1944年6月6日に行われたノルマンディー上陸作戦に参加した”私”を主題にした短編小説です。
即興の上作者はあまり軍事に詳しくないので細かい点はご容赦ください

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血のオマハ

―1944年6月6日 午前5時18分 オマハビーチ―

 

 そこは地獄だった。

 

――ナチ如き一発このガーランドでぶち込めばあわくって逃げるさ!

 

 ロンドンのパブで隣の仲間と一緒に肩を組みながら息巻いていたジャック。

 彼は卑怯にも掩蔽壕から撃ち出してきた”電動ノコギリ(MG42。シュパンダウ)”の餌食となって私の足元で鮮血を晒しながらうめいていた。

 

「ジャック! しっかり!」

 

 私は構わず先にいけという命令を思わず忘れてジャックの肩を抱えていた。

 

「ば……バカ。俺に構うな。先に行きやがれ」

 

 彼はやっとのことでそう言うとまた血を吐いた。

 

「おい! 何をしている! 構わず行けと言っただろう!」

 

 通りがかった小隊長のレーベンが今にも火を吐きそうな形相で私の目をみる。

 

「も、申し訳ありま」

 

 私がそういうや否や小隊長の背後に大きな爆発が巻き起こった。私はとっさに目を瞑る。

 しばらくして砂塵の気配がおさまったのを感じたので目を開いた。

 すると小隊長の体は爆風で上下が引き裂かれ、下半身だけが軍衣を赤く染めてそこにある。

 初年兵であった私が見た初めての生々しい死体である。思わず目を伏せ吐瀉物が噴水のようにこみ上げるのを覚えた。

 ふと気がつくとジャックが腕の中で冷たくなっていくのを感じた。私は揺さぶってみたが彼はもう言葉を返さなかった。

 私は吐瀉物をすんでのところで押し戻し、彼の瞳孔が開いていくのを見る。そして、彼を砂浜に置き、ライフルを再び手にとって慎重に進んだ。

 ヒトラーの金切り声の如く音を刻み続ける”ノコギリ”と忌々しく破壊的な8.8cm砲を撃ち込むFLAK。

 これらを叩かない限り地獄は続くと私だけでなくこの場にいる第5軍の誰もが確信しただろう。

 しばらく進むと背後より聞き覚えのある声がした。

 

「生きていたか!」

 

 ヘンリー・ステッド。同じ小隊に属する私と同じ初年兵だ。

 私も彼が生きていて安心し、小さく手をあげて応えた。

 

「後続は?」

 

 私の質問にヘンリーは暗い顔をした。

 前に遮蔽物は何もない。とりあえずすぐ横にあるタンクトラップに彼と共に隠れた。

 ひとまず影になったので少しだけ落ち着くと彼は憔悴した声で話し始める。

 

「もう無茶苦茶だよ。あのFLAKとシュパンダウ様の大活躍でシャーマンでも前に進めやしない」

「チッ。なんだよ師団長の話じゃ十分に事前の攻撃したから大したことはないとか言ってたというのに」

 

 私は思わずやり場のない怒りを砂浜を蹴ることで表した。

 

「なあ。もし他もこんなだったら俺たち……」

 

 ヘンリーは肩を細やかに震わせている。

 

「やめろ! 弱気なこと言うんじゃない!」

 

 私の最も想像したくないことだった。ナチに囚われればその後なにをされるかわかったものではない。そもそも生き残れるかどうかすら怪しいものだが……。

 そんなことを考えているとまたすぐ側で断末魔が聞こえた。恐らく銃弾に倒れたのだろう。

 ヘンリーはそれからしばらく間を空けて私に尋ねてきた。

 

「そっちはどう? 他の人達は……」

「ジャックと……隊長が死んだ。下手すれば私たちだけかもしれん」

「そ、そうか……」

 

 ヘンリーの肩の震えが更に大きくなった。彼は投擲のスポーツクラブに入っていたらしいがなんとも情けない様子である。

 

「な、何大丈夫だ! ほら、空を見てみろ! サンダーボルトがいるじゃないか」

 

 ジャックを励まそうと私は適当なP47サンダーボルトを指差す。

 サンダーボルトは機銃を撃ち出しながら一つの機関銃陣地を一掃した。しかしその直後、運の悪いことにFLAKの直撃を受け、轟音を立てながら奥地へ落ちていった。

 

「なんつーバケモンだ……」

 

 ヘンリーはFLAKの凄まじさに更に恐懼してしまったようだ。

 私はもうどうとでもなれと投げやりな心境となり、胸ポケットをまさぐりタバコを出そうとした。ヘンリーに勧めようと思ったのだ。

 

「げっ。だめだこりゃ……」

 

 しかし、タバコは海水のせいか完全にずぶ濡れになってしまっていた。これではどうしようもない。

 

「ふっ……。悪かったよ。確かに弱気になりすぎてた。とにかく行こうぜ。前に進まなきゃ話にならん」

 

 ヘンリーの言う通りだと思い私たちはトラップから勇んだ様子で出た。

 銃弾をすんでのところで避けながら進むと城の紋章が描かれた記章をつけた兵士に出くわした。工兵の証である。

 

「あっ! そこから先に進まないでください! 今ふっ飛ばすんで!」

 

 工兵は私達に気がつくと導火線を指さしながら制止を求めた。なるほど前には鉄条網が見える。バンカローで鉄条網を吹き飛ばすつもりなのだろう。

 しかし工兵はその動作が目立ったのか機銃の餌食になり首を射抜かれ絶命した。

 

「くそっ! しょうのない!」

 

 ヘンリーは漸く見えた突破口を見捨てることをよしとせずとっさに工兵のライターを奪い火をつけた。

 瞬く間に爆炎が巻き起こり、鉄条網が破られた。

 

「行くぞ!」

 

 ヘンリーは最早先程までの怯えた顔はしていなかった。私にはなんともそれが頼もしく見えて仕方がなかった。

 私は頷いてヘンリーの後に続いた。するとどこにいたのか別の小隊や分隊の兵士たちもわあと喚声をあげて漸く開いた門に殺到した。

 前方掩蔽壕の機関銃陣地からはもう死角になって届かず、FLAKからも近距離すぎて狙えないためいよいよこの戦いに光明が見え始めた。

 私はヘンリーと共にこれまで散々恐怖を味わわせた電動ノコギリの刃をへし折ってやろうと腐心した。

 すると前方にちょうど手榴弾の届きそうな距離に機関銃陣地があった為二人で粉砕してやろうと慎重に狙いを定めた。機関銃の操作者が一人。護衛兼補充が三人の四人だった。主戦場からは少し離れている為か他に敵兵はいないかいたとしても突破された場所に向かっているようだ。

 

「どうする?」

 

 ヘンリーが私に尋ねてきた。やや高所にあるためここから投げても跳ね返されるリスクがあるのだ。

 

「背後に回ろう。幸い今は別の方向に撃ってる。咄嗟に転回しても間に合わない場所にいくんだ」

 

 ヘンリーは私の提案に嫌な顔せず頷いた。こうして私達は息を殺してひっそりと背後に回る。敵も前方一面の敵を薙ぎ倒すのに精一杯でこちらには注意を払っていない。

 10分か5分だったか。ともかくそのくらいの時間が経過して遂に背後へ到達した。敵はまだ気づいていない。

 

「よし。俺が投げるぞ。お前は万一に備えて撃つ準備をしてくれ」

 

 私はヘンリーの指示に従いライフルを機銃操作者の頭にとらえた。

 ヘンリーは銃を背負い、手榴弾のピンを抜いて持ち前の強肩を奮って綺麗な放物線を描いて機関銃の陣地へ飛び込んでいった。

 私は成功を確信した。

 しかし、手榴弾は護衛の鉄兜に跳ね返され、味方のいる前方の隘路で炸裂した。

 私は咄嗟の判断で掃射しているドイツ兵の頭をライフルで打ち砕いた。

 

「くそっ!」

 

 ヘンリーは舌打ちをしてライフルを構えて護衛との応戦に備えたが敵の方が反応が早く突撃銃に肩を砕かれた。

 私には最早構っている余裕などなかった。ヘンリーの痛みの声を耳に残しつつ矢継ぎ早にヘンリーを撃った兵に仕返しをし、絶命させた。

 これで2対1となったが、どうやら敵のほうが熟練度が高いらしく、私が撃っても身体をうまくかわし、こちらへの銃撃をやめない。

 幸い少し距離があるため向こうの弾が一旦尽きるまでの7発のうちこちらに当たったのは頬を掠った一発のみである。

 敵が装填している隙を突いて私は手榴弾を投げるのではなく滑るように転がした。上手く滑りこんで敵の足元近くで止まったが、ギリギリでナチはヘンリーの胸部を打ち抜き、私にも太腿を撃ち抜いた。

 

「くっ……」

 

 私は思わず膝を折り、死を覚悟したが次の弾が発射される前に手榴弾が炸裂し、二人共四分五裂になって爆散した。

 

「はっ……はぁ」

 

 私は太腿に走る鈍い痛みに顔を歪ませたが、ひとまずの安全が確保されたのを神に感謝した。

 

「ヘ……ヘンリー?」

 

 ヘンリーは砕かれた肩をおさえたまま絶命していた。彼の自慢であった投擲が仇になったというのはなんとも皮肉だがこれが戦争というものなのだろうか。

 しばらくヘンリーの亡骸の前で呆然としているとFLAKのあった場所に星条旗が翻っているのを確認した。連合軍。もといUSAの勝利を祝う歓声がここまで聞こえてきた。

 私は痛みをこらえながら機関銃陣地のあった場所に行く。

 目下にはつい数時間前まで死屍累々が広がるのみだったオマハ・ビーチに次々と戦車や兵士、物資などが揚陸されていくのが小さいながらも見えた。

 私はその光景に安堵とともに名状しがたき無常の感がこみあげてきた。

 

「西部戦線異状なし……か」

 

 そうつぶやくとどっと疲れが襲い、先程まで猛火を奮っていた電動ノコギリの本体に頭をあずけ眠りにつく。

 オマハ・ビーチ。

 そこは地獄だった。

 

―完―

 


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