Magicaborne   作:せるじお

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chapter.25『旧市街/ヘムウィックの墓地街/医療教会の工房』

 

 

 

 

 ――掌にのせられ、差し出された真紅のソウルジェム。

 元より赤かったそれは、血の趣を得て一層光輝いて見える。

 実際、魂が抜け出した今、その虚ろを満たすのは血の遺志――死血に宿る偏執にも似た遍く遺志なのだ。ならばこそ、ソウルジェムが赤黒く輝くのも当然のことであった。

 

 人形の冷たく固い指が、魂の器に触れる。

 ソウルジェムが一層強く、白く赤く光、輝き、始める。

 

 夢に依る狩人は、血の遺志を自らの力とする。死者に感謝と敬意のあらんことを。

 

「――終わりました、狩人様」

 

 言われて、杏子は瞼を開いた。

 自分を見下ろす、背の高く可憐な、そして血の温かみは全くない青白い美貌が見える。

 『人形』。名は体を表すと言うが、その意味ではこの上ない名前である。

 

「どうかしら?」

「佐倉さん、調子はどう?」

 

 左右から杏子の顔を覗き込むのは、右がほむら、左がマミである。

 

「……なんか、妙な感じだ」

 

 杏子は奇妙な高揚感と、体中の血が熱くなる感覚に、大きく戸惑っていた。

 体内に何か得体の知れないものが流れ込む感覚。体が軽くなったような浮遊感。

 ちょうど、はじめてキュウべぇと契約し、魔法少女となった時のような、そんな感触。しかし、何かが決定的に異なる。それはおそらく、変化したのが魂ではなく肉体そのものだからだろう。

 既に二人から聞いたように、確かに肉体が変質したのを杏子は感じていた。

 

 ――三人の少女狩人がいるのは、狩人の夢のなかであった。

 

 エミーリアを斃した一行だが、より強く、より大きな獣の出現に、一同は揃って更なる力の必要性を感じていた。

 特に、その想いが深かったのが杏子だった。彼女のみ、狩人の夢を訪れていない。故にほむらやマミのように、再び輝き出したソウルジェムの力、魔法少女としての力を、使うことができないでいる。

 故に意を決して、二人と共に狩人の夢を訪れたのだ。彼女には守らねばならない人がいる。なればこそ、強くならねばならないのだ。

 

「過去、多くの狩人様がこの悪夢を訪れました。ここにある墓石は、すべて彼らの名残です」

 

 人形が言うのに、杏子たちは改めて辺りを見渡した。

 確かに、この狩人の夢は墓石だらけである。いったい……どれ程の狩人がここを訪れたのか。想像するだけで、背筋が寒くなる。

 

「しかし……一度に複数の、それも三人もの狩人様がここに集うのは、全くもって初めてのことです」

 

 三人の少女狩人は、互いに顔を見合わせた。

 自分たちはいずれも異邦人である。そのことが、何か長く続いていた、一つの法則を崩したような、そんな感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それにしてもさ」

 

 暫時続いた沈黙を破り、不意にそう言ったのは杏子だった。

 

「これからどうするよ?」

 

 そうなのだ。

 そのことが、今一番の問題なのである。

 

 ほむら達が狩人の夢に訪れた時、ゲールマンは既に姿を消していた。

 

『あのかたは、既に存在も曖昧ですから』

 

 人形がそう言うのだから、そうなのだろう。

 元より、常人に非ざる気配を帯びた老人ではあったが、やはりただの人間ではないらしい。

 しかし、彼を色々と問い質したいほむらからすれば、期待はずれでもある。

 

「取り敢えず、そのゲールマンって爺さんが探せって言ってたのが『聖杯』と『秘文字の工房道具』ってやつなんだろ」

「ええ」

 

 杏子が言うのに、ほむらは頷いた。

 もし獣が手にあまり、大きく恐ろしいのならば、求めるべきであると隻脚の老人が告げたモノ。

 それが『聖杯』と『秘文字の工房道具』。

 

『聖杯は神の墓を暴き、その血は狩人の糧になる。――聖体を拝領するのだ』

 

 ゲールマンは相変わらず謎めいた言葉で『聖杯』について告げた。

 ようするに、より大きな力をもたらす血の遺志を得る手段ということなのか。

 

『かつてビルゲンワースの学徒、筆記者カレルは、人ならぬ上位者の音を記録し、それをカレル文字と称した。このカレル文字を脳裏に焼き、その神秘の力を得ること……それを可能とするのが、秘文字の工房道具。もっともそれは、今は失われてしまっているがね』

 

 いよいよ以て意味不明のが、『秘文字の工房道具』についてのゲールマンの云いだ。

 上位者? 文字を脳裏に焼く? 魔法少女として幾つもの不可思議に対面してきたほむらにも、訳がわからない。

 

 だが、あのゲールマンが言うのである。

 そのいずれもが、手に入れるに足るモノであることは間違いない。

 

 

 暁美ほむらは、「青ざめた血」を求め、狩りを全うし、この悪夢から抜け出すために。

 

 

 巴マミは、連盟の狩人の一員として、全ての淀みを絶つために。

 

 

 佐倉杏子は、古狩人の後継者として、獣を狩り、愛すべき人を守るために。

 

 

 それぞれ求めるのだ。さらなる力を手にするための手立てを。

 

「ゲールマンが言うには、聖杯は『谷あいの市街』に、秘文字の工房道具は『墓地街』にそれぞれあるそうよ」

 

 そう二箇所なのだ。これが問題だ。

 

「2・1で二手に別れようさ」

「戦力分散は余り賢いとは言えないんじゃないかしら」

 

 当然、こういう問題が生じてくる訳なのだ。

 あるいはここでまどかが居れば、2・2に別れるという選択肢もあったろうけれど、残念ながら今や少女狩人は三人なのである。

 

「手分けしたほうが早いじゃん」

「今夜は長いわ。慎重に行くべきよ」

 

 杏子は分散派、マミは集中派であるらしい。

 ほむらはと言えば、どちらでもないし、どちらであっても構わない。

 一匹狼が長いほむらは単独行動に馴れているからだ。しかし、それは幾度となく繰り返し経験を積んだ見滝原でのこと。このヤーナムでも同様に通じる保証は、どこにもありはしない。ならばまとまって動くほうが良いのだろうか。とは言えヤーナムの街路は狭く、元より複数行動に向いていない場所であるのもまま事実だった。

 

「慎重にねぇ……」

「なに?」

「いやさぁ」

 

 杏子がちょっと小馬鹿にした調子で言うのに、マミは少々ムッとしたようだった。

 だが杏子の口から続けて出てきた言葉には、マミもハッとして言葉を失う。

 

「どうせ今夜一晩は、何度死のうが死にゃしないんだろ? だったら慎重も糞もないだろうさ」

 

 事実、ほむらもマミも一度エミーリアに殺され、実際に甦ったのだ。

 何事もなかったかのように、全ては夢であったかのように。

 

「――その通り」

「!?」

「!?」

「!?」

 

 杏子の言葉に応じたのは、マミでもほむらでもなく、しわがれた老人の声だった。

 電撃を受けたような驚愕に、三人は跳ぶように後ずさり、振り返る。 

 見えたのは、ほむらとマミはよく見知った姿だった。

 

「夢見るは一夜。されど月近く長い夜ならば、狩りを全うしない限り、決して明けることはない」

 

 草臥れた帽子。端が裂け、ほつれた外套。年季の入った装束。

 深く刻まれた皺。曖昧な、真意を見せぬ微笑。明晰なる双眸。

 そして半ばから失くなった片足。車椅子。そしてステッキ。 

 

「つまり、逃れられぬということだ。この忌々しい、狩人の悪夢から」

 

 狩人の助言者、ゲールマン。

 彼は唐突に消えたかと思えば、唐突に今、現れたのだった。

 新たなる助言を、告げる、そのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――レバーを思い切り引けば、階下で棺状の石が動くのが見えた。

 手すりがなかったので、そのまま一階へと飛び降りる。柱の陰から獣と化した群衆の一人が、鉈のようなものを振るってくるが、まず短銃で体勢を崩し、次いでノコギリ槍で臓腑を抉る。手首にひねりを加えれば、血の泡を吐き出しつつ獣は痙攣し、糸が切れた傀儡のように力を無くした。

 蹴り飛ばす勢いで、死体からノコギリ槍を引き抜く。

 石棺が動いた後には、地下へと続く入り口が開いていた。

 狭い通路、長い階段。先は薄暗く、見通しは悪い。何がその先に待っているか、知れたものではない。

 しかし黒髪の少女狩人は恐れることもなく、早足に階段を降りる。

 降りた先は、薄暗く、天に掌を捧げ、何かを乞い願うかのような格好の石像が、幾つも置かれている。

 

「……」

 

 それらを一瞥し、何の感慨も抱くこともなく、三角帽子の覆面の少女狩人は次の道を探す。

 すぐさま道は見つかり、彼女は右へと曲がった。右へと曲がって、新たなる広間に出て、そして、獣の亡骸と出くわした。

 亡骸は、ズタズタに破壊されていた。切り裂かれ、焼け焦げ、叩き潰された、恐らくはかつて目覚めた診療所や、大橋で相対したのと同じタイプの黒獣――の残骸である。

 ヤーナムの狩装束に身を包んだ少女狩人には、見覚えのある光景だった。聖堂街で見た、異様な大男達の死骸。あれらに刻まれた、死に至る傷跡と、まるで同じモノが、この獣の死骸には見て取れるのである。

 

 ――嫌な予感がする。

 だが、歩みを止めるわけにもいかない。

 

 少女狩人は、そのまま先へと進み、梯子を降り、木の階段を降りる。

 目的地は、谷間の街だという。

 下へ下へと下り続け、次なる広間へと至った。

 広間の奥の、大扉は開け放たれている。

 石畳の地面には、真っ二つに裂けた、紙切れが転がっていた。

 黒髪の少女は、二つの切れ端を繋ぎ合わせ、そこに書かれていた文面を読んでみる。

 

 ――『これより棄てられた街。獣狩り不要、引き返せ』。

 

 その警告は、どうやら無視されたらしい。

 恐らくはこの警告文が貼られていたと思しき大扉が、完全に開け放たれていることが、その証明だった。

 

 黒い長髪の、ヤーナムの狩装束に身を包んだ少女狩人は、警告を無視した先人に倣い、大扉を潜った。

 

 ――『旧市街』。

 

 不可思議なことに、未だ夕陽が鮮やかな赤い空が、暁美ほむらを出迎えた。

 

 

【Name】暁美ほむら

【装備:頭部】ヤーナムの狩帽子

【装備:胴体】ヤーナムの狩装束

【装備:腕部】ヤーナムの狩手袋

【装備:脚部】ヤーナムの狩ズボン

【右手武器1】ノコギリ槍

【右手武器2】なし

【左手武器1】廻る砂時計の盾

【左手武器2】獣狩りの短銃

【所持アイテム】火炎瓶、油壺、古人呼びの鐘、金のペンダント

【ソウルジェム発動】時間停止

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元の大きく丸い隆起部分を踏めば、確かに何かの仕掛けが動いた音がした。

 

「うわお!?」

 

 恐ろしい勢いで、床が動き出す。

 激しく上昇する勢いに、赤毛の少女狩人は、思わず転びそうになるほどだった。

 瞬く間に、床は高い塔の上階へと達し、仕掛けが止まる。へこんでいた隆起部分が再びせり上がってくる。なるほど、恐らくはコレをもう一度踏めば、再び下階へと降りる仕組みか。

 

「……これ、あぶねぇんじゃねーのか」

 

 転落その他、想定しうる事故の数々を想定し、神父姿の少女狩人は肝を冷やした。

 もとより、このヤーナムの建物はどれも高低差が激しかったりと住む人に優しくないつくりだが、このエレベーターの構造などはその最たるもののように思える。

 

 ――まぁ、ヤーナムの謎めいた仕掛けの昇降機のつくりに、思いを馳せている場合ではない。

 

 長く赤く、白いリボンでひとつに纏められた髪の端を左右に揺らしながら、少女狩人は慎重に進む。

 短い廊下の奥には部屋が見えて、そこに備わった窓からは、既に高い空が見えている。

 

 ――異音。

 

 耳朶がそれを捉えた瞬間、少女は前方へと強く跳んでいた。

 背後を走り抜ける熱い射線と、狭い部屋の中を反響する銃声とを感じる。

 

 車椅子に座った老人が、呪詛を叫びながら、ハンドルを回している。

 回転する銃身からは次々と銃弾が吐き出され、石壁を幾つもの穴を穿ち、石粉に破片が撒き散らされる。

 

「反則だろが!?」

 

 あんな武器がヤーナムにあったのかと驚愕しつつも、少女の体は狩人らしく反撃に移りつつあった。

 次弾を装填しようとする老人目掛けて、踏み込みつつ思い切り片手斧を横薙ぎに振るった。

 振るわれる勢いに合わせて仕掛けを動かせば、柄はまるで魔法のように長く延び、まだ間合いの外だった筈の老人の首を、一撃で断ち切った。

 

「しかしまぁ……」

 

 もはや火を吹くこともなくなった回転式機関銃(ガトリングガン)を、頭のない死骸を改めて見直し、杏子は顎に手をやって呟いた。

 

「この様子なら……色々と期待できそうじゃん」

 

 より強力な、新たなる仕掛け武器を、である。

 何せ彼女、佐倉杏子がゲールマンの助言に従い、オドン教会を昇ってきたのは、まさしくそのためなのだ。

 

 ――『医療教会の工房』。

 

 その先に、教会の工房があるはずなのだから。

 

 

【Name】佐倉杏子

【装備:頭部】神父の狩帽子

【装備:胴体】神父の狩装束

【装備:腕部】神父の狩手袋

【装備:脚部】神父の狩ズボン

【右手武器1】ガスコイン神父の獣狩りの斧

【右手武器2】なし

【左手武器1】ガスコイン神父の散弾短銃

【左手武器2】なし

【所持アイテム】小さなオルゴール、白いリボン

【ソウルジェム発動】???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄色い髪の少女狩人は、地面に落ちていたトップハットを拾い上げ、ついていた土や埃を払い被り直す。

 そして太い幹の木に背中を預け、深呼吸をひとつ。文字通り、やっと一息つけた格好だった。

 

 ――『いまや夜は汚物に満ち、塗れ、溢れかえっている』

 

 連盟の長、ヴァルトールの言葉が、少女の脳裏に反芻する。

 汚物かどうかは知らないが、しかし、確かにこのヤーナムが淀みに満ち溢れているのは確かだろう。

 足元に転がる、異形の犬の亡骸を見下ろしながら、少女はそう思う。

 

 全くもって異様な姿形だ。

 針金などを用いて、先の鋭い刃の類を幾つも括り付けられた、殺意溢れる姿の黒犬なのである。

 ヤーナム市街でも犬は恐るべき敵だったが、この墓地ではこんな改造犬が何頭も歩きまわっており、かつそのかつての飼主だったらしい長銃持ちの群衆も大勢いて、相手にするのは実に骨が折れた。

 

 しかし、彼らも相手が悪かった。

 

 様式美を重んずる少女狩人は、誰よりも長銃の扱いに長じ、射撃戦ではそうそう遅れを取ることはない。

 事実、散弾で犬の動きを止めつつ、木々の間を走り、墓石を盾としながら、一人一人、着実に頭を大口径弾で貫いて、仕留めていく。少女狩人の長銃は水銀弾を用いる群衆達と違い、血を直接弾丸へと変えて発射するため、連射力でも勝り、簡単に弾種も換えられる。

 肉薄する犬も、硬い杖かあるいは鋼の鞭の餌食となった。

 

 あれほど鳴り響いていた銃声も、犬の咆える声も今や全く聞こえず、墓地は死者の棲家に相応しい静かさだ。

 

「……」

 

 若干の休憩を終えると、少女狩人は山高帽の庇に指をかけ、角度を直してから再び歩き始めた。

 ここは既におぞましいほどに墓石の並ぶ墓地であるが、目当ての墓地街はここではない。

 さらに奥へ奥へと進んだ先、大きな木の扉の向こう側にある筈なのだ。

 

「……あった」

 

 目当ての扉は見つかった。

 意を決して、扉を押す。妙に重たく、油を差していないのか蝶番が軋むが、それでも扉は開いた。

 

 鴉が、不吉に鳴きながら一斉に空へと飛び立つ。

 どこからともなく、数々の笑い声が、狂気の笑い声がこだまして来る。

 

 ――『ヘムウィックの墓地街』。

 

 不吉極まる魔女の町に、かつて魔法少女であり、今や連盟の少女狩人たる巴マミは挑む。

 ビルゲンワースの見出した、その神秘の一端とまみえるために。

 

 

【Name】巴マミ

【装備:頭部】トップハット

【装備:胴体】狩人の装束(マント無し)

【装備:腕部】狩人の手袋

【装備:脚部】狩人のズボン

【右手武器1】仕込み杖

【右手武器2】なし

【左手武器1】トモエ=マミの長銃

【左手武器2】なし

【所持アイテム】連盟の杖

【ソウルジェム発動】黄色いリボン

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゲールマンの助言に従い、三人の少女狩人は三手に別れた。

 

 暁美ほむらは、旧市街へと。

 

 佐倉杏子は、医療教会の工房へと。

 

 巴マミは、ヘムウィックの墓地街へと。

 

 それぞれ向かい、挑むのだ。

 

 より強く恐ろしい獣に打ち克つために、より強く恐ろしい狩人となるために。

 

 

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