Magicaborne   作:せるじお

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chapter.15『ヤーナム聖堂街』

 

 

 

 

 

 ほむらが先頭に立ち、力を込めて、重い扉を押し開ける。

 空から、天窓を通して降り注ぐ夕日に、一瞬目がくらむ。

 満ち満ちた獣避けの香の匂いは、嗅覚を麻痺させるほどに濃厚だ。

 

 ――『オドン教会』

 

 ほむら達四人は、いよいよ目的地、聖堂街へと辿り着いたのだ。

 無論、ここはまだその外れに過ぎないのではあるが。

 

「……大きいわね」

「ええ。今はもう、無人という話だけれど」

 

 恐ろしく高い天井を見上げながら呟くほむらに、マミが同意する。

 

「……なんだ?」

「……」

 

 教会を前にして、独り過去へと想いをはせていた杏子の袖を、掴み引っ張ったのは黒いリボンの少女である。

 彼女が指差す方へと視線を向ければ、そこには赤い塊が蹲っているのが確かに見えたのだ。

 杏子につられて、ほむらもマミも、その赤い塊のほうを見る。

 

「――ん? あんた達……もしかして、獣狩りの狩人さんか?」

 

 その赤い、布製とおぼしき塊が、不意に動き出して声を発したのには、ほむらも、マミも、杏子すらもが魂消た。少女は声にならない悲鳴とともに、杏子の体を強く抱きしめ、杏子もまた少女を庇うように前に出た。

 赤い塊が動けば、それは実は人であったことが明らかになった。

 黒ずんだ肌の、痩せこけたその男の瞳は濁っており、ひと目で彼が盲人とほむら達は知れた。

 

「すまない、香のせいで、匂いがわからなかったよ」

 

 盲人は、見えざるを瞳でほむらたちのほうを見渡した。

 妖しく黄色く光る、濁った瞳に、黒いリボンの少女は一層強く、杏子の体を抱きしめた。

 

「でも、よかった。あんたが狩人なら、お願いがあるんだ」

 

 そして唐突に、出し抜けに、出合い頭に、盲人は、ほむら達へと話し始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う?」

 

 杏子は、疑念を隠すことのない視線で、盲人を覗き見ながら言った。

 ほむら達は盲人からやや離れた所で、彼から出た提案と要請をどうすべきか、話しあっているのだ。

 盲人の相手は、黒いリボンの少女に任せている。相手が子どもとあってか、盲人は実に楽しそうな様子だ。

 

「正直、あたしはあいつを信用できないね」

「私も同じ意見よ」

「私には、悪い人には見えないのだけれど……」

 

 杏子が吐き捨てるように言えば、ほむらは即座に同意する。

 マミだけが異論を述べるが、ほむらに言わせれば彼女の人を見る目はあてにならない。

 マミは愚か者ではないが、理想主義者でお人好しである。だからこそ、キュウべぇの詐術に落ちたのだ。

 

「でも……入り口が開きっぱなしなのに、獣が入ってくる気配もないのは事実じゃないかしら。実際、獣避けの香はちゃんと焚かれているわ」

 

 実際、マミの言う通り獣避けの香を焚いた壺は夥しく並べられていて、匂いで鼻がおかしくなりそうな程だ。

 獣は、その影さえ見えず、ヤーナムの街の真ん中ととは思えぬ静寂に満ちている。

 

「……いや、それでもあたしには信用出来ないね」

「私も、やはり同じ意見よ」

 

 それでも、二人は疑いを消し去ることは出来ないのだ。

 とてもではないが、盲人の言うように、黒いリボンの少女をこの教会に預ける気になどならなかったのだ。

 

 オドン教会の住人たる盲人が、ほむら達に語り、頼んだ内容を要約すれば次のようになるだろう。

 今夜の獣狩りの夜は異常であり、香を焚き、備えを万全にしている筈の家々すら獣の餌食になっている。どこも安全な所などないが、このオドン教会だけは別である。だからこそ、街の生き残りを見つけたならば、ここに連れてくるか、来るように促して欲しい――こんな所であろう。

 

 杏子は、少女を預けられる安全地帯を求めて聖堂街にやって来た訳であり、だとすれば盲人の申し出は渡りに船ですらある。だが、ここが安全地帯であるのか、その確信がまるで持てないのだ。はっきり言って、あの盲人は怪しすぎた。

 

「でもこの先、他に安全そうな場所があるという保証も無いんじゃないかしら?」

「そりゃぁ……そうだけれど」

 

 マミの言う通り、この先に他に安全地帯がある保証もなく、無防備な少女を連れてこれ以上、獣溢れるヤーナム市街を歩き回るのも得策と思えない。しかし杏子は不満げだった。彼女にとっては少女の身の安全こそが再優先事項であり、決して妥協できない部分であったからだ。

 

「じゃあ、こうしましょう」

 

 これ以上話を続けても埒が明かない。

 ほむらは、できれば戦力分散の愚を避けたかったが、敢えて別行動を提案した。

 

「私は、この聖堂街で探すものがある。だからここを探索するついでに、より安全そうな避難場所を探すわ。その間、佐倉杏子、あなたはここに残って盲人を監視しながら、あの娘を守れば良いわ。もしもっと良い避難場所が見つかったら、その時は知らせるから」

「良いのか?」

「構わないわ」

 

 黒髪を払いながら、ほむらは頷く。

 

「ヤーナムの街は狭く、入り組んでいる。あまり大人数で動くのも、却って互いの邪魔になるわ」

 

 実際、ほむらの見た所、三人程度が限度であろう。

 それ以上になると、互いの得物の間合いに互いに入ってしまうから、むしろ獣と対する際に危うさが増すだろう。

 

「巴マミ。あなたはどうするのかしら?」

「……」

 

 マミは少しばかり黙考してから、答えた。

 

「暁美さんに同行するわ。私の目的地も、確か聖堂街から通じていた筈だから。その通り道を、私も探したいし。それに……大勢は駄目でも、一人よりも二人のほうが良いと思うの」

 

 かくして、方針は決まった。

 四人は、一時の別れ、二人ずつになって、それぞれの行動を開始する。

 

 

 

 まずは正面に開いた入り口から、二人の少女狩人は聖堂街へと繰り出した。

 

「……静かね」

「ええ」

 

 はっきり言って、異様な静けさだった。

 ヤーナム市街にはああも溢れていた獣の気配が、ここではまるでしない。

 まるで、ここの住民全てが死に絶えてしまったかのような、そんなことを思わせるほどの静寂が広がっているのだ。

 

人気(ひとけ)がないのは解るけど、獣の気配すらないのは、はっきりいって異常だわ」

 

 マミが言うのに、ほむらは静かに首肯した。

 血の匂いに慣れすぎたのだろうか、それが感じられないのが、むしろ不安を誘うのだ。

 

「とにかく……もう少し探して――」

「ッ!?」

 

 ほむらは、マミの言葉の途中で、唐突に背後を、厳密にはオドン教会の屋根のほうへと眼を向けた。

 そして、何もない、何の変哲もない屋根と空とを睨みつける。

 

「暁美さん……? どうしたの?」

「いえ――なんでもないわ」

 

 マミが心配そうに覗き込むのに、ほむらは首を横に振った後、正面へと向き直った。

 恐らくは、気のせいなのだろう。

 確かに屋根の上から、自分たちへと向けられる、視線を感じたと思ったのだが――。

 

 

 

 

 

 

「これは……一体」

「なんなの、かしらね」

 

 暫し歩き、ほむらとマミは、何故にこうもこの街が静かなのか、その訳を知った。

 二人が見下ろしているのは、あるゆる意味で異様な死骸である。

 服装それ自体はまともである。白い帽子に、白いケープつきの外套、首にはなにやら鐘を下げている。

 しかし、まず第一に、大きさが異様だ。ほむらはともかく、女子中学生としては比較的背の高いマミと比べてもなお大きく、目測でも2メートル半……いや、3メートルはあるかもしれない。

 第二に異様なのは、その顔だ。骸骨のように頬がこけていて、その肌は既に死骸であることを割り引いてもなお青白い。そしてあらぬ虚空を見つめる双眸には瞳がなく、墨でも流し込んだかのように黒一色なのだ。

 結論付けると、人に似てはいるが、人ではない。かといって獣とは違う。正体不明の、異様な死体だ。

 

「これ……何を使ったのかしら?」

「ギザギザした傷跡から見るに……ノコギリ鉈か、ノコギリ槍を使ったようにも見えるけど」

「いいえ違うわ。刃と刃の間隔が明らかに広いし、それにこの肉の爆ぜかた、もっと重いものによるものよ」

 

 異様な大男は、首がありえない方向を向いて絶命している。

 その首の根元にはばっくりと裂けた傷があり、肉は吹き飛んで骨まで晒している。

 恐らくは、ノコギリのようなギザギザのついた、分厚い鉄の刃で殴られたと見える。無骨で、力に任せるそのやりくちは、洗練とは言い難い。

 

「狩人かしら? でも、医療教会の狩人達は、その狩長も含めて既に壊滅したと聞いたけれど」

「私達や、狩人狩りのように、組織に属さない狩人かもしれないわ」

 

 ほむらもマミも、辺りをきょろきょろと見渡したが、その謎の狩人の姿は見えなかった。

 

「協力……できるといいのだけれど」

「ええ」

 

 応えながらも、ほむらは何となく不吉な予感を抱いていた。

 この異様な傷跡は、それをなした狩人の異様性を示しているような、そんな想いを一瞬抱いたのだ。

 

 ――そして、その予感は一層膨らんだ。

 

「もっと酷いわね」

「そうね」

 

 今度見つけた死骸は、さっきと同じような大男のもの――であると思われるが、ふたりとも確信が持てない。

 なぜならそれは酷く焼け焦げ、ぐちゃぐちゃになっていたからだ。

 まるで、手榴弾かその類の爆薬が、至近距離で爆発したかのように。

 さらに言えば、爆発に加えて、叩きつけるような強力な力も加わったらしいのが、損傷の具合から解った。

 

「行き止まり……かしら」

「そのようね」

 

 オドン教会の正面入り口から見て、右側の大階段を昇り終えると、踊り場と巨大な鉄門の前に出た。

 しかし大橋の鉄扉同様、固く閉ざされて、まるで通れる気配はしない。

 そして踊り場には、さっき大男と同じような死骸がさらに二体、転がっていた。

 どちらも、白装束を切り裂かれ、深い裂傷により斃れている。

 恐らくは、鋭く大きな、日本刀かサーベルのように、湾曲した曲刀によって受けた傷だろう。

 これまた、ほむらもマミも知らない、新たな得物によるものであると思われた。

 

「得物は三つ。恐らく、狩人達は三人組ね」

「それも、揃いも揃って血の気が多いようね」

 

 ほむらもマミも、胸中の不安が一層大きくなるのを感じた。

 あるいは、この聖堂街を、血に酔った狩人達がうろついているのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 他に行くべき道もなく、二人は一旦オドン教会に戻った。

 

「……えらい早かったな、おい」

 

 ジト目でそんなことを言う杏子は、少女を膝の上に載せながら、どこから調達してきたのか、何やら菓子めいたものを二人して齧っている。よく見れば、例の盲人も美味しそうに同じように頬張っていた。

 こっちはこっちでうまくやっているのを確認すると、危険な狩人が徘徊しているかもしれないと警告をして、二人は今度は左側に空いた入り口から外に出る。右側にも扉はあったが、これは固く閉ざされてびくともしなかった為だ。

 

 またも同じような大男が、またも同じような傷を負って二人ほど死んでいるのに出くわしたのは、真ん中に井戸のある小さな広間だった。広場からは二筋の階段が延びている。一方は細く急な昇りで、一方は広く緩やかな下りとなっていて――。

 

「!」

「!」

 

 ほむらとマミは顔を見合わせた。

 右手、昇りの階段の上の方から、なにやらチリンチリンと、鐘のような音がしたのだ。

 

「……」

「……」

 

 二人は静かに各々の得物を、ノコギリ槍に短銃、仕込み杖に長銃を構えると、ゆっくりと階段を昇り始めた。

 ほむらが前を行き、マミが長銃でいつでも援護できるように備える態勢だ。

 しばし進むと、進行方向先に、巨大な影がのっそりと姿を現した。

 

「――」

「――」

 

 二人は絶句した。

 現れた巨人の巨大さと、その巨大さにも関わらず、人のシルエットを保っているという事実に。

 単に巨大な獣であれば、ほむらは大橋で、マミは禁域の森で何度と無く見ている。

 しかし目の前の巨人は、明らかに獣とは異なっている。異様な姿ではあっても、人形(ひとがた)を保っているのだ。

 手にはほむらやマミの体躯を遥かに超える大きさの大斧を持ち、その刃を石畳の上に引きずっている。

 顔を仰ぎ見れば、例の異様な大男達とよく似ていた。骸骨のように頬がこけ、青白い肌で、眼は真っ黒で瞳がない。

 チリンチリンと、首に下げた鐘が、巨人が一歩踏み出すたびにけたたましく鳴った。

 

(暁美さん、どうする?)

(さぁ、どうしようかしら)

 

 二人は顔を見合わせ、囁きを交わした。

 巨人は巨人であり、その点異様ではあるが、獣には見えない。

 そこに一縷の望みがある。もしかすると、会話することができるかもしれないのだ。

 

(……私が話しかける。巴マミは援護を)

(わかったわ。任せて)

 

 ほむらは意を決して、巨人に話しかけることにした。

 歩みだすほむらの背後で、マミは長銃に散弾ではなく大口径弾を装填し直しつつ、両手で構える。

 

「ちょっと……良いかしら」

 

 ほむらの声に、巨人は振り向いた。

 瞳なき眼でほむらを暫し見て、そして大斧を振りかぶった。

 

「跳んで!」

 

 ほむらの警告に、マミは即座に応じた。

 ほむらが巨人の右側へ、マミは左側へとそれぞれステップした。

 巨人の左右を二人がすり抜けるのと、鉄塊めいた刃が、石畳を砕くのはほぼ同時のことであった。

 散弾のように飛び散る欠片が、分厚い狩装束に当たって音を立てる。

 

「足よ!」

「わかってるわ!」

 

 ほむらはノコギリ槍の仕掛けを動かしながらの、いうなれば『変形攻撃』を繰り出した。

 遠心力の乗った、鋭く、かつギザギザの刃は巨人の左足を削る。

 同時に、巴マミが仕込み杖を鞭へと変えながら、思い切り巨人の右足へと振るったのだ。

 左右同時の、しかも脚部への攻撃。巨人は、呻きながら体勢を崩す。

 

「暁美さん!」

「わかってるわ」

 

 ほむらはノコギリ槍を再度変形させながら、巨人の懐へと回り込み、飛び込む。

 同時にマミは巨人の背中を駆け上り、その後頭部へと、長銃の銃口を擬していた。

 

 息は、ぴったりと合っていた。

 

 ほむらの渾身の一撃が、ノコギリの刃が巨人の肺腑を抉った時、マミの長銃は巨人の頭を撃ち穿っていた。

 巨人の股ぐらをほむらが転がりぬけ、マミが大きな背中から飛び降りた時、巨人は落命して斃れ、光の奔流となって消えていた。

 

 暁美ほむらと巴マミ。

 反目しあうことが多かった二人だが、伊達に師弟関係ではない。

 その連携は、芸術的ですらあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨人が現れた門を抜け、見晴らしの良い場所にでた。

 そこで既に見慣れたヤーナムの大男達を二人、地面を這うカラスを数羽、手早く二人は片付ける。

 道を進んだ先では、またも巨人と――得物は大斧ではなく鉄球だったが――出くわし、これも連携して素早く斃した。

 階段を下り、さらに進んだ先は行き止まりであったが、そこに据えられていた木箱の中に、二人は、ついに目当てのものを見出した。

 

 

 ――『狩長の印』

 

 

 小さな、布製の印。それこそは、二人の求めていたものに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【狩長の印】:大聖堂の円形広場に至る、門を開く鍵となる
―――――――――――――――――――――――

かつて教会の狩人、その長が持ったという布製の印
大聖堂の円形広場に至る、正門を開く鍵となる

本来であれば長の持つべき印は、大橋の門の裏側へと秘された
教会最後の狩長は恐れたのだ。己が獣と化し、その印が汚れた血に染まることを
故に隠した。印が、狩長の名誉が、次なる狩人へと引き継がれることを願って

果たして、全ては狩長の思った通りになった










実際、教会の使いって割と謎めいた存在だと思う
まず教会所属なのに聖布がついていない。教会の大男にすら、それらしいの付いてるのに
獣化した人間とも違うし、瞳のない黒ずんだ眼から見るにトゥメル人?
そもそも何で襲ってくんのアイツら。やっぱメンシスの儀式の影響で狂ってるのかしらん?
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