Magicaborne   作:せるじお

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chapter.23『シモンの弓剣』

 

 

 

 大聖堂の長い階段を昇りきれば、広間の最奥に確かにあの巨獣の姿があった。

 白く長い毛の先を石畳の上に放射状に広げ、跪くような格好で、背を向け屈み込んでいる。

 広間の最奥には金色に輝く、絢爛たる祭壇が座し、巨獣の格好はまるで祈りを捧げているようだった。

 ちょうど、彼女が人間だった時と、同じように。

 

「……でけぇな」

 

 ほむらやマミと違い、大聖堂の巨獣――かつて教区長エミーリアであった獣を初めて見る杏子は、大橋で遭遇した獣よりもさらに巨大な姿に、しかし恐れ一つ顔に浮かべることもなく、口に咥えた楊枝を吐き捨て言った。それは単に、事実を声に出して確認しただけ、といった調子の声だった。まどかを除けば、少女狩人たちのなかで、一番大型の獣を狩った経験を杏子は有しているのだから。

 

「厄介なのは、大きさもそうだけど、驚異的な自己回復能力よ」

「速攻で片付けないと、前の時の二の舞になるわね」

 

 ほむらとマミは先の戦闘から得た警告を各々発しながら、各々の武器を仕掛けを起動する。

 ノコギリは槍となり、杖は鋼の鞭と化す。より大型の獣を狩るのに適した形態だ。

 

「はっ! 要はぶっ潰しちゃえばいんでしょ。そんならいつもと結局やることは変わんないじゃん」

 

 杏子は不敵に笑い、八重歯を剥き出しにすれば、片手斧を長柄斧へと変じ、小さく廻して肩に負う。

 

「相手に回復する隙を与えない、連携攻撃が重要よ。大丈夫かしら」

 

 マミが問えば、杏子はやはり挑発的な笑みを返す。

 

「アタシを誰だと思ってんのさ。魔法少女としちゃアンタが先輩かもしれないけど、狩人としちゃどうかね」

 

 相変わらずの、露悪的な軽口。

 杏子には古狩人めいた風格があるのを、マミは感じていた。

 ちょうど、敬愛する同士だった、ヘンリックのものと良く似た――。

 

『まず、私が仕掛けます。ほむらちゃん、杏子ちゃん、マミさんはそれに合わせて攻撃を始めてください』

 

 まどかの声に、マミの思考は中断され、慌てて彼女は頭を左右に振って迷いを振り払った。

 獣狩りに感傷は禁物だ。なぜなら獣はことごとく素早く、血に飢えていて、強く、恐ろしいのだから。

 

「……まどかの武器は、その曲剣なのかしら?」

 

 ほむらが、不意に問う。

 言われて、マミも若干の違和感を覚えた。

 

 魔法少女時代の武器と、狩人としての得物が一致しないのは別に妙なことでもない。

 

 マミの記憶によれば爆薬使いで、お世辞にも接近戦が得意とは言えなかったほむらが、今ではノコギリ槍を難なく使いこなしているし、杏子の得物も同じ長柄武器とは言え、仕掛けの多節槍から獣狩り用の大斧へと変わっている。マミ自身、魔法少女時代は飛び道具が主だったのが、今は杖を剣のように振るい、また、リボンの操作を応用して仕掛けの鞭を操っている。

 対するにまどかは、魔法少女としては弓使いだった筈だ。その彼女が、敢えて曲剣を武器としているのには、確かに妙な感覚である。(杏子はそもそもまどかが契約しなかった時間軸の出身者なので、違和感もなにもない)

 

『……ううん。ちょっと、違うかな』

 

 まどかは首を横に振って否定すると、曲剣の仕掛けを起動した。

 

「!」

「まぁっ!」

「なんだそりゃ!」

 

 三人の少女狩人が驚いたのも無理はない。曲がった剣の大きな刃は、仕掛けにより弓に転じたのだ。これほどの仕掛けを持った仕掛け武器は早々有りはしない。

 

 ――もう、ずっと前のことだ。医療教会、最初期の狩人として知られるシモンは銃器を忌み嫌った。

 そんな彼のために、教会の工房が誂えた特注品。今は、まどかの仕掛け武器となったものだった。

 

『弓で獣に挑むなんて、馬鹿げてると思われるかもしれないけれど……』

 

 まどかはそう言葉こそ自嘲的なものを選びながらも、実際は、声に確かな矜持を湛えつつ言った。

 

『これは、ある古狩人さんから貰った、大切なものでもあるから』

 

 まどかが言うのと同時に、高まる殺気に気がついたか、巨獣エミーリアが振り返る。

 

『仕掛けます……合わせて!』

 

 どこからともなく取り出した矢を番え、まどかはエミーリア目掛けて放つ。

 

 ――それが、狩りの開始の符牒となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まどかが矢を放つのと同時に、ほむらは地面を蹴って走り出した。

 矢がエミーリアの顔面へと突き立ち、巨獣が呻くのと同時に、ほむらは盾へと手を伸ばす。

 

 盾を、廻す。

 砂時計が、その流砂の滴りを止める。

 瞬間、時の流れもまた止まる。

 

 走るマミも、咆える杏子も、二の矢をつがえるまどかも、そして巨獣エミーリアもが完全に静止している。

 

「――」

 

 ほむらは黙々と、止まった時のなかを駆け抜ける。

 時間が止まっている時間はひどく短い。限界が来れば、自然と砂時計はもとに戻ってしまう。啓蒙を得たとしても、所詮は超常の力だ。今のままでは、制御にも限界があると見える。

 故にほむらは急いで盾の中に手を差し込むと、油壺を都合三つほど取り出し、投げた。

 続いて、火炎瓶を取り出した所で、盾が逆方向に廻り、砂時計が戻る。

 

 問題ない、既に仕掛けは済んでいる。

 

「――時間が!?」

「暁美さん、やったのね!」

 

 背後で、杏子とマミが殆ど同時に叫ぶ声が聞こえる。

 同時に、三つの油壺が巨獣へと叩きつけられ、その白く美しい毛を黒い油で汚す。

 

「灼けなさい」

 

 ほむらは、火炎瓶を力強く巨獣へと投げつけた。

 投げつけられた炎は、毛に染み込んだ油へと点火し、瞬く間に燃え広がる。

 

 ――巨獣が、哭く。

 

 確かに、あの巨体に対しダメージを与えているが、しかし問題は恐るべき自己回復能力。

 

「佐倉さん!」

「応さ!」

 

 再攻撃の為に退くほむらの両隣を、黄色と赤の閃光めいて走るのは二人の少女狩人。

 鋼の鞭が縦一直線に振るわれるのと同時に、分厚い斧の横薙ぎがエミーリアの脛へと思い切り突き立つ。

 立て続けに、まどかの放った二の矢が、情け容赦無く、呻く巨獣の顔面へと突き刺さる。

 

 ――巨獣が、さらに哭く。

 

『ほむらちゃん!』

「なにかしら」

 

 退いたほむらに、まどかが声をかける。

 マミと杏子が交互に左右からエミーリアを攻撃し、その注意をそらしている間にさらなる攻撃を仕掛けようと思っていたほむらは、攻撃を中断し、まどかに向き直る。

 

『さっきのやつ、時間を止めて、油を投げつけるの、もう一回出来ないかな』

「何か、策があるの?」

『ちょっとね。すこし、試してみたいから』

 

 まどかが力強く頷くのに、ほむらは胸に一抹の痛みを覚えた。

 その顔は、ほむらにとってはひどく懐かしい類のものだった。彼女にとって、もうずっと前のこと。まだ、赤い縁の眼鏡をかけて、三つ編みを結っていた、未熟な頃の自分。そんな自分には、太陽のように輝かしく見えた、魔法少女としてのまどかの相貌。かつて自分の憧れた、自信と誇りに満ちた顔。狩人としてのまどかもまた、そんな顔をしていたのだ。

 

「仕掛けるわ」

『わかった。合わせるよ』

 

 しかし、獣狩りに感傷は禁物だ。

 ほむらは相変わらずの鉄面皮をマスクの下で浮かべながら、まどかの指示に従って動く。

 幸い獣はマミと杏子に気を取られて隙だらけだ。ましてや、時間を止めれば格好の的でしかない。

 

 ――盾を廻す。

 

 時間が凍り、ほむらを除く全てが、凍てついたように動きを止める。

 盾のなかのストックに若干の心もとなさを覚えながらも、それでもまどかに応えんと油壺を引っ張り出し、投げる。

 既に焼け焦げ、血に汚れた白い毛へと目掛け、油壺が飛び、そして宙空で止まる。

 

 ――盾が逆方向に廻る。

 

 再度、黒い油はエミーリアへと浴びせかけられ、ほむらはまどかの方を振り返った。

 

「!?」

 

 まどかは、みたび矢を弓剣へと番えている。しかし、その矢の有様が、さっきまでとあからさまに変わっていた。

 赤黒く、怪しげに紅に輝く大きな矢は、まるで鮮血が固まってできたかのようである。

 

『ごめんなさい。でも、あなたが獣となった以上、狩るよりしか、他にはないから』

 

 放たれた矢は、狙いをあやまたず、標的へと真っ直ぐに突き刺さる。突き刺さると同時に、爆ぜる。

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

 まどかを除く三人の少女狩人は、一様に驚きの顔を浮かべた。

 放たれた矢は、血しぶきとなって爆ぜた。赤黒い血に、白い獣の獣をまみれさす。

 まみれさすと同時に、血はその色そのままの紅に燃えが上がり、撒かれた油ヘと引火、一層激しい勢いで燃え広がったのだ。

 

 ――巨獣が、いよいよ哭く。

 

 まどかの見せた、余りに不可思議な技に、ほむら達は一瞬動きを止めそうになるが、獣の声に現実に立ち返る。エミーリアが激しく傷ついた以上、今こそが集中攻撃を好機。その好機を逃せば、巨獣は自ら窮地を脱してしまう。事実、エミーリアは例の祈りのような姿勢へと移ろうとしていた。止めなくては――そう思い、ほむらは地面を蹴ろうとする。

 

「悪いけど、させないわ!」

 

 そんなほむらよりも素早く、動いたのはマミだった。

 言葉と共に迸り出た何かが、巨獣の体に巻き付き、締め上げる。

 

「マミ、それ!」

「魔法少女の頃みたいには動かせないけど、獣の動きを止めるぐらいなら!」

 

 杏子が驚きの声をあげたのが、マミが右手に掲げ持った、彼女のソウルジェムであった。

 赤味がかった黄色に輝くソウルジェムから、まるで触手のように、まるで見捨てられた上位者の先触れのように、幾条ものリボンが生えだし、エミーリアの手足に巻き付いているのだ。巨獣は祈りの姿勢をとることが出来ず、悲しげに吠え、藻掻いている。

 

「余り長くは持たないわ! 鹿目さん、暁美さん、佐倉さん!」

 

 マミが呼ぶのに、三人の少女狩人は即座に応じる。

 まどかはまたも血の矢を番え――狩装束のポケットに入れられた、ソウルジェムが怪しく輝く――、ほむらはノキギリ槍を両手に構え、杏子は大斧を思い切り振りかぶって跳んだ。

 

『はっ!』

「喰らいなさい!」

「くたばりな!」

 

 三方向からの、異なる種類の攻撃。

 その全てが強力極まりなく、これにはいかに巨獣であろうとも、既に炎に焼かれ傷ついた体では抗する術もない。

 

 ――絶叫。

 

 断末魔の雄叫びとともに、エミーリアの体は崩れ、血しぶきが散り、青い光の奔流と消えた。

 

 

 

 

 ――『YOU HUNTED』

 

 

 

 





【マミのソウルジェム】:キュウべぇと契約した、魔法少女の証
――――――――――――――――――――――――――――――

上位者インキュベーターと契約した少女が手にする、輝く宝玉
これは巴マミが契約した際に手に入れたもの

その実態は契約者自身の魂を具現化したものであり
濁りに満たされ、輝きを失った時、魔法少女は魔女と化す

だが血が肉体へと戻った今、ただの虚ろな容れ物に過ぎない
されど今やその虚無は血の遺志に満たされ、煌々と輝いている
マミが啓蒙を得た今、それは彼女の意志に応えるだろう
彼女が願った、『命を繋ぐ』という心のまま

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