異世界転移ソードテール! 作:バーティカルダンス
気がつくと、知らない場所にいた。
前後左右どこを見渡しても真っ白で、格子状の黒い線によってのみ、地面が存在することがかろうじて分かる。
何かの気配を感じて振り返る。見れば足元にトランプのカードがバラバラに散らばっていた。
「スパディルの……女神?」
一枚、気になるカードがあった。スペードのスートのエースなのだが、このカードから見られているように感じた。手に取ってみれば大きなスペードの中央に女神が描かれているだけの普通のトランプなのだが、不思議と目を離せない。
「なんだ?」
私が一枚のカードに意識を向けていると、突然に強い風が吹いて他のカードを巻き上げた。今の今まで無風だったのに。
巻き上がったカードたちはその回転を速めていき、私の背丈ほどの竜巻を形作った。……トランプの枚数、最初より増えてない?
トランプの竜巻は最後に爆発するような風を起こして収まった。そこに居たのは一人の女の子。というか私。
「……って
気がつけば握っていたカードが一振りの刀に変わっていた。真っ黒な刀身に赤い文字がびっしりと張り付いて
「何? 戦えっての?」
目の前の女の子が私に剣を向けていた。女の子は私と違って白い髪をツインテールに結び、タキシードとドレスを足して二で割ったような不思議な格好をしている。ちなみに私はポニーテール。速いし。でもこの女の子の顔は私だ。私はこんなに無表情じゃないと思うけど。
まあ剣の勝負なら負けられない。槍とか弓とかボクシングとかで負けても何も思わないけど剣で負けるわけにはいかない。
私は刀を相手に向けて構える。
次の瞬間、互いに一歩踏み込み、斜めに刀を振るった。
距離が近すぎる。刀は振りぬく途中で止められ、一瞬だけ拮抗して互いに距離をとる。腕力では若干だが押されているようだ。私は間髪入れずに突きを放つ。
相手は突きを目で追ってから、刀を横薙ぎにして突きを弾いた。どんな身体能力してるんだ。いけない、腕が持っていかれる。
“水心流・
すんでのところで腕を引き戻し、刀を正面に向けたまま後退する。刀というものは強く握り込まないとすっぽ抜けてしまう。しかし強く拳を握った状態では腕全体に力が入って動きが悪くなる。墨流しは、握力を保ったままに手首や肘を柔軟に動かす技術だ。尤も、今の一瞬は考えずに動いたものだけど。今は予想しなかった動きだけど、予想したことの無い動きじゃない。
追撃して来る相手を刀で逸らしながら次の手を考える。刀同士がぶつかり合う金属音が耳に響く。というか何を持って決着なんだ? 真剣で斬られたら死ぬんじゃないの。死ぬまでやるのか。
刀の長さが同じなら相打ちでもいいや。より深く踏み込む。
黒い刃がぶつかり合って赤い文字をまき散らす。呪詛か? 大丈夫なんだろうな。
幸いにも黒い刀がよく目立つおかげで目で追える。水心流の道場で習った技術は大半が他の流派にもあるもので、やはり重要なのは読みと反応だ。私は暗めの服だから相手からは多少見えずらいはずなんだけど、相手の剣に迷いはない。
“水心流・
振り下ろした刀の切っ先をそのまま持ち上げる。竹刀とは振り方が全く違うな。刀の間合いぎりぎりで相手を誘い、手首を斬りつけるつもりだったのだが、相手が手首を引いただけで空振りした。間合いぎりぎりだから当然といえば当然。
息が上がって来た。相手の呼吸は変化がないようで力量差がはっきりと見えてくる。
あまり時間をかけられない。
私が踏み込んで刀を振るうと、相手も刀を振るって対応してくる。ここまでは何度もあった展開だが、さらにもう一歩踏み込む。流しきれずに刃が肩に食い込み、血が噴き出る。結構ヤバいかも。でも、斬ることを優先する。
“水心流・
相手の胸に切っ先を叩きつけ、左手でさらにねじ込んだ。刀が折れないといいけど。
一秒。
二秒。
血が出ないのでまだ動くかもと警戒していたけど、相手は最初と同じカードになってばらけると、私の持っている刀に吸収された。刀身を覆う赤い文字が増えたような気もする。
何か声が聞こえた。刀の握りを緩めて柄を見ると、SWORDTAILと彫り込まれていた。剣の尻尾。そうだねとしか言えない。
「これが……お前の名前か?」
これ以上は意識がもたない。ボーっとする。
◇
気がついたら自分の部屋の布団で寝ていた。刀身の黒い刀も持っていない。シャツを脱いで確認してみても傷はなかった。夢だったのだろうか。
そうだ、刀を振らないと。
◇
私、流川黒夢はどこにでもいる普通の女の子で、剣士だ。
私は学校でも夢のことが頭から離れなかった。授業中にもノートをとりながら白いツインテールの私のイラストを描いてみたり、昼休みに本を読みながら瞑想してみたりした。本は兄の部屋から借りてきた「転生者の女の子とHがしたい」という本。お前も早く転生しろ?何の話?
◇
帰り道、街中の本屋に寄っていく。私の買いたい本が発売しているのだ。タイトルは「安楽リクライニング」。安楽シリーズの続編で、安楽シリーズは著者の安楽先生が体験したことを二倍誇張して書かれているエッセイだ。ありがたい他人のお言葉が多く載っている。
本屋を出ると太陽はすっかり西に傾いていた。部活がある人はさらに遅くまで学校に残っているのだからお疲れ様だ。私は剣を振るのも勉強するのも自宅がいい。そもそも剣道部がなかったけれども。
本の入った手提げ鞄を抱えて歩いていると、アゲハ蝶が目の前をひらひらと羽ばたいて通り過ぎた。今年初めて見たアゲハ蝶かもしれない、等と考える。それを追ってか、私の足元を黒猫が通り抜けた。
「って、そっちは道路!」
猫は車道に出ると真上にいるアゲハ蝶に向けて跳躍した。その前後を確認すると、大型トラックが走っている。このままだと轢かれる。
「ああ、もう!」
私は見てみぬふりもできず、猫を追って車道へと飛び出した。
驚いて動きの止まっていた猫を抱え上げる。歩道に戻るには少し時間が足りない。トラックは私に気がついたのかブレーキを踏んだようだが、衝突することは免れない。
“水心流・
黒猫を抱えたまま、片手でトラックを抑える。衝突は防げないが、衝突による衝撃を空気中へと流した。水心流の技術は刀を振るうためのものだが、名前がついている技術は刀を使わないものが多い。というよりも刀を振るうのに技名はいらない。
私はトラックに押されるまま六メートルほど後退し、トラックが停止するとそっと手を放した。
私はトラックが停止した後、まず猫に怪我がないか確認し、次にトラックに傷がないか確認する。私が見た限りでは大丈夫そうだ。
トラックの運転手が慌てて降りてくる。なんとも幸せが逃げていきそうな顔のおじさんだ。私がぶつかったのだから実際不幸か?いや、むしろ私で良かっただろう。車に被害もないし。
「おい、大丈夫か?」
運転手は顔を真っ青にして聞いてきた。実際私じゃなかったら死んでたもんな。私はどこにでもいる普通の女の子。でも剣士だから。
運転手もそうだろうけど、私も警察が来る前に退散したかったので、なんとかごまかしてその場を後にした。
◇
人気のない路地に、上から降ってくる人影があった。私です。
猫を放すのは道路から離れた所にしようとして、一応ね。またすぐに事故にあったら意味ないから。
黒猫をそっと地面に下ろす。猫はじっと動かない。やっぱり怖かったのかな。
「ほら、行った行った」
手をバタつかせて、あっちへ行けと促す。
猫は一度だけこちらを見ると、なーと鳴いてから路地裏の奥に消えた。
「もう飛び出すんじゃないぞー」
言っても通じないだろうけど、一言だけ声をかけた。
次は事故に会わないといいね。この話は終わり。
私は手提げ鞄をぶらつかせて路地を出る。女子中学生だから路地裏は危険地帯。そうでもない?
◇
家に帰って手提げ鞄の中身を空ける。本が傷ついていないかの確認だ。角が取れていないだろうかと本を斜めにして見る。許容範囲。
雨のマークのブックカバーを本につける。
それから剣を振ったり宿題をやったり剣を振ったりしていると、すっかり暗くなっていた。
晩御飯食べて風呂に入ってから本を読んで眠る。明日も早い。
ネット小説で異世界に行くのがオタクとおっさんと死人ばっかりだからどこに出もいる普通の女の子で書いてみた。黒目黒髪。ポニテ。JC。以上。
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