――銃声が鳴り響き、赤毛の魔法少女が斃れ伏す。
長く、しなやかな、黄色いリボンであった。
「ソウルジェムが魔女をうむなら……」
彼女は、泣き叫びながら、マスケット銃を構える。
白く美しく、エングレーブも鮮やかな旧式の小銃。しかし込められたるは魔弾。
同じ魔法少女を、一撃で屠るには充分。
「みんな死ぬしかしないじゃない!」
彼女は、よい魔法少女だった。
魔女狩りに優れ、慈悲に溢れ、使命に酔っている。よい魔法少女だ。
「あなたも! わたしも!」
だからこそ、彼女は涙を滲ませながら、己が後輩に銃口を向けるのだ。
彼女らを、この救いなき修羅道に誘ったのは、他でもない、自分であるのだから。
彼女は、自分自身と、同胞たちの運命に決着をつけるために、引き金に力を込めた。
果たして、それを弾ききる前に、魔法の矢が彼女の髪飾りを射抜き砕く。
髪飾りは、ソウルジェムである。
故に彼女は一撃で絶命した。
そう、その筈だった。
絶命した、筈、だったのだ。
――彼女は、気がつけば暗い森のなかにいた。
呆然と、夜風に、その黄色い髪を揺らす。
焦点の合わぬ瞳で、闇を見つめる。
彼女は、座り込んだまま、微動だにしなかった。
その装束は見滝原中学校の制服へと変わり、にも関わらず右手にマスケット銃を握ったまま、彼女は地面に力なく座り続ける。
もう、何もかも、どうでもよかった。
彼女は、よい魔法少女だ。魔女狩りに優れ、慈悲に溢れ、使命に酔っている。
なればこそ、裏切られた時の衝撃は凄まじい。
彼女は自覚していた。自分は、ずっと、ペテンにかけられていたのだと。
秘められた悪意に気づきもせず、何も知らぬ少女たちを、地獄へと誘っていたのだと。
失望、そして慚愧。
彼女は虚ろな目で、ただただ虚空を見つめる。
――新鮮な肉の臭いに、蛇たちが集まってくる。
蛇たちは、各々球のように絡まり合いながら、彼女へと地面を這いにじりよる。
舌を何度も出しては引っ込め、その長い牙を剥き出しにして、彼女を喰らわんと躙り寄る。
しかし彼女は動かない。要するに、彼女は死ぬ気であったのだ。
信じていた、全てに裏切られた。
友と信じていた契約者に、正しいと信じていた魔法少女の使命に。
果たして、契約者は魂を弄び、自分が狩りたてていたのは同胞たちの成れの果て。
孤独に耐え、戦い続けたのは、いった何のためだったのか。
自分は、ふた親と共にあそこで死んでいるべきであったのだ。
だとすれば食欲もあらわに彼女を取り囲む蛇たちのことは、むしろ歓迎する心持ちすらしてくる。
いずれにせよ、今の自分には逃げる気力すら残されていはしないのだ。
蛇が、人の身の丈以上はある大蛇が、鎌首を持ち上げ、舌を炎のように揺らしながら、大口を開いた。
丸呑みにしようというのだろう。彼女は虚ろな瞳で見上げた。
――閃光、そして異音。
彼女が見上げる前で、何かが視界を通り過ぎたかとおもえば、大蛇の鎌首が落ちていた。
血が、穢れた蛇の血が撒き散らされ、彼女の頬を、髪を、制服を真っ赤に染める。
綺麗な白い肌も、よく整えられた黄色い髪も、白を貴重としたお洒落な制服も、揃って血に塗れる。
視界を通り過ぎたのは、大鉈を手にした人影であった。
三角帽子を被り、黒いストールのかかった外套を纏い、手袋をはめ、ブーツを履いていた。三角帽子からは羽飾りが伸び、なによりひと目をひくのは、装束全体にかかった独特の黄味であった。
黄色い三角帽子の人影は、大鉈を片手で軽々と振るい、次々と蛇たちを斬り捨てていく。
彼女がそんな様を呆然と眺めていれば、反対側からは何かを叩き潰す音が響く。
視線を向ければ、大きく分厚い刃が、絡まりあった蛇球を、数匹まとめて裂き潰している様が見えた。
槍のような長柄の両手斧で蛇を屠るのは、両眼と口元だけを晒し、他全てを隠す緑の覆面をした、やはり血まみれのエプロン姿の大男だった。黄色い三角帽子の男とは対称的な、力強く凶暴な一撃で、蛇をまとめて潰し殺していく。
彼女を取り囲んでいた蛇たちは瞬く間に殲滅された。
二人の男は武器をおさめ、彼女を見下ろす。
彼女は相変わらず、呆然と二人の男を眺めた。
「ほう、お前、新顔だな? 」
不意に、男たちの間を通って、新たな人物が姿をあらわした。
その人物は、いまだ座り込んだままを、その奇怪な隻眼で見下ろした。
「それに……見たところ月の香の狩人か」
その人物は、はっきり言って怪人であった。
身を包むのは、青い色の軍服かあるいは官憲の制服と思しき装束で、奇妙な所はない。
ケープのついた、シングルボタンの詰め襟。腰元にはランタンをベルトで留め、手には白い手袋をはめ、右手には杖を突いている。しかし、それらはこの怪人のある部分が余りに強烈であるがために、全く印象に残ることはない。
問題は、その頭だった。
その頭は、逆さにしたバケツのような鉄兜に覆われ、その内側を全く窺うことはできない。
円筒形の鉄兜には隙間がまるでなく、唯一片目だけでかろうじて外を見れるような、小さなのぞき穴が開いている。その穴は余りに小さく、内なる瞳を彼女が見るのは不可能だった。
鉄兜の男は、自ら名乗った。
「ああ、俺はヴァルトール、『連盟』の長だ 」
――おそらく、慈悲はあるのだろう。
この日、彼女は尽きぬ使命を手に入れた。
汚物の内に隠れ蠢く、人の淀みの根源を、すべて踏み潰し、根絶すること。
もはや「虫」などいないと分かるまで、狩りと殺しを続けるという使命を。
「くっ!?」
ほむらは、襲いかかってきた狩人の素早さに、思わず呻く。
稲妻を思わせる黄色い装束から来る印象を裏切ることもなく、瞬く間に狂気の狩人は間合いを詰めた。
真っ直ぐに、ほむらの両眼を見つめる、帽子とマスクの間から覗く二つの瞳はいずれも血走って、相変わらず濃密な狂気に満ちている。殺意が、匂い立つ程に溢れかえっている。
いかなる言葉がけも無意味だと、ほむらは否応なく思い知らされる。
――咆哮。
凄まじい叫びとともに繰り出されたノコギリの一撃を、かろうじてほむらは同じノコギリで受け止める。
ギザギザの刃同士が触れ合い、擦れ合い、目もくらむような火花と耳をつんざくような異音が響き渡る。
だが武器は同じくしても、いかんともしがたいのは圧倒的膂力の差。
狂った狩人がノコギリを振り抜けば、その力でほむらの体は紙くずのように吹き飛ばされ、墓石に背中をぶつけてようやく止まる。
「かはっ!?」
肺を強打し、身動きができない。
それでもほむらは殆ど反射的な動きで、短銃を引き抜き、狂った黄色い狩人の追撃に備えた。
「……?」
追撃は来なかった。
狂った狩人は、大股開きで大地を踏みしめながら、威嚇する獣のようにまたも咆哮する。
相手の不可解な動きのおかげで、逃れるための時間ができた。
墓石から背中をはなし、牽制の短銃を放ちながら、ステップで距離をとる。
狂った狩人は、謎の咆哮をあげた時とはうってかわっての即座の反応をみせた。彼もまた素早く地面を蹴ってステップすると、ほむらの水銀弾は何もない空間を通り過ぎていく。むしろ黄色い狩人は手投げナイフのようなものでほむらへと反撃し、その素早い飛来に、ほむらは盾で凌ぎあるいは避けざるを得ない。
――駆動音。
ほむらがナイフに気を取られていた間に、黄色い狩人は仕掛けを起動し、ノコギリを展開する。
やはり、ノコギリ槍とよく似ている。大きな違いは、刀身の長さと、その先端が平たく尖っていないこと。呼ぶなれば『ノコギリ鉈』の名がふさわしいだろうか。
大鉈と化した得物を片手に、狩人は地面を何度も蹴って瞬く間に、ほむらへと肉薄した。
牽制の銃撃は何れも空を撃ち、何の効果もあげはしない。まるで、ほむらの弾道が解っているかのような動き。
――何かの能力、魔法少女の魔法のようなものを使っている訳ではない。
ほむらもまた歴戦の魔法少女。故に理解できる。この狂った狩人の動きは、どこまでもその積み上げた業のなせるものであると。
嗚呼、だからこそ、恐ろしい。
衝撃に、体が揺れる。それでも、彼女は受け止めた。
しかし、そんなことは承知とばかりに、次なる一撃が繰り出される。受け止められた一撃は盾の表面を引っ掻いたが、その勢いのまま狩人は体を回転させ、遠心力を上乗せした一撃を新たにほむらへと放つ。
今度の一撃には、盾が弾かれ、ほむらの動きが止まる。
(まず――!?)
盾が弾かれるのを見逃す訳もなく、狂った狩人は仕掛けを再起動、大鉈をノコギリと変じ、間合いを詰めてギザギザの刃を斬り上げる。
「がっ!?」
ほむらは呻きながらノコギリ槍を出鱈目に振るいながら後退する。
腹に熱さを感じる。刃は分厚い狩装束を裂き、肉まで達したらしい。
溢れ出る血潮を感じる。血を、血を体内に挿れねば――!
「っっっ!?」
後退を図るほむらに、その窮地を逃さんと狂気の狩人は追撃する。
左右斜めから交互に襲いかかるノコギリの刃を、ほむらは盾とノコギリ槍で凌ぐがやっとで、血はその間もほむらの体から流れ出る。
(血を、血を――)
しかし輸血液を取り出す暇もない。
ほむらは、止めどない連撃に、逃げるも攻めるもかなわなくなっていた。
絶体絶命の窮地。
しかし好機は、唐突に訪れる。
「!?」
「!?」
突然鳴り響いた銃声。
狂気の狩人の背中が裂け、血しぶきがあがる。
殆ど同時に、ほむらも狂った狩人も各々の背後へと向けて跳んでいた。
間合いが開いた隙を逃さず、ほむらは盾より取り出した輸血液を体内へと挿れる。切り傷が急速に回復し、体が焼けるように熱くなる。
ほむらが体勢を立て直している間、狂った狩人は自分を撃った相手を探していった。
血走った双眸を四方に向け、ついに見つけたのか、また獣のように雄叫びをあげる。
ほむらもまた、謎の射手の方を、狂った狩人に従って見た。
墓石の間を歩み寄ってくるのは、何やら背の高い黒い陰だった。
――いや、背が高いのではない。そう見えたのは、頭に被ったトップハットのためだったのだ。
工房の用意する、標準的な黒い狩装束の1つから、血を払う短いマントを取り去ったものをまとい、淑女然とした様式美を愛する狩人たちの帽子を被っている。
右手には、先端の尖った硬質の杖を持ち、左手にはエングレーブも鮮やかな、白い銃身の長銃をぶら下げていた。
ほむらには、特に、その長銃に見覚えがあった。
そして、トップハットの下からのぞく、あふれる黄色の巻き毛。
間違いない。
「あなた……巴マミ」
ほむらが呼びかければ、トップハットの乱入者は、驚いた様子でほむらのほうを見た。
「あなた、もしかして、暁美さん?」
美しい声でそう言った、ほむらよりも若干年長の落ち着いた相貌は、間違いなく巴マミ――暁美ほむらにとっては師の一人とも言える先輩魔法少女その人のものであった。
【Name】巴マミ
【装備:頭部】トップハット
【装備:胴体】狩人の装束(マント無し)
【装備:腕部】狩人の手袋
【装備:脚部】狩人のズボン
【右手武器1】仕込み杖
【右手武器2】なし
【左手武器1】トモエ=マミの長銃
【左手武器2】なし
【所持アイテム】連盟の杖
【ソウルジェム発動】???