Magicaborne   作:せるじお

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chapter.21『実験棟/大聖堂』

 

 

 

 

「私たちも、もうおしまいだね」

 

 まどかは、自分の横で、自分と同じように横たわるほむらへと、そう話しかけた。

 粉々に砕け散り、隆起と陥没でズタズタに引き裂かれた、かつてのアスファルトの上には、水道管が破裂したのか浅く水に覆われている。

 空から涙のように降り注ぐ雨。雨雲はじきに晴れるだろう。雲間から、陽光が差し込んでいるのだから。

 しかし今や晴れようとする空の下にあるのは、破壊しつくされた見滝原の街だった。

 

 ――『ワルプルギスの夜』。

 

 空前絶後の、超弩級の魔女。

 それは最早、意志を持った災害であった。

 結界すら必要としない、生きる嵐に挑んだのは、まどかとほむらの二人。魔法少女が二人切り。無謀。その言葉以外、何を言えるだろう。それでも、やるしかなかった。

 

「グリーフシードは?」

 

 だが、その結果は最初から解りきっていたものへと帰結した。

 台風と洪水と大地震に同時に襲われたかのような、見滝原の惨状。二人の姿は、それと大差なかった。

 魔法少女の姿を保つことが出来ず、傷んだ見滝原の制服のまま、水に身をなかば沈め、空を仰いでいた。

 それぞれの掌のなかにある、彼女たちのソウルジェムは、共に黒ずみ、いつ魔女化が始まってもおかしくはない。

 

「そう」

 

 まどかが、()()()()()()()――横に振られた顔を見たほむらは、視線は雨注ぐ空へと向けたまま、言った。

 

「ねぇ……私たち、このまま二人で、怪物になって……こんな世界、何もかもメチャクチャにしちゃおっか?」

 

 その声には諦念と、その裏返しの暗い怨念が漂っていた。

 

「 嫌なことも、悲しいことも、全部無かったことにしちゃえるぐらい、壊して、壊して、壊しまくってさ……。 それはそれで、良いと思わない?」

 

 まどかは、やけっぱちなほむらの、語りかけと言うよりはモノローグに近いそれに、言葉では応えなかった。

 言葉で応える代わりに、最後に残ったグリーフシードを、ほむらの掌中のソウルジェムへと押し付ける。

 

「さっきのは嘘。1個だけ取っておいたんだ」

 

 それは、死んださやかのグリーフシードだった。

 

「そんな……何で私に!?」

「私にはできなくて、ほむらちゃんにできること、お願いしたいから」

 

 まどかは今や未来を失い、だが救いを忘れぬからこそ、思いをほむらへとに託す。

 時間を巻き戻す彼女ならばあるいは、この世界の悲惨を打破できるかもしれないのだから。

 

「もう一つ、頼んでいい……?」

 

 次なる時間軸に生きる、自分たちへの救いを託し終えてから、まどかはほむらへと言った。

 それが、残酷な願いであると承知しながらも、これを託せる相手は、やはりほむらしかいなかった。

 

「私、魔女にはなりたくない。嫌なことも、悲しいこともあったけど、守りたいものだって、たくさん、この世界にはあったから」

「まどか!」

「ほむらちゃん、やっと名前で呼んでくれたね。嬉しいな」

 

 せめてでも、ほんの僅かでも、自分を殺めるほむらの心が軽くなることを祈って、まどかは最後に告げた。

 無論、その言葉は、言葉そのままにまどかの本音でもあったのだ。

 

 ――嗚咽。

 

 ほむらは、黒光りする大きな拳銃を取り出し、まどかのソウルジェムへと突きつける。

 眼鏡の少女が漏らす涙は、雨の中へと溶けて消えた。

 自分の命も、すぐにそうなる。そう思うと哀しいが、まどかは敢えてほむらへと微笑んだ。

 引き金に掛けられた指に、力がこもるのが解った。

 

 まどかは祈った。

 彼女が、愚かな自分たちをいつか救ってくれることを。

 そして自分の魂が、せめてマミや杏子、そしてさやかの居る場所へと届くようにと。

 

 銃弾が、まどかの魂の容れ物(ソウルジェム)を撃ち、砕く。

 これで、彼女は確かに死んだ筈だった。

 魔女となることなく、望み通りの死に方を、友の手で遂げた筈だった。

 

 ――しかし、運命の女神はどこまでも阿婆擦れで、悪意に満ちている。

 

「――え?」

 

 死したまどかが蘇り目覚めた場所は、薄暗い、石造りの牢獄。

 螺旋階段を軸に、うず高く、天まで伸びよと築かれた巨塔。

 そこは狂気と熱意とが作り出した、歪んだ信仰の結実。人の業の結晶。

 

 ――『実験棟』

 

 血を恵み、獣を祓医療教会の実態を、この上なく示す、魔女ならぬ、インキュベーターならぬ、他でもない人の作ったおぞましいビルゲンワースの末裔。

 まどかはまだ、それを知らない。

 地獄に迷い込んだことを、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどか」

『――久しぶり、ほむらちゃん』

 

 ほむらは、マミは、杏子は、目の前に突如現れた、見慣れぬ姿のまどかの姿を、まじまじと見つめた。

 魔法少女としてのまどかは、白、赤、ピンクの三色を基調とした可愛らしいもので、おそらくは『魔法少女』という単語を聞いて、世の人が連想する姿に最も近いものだった。

 所が、今のまどかの装束はどうだろう。全くもってほむらのなかの彼女のイメージと、相反するものではないか。

 前は赤いリボンで二つにまとめてあった髪も、今は黒いリボンで小さく一筋にまとめられていた。その上に載るのは、小ぶりな、灰色がかった黒い三角帽子(トライコーン)。ほむらの纏ったヤーナムの狩装束のそれと違う、やはり灰色の羽飾りすらついた上品な作りになっている。

 

 ――いや、帽子以外の装束のすべてが、どこか貴族的な優美さを備えた作りになっているのだ。

 

 黒、白、灰の三色に彩られた狩装束は、装飾的なマントを始め、翠のブローチに、灰色がかった白いネッカチーフに、銀糸の刺繍を彩った、ごく貴族的な衣装となっていた。ほむら達は知らないが、ヤーナムの、それも(いにしえ)を知るものが見れば、カインハースト的と評すべき意匠であるのだった。

 右手に携えたのは、奇妙な波打つ刃を持った片手用に曲剣に、腰に負うのは、何やら日本刀めいた――それも双身刀という奇剣に類するたぐいの――異邦の息吹を感じさせる仕込み刀であった。

 銃は、一切に身に帯びてはいない。

 

『ほむらちゃん、眼鏡とったんだ』

「え……ああ、そうよ」

 

 まどかが微笑みながら言うのに、呆然としていたほむらは、慌てて返答し、同時に急遽思考を廻し始めた。

 眼鏡をかけた自分、まだ幼く、未熟だった自分。そんな自分を知るまどかは、無数の巡回を経てもなお、限られている。それは、極々最初の、ほんの数回の繰り返しかのいずれかである筈だ。

 

『ごめんね。あの時は、ほむらちゃんに、嫌な想いをさせちゃって』

「!?」

 

 マミと杏子は、まどかの言う意味が解らず顔を見合わせているが、ほむらには違う。

 彼女には瞬時に解った。今、自分の眼の前にいる彼女は、他でもない、自分が殺めた――。

 

「――」

『ほむらちゃん?』

 

 ほむらが、顔を俯かせ――三角帽子と覆面故に、顔を僅かに下げれば表情は見えない――た為に、まどかはほむらに言葉で問うた。ほむらは、しかし答えることはない。答える代わりに。

 

「まどかぁぁぁぁぁっ!」

『わ!? わ!?』

 

 ほむらは、まどかの胸元へと跳びつき、その体を抱きしめた。ほむらは泣いていた。泣くより他なかった。眼の前の彼女は、間違いなく、自分がその手にかけた彼女であったのだから。

 抱きついた勢いは凄まじく、まどかはよろよろと倒れそうになり、ほむらの被っていた帽子は外れて地面の転がってしまっていた。

 

『……』

 

 しかし、まどかは言葉もなく、ただほむらを抱きしめ返し、嗚咽する彼女の頭を撫でた。

 その様に、マミと杏子は言葉を無くすと同時に、この上ない奇妙さを抱いていた。

 ほむらの頭を掻き抱くまどかの姿。それは彼女らの知るまどかの姿――マミにとっては後輩の魔法少女、杏子にとっては素質備えた一般人――とは、余りに違っているものであった。

 慈愛に満ちた、その視線は同時にひどく達観していた。いかなる揺らぎも見られぬ、優しくも乾いた双眸。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『落ち着いた?』

「ええ」

 

 ほむらは落ちた帽子を拾い、埃を叩いて払ってから被り直す。

 まるで何事もなかったかのように、一転、普段の鉄面皮へと戻ったほむらは、黒髪の端を撥ね上げる。

 

「どうということはないわ」

 

 ――目を真っ赤にして大いに泣きはらした後で、どうということはないわはないだろう。

 マミも杏子も内心そう思ったが、二人共、敢えて言わないことにした。

 

「鹿目さん……あなたも、今は狩人ということなのかしら?」

 

 敢えて言わない代わりに、マミは気になっていたことを目の前のまどかへと問う。

 青色がかったおぼろの姿のまま、まどかは頷いて肯定した。

 

『見ての通り鐘の音を通じての、遠く離れた場所からの共鳴体(ファントム)としてですけど』

「その……ファントムってのは何なのさ」

 

 今度は杏子が問えば、まどかは即座にこれに答える。

 

『鐘の音は次元を跨ぐから、()()()()()()()は、これを特別な合図にした――そう前に教えて貰ったんだけど、とにかく鐘の音を通じて使者さんたちが、共鳴し合う別々の世界を繋げてくれるんだって。でも、人間の体のままだと、次元を超えることはできないから、想いだけが飛んで、飛んださきで形をつくる。そう聞いたよ、杏子ちゃん』

「……杏子ちゃん?」

 

 杏子にとっては、まどかはさやかの一友人であり、魔法少女ではない一般人であった。

 彼女の時間軸では、最後の最後こそ、さやかの為に協力し合った間柄とは言え、然程親しかった訳ではない。

 ちゃん呼びは、別に嫌な気もしないが、なんともこそばゆい。

 

『ごめんね? なれなれしかった、かな?』

「まぁ別にかまやしないけど」

 

 慌ててまどかが謝ってくるのに、杏子はそっけなくも優しい調子で返した。

 そんな二人の姿に、マミもまた何とも形容しがたい、微妙な表情を見せている。

 彼女にとってのまどかは同じ魔法少女の戦友であり、大事な後輩であり、同時に杏子とも仲間同士であった筈なのだ。だからこそ、互いに出身の世界が違うというのを頭で理解していても、心理的には違和感を覚えてしまうのだった。

 

「鹿目さんは……見滝原では、その……」

『はい、魔法少女でした』

「!」

 

 まどかの返事に、マミの心がくしゃりと歪む。

 魔法少女は、魔女になる。だとすれば、そんな道に彼女を誘った自分は――。

 

「ごめんなさい、私――」

 

 まどかは、マミの言葉を手で制して、首を横に振った。

 

『いいんです、昔のことは。ここはもう、見滝原じゃないですから』

 

 そうなのだ。今や、ここは血の匂い立つ街、ヤーナムなのだ。

 自分たちももはや、魔法少女ではなく、獣の狩人なのだ。

 

『それよりも、こうして私が呼ばれたってことは……いるんですね? みんなの手にも余る、獣が』

 

 そして、そんなまどかの言葉が、三人の意識を現状へと向き直させた。

 

『狩りましょう。そうするしか、ないのなら』

 

 まどかは言った。

 その瞳は、間違いなく歴戦の古狩人のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いるわね」

 

 大聖堂の重い扉を再びくぐれば、奥の方から確かに獣の呻きが聞こえてくる。

 まだ、動かずに、居座っている。だがそれも、()()()()、だ。

 ひとたび動き出せば、オドン教会の安全も保証はない。

 一刻もはやく、狩るしかないのだ。

 

 四人となった少女狩人は、静かに大聖堂の奥へと進む。

 その最中、一番右を歩いていたほむらは、ふと、石に刻まれた言葉を見留た。

 

 ――血の秘儀を継ぐ者、血の施しの主たる者よ。

 ――祭壇の聖蓋に触れ、師ローレンスの警句をその身に刻みたまえ。

 

 意味深な言葉である。故に、一瞬、ほむらも立ち止まる。

 

『ほむらちゃん?』

 

 急に足を止めたほむらに、まどかが問いかける。

 

「……なんでもないわ」

 

 ほむらは正面に向き直って、再び歩き始めた。

 意味深な言葉だが、今は重要ではない。

 

『狩りましょう。そうするしか、ないのなら』

 

 まどかの、言った通りなのだ。

 今は獣を、狩るしかないのだから。

 

 

 

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