お待たせ、じゃ、出口行こうか」
はい、と返事をし、先輩の後ろをついていく。
「…ねぇ、今日、どうだった?」
先輩がそんなことを聞いてきたのは、歩いて数分くらいが経った頃。
「どうだった...とは?」
「ああ、言葉足らずだったかな。んーとね、入隊試験のこと」
「あっ...」
どうしよう、言い訳なんて全く考えてなかった。
…ここはもう正直に言うしか、ないだろうな。
だから俺は、ありのままに話した。
素質が足りていない、そう言われて不合格になったことを。
「あの、防衛隊員になるための素質、って何なんですか」
素直に気になったことをぶつける。
「…隊員が、トリガーを使って戦うのは知っている...って言ったよね?」
「はい」
「素質っていうのは、そのトリガーをどれくらい生かせるのかっていう指標のこと」
うん?
抽象的に言われても、正直言って分からない。
頭に?マークを浮かべた俺に、先輩は続けてこう言った。
「う~ん、まぁ分からないよね...(笑)
私たちはその指標のことを”トリオン”って呼ぶんだけど、簡単に言えば、そのトリオン量が多くないと、入隊試験には大抵落とされちゃうんだよ」
なるほど。つまり、自分は...
「トリオン量が、少なかったんだろうね」
「…いや、あの...はっきり言わないでくださいよ」
「あぁ、ごめんごめん。
ちなみに、トリオン量での合否のことは内密に頼むよ?もし他の人に言ったら...」
後半、俺がこれまで見たことがないような恐ろしい笑顔をしながら先輩が言う。
こんな顔もするんだ...と思いながら頷く俺。
「うん、よろしい。ということで、」
出口、着いたよ、と言い俺の方に向き直る先輩。
「あ...」
早かった。まるで一瞬。
まだ、聞きたいことはたくさんあるのに。
「うん...?帰らないの?」
「…あの!最後に一つ、いいですか」
勇気の一歩。
どうぞ、と言う風に、手を俺の方に向けて先輩は応える。
「どうして、俺なんかを開発室の中に入れてくれて、色々見せてくれて、研究内容まで教えてくれたんですか...?」
少し悩んだような顔をして、先輩は口を開く。
「君はさ、今日の研究のこと、改めて聞くけどどう思った?」
「どうって...」
ボーダー隊員を、裏方としてきちんと支える存在。
なかなか人々に知られてはいないが、俺たちの街を守るためには必要不可欠だと感じた。
そのような人たちがいるからこそ、俺たちはボーダー隊員に助けてもらいながら、生きていけていたのだと、知ることができた。
「…そして何よりも、カッコいいと、そう思いました」
自分の興味を探求し、より良いものを生み出そうと努力するその姿勢。
俺には...圧倒的に欠けている、知的好奇心、というもの。
「そっか...じゃあ、さ。君も、やってみたらいいんじゃない?」
…えっ、今なんて...?
「…というか、これは私からのお願い。
ねぇ、理治くん。私のトリガー開発に、協力してくれませんか?」
理治くん。
名前を呼ばれた衝撃。
それに加えて。
「いやあの、頭、あげてくださいよ...」
「いい。君が頷くまで、私、顔上げる気ないから」
えぇ...これは、どうしたら...。
「…ねぇ、ちょっと」
「はい?」
黙っていると、声をかけられた。
「そこは、『顔下げたままだと俺が頷くの見えないんじゃ...』でしょ?」
「…え?」
見ると先輩は、顔を上げ、少し不服そうに頬を膨らませている。
「えっ、ギャグ的なノリ...だったんですか?」
「うん」
かぁぁぁ、騙されたぁぁぁ!!!
いや、え?本当に?マジなのか?いや...分からん。
「はい。私の話はお終い。ほら、君も早く帰らないと」
そ、そんな...。
結局、先輩の真意は分からずじまいなのか...?
「…一つ、最後に言っておくね」
…何だろうか。
「私が君に協力をお願いしたのは、冗談じゃない。本気だよ。
でもここからは、君が自分の意思で決めること。
…君には自身の目的を、ぜひ見つけてほしいから。だから...よく考えて、決断して」
俺が、自分の意思で...。
自身の目的を、見つける...。
「…はい。
あの、今日はいろいろありがとうございました。お世話になりました」
「いいよいいよ、後輩のよしみってことで」
最後まで先輩は、優しいままで。
そんな先輩のことが、やっぱり俺は、すごく好きなんだと。
「じゃあ。今日は本当に、ありがとうございました」
「うん、
…その時は全く気付かなかったのだが。
今思えば先輩には、俺の考えなんて、全て見透かされていたのかもしれない。
そうして俺は、何だかんだすごく濃かった一日を終えるのだった。
* * * * *
「今日からここで、一エンジニアとして働くことになりました、服部理治です。
まだ右も左も分からない素人ですが、これからよろしくお願いします!」
緊張した面持ちで挨拶をするのは、高校二年男児。
拍手を受け、少し照れ隠しのように顔をうつむける。
「へぇ~じゃあ君は、あの子のためにボーダーに?」
「う~ん、それはちょっと違いますかね...。
もちろん背中を押してくれたのはそのことでしたけど、何よりも、自分を変えたい思いが最終的な決め手でしたから」
早速、何人かのエンジニアと談笑する様子が見受けられる。
どんなことを話しているのだろうか。
「コラそこ!サボっとらんでしっかり働かんかい!」
「あっ、やべ。…じゃあまた、新人くん。話はあとで」
「はい、お疲れ様です」
「お~い、新人くん、ちょっといいかね?」
「はい~、何でしょうか?」
少年が呼ばれた先には、何台ものパソコンが並べられた机が。
そこの人の説明によれば、防衛隊員同士で行う模擬戦ルームの改善を図っている場所らしい。
とはいえ、少年はまだ新人。
どうやら、そこの人が実践するのを、今回は見て勉強する形のようだ。
「どうもこんにちは~!」
しばらく時が経った頃。
男性ばかりの開発室に現れたのは、大学生くらいの少女。
メグちゃん、と周りに呼ばれた彼女は、慣れた様子で開発室奥まで歩いていく。
その足取りは、なんだかやけに楽しそうに見えた。
「よっ、後輩」
後輩、と彼女が呼びかけたのは、他でもない服部理治だった。
「先輩...」
「今日から、よろしくね」
「こちらこそ、まだ何もわかってないので...」
見ると、彼の顔は少し赤らんでいるように思える。
どうやら...いや、これ以上の言及は、野暮ったいしやめておこうか。
彼女たちの集団は、弓矢型のトリガーの開発に勤しんでいるようだった。
新人の彼は、最初ということもあるのか聞き役に徹している。
「…ねぇ、君はどう思う?」
初めて、彼女が彼に話を振る。
その彼女の表情は、どこか彼に挑戦を吹っかけているようにも見えた。
それを受けて、何故か少し笑みを浮かべた後、彼はいくつか気になったことを聞き始める。
その内容は、どれも初歩的な感じだったが、時折彼のその几帳面な部分が垣間見えた。
その時、少年の様子を見て満足そうに頷く彼女の口が、ありがとう、と動く。
だが、幸か不幸か、それを目にした人はいなかった。
それから、約半年が経とうとした頃。
ボーダーの隊員のポジションに新しく、
既存の
役割としては、遠距離性能が上がった射手というのが一番分かりやすいだろうか。
その見た目のカッコよさも相まって、一時期はそのポジションの希望者のみでボーダー入隊試験が行われるほどに。
「やったね、理治くん」
「いえ、自分は特には...先輩たちのおかげですよ」
「…その先輩たちの中に、私は入っているかな?」
「…どうでしょうね?(笑)」
「そっか、君もそんな冗談が言えるようになったんだね...」
「そんな冗談、って......」
「何?もしかしてまだあの時のこと根に持ってたりするの?」
「それは...あんなタイミングであんなこと言われて、対応しろって言う方が無茶でしょ?」
「そうかな?」
「そうですよ!」
「そっか」
「はい」
しばしの沈黙。
「…ねぇ」「…あの」
破ったのは、二人同時だった。
二人とも、手を相手の方に向けて譲る意思を見せる。
更に沈黙が流れ、先に口を開いたのは。
「あのさ、理治くん」
「…何ですか」
「一つ、いいかな?」
「…ダメって、言ったら?」
「…言うの?」
「いえ、そんなわけ...どうぞ」
「あのね......っ!!」
瞬間。
女性の方が、言葉に詰まる。
理由は、至ってシンプル。
”理治くん”が、彼女に抱き着いたから。
「…どうして」
「…やっぱり、自分から言いたいなって」
「…意地悪」
「恵緒先ぱ...いや、
…好きです」
「……」
「……」
「……」
「…返事は」
「フフッ、理治くんの負けね」
「…返事は」
「…分かってるくせに、よく聞けるね」
「…言われないと、分からないこともありますから」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…私も」
「…私も?」
「…ヒドイ、理治くん」
「ひどいってそんな、俺はちゃんと言ったのに」
「もう...。私も、好きだよ」
「……」
「ちょっと!自分で言わせといて照れないでよ!」
「いや、だって...まさか本当に言ってくれるなんて思ってなくて...」
「いや...言わせたのそっちでしょ?ホントにもう...」
向かい合う二人の顔。
その距離が、数センチ、数ミリと近づいていく。
…ゼロになったとき、二人の唇同士が触れ合った。
「…ねぇ、理治くん」
「…何ですか、恵緒先ぱ」
「愛実って呼んでよ」
「何ですか...愛実さん」
「弓矢型のトリガー完成、ホントにありがとう」
「…何言ってるんですか」
「えっ...?」
「本当に大変なのはこれからですよ。
多くの人たちに広まって、問題点も見つかってくるでしょうし。
大事なのはこれからなんですよ、ここからがきっと、一番大変なんですから」
「すっかりエンジニアみたいになっちゃったね(笑)」
「”みたい”じゃなくて、エンジニアですから」
「そうだったね」
「そうですよ......あの、愛実さん」
「…何?」
「俺をこの道に連れてきてくれて、本当にありがとうございました!」
「……」
「先輩があの時俺に声をかけてくれなかったら、きっと今の俺は...」
「…それは違うよ、理治くん。
君はきっと、あの時私がいなくても、その後で何かしら動いてたと思うよ」
「……」
「ただ...ただ私は、少しだけ他の人より眼が良かっただけ」
「…そうですか」
「うん、でも...
あの時私を信じてくれて、私の願いを聞いてくれて...ありがとう」
「そんな...感謝するのは俺の方なのに」
「そうだなぁ...じゃあ、君が弓手用トリガーを完全に完成させる時が来たら、その時は喜んで感謝されてあげるよ」
「…真面目なこと言ってもいいですか」
「うん、何?(笑)」
「…完成なんて、無理に決まってるじゃないですか。
だって、トリガーですよ?日々改善を重ねていくものなのに、それに完全な完成形なんて」
「知ってる。
…だから、君は一生私に感謝できず、私に感謝され続けるの。いいでしょ?」
「よくないです!」
「えぇ...別にいいじゃん」
「じゃあ...分かりましたよ。次の目標ができました」
「……」
「絶対、愛実さんに感謝されるような完成形を目指しますから。覚悟しててくださいね!」
「…そう。じゃあ、期待しとく」
「よし!…ということで俺は、今すぐ研究再開するので」
「うん、頑張って」
「…負けませんから!」
最後に少年が指を突き付けて力強く言い、立ち去っていく。
残された、少女。
「本当にありがとう、理治くん...」
彼の名前を呼びながら呟いた彼女の感謝は。
誰の耳にも入ることなく、やがて消えていった。
完
ここまでの読了、痛み入ります。誠に有難い限りです。
是非、批評なり感想なり残していって下さると嬉しいです。