俺の名前は「佐川 恭二」。
大学一回生だ。
そして、今は、一人暮らしをしている。
夏を迎え、いよいよ本格的な暑さになってきた頃。
今朝ふと目が覚めるとベッドに女が腰掛けていた。
「久しぶりだね、恭ちゃん」
俺はその声のあまりの懐かしさに涙が止まらなかった。
「どうしたの?恭ちゃんってばおかしい〜」
クスクスと笑う彼女を見た俺は、咄嗟に彼女のことを抱きしめていた。
「ちょっと、痛いよ」
「お前を、失ってから、俺は…俺は…」
振り絞るように声を漏らした。
カスれてほとんど耳に入ってこないような小さな音しか出せなかった。
「ハイハイ、泣かない泣かない」
まるで泣きじゃくる子どもをあやすかのように彼女は俺の頭を撫でた。
彼女の名前は「添木 雪」。
俺の幼なじみであり、また恋人でもあった彼女。
昔から仲は凄く良かった。
ただ、ある日雪を怒らせてしまい雪は家を飛び出した。
俺は急いで雪の後を追った。
しかし、その直後、雪は俺の目の前でトラックにはねられ、帰らぬ人となってしまった。
俺は後悔した。
あの時、雪を怒らせるようなことをしなければ…
出来ることなら逢って謝りたい。
俺は本当はそんなことを思っていないと。
ただ、冗談のつもりだったと。
俺は雪しか見えていないのにと。
それは雪も同じことで俺の気持ちもわかってもらえてるものだと思ってたと。
…どうしてこうなってしまったのだろう。
二年経った今でもあの日のことをずっと後悔し続けている。
おそらく、死ぬまで…
そんな逢いたくて、謝りたくてたまらなかった雪が、もうここにはいるはずのない雪が、俺の目の前にいる。
俺は悪い夢でも見ているのだろうか?
夢なら覚めてほしいような、もういっそのこと、このまま覚めないでいてほしいような…
しかし、雪の声を聴くと現実だと思い知らせれてしまう。
「恭ちゃん?どうしちゃったの、本当に」
「いや、その、べ、別に…」
もう気付かれたか…
俺の本心が悟られる前に平常心を装い接することにした。
「私が急に現れたことにびっくりしてるんでしょ?」
図星だ…
「私も、何故ここにいるのか詳しいことはわからないの」
とりあえず雪がここにいるのはいいことではないのは確かだ。
よく聞く話だと未練があって成仏出来ないとか…
「なにか未練があるのか?」
やばい、ちょっと直球すぎたか?
「それがわかると、楽なんだけどね〜」
愚問だった、ごめん。と心の奥では思いつつも口には出せなかった。
俺はこの先どうすればいいんだろうか…
「って、うわっ!もうこんな時間!」
「どうしたの!?急に大きな声出して」
「講義間に合わねぇ!」
俺は急いで大学に向かった。
着いた後で気がついたことだが雪の姿がない。
てっきり追いかけてきているものだとばかり思ってたのに。
講義が全て終わった後、俺は急いで家に帰った。
「ずっとここにいたのか?」
「この部屋から出られないみたいなの」
どうりで、雪はいなかったわけだ。
「それにね、窓の外を見ても真っ白で景色がなかったんだよ」
それは、どういうことだろうか?
窓の外を見れば他のマンションどころか色々なものが見えるはずなのに…
「真っ白ってことは…何も見えなかったってこと?」
「そういうこと」
なるほど、この部屋以外のものには一切干渉出来ないということか。
「悪いな、お前を縛ってるみたいで…」
「謝らないでよ、恭ちゃんが意としてやってるわけじゃないでしょ?」
彼女はクスッと俺に笑いかけた。
それに俺は焦って答えた。
「そ、それは、もちろん」
「それならいいの!」
「なるべく早く帰るようにはするから」
それから、何事もなく三年が過ぎた。
今日は雪がちらつく寒い日だ。
翌日には雪の命日を控えている。
そして、俺はとうとう意を決することにした。
「あの時はホントにごめん。俺はただ雪の反応が見たくて冗談を言っただけなんだ…俺が好きなのは昔も今も雪だけだ!お前以外は考えられない!」
涙を雪の前で見せるわけにはいかない。
俺は溢れ出そうになる涙をぐっと堪えた。
雪がこの世でやり残した事は既に俺にはわかっていた。
ただこんな毎日がずっと続けばいいと、そう思っていた。
おそらく雪も気付いていたんだ。
でも、自分からは言い出せなかったはずだ。
そしてそれは俺も同じだ。
俺の自己満足の為だけに雪をこの世に留めておくのは間違っている。
そう思った俺はとうとう行動に移してしまった。
「ありがとう恭ちゃん…あれ、おかしいな。私の頬なんで濡れてるんだろう…」
雪、頼むから、頼むから泣かないでくれよ…
お前が泣けば俺も堪えられないよ。
「ごめん、ね、恭、ちゃ、ん」
雪は涙をボロボロ流し始めた。
「謝んじゃねぇよ!謝らなければならないのは俺のほうなんだよぉ!」
「そ、う、だね、恭、ちゃん、あや、まるの、は、違う、よ、ね。」
それから雪はこの三年間の中で最高の笑顔を俺に見せて言い放った。
「私はあなたの彼女になれて、あなたの隣に居れて幸せでした!今までありがとう!最期に仲直りできてよかった!」
今にも消えそうな彼女に俺は一番伝えたいことを伝えた。
「バカ野郎!今までありがとうじゃねぇ!お前は先に向こうに逝くだけだ!だからこういう時はいってきますだろ!」
俺は必死に声を絞り出した。
「そうだね、いってきますだね!じゃあ先に向こうで待ってるから恭ちゃんはゆっくりでいいからね!」
「おぅ!またな!雪、愛してるぜ!」
「私も恭ちゃんの事世界で一番愛してるよ!じゃあまたね!」
そして彼女は消えてしまった。
もう愛しい彼女の声を聞くことは出来ない。
彼女の姿を見ることは出来ない。
彼女の温もりを感じることは出来ない。
でも彼女は俺の中で一生生き続ける。
それに約束しちまったしな、向こうで待っとけってさ。
雪が成仏するのに必要なことはあの日出来なかった仲直りだった。
いつも当たり前のように隣にいた人がいついなくなるかは誰にもわからない。
だからこそお前達に伝えたい。
今、目の前にある大切なものを大切なヒトを大切にしてほしい、と。
完
おふざけなしで書いてみました