Magicaborne   作:せるじお

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chapter.13『連盟』

 

 

 

 

 古狩人ヘンリックが失せた後には、大橋の巨獣同様、夥しい血痕だけが遺されていた。

 

「……」

 

 マミは、その血痕を見下ろしていた。

 

 いや、見下ろす、などという次元ではなく、穴が空くほどに、凝視している。

 異様な様子に、怪訝そうにほむらがその横顔を覗き込めば、慌ててマミは視線を血痕から逸らした。

 その瞳は動揺に揺れている。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……暁美さん、ひとつ聞いても良いかしら?」

 

 何かを誤魔化すかのように、マミは唐突にほむらへと問いかける。

 しかし相変わらず、その取り繕った表情の下から、心の震えが透けて見えた。

 

「なにかしら」

 

 それには敢えて言及することなく、ほむらは極々平然と応じた。

 巴マミという少女は、強いと同時に脆い。その脆さを、ほむらはよく知っている。

 

「あなたは……その……()()()()()()()()()()()なのかしら?」

「……」

 

 そして巴マミという少女は、愚かであると同時に鋭い。

 キュウべぇに騙され操られてこそあれ、決して白痴ではなく、むしろその真逆、確かな理知の持ち主なのだ。

 だからこそ、魔法少女としてのマミは、ほむらにとって厄介な存在であり続けた。

 真実を知らなければ、その実力がほむらの動きを阻み、真実を知れば、その実力で破局を誘う。

 

 ――だが、今やお互い狩人だ。

 

 真実は、思考の瞳を啓きこそすれ、破局をもたらすなど最早ないことであろう。

 

「ええ。私はあなたを知っているけど、あなたは私を知らないわ。私は、あなたとは違う時間から来た暁美ほむらなのだから」

 

 長い黒髪に蟠った、血を指で撥ね飛ばしながら、ほむらは真実を語る。

 

「……あなたは時を操る魔法少女。そして、時々、私達が知り得ぬことを語っていた。もしかしてあなたは、時を旅する魔法少女だったのかしら」

「……そうよ」

 

 ああ、やはり。マミは鋭い少女である。

 独り既に、真実へと思い至っていたらしい。

 

「……私たち、騙されていたのね」

「ええ」

 

 キュウべぇの詐術を知り、陰鬱な表情で呟くマミに、ほむらは頷き言った。

 

「愚かね、巴マミ」

 

 ――言って、後悔した。

 もう、ずっと前のことなのだ。彼女に殺されかけたのも。

 それを蒸し返して、こんな皮肉を吐くのは、自分のなかにある()()への愛憎の故か。

 いずれにせよ、今、この場で言うべき言葉ではなかった。

 

「そうね」

 

 しかし、巴マミは素直に首肯するばかりだった。

 ほむらは気づく。彼女は、魔法少女を導く魔法少女であった。なればこそ、その慚愧の念は、自分の比ではないのかもしれないと。

 

「でも……ならばこそ、『淀み』を直視しなくちゃいけないのね。過去の過ちを繰り返さないためにも」

「……?」

 

 『淀み』。

 何やら、ほむらの知らない単語が、マミの口から飛び出した。

 マミは、狩人としてもほむらの先輩である。それゆえに、知りうることもあったのだろうか。

 

「……夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。名誉ある連盟の狩人よ。獣は呪い、呪いは軛。そして我らは、淀み断つ剣とならん」

 

 謎めいた言葉を、マミは口走る。

 自分に言い聞かせるように、小さく小さく呟く。

 

「――ごめんなさい。こっちの話よ」

 

 ほむらが問う前に、マミのほうから、話は一方的に打ち切られた。

 これ以上、何を訊いても答えないという様子であったので、ほむらは話題を転換した。

 

「佐倉杏子も、このヤーナムに迷い込んでいるわ」

「佐倉さんが!?」

 

 マミの表情が一転明るくなるのに一瞬驚き、しかし即座にほむらは納得する。

 杏子とマミの付き合いは、自分たちのそれよりも実はずっと長いのだ。彼女にとっても、杏子という存在は、ある種特別なものであるのだろう。

 

「今は別行動をとっているけれど、ゆくゆくは合流する予定よ」

「そう……佐倉さんが……」

 

 マミは嬉しそうに表情を綻ばせ、はたと何かに気づいて、思案顔となった。

 

「美樹さんや、鹿目さんも……もしかしてこのヤーナムに――」

「……」

 

 それは、ほむらにとっても懸案事項であった。

 しかし、現時点では何一つ、それを知る情報はない。

 残念ながら今の所は、あなたと佐倉杏子以外とは遭遇していないと告げれば、マミは残念そうな様子だった。

 

「ねぇ、この謎めいた街で、私達はどこまでも異邦人に過ぎない。互いに、協力し合うのが得策じゃないかしら」

 

 ――ほむらは出し抜けに、髪を掻き上げながら、提案をする。

 

 本音だった。

 マミは腕利きの魔法少女であったが、狩人としてもそうであるらしい。

 魔法少女の時と違って、やたらと隠し事せねばならない訳でもない。

 杏子と違ってやや理想主義者のきらいはあるが、話せば通じる理性もある。背中を任せるのも、悪くはない。

 それに――ヤーナムの街は、異邦人が歩むには、やはり、あまりに陰気に過ぎる。

 

「そうね。佐倉さんとも会いたいし……助け合いましょう、狩人同士」

 

 マミは心底嬉しいといった印象で、微笑む。

 

「私も佐倉杏子も、聖堂街への道を探しているわ。巴マミ、あなたはなにか知らないかしら?」

 

 この問いにマミは、墓地の奥、階段の上を指差し言う。

 

「ここはオドンの地下墓。あの階段の先、鉄の扉の向こうにある梯子を昇れば、オドン教会に着く筈よ。オドン教会は人気のない廃教会だけれど、それでも聖堂街の中心に位置しているの。最も、今夜は獣狩りの夜だから、大聖堂への門はかたく閉ざされているでしょうけど」

 

 ――なるほど、ここまで来た甲斐が、あったというもの。

 些か単独で遠くに来すぎたかとも思っていたが、マミから得られた情報を思えば問題にすらなるまい。

 

「大聖堂への門とやらは……何か開くすべはあるのかしら」

「そうね……」

 

 マミは若干思案し、推測を交えながら語った。

 

「今は殆ど壊滅状態だけれど、本来ならばこんな夜には、医療教会の狩人たちがヤーナムの街に繰り出していったの。そんな医療教会の狩人たちを率いていたのが『狩長』。この『狩長』の持つ特別な印だけが、大聖堂への門を開いたのだと聞いてるわ。狩長の帰還は、狩りの成就を意味するものだから」

 

 また、新たなる有益な情報だ。

 『狩長の印』とやらがあれば、大聖堂への道は開けるという。

 ギルバートは言っていた。聖堂街の最深部には古い大聖堂があり、そこに医療教会の血の源がある――と。

 

「『狩長の印』……ね。わかったわ。私や佐倉杏子は、きっとそれを探すことになると思うけれど、あなたはどうするつもり?」

 

 マミは少し考えてから、答えた。

 

「……私は私で、やらなくてはいけないことはあるのだけれど、それは急がなくてはいけないものでもないし。良いわ。しばらくは同行させてもらうわね」

 

 先輩魔法少女の答えは、Yesだった。

 杏子をここに連れてもう一度来るとほむらは告げ、同時にマミはどうするのかと問う。

 

「私は、ここで待つわ。少し……独りで考えたいこともあるから」

 

 何気ない調子で言うマミの瞳は、またも揺れていた。

 感づいたほむらが血痕のほうに視線を向ければ、誘われてマミもその方を見て、慌てて視線を逸らした。

 ほむらは察した。マミは、あの狂った黄色い狩人の名を知っていた。彼女と彼の間には、なにがしかあったのだろうと。

 

「じゃあ、後で」

「ええ。また後でね、暁美さん」

 

 別れ際、最後にほむらは問いを発した。

 

「巴マミ……『青ざめた血』という言葉を、聞いたことは」

「……いいえ。生憎だけど、覚えはないわ」

 

 逆に、マミもまた別れ際の最後の問いを返してくる。

 

「……暁美さん。あなた、血の淀みに蟠った『虫』を見たことはある?」

「?」

 

 当然、そんなものを見た記憶はない。

 そう答えれば、マミは「そう……」と呟くばかりだった。

 

 そして、魔法少女――今や、少女狩人と化した二人は、暫し別れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 独り、オドンの地下墓に残ったマミは、相変わらずヘンリックの、同じの『連盟』の狩人であり、彼女にとっては狩人の師とも言える古狩人の血痕を見つめていた。

 見つめ、見つめ、見つめる。穴が空くほどに、瞳はおろか脳すら震えだす程に、凝視する。

 それでも、見えるべきもの、淀みに潜む『虫』を、マミは見出すことができなかった。

 

「――ッ!?」

 

 いたたまれなくなって、瞳を逸らす。

 ヘンリックは確かに狂っていた。狂い、獣と堕っした同士を狩るのも、連盟の一員の務め。

 それを知りつつも、それを認めつつもなお、虫を見いだせぬ事実に、マミのなかの罪悪感が疼く。

 

 独り、ヤーナムへと迷い込んだマミを、連盟は受け入れた。

 居場所を失い、使命を失い、生きる意味を失っていたマミに、連盟は、その長ヴァルトールは、使命を授けた。

 

『我ら連盟の最終目標は、すべての「虫」を踏み潰し、人の淀みを根絶すること 』

 

 あるいは幻想とも、夢とも言える、不可解な使命。

 

『きっと、誰にも理解されぬだろう。だからこそ、俺は同士たちを愛するのだ 努々、忘れないでくれ』

 

 だが幻想にこそ、誓いが必要なのだ。

 マミは誓い、使命を受け入れた。それが、自分にとっての新たなる導きと思えたから。

 

『ほう、お前。どうやら、 「虫」 を潰したようだな。俺は連盟の長、そんなことは、目をみれば分かるものなのさ』

 

 にもかかわらず、マミには虫を見出すことが出来ない。淀みはどこまでも淀みで、それ以外の何ものでもない。

 それでも、連盟の長は、マミが既に『虫』を見出していると、そう言ったのだ。

 

『だが、よかったよ。これでお前も、本当の連盟の仲間――同士だ。さあ、この杖を貰ってくれ。我らの血塗れの使命、その誓いの証しだ』

 

 長の鉄兜に空けられた、小さな覗き穴。その向こうの瞳は、マミから見ることは出来ない。

 あるいは、ヴァルトールは気づいているのかもしれない。マミがいまだ、『虫』を見ることができないでいることに。

 それでもなお、彼女に同士の杖を渡したのは、彼の慈悲か、それとも、かつての自分のように、仲間を求めてやまぬ寂しさが故か。

 そんな長の想いに応えるためにも、マミは連盟の使命に励んだ。

 師たるヘンリックが、古い相棒の死を知って狂い、淀みに落ちた時、長が同士を狩ると決めた時、だからこそマミは、血まみれの任務を志願したのだ。

 だが、己の手を、かつての同士の血に染めてもなお、『虫』を見出すことはできない。

 

「――」

 

 後輩の前故に、懐かしい魔法少女の前故に、取り繕っていた表情が崩れ、涙が溢れ出す。

 しゃがみ込み、声もなく泣きはらす。

 

「――なんだい、一足、遅かったってわけかい」

 

 唐突に、背中越しに聞こえた声に、マミは涙を拭いながら立ち上がり、身を翻す。

 

「古狩人ヘンリック……あれは、あたしの獲物、だったっていうのにね」

 

 腕を組みながら、ハスキーな声で話すのは、その顔を奇妙な嘴をもった仮面で覆い、先の尖った黒帽子に、やはり黒い烏羽の外套を纏った怪しげな姿。

 それは、烏羽の狩人、狩人狩りアイリーンに他ならなかった。

 

 

 

 

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