Magicaborne   作:せるじお

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chapter.10『オドンの地下墓』

 

 

 

 夢から目覚めるような唐突さで、ほむらの体はヤーナムへと舞い戻る。

 

(……ちゃんと、望み通りの場所に出たわね)

 

 しかし彼女が現れたのは大橋の灯りのもとではなく、ギルバートの家の前の広場の灯りの所であった。

 ゲールマンや人形との邂逅は収穫も多かったが、反面、今必要な、今すぐ必要な情報は得られなかった。だとすれば、大橋に戻る前の手土産に、ギルバートからの情報を携えて行くのも良いかと考えたのだ。

 狩人の夢からヤーナムへと戻るために、前にもそうやったように墓石の前でほむらは手を翳した。

 ここで彼女は思ったのだ。自分は少なくとも二つの灯りを知っている。ならば、強く想った方へと自分は飛べるのではないかと。その予測は、見事に的中した。

 

「なるほど……」

 

 大橋が封鎖されていることを伝えれば、ギルバートは暫し黙考した後、新たな道をほむらへと教えた。

 

「であれば、『下水橋』はどうでしょうか?」

「下水橋?」

「ええ。大橋を挟んで市街の南側に、なんというか、あまりよくない地域があるのですが……。 そこから、聖堂街に下水橋が架かっていたはずです」

 

 げほげほと激しく咳き込んだあと、ギルバートは付け加えて言った。

 

「常であれば、よそ者が入り込むような場所ではありませんが……あなたにとって、今は貴重な機会でもある。そうでしょう?」

 

 ほむらは、そうね、と静かに同意する。

 ギルバートには一貫して、ほむらを気遣う様子が見える。

 それは異邦人同士の共感がさせるのだろうが、ほむらは、彼がほむらに感じている以上の親しみをギルバートへと抱いている。彼女もまた心臓が悪いために、長らく病床の上にあった身の上だ。故に、ギルバートの心境は痛いほどに理解できた。彼の為にも、自分はやはり聖堂街へとゆかねばなるまい。

 

「またくるわ」

「私のことは……お気になさらずとも……」

 

 咳き込むギルバートに背を向けて、ほむらはヤーナム市街へと繰り出していく。

 杏子と合流する前に、大まかな道順を把握しておく必要があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――下水橋は、下水、というだけあって街の底のほうにあるらしい。

 

 階段を下り、獣を狩り、梯子を下り、獣を屠り、更に梯子を下り、更に獣を斃す。

 道中、ほむらが出くわしたのは、より酷く獣化した、群衆の成れの果てであった。

 ただでさえ大きかった身の丈はさらに膨れ上がり、毛むくじゃらになって、臭い息を吐く。足の鉤爪を石畳に突き立てながら、松明と大鋸を手に、餌食を求めて徘徊する。最早言葉も忘れたのか、口から飛び出すのは意味のない雄叫びばかりだ。

 

 しかしほむらも、いい加減に獣に慣れてきたこともあって、短銃とノコギリ槍とで、これを容易く片付ける。

 

 他にも、下水の中を這い回る動く異形の腐乱死体や、屍肉を喰らいすぎたためか、飛ばず地面に腹を摺るカラスがほむらへと次々と襲いかかるが、もともとが歴戦の魔法少女だけあって、難なく次々と屠っていく。

 悪臭漂う下水を撥ね飛ばしながら、黒い長髪を棚引かせ、少女は突き進む。

 使者たちから贈られた、狩装束は実に良く機能していた。

 血しぶきと、鼻を突く臭いの数々から、それはほむらを守っていた。

 

「……」

 

 しかし、目の前に現れたトンネルの向こうからは、マスクを通してなお鼻を突くような、強烈な臭いが漂ってきていた。トンネルの中には灯りひとつなく、真っ暗で、濃厚な闇が蟠っている。

 

(居るわね)

 

 それでも、ほむらにはトンネルの奥に何かが鎮座しているのが解っていた。

 魔法少女も狩人も、闇に潜むものたちを相手取ることには変わりない。故に視えるし、聴こえるのだ。膨れ上がった黒い影に、嫌悪感を催す荒い鼻息が。

 

「……」

 

 さて、どうしたものか。

 トンネルの右の壁には梯子があり、こちらを昇っていくという選択肢もある。だが梯子は恐ろし高さで、これを昇っている間は背中が完全に無防備になる。空を飛ぶ獣がいないとも限らない。こちらはこちらで危険であるようにほむらには思える。

 では、ここで一旦引き返して、大橋で杏子と合流すべきだろうか。既に、単なる道の下見の域を超えて遠くに来すぎてしまっている。引き返し、彼女と合流してから、二人で進むべきではないだろうか。

 

(……もう少しだけ)

 

 ほむらは、敢えてトンネルへと踏み込むことを選んだ。

 もうここまで来てしまったのだから、あと少しばかり先に進んで、下水橋の終端が実際に聖堂街に通じているのか、それを確かめようと思ったのだ。それに、杏子から貰った鐘はまだ鳴っていない。だとすれば彼女も、彼女の用事がまだ終わっていないのであろう。つまり、時間はまだある。――それに、トンネルの高さを見るに、大橋で遭遇した、あの巨獣に並ぶバケモノが奥に居るとも思えなかった。独りでも、仕留められる筈だ。

 

 下水を蹴って、ゆっくりとほむらは進む。

 トンネルの奥のなにかも、近づくほむらに気づいたのか、鼻息をより荒くして動き始めていた。

 彼我の距離が縮まる。徐々に、何かの姿があきらかになる。

 

「……豚?」

 

 豚だった。

 この上なく豚だった。

 ただしその体躯は恐ろしく巨大で、小型のトラックはありそうで、口は人間一人飲み込めそうな大きさだ。

 ――ふと、ほむらは思い出す。豚は雑食で、ごくごく当たり前に肉を喰らうのだと。病床のなか茫洋と眺めていた、TVの画面から、そんな話が流れてくるのを。

 

(マズイ!)

 

 豚が嘶くのを聞いて、ほむらはトンネルの出口のほうを振り返る。

 駆け戻るには既に、奥に入りすぎてしまっていた。つまり退くことはかなわない。

 

「くっ!」

 

 豚はイノシシと殆ど変わらないのだと、既に内容もおぼろげな番組は言っていたような気がする。

 果たして、目前の巨大な豚は、イノシシよろしく突っ込んでくる。

 トンネルは広くはないが、突進を躱しうる、僅かな空隙が見えた。

 ほむらは前に横に跳び、突き出た鼻先を避けた。

 ぬめぬめした穢れた肌が、狩装束の表面を擦る。それだけでも凄まじい衝撃を体に感じるが、とにかく、直撃の回避だけはすることができたのだ。

 ほむらは反転し、突進を終えてこちらに臀部をさらした豚の姿を見た。

 

「……」

 

 隙だらけのその臀部目掛けて、拳を突き出そうとして――余りの穢らわしさに、盾のうちより血に汚れた包帯を取り出し、右拳に巻く。その上で、思い切り突き出した。

 内臓を抉られ、豚は豚らしく醜い悲鳴をあげ、そしてそのまま息絶えた。

 包帯は、豚の腸に引っかかったのか、手袋から外れてしまったらしい。ちょうど良かった。元々、用が済んだら捨てるつもりであったのだから。

 豚が失せたあと、落ち着いてトンネルのなかを探れば、やや広い空間へとほむらは辿り着いた。

 そこでは、豚の犠牲者たちと思しき亡骸が転がっている。

 そのなかには、服装から察するに、かつて狩人であったと思しきものも混じっていた。

 

「……?」

 

 ほむらは、その亡骸に何故か注意惹かれた。

 死体漁りなど、する趣味もないはずなのに、狩人の屍が、首から下げているものから、何故か目が離せない。

 

 ――それは、ノコギリを模したような首飾りであった。

 

 ノコギリめいたギザギザが生え、表面には謎めいた文字が浮き上がっている。

 宝飾品と言うには余りにも剣呑すぎる意匠に、ほむらは故なく惹かれる。

 果たしてそれは、体内に挿れた、怪しげな血の仕業であったのだろうか。

 ほむらは亡骸から首飾りを取り外し、自身の首に下げた。

 

 重ねていうが、ほむらには死体漁りなどする趣味はない。

 

 それでも、これは()()せねばなるまいと、何故か強くそう、ほむらには想えたのだった。

 

 ――『ノコギリの狩人証』。

 かつて工房が発行した、狩人証。工房に認められた、獣狩りの狩人の証。

 もはや工房は無く、証を求める組織もないが、ただ水盆の使者たちだけが、そこに意味を見出すだろう。

 

 

 

 

 結局、トンネルの奥は排水用の穴が空いているばかりで、道はなかった。

 幸いなことに、正面に道はなくても、横道はある。

 その横道を潜れば、またも酷く高い梯子に出くわす。

 ほむらは、三角帽子の下で眉を顰めた。結局、大梯子を登らない限り、奥には行けないらしい。

 しかし先程の梯子と異なり、こちらの梯子は下水橋の陰になっている部分が多い。ここまで来たのだからと、ほむらは思い切って昇ることにする。

 カツン、カツンと、踵と梯子で金属音を立てながら、ほむらはひたすらに昇り、昇る。

 昇りきった所で、下水橋の上にでたらしい。

 そこでは群衆の一人と、例の大男が、何やら罠らしいものを動かしているのに、ほむらは出くわした。

 木の盾持ちの群衆が、松明で何やら、人ほどの大きさの球に火を灯し、大男が自慢の怪力でコレを押す。

 燃える大玉は下水橋の上の通路を走り、そこを封鎖するように並んでいた、別の群衆を巻き込んでなおも転がった。大玉は、群衆を踏み潰して、下水橋の切れ目から落ちて消えた。ほむらが見るに、大玉が落ちた先は、先に自分が昇るのを見送った、最初の大梯子の所であるらしい。

 

 ――あるいはあの梯子を昇っていれば、踏み潰された群衆と同じようになっていたかもしれない。

 

 そう想えば肝が冷えた。

 冷えたからこそほむらは、念入りに、群衆の一人と大男とを相次いで屠ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 より獣化の酷い群衆を新たに二人ほど仕留め、ほむらは階段を昇った。

 昇った所で、薄暗い墓地に出た。

 墓石が、夥しく、不規則に並び、その真中には、曰くありげな石像が斜めに立っている。

 石像の台座の傍らに、人影がひとつある。

 

(狩人!?)

 

 ほむらは、その人影の格好から、そのことを理解した。

 人影は、ほむらと同じような三角帽子を被り、黒いストールのかかった外套を纏い、手袋をはめ、ブーツを履いていた。右手には、ほむらのノコギリ槍とよく似た、しかしよくよくみれば刃の長さが短く切っ先のない、鉈めいた別の得物を下げ、左手にはこれはほむらと同じ獣狩りの短銃を握っていた。

 その狩装束は、ほむらの纏ったものと一見似ているようだが、意匠が大きく異なっている。

 三角帽子からは羽飾りが伸び、なにより、全体に独特の黄味がかかっていた。

 

「――」

 

 その狩人は、ほむらが声をかけるまえに、自らその双眸を向けてきた。

 ほむらは後悔した。

 杏子と合流してから、ここに来なかったことを後悔した。

 

 帽子とマスクの間から覗く二つの瞳は、いずれも血走って、狂気に満ちている。

 殺意が、匂い立つ程に溢れかえっている。

 ほむらがノコギリ槍を構えるのと、黄色い狩人、『古狩人ヘンリック』がほむら目掛けて駆け出すのは、殆ど同時のことだった。

 

 

 





豚にリボンエンチャしたバクスタ致命を決める魔法少女
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