Magicaborne   作:せるじお

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chapter.14『オドン教会』

 

 

 

 

 暁美ほむらは、狩人の夢を経て、大橋へと舞い戻った。

 彼女の予測は当たっていた。狩人の夢を経れば、直接歩いて向かうよりも遥かに素早く目的地にたどり着けるのではないかと。

 言葉を交わすこともなく、現れては去るほむらの姿に、人形はどこか寂しげな視線を送っていた。

 それを無視して、ほむらは墓石の前で念ずる。彼女の体は、念ずるままに大橋へと跳んだ。

 

「――よう。ちょうど良かった。こっちも、今ついた所なのさ。鐘を使うまでもなかったね」

「佐倉杏子……」

 

 跳んだ先で、神父姿の魔法少女――ならぬ少女狩人と再会する。

 

「杏子で良いよ。肩肘張るのは性に合わないからね」

 

 血の匂い立つ狩装束に身を包み、肩に仕掛けを動かし長柄とした大斧を負って、あっけらかんと言う。

 しかし血臭に反して、黒い神父服には真新しい血痕も見えない。それは恐らく、彼女の手際が恐ろしく良いからなのだろう。そう、ほむらは推測する。

 

「巴マミと会ったわ」

「……はっ?」

 

 唐突にほむらが告げれば、一瞬、呆けた顔を見せた後、驚きに露悪的な表情を崩した。

 

「巴マミって、あの巴マミのことだよな?」

「あの巴マミ以外に、どんな巴マミがいるというのかしら」

「マジかよ」

 

 杏子は、まるで目の前に巴マミが既に居るかのように、バツが悪いと視線をあらぬ方に逸らす。

 そんな様子からほむらは、目の前の彼女が、オドンの地下墓で出会ったマミとは違う時間軸から来たことを確信する。自分の推測が正しければ、あのマミは彼女の時間軸の佐倉杏子を殺している。殺されたことを忘れるなど、あり得ようはずもなく、こんな反応は見せない筈だ。

 

「先に言っておくけれど……これから出会うことになる巴マミは、あなたの知っている巴マミとは違う巴マミだってことを、頭に入れておいて」

「……はぁっ!?」

 

 あらぬ方に向けられていた視線が、ほむらのほうへと舞い戻る。

 彼女には意味不明な言葉を告げたために、杏子の顔には怪訝が満ち溢れている。

 

「なんだよそれ。わけわかんないんだけど」

「訳が解らなくても、解ってもらうしかないわ。今、ヤーナムの街に迷い込んでいる巴マミは、あなたの知っている巴マミとは違うということを。きっと、実際に話してみれば解るはずよ。話が噛み合わないだろうから」

 

 杏子の顔は疑問符まみれになっているが、ほむらは敢えて意に介さなかった。

 どのみち、直接会って言葉を交わせば、嫌でも解ることであるのだから。

 

「それじゃぁなんだい? 今目の前にいるアンタはあたしの知らないアンタだとでも言うのかい?」

「その可能性はあるわ」

「はぁっ?」

「私はあなたを知っているけど、あなたは私を知らない……そういうことがあり得るって言っているのよ」

「……意味わかんねぇ」

 

 杏子は、考えることを放棄したらしい。呆れた表情で天を仰いでいる。

 ほむらとしても、そちらほうが有り難い。口でここでどれだけ説明しても、解ってもらえるとは思えなかったから。

 それよりも――。

 

「それよりも……私はあなたの後ろのその娘のことが気になっているのだけれど」

「あ……ああ」

「……」

 

 ほむらが気になったのは、杏子の背中に隠れる見知らぬ少女のことだった。

 故に強引に問い、強引に話題をかえる。

 杏子の体にしがみつき、僅かに顔の半分を覗かせているその少女は、顔の半分だけみても美少女と知れた。

 少女は怯えた瞳で、無言のままじっとほむらの姿を窺っている。

 

「前にあなたが言っていた、寄り道とやらがその娘なのかしら」

「まぁね」

 

 杏子がその髪をわしわしと掻けば、少女は恐る恐る隠れていた背中から身を晒した。 

 身の丈は杏子のちょうど半分かそこらと言った所だろうか。やはり、可愛らしい少女である。その髪を、黒いリボンで綺麗にまとめている。

 

「……あなた、そのリボン」

 

 ほむらには、少女の黒いリボンに見覚えがあった。

 それは、杏子が常に彼女の髪を纏めるに使っていたものだった。果たして今の彼女は、白いリボンを使っている。

 

「取替っこしたのさ。なぁ」 

 

 杏子が言うのに、少女は静かに頷いた。

 えらく無口な少女である。 

 いや、単に無口なのではなくて、怯えているのだろう。その肩は緊張に強張り、瞳は動揺に揺れている。その小さな手は杏子の神父服の、外套の裾を強く握りしめていた。

 

「……獣避けの香も長くはもたない。こんなとこに長居は無用だよ」

 

 杏子は再度、少女の髪を掻きながら言った。

 二人の姿は姉妹そのもののようであった。

 

 ほむらは、ギルバートから聞き、実際に歩いて確かめた道筋を杏子たちに告げると、三人並んでオドンの地下墓へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは――狩人狩りの!?」

 

 マミは、突如現れた怪人の姿に驚き、その正体に気づいて再度驚いた。

 思わず後ずさったのは、今目前にしているのが『狩人狩り』ならばこそだ。

 

 ――狩人狩り。

 

 その存在について、マミはヘンリックより聞き知っていた。

 『狩人狩り』……それは血に酔い、狂気に堕ちた狩人を狩る狩人。狩人専門の殺し屋。

 代々密かに、一代にただ一人、受け継がれていく秘められた使命。それが狩人狩り、

 

 ヘンリックは、確かに狂っていた。淀みに呑まれ、血に酔っていた。

 だとすれば、狩人狩りがこの場に現れるのも、道理というものだった。

 

「そうとも。狩人狩りは、あたしの仕事さね。……お嬢ちゃん、狩人なんだろう? 狩人は獣を狩れば良い。狩人狩りなど、あたしに任せておけば良いのにさ」

「……」

 

 なるほど、常の狩人であれば、彼女の言うことも最もである。

 しかし、今や巴マミは連盟の狩人なのだ。

 連盟の使命は、人の内に潜む「淀み」の根絶であり、そのために「虫」を潰し潰し潰し、潰し尽くすこと。

 かつて連盟員「マダラスの弟」は愛する毒蛇の内に「虫」を見出し、そして、弟は兄を殺したという。

 例えかつての同士であろうとも、「淀み」に呑まれれば狩るのが掟だった。

 おのが手を、かつての同士の血で汚すのも、厭うことはない。

 

「――それが、私の、なすべきことだから」

 

 マミは俯き、今にも泣き出しそうな震える声で呟いた。

 

 ――彼女は、義務感の強い魔法少女だった

 

 なればこそ、魔法少女が魔女となると知った時、杏子を殺し、ほむらやまどかを殺そうとした。

 血迷ったがためではない。血迷った者に、一番の腕利きを不意討ちで斃し、次いで時を操る少女を封じ、その上で残る一人と合わせてまとめて仕留めるなどと、戦略的な思考が出来るはずもない。

 巴マミは、狂ってしまうには理知的過ぎたのだ。だからこそ、彼女はどの時間軸においても苦しむ破目になる。狩人になっても、それは変わらない。

 

「……まったく。しっかりおしよ!」

「きゃあっ!?」

 

 狩人狩りは、うつむくマミの尻を、思い切り平手で叩いたのだ。

 分厚い外套とズボンの生地に阻まれて、殆ど痛みは感じなかったが、臀部を平手で叩かれるなど、いったい何年ぶりであるだろう。

 マミは何よりも驚き、そして恥ずかしがった。

 お尻を撫でながら、赤面している。

 

「小娘の癖に、慣れないことに手を出すからそうなるのさ。汚れ仕事など、このばばあの仕事なんだからね」

 

 そんなマミの様子が面白かったのか、狩人狩りはくつくつと仮面の下で笑う。

 マミは、嘴の仮面を睨みつけながらも、その実、さほど怒ってはいない自分に気がついた。

 むしろ、気分は恐ろしく軽くなっている。それは、こうして年上の女性に叱れたり、発破をかけられるのが、酷く久しぶりなせいかもしれなかった。

 

「お嬢ちゃんも余所者……それも、月の香の狩人なんだろう。ほむらと、おんなじね」

「!?……暁美さんのことを!?」

 

 マミは驚いた。

 この狩人狩りは、既にほむらのことすらも知っているらしいから。

 

「こうも異邦人ばかり現れるとは、今夜は単にひどいだけじゃなくて、なにやら曰くがあるみたいだね。面倒なかったよ」

 

 狩人狩りは言うだけ言うと、現れた時と同じ唐突さで去った。

 最後に、マミにこう言い残して。

 

「夢見るは一夜……せいぜい、貴重に使うことだよ。人形ちゃんによろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほむらと杏子、そして少女の三人がオドンの地下墓へとようやく辿り着いた。

 新たに湧いてでいた獣たちから、少女を守りながらの道行き故に、少々時間はかかったが、誰も怪我一つない。いや、途中でまた遭遇した大豚は、何故か少女を執拗に狙ったので、少々危なかった。だがそれも、ノコギリ槍と獣狩りの斧で無事屠った。

 

「待たせたわ」

 

 ほむらが髪に滴る血を払いのけながら言えば、墓石の間で何か物思いにふけっていたらしいマミが顔を向ける。

 マミは、ほむらの傍らの杏子の姿に即座に気づき、顔を強張らせると、ゆっくりと三人のほうへと歩み寄る。

 

「佐倉さん……」

 

 マミは顔を俯かせているため、山高帽の広い庇に隠された瞳を見ることはできない。

 杏子はそれでも、居心地が悪いと、目線を逸らしていた。

 だからこそ、とっさの反応ができなかった。

 

「ご――ごめんなさぁい!」

「お!? おわ!?」

 

 マミは杏子へと抱きつくと、山高帽が転げ落ちるのも構わず、その胸元へと顔を埋めたのだ。

 呆気にとられる杏子を抱きしめたまま、マミは謝罪の言葉を繰り返しながら涙を流す。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! わたし……わたし!」

 

 マミにとっては自然であり当然な行動。

 杏子からすれば不自然を通り越して意味不明な行動。

 ようやくほむらの言っていた意味を理解した杏子は、とまどった顔で助けを求めてきた。

 ほむらは無視した。別に害のあるものでもない。

 ただヤーナムの少女だけが、マミの背中を擦りながら、泣かないで、夜の次は朝だから、と励ましていた。

 

 

 

 

 

 

 マミが落ち着いた所で、若干の情報交換の時間。

 アイリーンとの邂逅をマミが語れば、ほむらは静かに驚いた。

 しかしそれだけのこと。彼女の神出鬼没さと、その知識の深さに驚きこそすれ、現状を解く鍵にはならない。

 やはり、進むほかはないのだ。

 少女四人は、鉄扉を押し開いて潜り、階段を昇った。

 階段の先には水たまりがあり、水たまりの先には長梯子がある。

 四人だけに、梯子を昇るのは時間がかかったが、無事に四人とも昇りきった。

 昇りきった先は、図書室のような部屋で、そこでほむらは、久方ぶりに判読できる書き走りに出くわした。

 

 ――『ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を隠している』

 ――『見えぬ我らの主も。ひどいことだ。頭の震えがとまらない』

「……」

 

 ゲールマンから聞いた言葉をそこに見出し、意味は解らずとも、取りあえずは記憶する。

 マミや杏子、少女へと新たなる発見を告げることなく――現状、これを敢えて告げる意味はない――ほむらを先頭に一行は階段を更に昇り、分厚く重い扉を開けば――。

 

 

 

 

 

 

 ――『オドン教会』

 

 

 

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