Magicaborne   作:せるじお

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chapter.31『血の歓び』

 

 

 放たれた銃弾は血舐めへと命中するも、その巨体は僅かに怯むばかりだった。

 だが、もとよりさやかは銃で相手を斃しうるとは考えてはいない。もしそれが可能ならば、とうの昔に使命は果たされている。故に、さやかの狙いは一つ。相手の動きを一瞬でも止めること。

 

 ――狙いは既に達成している。

 

 雪煙を曳きながら、さやかは夜空に身を躍らせる。

 一直線に獲物へと目掛けて、薄く反った刀身の、鋭い切っ先を突き出す。

 体ごとぶつかるような刺突の一撃は、顔を覆い隠すように伸びた灰色髪の向こう側へと淀みなく吸い込まれる。

 手応え。確かな手応え。

 得物が肉を切り裂く感触が、柄を伝って手のひらを走る。

 

 ――絶叫。

 

 血舐めがその身を震わせ、喉より悍ましい声を迸らせる。

 その声が鼓膜を破らんばかりに震わせるのに、さやかは顔をしかめ、しかめながらも千景の柄を強く握り、思い切り鋭い刃を引いた。

 日本刀の威力は、()()()()()にこそ発揮される。それはこの千景もまた同様であったようだ。

 剃刀めいた利刃はバターでも斬るかのように、何の抵抗もなく獣の顔面を縦に割り、より強く哭かしめる。

 

(いける!)

 

 さやかは、数え切れぬ程の血舐めとの対峙のなかで、初の確信を得ていた。

 好機を逃すまいと、千景を引き斬った勢いそのまま、右を軸足に体を回転させる。

 マントの赤い裏地が炎のように翻れば、踏み込んだ左足に合わせてレイテルパラッシュが奔る。

 

「これで!」

 

 仕掛けを解かれ、騎士長剣となったレイテルパラッシュの間合いは長い。剣尖は狙いを過たず千景の開いた裂け目へと突き刺され、さらにその奥を穿ち抉る。

 

「トドメだぁ!」

 

 切っ先は、脳まで達していた。

 血舐めは断末魔をあげ、青い光となって四散する。

 そしてその青い光の一部が自分の体へと、否、懐中に入れた空っぽのソウルジェムへと吸い込まれるのを感じる。

 

「いやっった――」

 

 喉から、快哉が飛び出す。

 ついに、ついに成し遂げたのだ!

 やはり、魔法少女だった時の得物により近い、千景を手にしたことが大きかったのだ。

 これで堂々と、主の前に参上し、狩りの成果をたてまつれるのだ!

 私はやったんだ! さやかはそう歓声を挙げ、両手を天へと掲げたい気持ちだった。

 いや、実際掲げようとした。掲げようとしたのである。

 

「――あ」

 

 掲げようとした所で、新手の血舐めが目前に迫っているのに気がついた。

 一体目を斃した時の光の奔流と、喜びの感情の余り接近に気づかなかったのだ。

 そして不注意の代償は、酷く高くついた。

 

 さやかが最後に見たのは、自分の隙だらけの首筋目掛け、横薙ぎの一撃が叩き込まれる様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さやかの体は、みたび空中に投げ出された。いつものように、血の女王の間へと戻されてしまったのである。

 しかし流石に何度も同じ目にあっている故か、今度は空中で藻掻き何とか受身の態勢を整える。その甲斐もあってか、真っ逆さまに床に墜落することもなく、両手の得物を投げ出し、うまく手をついて身を転がし、着地の衝撃を和らげる。

 

「っはぁ! あぶなっ!」

 

 赤い絨毯の上を何度かでんぐり返りして、さやかは何とか()()するのだけは避けた。

 豪奢な装束に絡みついた埃を払い、手放した得物たちを拾って鞘へと戻す。

 

『――ほう』

 

 その様を玉座で眺めていた血の女王は、即座にさやかの見せた変化に気がついた。

 動きが、あからさまに良くなっている。

 その機敏さは間違いなく、水を得た魚ならぬ血を得た狩人のもの。

 

『さやか、我が血族よ。その身に纏った血の香り……どうやら、ようやく仕留めたと見えるな』

「!……いやーそれほどでも!」

 

 ようやくかけられた褒め言葉に、さやかは赤くなり、右手でうなじのあたりを照れくさげに掻いた。

 そんなさやかの様子に、アンナリーゼも微笑ましげな様子で、仮面の下で上品に笑う。

 

『やはり武器を代えたのが正解であったか……我ながら慧眼かな』

 

 血の女王の手招きに応じ、さやかは軽く叩いて衣装の皺を整えてから、いつものように歩み寄り跪く。

 

『血の遺志を得て、真に狩人となった今の貴公ならば使いこなせよう。いよいよ使命に励むが良い』

 

 さやかの差し出された手のひらの上に、アンナリーゼから新たなる賜り物が載せられる。

 軽い感触を訝しみ、見てみればギョッとした。

 

 それは、一振りの骨片であったのだ。

 

『貴公、古き遺志を継ぎ、血の狩人として凱旋したまえよ。カインハーストの名誉のあらんことを』

 

 ――『古い狩人の遺骨』

 今やその名も失われた古い血の狩人は、老ゲールマンの時代に属していた。

 最も古い女王の近衛騎士であり、カインハースト独自の業に加え、初期狩人の独特の業「加速」の使い手でもあった。その遺骨、遺志から古い業を引き出す――穢れたその遺志を継ぐ、新しい騎士に相応しいものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Name】美樹さやか

【装備:頭部】なし

【装備:胴体】騎士装束

【装備:腕部】騎士の手袋

【装備:脚部】騎士の脚衣

【右手武器1】千景

【右手武器2】なし

【左手武器1】レイテルパラッシュ

【左手武器2】なし

【所持アイテム】なし

【カレル文字】穢れ

【秘儀】『加速』

【ソウルジェム発動】???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――千景の刃は、血を吸ってより赤く紅に妖しく輝く。

 何度も喰らった横薙ぎも、今はさやかの残像を掴むばかり。

 颶風が如き唸りを帯びて、目にも留まらぬ速さで、さやかは駆ける。

 ただ吹き飛び舞い上がる雪煙だけが、姿なき風のようなさやかの存在を教えてくれる。

 

「ひとつ!」

 

 『加速』を載せた千景の一撃は、一撃で血舐めの頭を胴体と泣き別れさせた。

 光と成って失せた血舐めの向こうから新手が襲い来る。だが、さやかの姿は既になく、ただ銃声のみがこだまし、新手の血舐めへと水銀弾が突き刺さる。

 

「ふたつ!」

 

 怯んだ新手には、すかさず千景の横薙ぎとレイテルパラッシュの突きが連続して浴びせられ、斬撃と刺突の二連撃には頑丈な貴族の成れの果ても耐えることは能わない。

 

「みっつ!」

 

 さやかは相手方の攻撃を待つこともなく、今度はレイテルパラッシュを背中の方へ差したかと思えば、千景を一旦鞘へと戻し、次いで()()()()()自分から掛けた。

 気づけば千景の薄く反った刀身、そこに刻まれた波紋には血がまとわりついている。しかもそれは、さやか自身の体から流れ出た血であるのだ!

 一見すれば拵えが奇妙で優美な以外、構造的には単なる刀の域を出ないように見える千景であるが、実はカインハーストが誇る列記とした仕掛け武器なのである。

 その機能は、その使用者自身の血を吸い、刀身に這わせることで、緋色の血刃を形作ること。だがそれは、自らをも蝕む呪われた業である。血は刃を研ぎ澄ますばかりではなく、使用者の命を吸う吸血鬼であり、同時に彼我の区別なく身を冒す劇毒をはらんでいる。

 

 ――されど、さやかには委細問題ない。

 

「よっつ!」

 

 血刃は新たな血舐めを一撃でしとめ、返す刀で、背後より迫っていたもう一体を斬りつける。

 額に受けた一撃に怯むのを逃さず、相手の顔を斬り上げ、真っ二つに割る。

 

「いつつ!」

 

 さやかは振り返りながら千景を片手で振り抜き、刃に這う血を払い飛ばした。

 血は劇毒を帯びている。これを浴びただけでも血舐めは呻き、動きを止める。今のさやかには、一瞬の相手に隙も永遠に等しい。左手に握り直したレイテルパラッシュの剣尖が、流星のように走り、さらなる血の遺志をさやかへともたらす。

 血の遺志はソウルジェムへと吸い込まれ、その青い輝きを一層、より一層に取り戻していく。

 そして魂の器は、込められていた本来の力を蘇らせていた。

 

 美樹さやかは上条恭介を『癒す』ことを求め、インキュベーターと契約を結んだ。

 だからこそ、彼女の魔法少女としての力は『癒やし』であり、常人ならばたちまち死に至るような傷すらも、負えばたちどころに治してしまえるのである。

 

 千景の流血も、毒も、さやかには全く問題はない。

 女王との契約と、血の遺志を得たことにより、さやかはその力を完全に復活させ、いやむしろ『加速』の業を、狩人の業を得たことにより、より強く生まれ変わったのである。

 

 元よりさやかは戦士として熟練しているとは言い難い。

 むしろ、殆ど素人といってよく、故に魔法少女としては魔女相手に苦戦を強いられた。

 

 だが狩人とは、すなわち血の遺志を継ぐ者である。

 遺志を、業を継承し、肉体を変質させ、より強く悪夢に目覚める。

 魔法少女としては決して強いとは言えなかったさやかは、狩人としてその力を目覚めさせたのだ。

 

「むっつ! ななつ! やっつ!」

 

 さやかは次々と、血舐めたちを狩り立てていく。

 身のこなしは素晴らしく、剣の腕は冴え渡っているが、同時にその青い瞳には確かなる赤色が宿り始めている。

 

 さやかは狩人として覚醒した。

 覚醒したからこそ、今や血に、狩りに酔っている。

 元よりカインハーストの狩りは退廃芸術にたとえられるほどに血みどろなのだ。

 今のさやかには返り血すらも甘露となる。

 

 さらなる獲物を求めて、さやかは奥へ奥へと駆けていく。

 血の悦びに加え、女王よりの称賛を想えば、彼女の気持ちはいよいよはやる。

 

 ――ならばこそ気づけない。

 

 廃城へと近づく、馬車の蹄の、車輪の音に。

 その車中で息を荒くし、殺意と使命に溢れ、輝きと熱望の名を持つ金色三角を戴く一人の狩人の存在に。

 

 さやかは、女王を守るべき近衛騎士は、気づくことができない。

 自身の不覚が何をもたらすかも知らず、さやかはただ狩りに没頭する。

 

 

 ――『師よ、ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!』

 

 

 そのことがもたらした結末に、程なく対面するとも知らず。

 

 

 

 




あけましておめでとうございます
いささか遅い上に、分量も少ないですが
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