Magicaborne   作:せるじお

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chapter.29『血の女王、アンナリーゼ』

 

 

 

 

 

 ――あたしって、ほんとバカ。

 

 それが少女、美樹さやかの人間――否、魔法少女としての最期の言葉になった。

 既にドス黒く穢れた、かつては空のように青かったソウルジェムは砕け散り、瞬く間に魔女の核、悲嘆の種子(グリーフシード)へと変化(へんげ)する。

 さやかの瞳は光を失い、その体は単なる抜け殻と化して力なく斃れ伏す。

 吹き荒れる魔力の、憤怒の、憎悪の、嫉妬の、悲哀の、そして絶望の奔流はあたかも嵐のようで、辺り一帯の何ものをも吹き飛ばしていく。

 

「さやかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 それは魔法少女であろうとも例外ではない。

 別の時間軸においても、幾度となくさやかの死を見送ることになる赤毛の魔法少女、佐倉杏子もまた、濁流のように押し寄せる波動に、手摺に捕まってかろうじて吹き飛ばされるのを凌いでいるに過ぎない。

 彼女の呼び声は、決してさやかに届くことはない。何故ならば、美樹さやかは既に死んでいるのだから。

 

 さやかの魂は雲散霧消し、何処となく消え失せる。

 

 円環の理の働かぬこの時空においては、たださやかの魂はそうなる他、道はない。

 その筈である。

 その筈であった。

 

 消え伏せようとしてた魂は、渦巻く魔力の奔流のなか、ふと開いた時空の裂け目に触れる。

 その裏側に潜む、姿()()()()()()に触れる。

 

 ――かくして、運命の歯車は狂い始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ――?」

 

 最初に覚えたのは浮遊感。自分の体が、宙に浮いているかのような感触。

 まだ霞む視界に映るのは、高い天井。石造りの天井。そこから吊り下がった豪奢なシャンデリア。

 だが、ただでさえ遠くに見えたそれらは、今や急速に遠ざかりつつある。

 

 そこで気がついた。

 自分は宙に浮いてなどいはしない。

 今たしかに、重力に従って落下しているのだ。

 

「っっっ!?」

 

 空中で、墜落に備えんと、身をよじろうとした時は既に遅かった。

 背中に衝撃が走ったかと思えば、肺を強打されて呼吸ができなくなる。

 息が止まり、息を吹き返す。息を吹き返したかと思えば、激痛が体中を走り回る。

 

「あががががががががががっ!?」

 

 落ちた先は石床であったらしい。

 カーペットらしきものが一枚間に挟まったとは言え、その程度で落下の衝撃を受け止められる筈もない。

 

「いだだだだだだイタイイタイタイタイ」 

 

 じたばたと床の上で藻掻き、呻き、ごろごろと転がる。 

 痛みがおさまるまでには、かなりの時間を要した。

 真紅のカーペットの上で大の字になり、荒い息を何度も吐きながら、何とか混乱した意識を整える。

 

 現在地……不明。こんなお城みたいな場所に見覚えはない。

 ここに至った経緯……不明。まだ記憶が混乱していて、まるでここに来るまでの経緯が記憶にない。

 何もかもが意味不明で、理解不能だ。例えば、どうして自分が見滝原中学校の制服を着ているのかも解らない。登下校の途中に、ここへと迷い込んだのか? いや、そもそも自分は駅のホームで死んで――。

 

「……あ」

 

 そこで、美樹さやかの意識は完全に覚醒し、現状を思い出したのだ。

 まどかとの決別。ほむらのとの対峙。杏子との最期の会話。

 そして、自分は絶望し、確かに魔女となった。

 ヒトとしての自分は、確かにあそこで死んだ筈なのだ。

 

「……なんで?」

 

 さやかは遥か真上のシャンデリアを眺めながら、呆然として呟いた。

 記憶が戻っても、むしろ現状の意味不明さの度合いは一層悪化したのみだ。何故、自分は死んでない?

 

「……」

 

 ようやく体がマトモに動かせるレベルまでに痛みが失せたので、さやかは上体を起こし、自分の周囲を見回してみる。しかし真実が明らかになることもなく、怪訝がその相貌を満たすに留まった。

 全くもって自分には縁のなさそうな絢爛たる空間であると、さやかは思う。こういうのは仁美向けではないかとも。

 真紅のビロードの絨毯に、無数に立ち並ぶ男女の石像。そのどれもが高価であると見ただけで解る代物で、何となく恐縮してしまう。何度見ても豪華なシャンデリア。高い天井を持った、縦長の壮大なる空間。一方はどうやら階段になっているらしい。ならばもう一方はと見れば、見目麗しいステンドグラスを背にして二つ並んだ玉座が二つ。一方は空だが、もう一方は――。

 

「……え」

 

 さやかはようやく、ずっと自分のことを見つめていたらしい、玉座の上の人物の存在に気がついたのだ。

 いや、見つめていたかは定かではない。何故ならばその人物は、頭をすっぽり鉄の仮面で覆っているのだから。

 

 その人物は、手摺にもたれかかるような、けだるげな姿を見せていた。

 肩も露わなドレスは、周囲の調度の豪華さを思えば簡素なほどだが、しかし着る者の佇まい故か違和感もなく、むしろ際立った存在感を醸し出している。

 肌は血の気が失せているかと思うほどに青白く、長い髪は金糸めいた輝きを放っている。

 顔は仮面故に見ることはできないが、その体つきから察するに女性であるらしかった。

 

「……」

 

 生唾を飲み込み、意を決して、さやかは立ち上がって女性へとゆっくりと歩み寄った。

 その格好から考えるに、マトモな人間とも思えないが、しかし、この理解できない現状を理解するためには、ひとまず手近な誰かに聞くほかはない。問いたださねばならない。例えば――ここは地獄なのか天国なのか、とか。

 何故か何本もの燭台や、あるいは直接絨毯の上に置かれた太い蝋燭の間を抜けて、さやかは歩み寄る。

 

「……」

 

 目前にしてみると、女性の持つ威厳に圧倒されて、言葉が出てこない。仮面で顔を隠しているために視線が窺えないせいもあるが、こうして座っているだけでなんとも言えない威圧感を謎の女性は放っているのだ。ふと、さやかはお嬢様だった恋敵のことを思い出す。彼女ももまた、その生まれ良さからくる独特の雰囲気を持っていたが、あるいはあれを何万倍も強めれば、目の前の仮面の女性のようになるかもしれなかった。

 

「あの――」

 

 しかしこうして黙っていては事態は進展しない。

 ままよと、さやかは思い切って自ら声をかけようとした。

 

『無礼者』

 

 かけようとして、この一言で言葉を失った。

 静かな声。落ち着いた声。怒鳴られたわけでも脅されたわけでもない。

 にもかかわらず、さやかは圧倒された。これまでさやかが出会ってきた、いかなる種類の人間とも違う。何という威厳か。だがそれも当然だろう。魔法少女とは言えさやかはごくごく普通の女子中学生。正真正銘の王侯貴族と、一対一で会うことなどある筈もない。

 

『穢れとて、私は女王。礼儀を知らぬ獣風情に、賜う言葉など持っておらぬ』

 

 獣、とまで罵倒されているのに、さやかは腹を立てるどころかむしろ恐縮してしまった。

 まるで、怖い教師か両親に叱責でもされた時のような心持ちだ。いや、それらよりも遥かにひどい。

 何かとんでもないことをしでかしてしまったかのような、そんな感覚に、顔が青くなる。

 

『故なくばそのまま去り、あるいは、我が前に跪くがよい』

 

 ……そう言われた所で、いったいどうすべきというのか。さやかは混乱し、困惑する。

 去る、という選択肢はない。去ろうにも、どこに行けば良いのかすら解らないからだ。

 だからこの謎めいた女性に話しかけねばならないのだが、普通にやっても駄目そうなのは解りきっている。

 ならば、どうする?

 

(……跪く、跪く。跪く?)

 

 目の前の女性は、こんなお城みたいな凄い部屋に住んでいるからには大金持ちには違いない。

 仁美は気さくな性格だったし、恭介は幼馴染で気安い間柄だった。故に、さやかはセレブレティな方々向けの礼儀作法など知る機会もなかった。

 

「いやぁ、その、あのですね――」

 

 そのむねを、さやかは何とか伝えようと試みた。

 

『二度も言わせるか。礼儀を知らぬ獣風情に、賜う言葉など持っておらぬ』

 

 そしてにべもなく切り捨てられ、いよいよもって、さやかは進退極まった。

 立ち去るという選択肢は思い浮かばない。眼の前の怪しい女性の迫力に呑まれて、いったい彼女に何と返すべきか――そんなことばかりを考えてしまう。

 考えあぐねて、さやかは遂に、()()()()()()()()にすることにした。

 

「す――」

 

 さやかは両膝を、両掌を床につき、頭を垂れながら叫んだ。

 

「すいませんでしたぁ!」

 

 ――いわゆる、土下座である。

 お世辞にも勉強が出来る方とは言えないさやかだが、どうも跪くという言葉の意味を正しく理解しかねたらしい。

 

『……』

 

 さやかの頓珍漢な行動には、自称通り女王めいた佇まいの女性も、呆れ果てたのか言葉を無くしている。

 

『……愚か者』

 

『それは跪く、ではなく、ひれ伏す、であろう』

「え? あ、そうなんですか?」

 

 やはり素っ頓狂なさやかの応えに、女性はもはや溜息をつくほかはなかった。

 鉄仮面を通してなお伝わる、完全に呆れ返った女性の態度に、さやかは今度は赤面した。

 

『……左足は床につけたまま、右膝を立て、背をかがめるのだ』

 

 暫時、気まずい沈黙が流れた後に、女性は不意にさやかへと優しく説く。

 のそのそと、さやかは言うとおりにして姿勢を直し始めた。

 

『頭を垂れ、右手を水平に伸ばし、掌を広げ、天井へと向け給えよ』

 

 戸惑いながらも、さやかは指示された通りの格好を、ようやくつくることができた。

 そこで初めて、女性は口調を優しげなものへと変えて、さやかへと改めて語りかけ始めたのだ。

 

『貴公、訪問者。月の香り――はすれども、狩人ならざる道化者よ。私はアンナリーゼ。この城、カインハーストの女王』

 

 アンナリーゼ。

 それが彼女の名前

 

『さて、謎めいた訪問者よ。最早唯一となった血族の長、孤牢鉄面の虜たる私に、いったい何用かな?』

「……」

 

 問いに、さやかは答えない。

 答えられる筈もない。

 

「いや、その……そもそもですね」

 

 さやかは俯かせた顔に冷や汗を浮かべながら、愚かと思われるのを承知で敢えて言った。

 

「カインハースト、ってどこですか? 外国?」

『……』

 

 女王は、再度絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど、貴公、訪問者と言うよりは放浪者……当て所なき異邦人というわけか』

 

 さやかが、訥々と語ったものを、ひと通り聞き終えた後、女王アンナリーゼは納得したように言った。

 

「その……信じてくれるんですか?」

『無論』

 

 さやかがおずおず訊けば、鉄面の女王は頷いた。

 

『貴公は、突如としてこの玉座の間にあらわれた。それは、今やあり得ぬことなのだ。あの教会の言うところの()()()が健在である限り、なんぴととて、ここに立ち入ることは叶わぬ。まるで夢幻のごとく、かの場へと直に現れでもせぬかぎり。果たして、貴公はそのようにしてここに来た。それも生身のまま。たとえ師ウィレームであったとて、そのような術は持ち合わせてはおらぬのだから』

「?」

 

 アンナリーゼの言葉の意味が、さやかにはよく解らない。

 解らないが、どうか納得してもらえたことだけは理解できた。

 

『――貴公、サヤカといったな』

 

 アンナリーゼは、ずいと身を玉座から乗り出し、さっきまでとは違う、どこか熱を帯びた声で言う。

 

『人にして人ならず……それど獣にも狩人にもあらざる者か……フフフ。これは、実に愉快だ』

 

 妖しげな声。

 普通ならば――特に今は、キュウべぇという詐欺師に騙されたばかりなのだ――警戒感を覚えてもおかしくない言葉にも、それを紡ぎ出す声色の魅惑に囚われ、警戒心を抱くこともできない。

 さやかは、何故か頬が赤くなるのを感じる。

 

『無為な夜にも倦んだというもの。……貴公』

 

 そして女王は決定的な言葉を告げる。

 

『穢れた我が血を啜り、我ら一族の呪いに列したまえよ』

 

 それは誘い。

 穢れた血族への誘い。

 教会の仇となり、血の病の隣人となることへの。

 あるいはそれは、インキュベーターとの契約にも似た、ヒトならざるモノへの片道切符。

 

「――」

 

 それでもさやかは、誘蛾燈に惹き寄せられるかのように、女王の足元へと歩み寄り、改めて跪く。

 

『啜りたまえ 穢れた血だ。故に貴公に熱かろう』

 

 言葉通り、温度に由来するモノとは異なる熱さが喉を満たし、体中に染み渡っていく感覚が走る。

 

『これで、サヤカは我が血族。今や私たち、たった2人ばかりだがな』

 

 かくして、契約は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故に、さやかは血族となったのか。

 何故に、アンナリーゼはさやかを血族としたのか。

 そのわけは、共に同じ。

 すなわち、『寂しさ』から来る行動。

 

 恋破れ、騙され、友と決別し、命すら投げ捨てた少女。

 一族全てを戮し、ただ独り無人の玉座に牢された女王。

 

 余りにも何もかもが違う二人も、ある一点で全く等しい。

 ――『孤独』であるという、その点においてだ。

 

 二人は半ば無意識的に惹かれ合い、そして新たな血族が生まれた。

 そのことが、何を意味するかも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おお、これは、カインハーストの印章!」

 

 

「 聞いたことがあります。かつてカインハーストの貴族どもは、こうした気取った、招待状を用いたと」

 

 

「素晴らしい! あなたに感謝します。ああ、これも、師の思し召しでしょうか! 血の加護に感謝を お互い、この街を清潔にいたしましょう――()()()殿()

 

 

 今や最後の処刑隊となった青年は、目の前で上品な笑みを浮かべる少女へと感謝の礼をした。

 その笑みの裏に、どんな思惑があるかも知らずに。

 

 

 

 

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