巴マミの装束は、ほむらの知る彼女のものとは正反対になっていた。
かつて憧れの先輩魔法少女であった彼女の身を包んでいたのは、白と黄色を基調とした優雅なものだった。
白い羽飾り踊るベレー帽。豊かな肢体を包むのは白いブラウスに白い腕帯、コルセットに裾の広がった黄色いスカート……。魔法少女の名に、この上なくふさわしい装束。
果たして、思わぬ再会で
ほむらの纏ったヤーナムの狩装束と、若干似た印象を受けるのは、恐らくは同じ目的、すなわち獣狩りのために誂えられたものだからだろう。
高い襟に、脛の半ばまで伸びた裾のロングコート。腕には手甲、足には脛当てをつけているが飾りは控えめでひと目を惹くことはない。まるで我が身を街角の陰に隠すための装束だ。いや、実際そうなのだろう。ほむらは、夜に紛れ、密かに獣を狩るための装束と予想する。
そんな闇色の装束に相反する、白く輝く長銃は、魔法少女としてのマミの武器だった。
本来両手持ちにすべき得物を左手に下げ、右手には何故かステッキを握っている。
貴族めいた金色の巻き毛の上に、まるで夜会にでも出るためかのように、被っているのは山高帽なのだ。
ほむらの狩帽子と違って、血を避けるための工夫も、防御の仕掛けもない、ただの山高帽。それはマミに、黒い長外套やステッキと相まって、紳士ならぬ淑女然と印象を与えていた。
そしてほむらには、そんな衣装が実にマミらしいものと思えるのだ。
巴マミという少女は、ある種の
果てのない時の回廊のなかで、マミや杏子、さやかにまどかといった馴染みの顔ぶれ以外の魔法少女たちとも、幾度となく邂逅したほむらだけに、これは断言できることだ。
どこか芝居めいた優雅な戦闘スタイル。まるで歌劇のように技の名を叫ぶ。そんな魔法少女は他にいない。
恐らくマミにとっては、様式美であれ、あるいは美であれ正義であれ、それらこそが人らしさであり、孤独な魔法少女を人に留めるよすがであったのだろう。狩人になった今も、それは変わりないということなのかもしれない。
「――色々と、お話したいこともあるけれど」
ほむらに向けるマミの視線には、親しみがあった。
――ひどく、なつかしい。
もう誰にも頼らないと決めたその時から、彼女とは距離を置かざるを得なかった。
単に疎遠ならまだしも、疎まれ、敵視されることが殆どだった。
決意に冷たく固まっていた心に感傷が走り、そして違和感も同時に湧き始める。
ほむらへと向けられる、マミの視線に微かに視える
「今は無理ね」
僅かに揺れるマミの瞳は、ほむらから外れ、狂った黄色い狩人のほうへと向けられた。
狂ってはいても、やはり歴戦の狩人なのだろう。新たに現れたマミへと狂気の視線を向けつつも、ほむらの方へも短銃の銃口をしっかりと向けている。
覆面の下から獣めいた唸り声をあげつつ、いかに攻撃するべきか、その機会を狙っていると見えた。
「ねぇ、暁美さん。再会してばかりで悪いのだけれど……その格好、あなたも今は狩人、ってことで良いのよね?」
「……ええ」
狂った狩人から目を離すこともなく、ノコギリ槍の仕掛けを動かしながらほむらは答える。
「協力して貰えないかしら。ヘンリック……古狩人の相手は、私一人では荷が重いから」
ヘンリック。
それがこの恐るべき狩人の名か。
「……あなたを殺そうとした私がこんなことを言うのは、虫が良いって解ってるわ。それでも、少なくとも今だけは私と共闘してほしいの」
「……」
マミの言葉からほむらは、彼女がいつだったかの、さやかの魔女化から真実を知り、杏子を殺し、自分やまどかをも手に掛け、心中しようとした時の彼女だと察した。
ならば、マミの怯えも納得できる。
彼女のことだ。罪悪感で、動転しているに違いない。
矜持から、山高帽の下の相貌は平静を保ってはいたとしても。
「……わかったわ」
「本当?」
「ええ。今回は、あなたに助けられたのも確かだから。借りは、つくらない主義なのよ」
彼女の知っている自分とは違う話し方に、マミが戸惑うのも構わず、ほむらはノコギリ槍を構えつつ言う。
「もう、気にしてはいないわ」
「――え?」
「過ぎたことだからよ。もうずっと前に」
本音だった。
ほむらにとっては本当に、ずっとずっと前のことに過ぎない。
「それより――来るわよ!」
ほむらの言う通り、狂った狩人、ヘンリックが再び動き出す。
彼は短銃をマミへと素早く向けて撃つと同時に、ほむらへと向けて駆け出したのだ。
恐らくは、自分のほうが与しやすいと思ったのだろう。図星なだけに、ほむらはマスクのしたで顔を顰める。
「暁美さん! 退いちゃ駄目! 攻めるのよ!」
「!」
迫るヘンリックから間合いをとろうとしていたほむらに、そんなマミの助言が飛ぶ。
それに従い、ほむらは盾を構えつつ真っ向ヘンリック目掛けて踏み込めば、その大鉈が完全に振りかぶられる前に古狩人の真正面へと辿り着く。
勢いが充分に乗る前に振り下ろされた大鉈と、盾で受け流すと同時に、ほむらとヘンリック、二人の体が交差する。
すれ違い、互いに跳んだ先で即座に振り返る。
しかし再度ほむらへと肉薄せんと大地を踏みしめたヘンリックは、唐突に背後目掛けて跳んだ。
なにもない空間を、散弾が貫く。マミの長銃の援護だった。
「狩人の戦いは素早いわ。退けば退くほど不利になる。傷つくのを恐れず、前に出るのよ!」
そうほむらへと向けて叫びながらも、マミはヘンリック目掛けて散弾を連射する。
ヘンリックは素早く、墓石を盾にしながらステップを繰り返す。
この間合からでは効果があがらぬとマミは射撃を切り上げ、右手の仕込み杖を剣のように構えて駆け出した。
「暁美さん! 援護して!」
マミの強い言葉に、ほむらは殆ど反射的に短銃を構え、ヘンリックへと引き金を弾いていた。
そして、またも思う。
――ひどく、なつかしい。
嗚呼、今の巴マミはまるで、かつて先輩魔法少女として尊敬し、憧れた頃の彼女ではないか。
その背中には、久しく忘れていた、あの頼もしさが見えるのだ。
「たぁっ!」
ほむらの銃弾を避けながらもヘンリックが次々と投げつける、細かいギザ刃のついた投げナイフを、マミは杖を振るって叩き落とす。
牽制は無意味と悟ったか、咆哮をして狂った古狩人もまた大地を蹴る。
マミとヘンリックの間合いが縮まり、互いの得物が届くには、まだ僅かに遠い場所で、マミをは杖を振るった。
何故空振りする間合いで、杖を振るうのか。ほむらの疑問は、次の瞬間には霧消した。
「!?」
最初は、杖が伸びたように見えた。
だが魔法少女――ならぬ狩人の視力は、すぐにその正体を捉える。
仕掛けにより刃は分かれ、まるで鞭のように伸びたのである。
その鋭い先端は黄色い狩装束を貫き、血の花を咲かせる。
マミは鞭と化した杖を生き物のように振るい、ヘンリックを着実に追い詰めていく。
杖を得物とするという、奇妙以外の何ものでもない選択に、ほむらは納得がいった。
巴マミは銃撃を主とするために忘れられがちであるが、彼女本来の武器はリボンなのだ。
撓る鞭は、まさしく彼女のための武器と言える。しかし彼女が仕込み杖を武器としたのは、それだけが理由ではあるまい。
武器を杖に擬し、獣に対するに鞭を振るう様は、様式美の類である。それは実に巴マミ的だ。
(……見とれている場合じゃないわ)
狩人としても先輩らしいマミの動きは、確かに見事なものだが、相手は古狩人という。事実、徐々にヘンリックはマミの仕込み杖の動きに順応し、的確にノコギリ鉈で防ぐようになってきている。その事に、マミ自身明らかに焦っていた。
ほむらは牽制の銃撃を加えながら、仕掛けを動かし、槍を鋸へと戻して駆ける、駆ける、駆ける。
「かはっ!?」
振るわれる鞭撃の合間を縫って放たれたヘンリックの銃弾は、マミの腹腔へと突き刺さる。
狩人ならば、血を挿れれば容易く治る傷だが、しかしヘンリックがそれをさせる筈もなく、マミへと大鉈を振るおうとした所で、ほむらが二人の間に割って入った。
「退きなさい、巴マミ」
鋸と鉈がぶつかり合って火花を上げる。
しかしほむらは僅かに足を沈めることで、相手に膂力からくる衝撃を殺しつつ、盾を構えて相手の胸元へと跳びこんだ。
ヘンリックは、盾に合わせて鋸の一撃が来ると思っていたのだろう。それを弾かんとする古狩人の目論見を外して、ほむらは盾を相手の胸元へと叩きつけたのだ。
「!?」
実際のダメージはどうあれ、相手の虚を突くことはできた。
ヘンリックの胸元に密着した盾を、再度押すことで、反作用にほむらの体が離れる。同時に、叫ぶ。
「今よ!」
マミは長銃を両手で構え直し、ヘンリックの心臓に擬していた。
彼が身を捩るよりもはやく、引き金は弾かれる。
銃口から飛び出したのは、今度は散弾ではなくて、空気を捻るように回転し輝きながら突き進む単弾であった。
銃弾は標的の心臓を貫き、古狩人の体は大きくゆらぐ。
「暁美さん!」
マミに言われる直前に、ほむらの体はすでに動き出していた。
仕掛けを動かし、槍を両手に構え、体ごとぶつかるように、ヘンリックの腹めがけて切っ先を突き出した。
鋭い尖端は狩装束を貫き、皮を破り、肉を裂いた。
いかに狩人と言えど、いかんともし難い傷。
――絶叫。
断末魔の雄叫びをあげ、ヘンリックの体は力を失い、遂には青い光の奔流となって消え失せた。
ちょうど、大橋であの巨獣を狩った時と、同じように
「……さようなら」
マミが押し殺した声で漏らすのを、ほむらは確かに聞いた。
――『YOU HUNTED』
【トモエ=マミの長銃】:巴マミの「魔法少女武器」
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巴マミの、魔法少女としての武器
彼女の本当の能力はリボンの操作だが、これはそのリボンから編まれた武器である
単発式であり、本来は使い捨てられる武器であるのだが
狩人としてのマミはその銃身内に直接、血の弾丸を生成するため、何度でも使用できる
弾丸の生成には若干の血を要する反面、その弾種すらも自由に決めることができる
散弾銃としてはルドウイークの長銃に、長銃としては貫通銃に準じる性能を有する
獣狩に似合わぬ優美な銃は、彼女の人としての矜持の具現化である