Magicaborne   作:せるじお

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chapter.30『廃城カインハースト』

 

 

 

 真っ暗な夜空の下。

 雪がしんしんと降り注ぐなか。

 

「どぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 さやかは手にした細身の長剣を、裂帛の気合と共に突き出した。

 風切る切っ先の速度は殆ど弾丸のそれで、常人ならば避けるはおろか視認すら難しいであろう。

 だが――。

 

「って、また外した!?」

 

 ――さやかの一撃は空を切って、降り積もった雪を突き崩し、虚しくそれを四散させるばかり。

 標的は白雪を蹴り飛ばしながら、見た目通りの()()()()()()()で、後方へと跳び退いている。

 相手は素早い。すぐにでも、その長い腕の繰り出す素早い反撃が来るに違いない。

 

「くぅっ!」

 

 会心の突きを躱され、崩れる体勢。それを何とか立て直しながら、左手で腰元より短銃――銃身が細長く、まるで芸術品かのような細工が施された代物――を引き抜く。

 同時にさやかは、右手の得物に備わった、()()()()()()()()

 ガチリという金属音。長剣の剣身が可動し、横へと滑るようにずれ動く。かくして露わになったのは、隠されていた一門の銃口。ナックルガードの下に備わった、引き金には既に指がかかっている。

 左右二つの銃口を並べ、さやかは同時にそれらを撃ち放った。

 

 右手に持つは騎士剣と短銃とを組み合わせた、奇怪にして優美な仕掛け武器――『レイテルパラッシュ』。

 左手に持つは『エヴェリン』――女性の名を冠された、意匠にも凝った逸品たる銃。

 共に、かつてカインハーストの騎士たちの愛用した、獣狩りの道具たちであり、今や唯一の騎士となった美樹さやかの武器なのだ。

 

 古くから血を嗜んだカインハーストの貴族たちは、故に血の病の隣人である。

 獣の処理は、彼らの従僕たちの密かな役目であった。

 それは一族全てが戮し、女王が孤牢鉄面の虜となった今もなお、変わることはない。

 血族となったさやかに下された最初のつとめ。それは獣と化して城外を徘徊する、かつての貴族たちの成れの果てを処理すること。

 

「っ!? 外した!?」

 

 ならばこそさやかは今、寒風吹きすさぶ降雪下にて、異形の怪物、通称『血舐め』と対峙しているのだ。

 

「くそうっ! やっぱ銃は勝手が違う!」

 

 仕掛けを再起動し、レイテルパラッシュを通常の騎士剣モードへ戻す。

 エヴェリンを腰帯(サッシュ)へと差し込めば、柄を両手で握る。魔法少女時代の戦闘スタイルである。

 

 元より魔法少女としても技量も才能も高いとは言えないさやかである。

 慣れぬ大仰な服装に、慣れない装備。易々と戦える筈もない。

 

 アンナリーゼよりお仕着せられた騎士の装束も、まるで御伽噺の登場人物のさながらであり、懐古主義的で大袈裟である。往年の騎士たちであれば、それを獣の血に塗れた退廃芸術と嘯き、美と名誉を見出したかもしれない。しかし良くも悪くも普通の女子中学生のさやかからすれば、最初こそ豪奢な衣装に喜んだものの、いざ戦うとなれば動きにくいだけであった。

 

 ましてや相対する『血舐め』は、初心者狩人が相手取るには余りに厄介な獣なのである。

 

 蚤と人とを掛け合わせれば、あるいはこんなバケモノが生まれるのかもしれない。

 昆虫のように異様に長い手足をかさかさと動かし、雪の上を蠢く姿はおぞましく、顔を覆う白い長髪の裏側から蛇のような赤い舌がチロチロとのぞく。どれほどの血を吸ったのか、蚊のように大きく膨れ上がった腹部。その体の構造から、かろうじてかつては人であったことだけはさやかにも解った。

 

『――今や堕ちた、かつての同胞たちに。始末をつけるのだ、さやか』

 

 アンナリーゼの言葉が、脳裏で反芻する。

 さやかはレイテルパラッシュの柄を強く握りしめ、血舐めの隙を探る。

 巨体ながら、動きは素早い。しかし攻撃自体は直線的だ。うまい具合に初撃を躱し、横に回り込んで――。

 

「――って!?」

 

 攻撃の算段に意識をとられたさやかの隙を、逆に血舐めのほうが見逃さなかった。

 後ろ足で雪を蹴り飛ばし、蚤のようにジャンプして、一瞬で間合いを詰めてくる。

 逃れようとしたさやかに巨体が激突し、思い切り体が吹き飛ばされる。

 

「がぁっ!? このぉっ!」

 

 雪の絨毯のおかげで、着地時のダメージはさほどでもない。

 さやかは即座に立ち上がり、反撃を加えようとした。

 

「へ?」

 

 加えようとした所で、長い腕の横薙ぎがきた。

 獣の膂力で繰り出された一撃は、さやかの首元へと吸い込まれる。

 

 ――衝撃。

 

 さやかは、自分の首の骨が折れる音を聞いた。

 体は力を失い、意識は急速に遠のいていく。

 瞬く間に、目の前が真っ暗になって――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――さやかの体は、またも空中に投げ出された。

 受け身をとる時間もなく、そのまま背中から血の女王の間の床へと墜落する。

 

「あだぁっ!?」

 

 墜落の衝撃は背中や背骨のみならず、背筋を貫通し肺にまで至った。

 げほげほと咳き込むながら、赤い絨毯の上をゴロゴロと転がる。

 

『またか、さやか』

 

 そんな様を見てか、女王アンナリーゼは鉄面の下で深く溜息をつく。

 長い孤独に倦んだ女王には、最初こそ床に転げ落ちるさやかの様は愉快だったものの、こう何度も続けば流石に呆れのほうが勝ってきたようだ。しかしそれも当然で、さやか自身、もう何度目の墜落か、数えるのを止めた程なのだから。

 

 さやかが血舐めに殺されるのは、はじめてのことではない。

 既に何度と無く死に、死ぬたびにこの玉座へと戻ってきているのだ。

 

 ――『それは……その身に刻まれた、月のカレルがためであろう』

 

 アンナリーゼはその訳を、このように推測している。

 見滝原の制服から騎士装束へと着替える時にさやかが初めて気がついたのは、ちょうどへその辺り、魔法少女だったころにソウルジェムがあった場所に浮き上がった、奇怪な赤い紋様の存在だった。

 それは、さやかがこれまで見たことのない、不可思議な図像だった。

 先端を向け合う二つの三叉の間に、両者から串刺しにされるようにして目玉が置かれている、とでも言えばよいのだろうか。とかく、形容し難い奇妙極まりない図形なのは間違いがない。

 それを血の女王は、月のカレル、と呼んだ。

 

 ――『月は悪夢の上位者がしるし……フフフ』

 

 さやかの身に刻まれたしるしを見た時、アンナリーゼは妖しく笑って言ったものだった。

 

 ――『さやか、異邦人ににして我が血族よ。貴公との出会いは、あるいは僥倖であったかもしれん』

 

 長い夜、孤独に囚われた女王は当初、そうさやかに神秘的な期待を寄せていたものであった。

 だが、今や女王が鉄面の下に浮かべるのは、呆れに憐憫、嘲弄、そして不出来な血族への情愛であった。

 

『やれやれ……貴公。いったいいつになったら、最初のつとめを果たせるのやら』

「いやぁ……そのぉ……あははははははは」

 

 さやかは、立ち上上がりながら器用に跪き、女王に教えられた通りの礼法を守ってから言葉を返す。

 口調のほうはと言えば敬語ではないが、それはアンナリーゼが不要と言ったからである。

 使い慣れぬさやかのたどたどしい敬語に、血の女王は却って閉口させられたからだった。

 

『貴公。我が唯一の血族よ。カインハーストの名誉を余り穢してくれるなよ。穢れても我らは貴族なのだから』

「……はい」

 

 さやかは顔を伏せ、恐縮する他はない。

 舌に心臓を貫かれ、踏み潰され、叩きつけられ、死んでは戻り、死んでは戻り。

 最早、死の恐怖すら感じなくなっている自分に、恐怖と羞恥とを同時に感じているのだ。

 それでもなお、彼女は与えられた使命を果たさんとしている。

 

『だが……不出来とは言え、我が血族。騎士が騎士としてつとめを果たせるよう、手立てをなすが主の義務』

 

 それを知ってか、アンナリーゼは呆れを隠すこともなく、しかし温かみのある言葉と共にさやかを招き寄せる。

 

『得物を変えてみよ。さすれば、あるいは上手くいくやもしれん』

 

 血の女王は、玉座の傍らに立てかけられた一振りの剣を、差し出されたさやかの手のひらの上に載せた。

 それは、さやかには見覚えのある意匠をした得物であったのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ来ても降り止まぬ雪の下。

 いつ来ても変わらぬ夜空と満月とを背負い、さやかは玉座を後にする。

 振り返れば、もう女王の間は陰も形も見えない。

 いったいどういう技術なのか、夢幻に秘匿され階段は姿を消し、ただ塗り込められた壁のみが見えるのだ。

 

 血の女王が言うには『幻視の王冠』なくして、この幻影を破り、真実の姿を見ることは叶わぬらしい。その『幻視の王冠』は、かつてアンナリーゼを除く全ての血族を殺し尽くした狩人『ローゲリウス』が被ってるのだという。

 

 そして、さやかがその『ローゲリウス』の傍らを通るのも、既に数えきれない程の回数になっていた。

 

「よっす、お爺ちゃん」

『……』

 

 玉座に座り、俯き、干からびた老人へとさやかは冗談めかしてさやかは声を掛けるが、当然、何も返ってはこない。

 さやかはそれを気にすることもなく、老人の横を通り過ぎたのだ。

 老人は動き出すことも、立ち上がることもない。

 これもまた、いつも変わらざることであった。

 

 ローゲリウスが動かぬのは、既に幻が破られてしまい、今や滅するさやかを意味が無いと思っているのか。

 あるいは彼女が身にまとった月の香がゆえか。

 それはさやかはつゆ知らぬ事であり、知らぬが仏なのでもあった。

 

 

 

 

 

 ローゲリウスの座を後にし、階段を下り、自分でかけた縄梯子を登って屋根の上をつたい、古の落とし子たちに見送られ、カインの召使いたちが延々と床や壁を磨くのを横目に見ながら、亡霊たちの嘆き声の間を小走りに駆け抜ける。

 カインハーストは既に滅んだ地だ。ここにいるのは過去の残滓か、あるいは死人ばかりである。

 

 ――何と今の自分に、似つかわしい場所であろうことか。

 

 さやかは、そんなことを考えながら、歩く。

 

 裏切られた。 恋破れた。絶望し、友を傷つけた。そして――遂には、自分は死んだ。

 にも関わらず五体も満足に、命を拾った自分はここで二度目の生を歩んでいる。

 しかし、何度殺されようと、まるで夢のように蘇る今の自分のことが、さやかには()()()()()とは思えない。

 

「……まるで、ゾンビじゃん」

 

 誰に対するでもなく、呟く。

 そう、確かに今の自分は、ある意味では魔法少女だったころよりも遥かにゾンビらしい。

 

「まぁ……でも」

 

 ――ただ死んだままでいるよりは、ましか。

 そんな風に、思う。

 

 見滝原での経験は、ついこの間まで極々普通の女子中学生だったさやかにとっては、それまでの人生で築いてきた価値観を崩壊させるほどの深刻さをもっていた。

 だからであろうか。カインハーストでの異常な日々を、さやかは実にあっさりと、あっけらかんと受け入れることができていた。

 いや、むしろ愉しんでいると言っても良い。

 女王にかしずき、それに尽くす今の生活は、孤独を忘れさせてくれるのだ。

 今や自分は、唯一の血族。アンナリーゼの、ただ一人の騎士。

 故にさやかは、意気揚々と死地へと向けて歩むのだ。あるいは、血に、戦いに酔っているだけなのかもしれないが、今のさやかにはそれすら些末なことであった。

 

 

 

 

 エントランスを抜け、再び門前の岩場へとさやかは姿を現した。

 血舐め達が徘徊しているのを確認し、改めてさやかは、腰に新たに帯びた得物へと視線を落とす。

 

 細工も鮮やかで、素晴らしい意匠の柄はさやかの見慣れたものとは違うが、しかしそれは確かに日本刀であった。かつてレイテルパラッシュ同様に、女王の近衛騎士たちが用いたという異邦の武器。

 抜き放てば、薄く反った刀身には複雑な波紋が刻まれていて、妖しいほどに美しかった。

 

 さやかは、右手に新たなる得物『千景』を構え、左手にはレイテルパラッシュを握る。

 

 血舐めの一体が、さやかに気付く。

 レイテルパラッシュの仕掛けを起動。引き金を弾くと同時に、血の女王の少女騎士は、雪を蹴って宙に舞った。

 

 

 

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