Magicaborne   作:せるじお

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chapter.32『血族狩りアルフレート』

 

 

 

 

 吹き荒れる吹雪のなか、二つの『善』が激突する。

 ともに同じ正義を頂き同じ使命に殉じた筈の二人の処刑隊が、永き年月を超えて、敵味方として邂逅する。

 

「――嘆かわしいことです」

 

 しかし互いに迷いは一切ない。

 殉教者たる処刑隊の長は、かつてこう言ったのだ。

 

  ――善悪と賢愚は、何の関係もありません だから我々だけは、ただ善くあるべきなのです、と。

 

 対峙する二人は、一方はその言葉を発した当人であり、また一方はその教えを奉ずる者なのである。

 迷いなどない。ただ善きことをなすべきのみ。それが、処刑隊なのだ。

 

「師よ。偉大なる師よ。かくも穢れ、呪われた地に囚われるなど……解放いたします。列聖の殉教者として、師を祀らんがために」

 

 涼やかな青年の声で述べるのは、輝きと熱望の名を持つ金色三角の奇妙な兜の男。

 それは処刑隊の象徴であり、穢れに対する不退転の覚悟、黄金の意思を見せつけるものである。

 故に青年は挑む。自ら師と呼ぶ殉教者へと。救いの重石として、この地の果ての獄に囚われた男へと。

 寒々とした玉座から、師がはたして何が見ていたのかを知るために。

 

 殉教者がその巨大な杖を掲げると同時に、血族狩りの青年は肩に負った車輪の仕掛けを動かした。

 車輪が回れば、その隠された、素晴らしい本性が明らかになる。

 

 かつてカインハーストの貴族たちは遠国の処刑人の手袋が血を触媒に召喚する、怨霊の乱舞を愉しんだという。あるいは、これは在りし日の再現か。赤黒い怨霊が、吹雪の下を乱れ、舞い踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さやかは、廊下を疾駆する。

 息も荒く血まみれの装束を棚引かせ、無人の静寂を激しい靴音でかき乱す。

 

 ()()()()()

 

 何一つ、聞こえては来ない。

 生者はおろか、死者の影すらない。

 

 ――何かあった!

 

 さやかは既に確信していた。確信すればこそ、さやかは走るのである。

 女王のもとへ、アンナリーゼのもとへ、最後に残った、たったひとつの道標のもとへ。

 

 城外全ての血舐めを狩り尽くし、初めて生きて門を潜ったさやかは、得意の絶頂にあった。

 遂に、遂に使命を果たせたのだ。いったい女王からは、どんな言葉をかけてもらえるだろうか――もとより他人への心理的依存の強い傾向のあるさやかだ、ましてや今や、彼女にとってアンナリーゼは絶対的存在である。称賛を想像するだけで、自然と顔には笑みが浮かんできていた。

 

「……?」

 

 だが、その笑みが怪訝にとって代わられるのに、然程の時間は要しなかった。

 違和感が歓びを覆い尽くし、全く染め上げる。

 さやかは考え、違和感の原因に思い至った。

 

 静かだった。

 静か過ぎた。 

 

 あれほど深く哀しく響き渡っていた、亡霊たちの啜り泣きも。

 あれほど丹念に床を磨いていた、召使いたちの衣擦れの音も。

 あれほど甲高く耳障りだった、古の落とし子たちのあげる咆哮も。

 

 何一つ聞こえない。

 

「!」

 

 その理由に気づいた時には、さやかは走り出していた。

 護るべき存在、仕える主人を目指して、無人と化したカインハースのただなかを、ただ上を目指して。

 

 彼女は殺戮の嵐の過ぎ去った後の、死の静寂だけが残る城内を、最上階を目指して駆け抜ける。

 

 さやかは知らないが、彼女が対面している光景は正しく、かつてのカインハーストの再現であった。

 あの忌まわしい、あるいは栄光ある、処刑隊の襲撃の夜の再現である。

 揺るがぬ正義と善に彩られ、迷わぬ殺意を宿した運命の車輪は、穢れた血族たちを一片の慈悲もなく轢き潰した。ただ独り、血の女王を鉄面に牢して。そして今や、処刑隊の正義は最後に残った女王へと向けられようとしている。

 さやかは襲撃者の正体を知らないが、自らの主に危機が迫っていることは理解できた。

 

(はやく!)

 

 さやかは走る。

 床石が割れんばかりの強さで、踵が潰れんばかりに地面を蹴る。

 

(はやく!!)

 

 さやかは走る。

 筋が張りつめ、腱がちぎれんばかりに体を酷使し、常人には出せぬ速さで走る。

 

(はやくっ!!)

 

 さやかは走る。

 酷使は限界を超え、毛細血管が破れ、筋繊維が切断される。

 だが、その都度ソウルジェムは光り輝き、またたく間に生じた傷を治癒させる。

 自壊と再生とを繰り返しながら、秘儀を用いずして『加速』に迫る速度で、さやかは老人が玉座で待つ屋根の上へと登った。

 

「っ!?」

 

 目的地へと至り、さやかは息を呑む。

 あの干からびた老人の姿は消え失せ、常に彼が項垂れていたあの玉座は木っ端微塵に破壊されている。

 いや、そんなことは些事だ。もっと重要なことがある。

 

 かつて玉座の裏にあったもの。

 塗り込められた壁――その幻が、失せている。

 本来あるべき姿、血の女王の間を擁する大天守が――直接見るのは、さやかですら初めてだ――、その真実の姿を晒している。

 今やさやかにとって、最も大事な彼女への道が、その入口が、ぽっかりと口を開けている。

 

「――」

 

 声もなく絶叫し、さやかは再び走り出す。

 右足のない騎士甲冑たちの間を抜け、階段を駆け昇る。

 

 そこで、彼女は見た。

 

『師よ、ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!』

 

 一度聞けば解る、丸出しの狂気に満ちた声をあげる、黄金の三角形。

 

『 この穢れた女を、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!』

 

 両手を水平に掲げ、呵呵快笑するその異形の向こう側に、さやかの考える最悪のモノが見える。

 

『 どうだ、売女めが! 如何にお前が不死だとて、このままずっと生きるのなら、何ものも誑かせないだろう!』

 

 血の女王の玉座へとぶち撒けられた、ピンク色の肉片、肉片、肉片。

 

『 すべて内側、粘膜をさらけ出したその姿こそが、いやらしい貴様には丁度よいわ!』

 

 血の痕を尾のようにひいて、転がる鉄面の首。

 

『 ヒャハ、ヒャハッ ヒャハハハハハハァーッ!』

 

 響き渡る歓声に、さやかの心は凍てつき、顔からは血の気が引く。 

 

『 ヒャハ、ヒャハッ 私はやったんだあーっ! ヒャハハハハハハァーッ!』

 

 顔色に反比例するように、その胸には真っ赤な炎が灯る。

 憤怒と憎悪の高鳴り――。

 

 気がつけば千景を抜き放ち、飛びかかっていた。

 背を向けた相手への、完全なる不意打ち――の筈であった。

 

『――おっと』

 

 だが、さやかの一撃は空を切った。

 切っ先が絨毯を裂き、石床を叩いた時には、既に『血族狩りのアルフレート』は回避と同時に振り返り、その得物、血と肉とに汚れた車輪を構え終えていた。

 

『穢れた鼠がまだ一匹、遺っていましたか』

 

 さやかは咄嗟に空いた手でレイテルパラッシュを抜き放とうとしたが、それよりも相手の動きのほうが遥かに速かった。仕掛けが動き、車輪が廻る。

 へばりついた肉と血とが触媒となり、赤い瘴気が、夥しい怨霊たちが溢れ出す。

 自分自身の同朋の、成れの果てにまみれた車輪を叩きつけられ、さやかの意識は一撃で途切れた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『売女めが! 汚れた売女めが!』

 

 アルフレートは、青い霞となって消え失せつつある最後の血族――さやかへと吐き捨て言った。

 待ちに待った歓喜の時を、絶頂の瞬間を、穢されたのである。

 囚われた師を介錯し、その師の果たせなかった宿願を達成する――二度とは得られぬ、至福の刻。それを邪魔されたのである。

 

『――まぁ、良いでしょう』

 

 しかし、そんな怒りはすぐに過ぎ去った。

 気分を害されはしたが、しかし相手は血族、一匹でも取り逃がせば処刑隊の栄光が穢されるのである。それを想えば、ここで始末できたのは僥倖かもしれない。

 

『……』

 

 アルフレートは落ち着きを取り戻し、改めてじっくりと、念願の()()を、飛び散り散らばった血の女王だったモノを眺め、深く息をつく。

 為すべきことは為した。あとは師を正しく、列聖の殉教者として祀るだけである。

 アルフレートは踵を返す。一刻も早く、この穢れた地を離れ、聖堂街へと戻るために。

 見るも無残な惨状に――彼にとってはこの上なく晴れ晴れとした戦果に背を向け、早足に歩き出す。

 辺りには獣の気配も、血族の存在も感じない。故に、アルフレートの背中は全く無防備だった。

 

『――っ!? がぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 その背中に唐突に叩きつけられたのは、波紋の浮かぶ鋭利な刃。

 得物を手に、前方にまろび跳び、着地と同時に体を反転さえれば、金のアルデオの下でアルフレートは目をむいた。

 ああまるで夢のように。醒めぬ悪夢のように。

 捻り潰し、屠った筈の青髪の血族が、アルフレート自身の血で染まった利刃を手にそこにいる。

 全く、傷一つない姿で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように空中に身を投げ出されると同時に、さやかは千景を抜き放っていた。

 空中で何とか体の向きを制御し、落ちる勢いもそのままに、血刃を襲撃者の背中へと振り下ろす。

 歩き、遠ざかりつつあった背中故に、さやかの掌には浅い手応えしかなかったが、それでも一撃を入れたことに変わりはない。

 

『血が! 血が出たじゃあないですか!』

 

 金の三角頭は、その白い衣を己の血で染め、不意討ちに狼狽した声をあげつつも、既に右手に車輪、左手に銃を構えて、反撃の態勢を整えていた。

 左手の銃は初めて見るが、見滝原にいたころ、さやかが敬愛していた先輩魔法少女、巴マミが使うような長銃である。かなり大型である所から推測するに、高威力な銃火器かもしれない。一撃で人間を紙くずのように叩き潰す右手の車輪同様、本来ならば警戒を要する得物である。

 

 だが――。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 空いた左手で『古い狩人の遺骨』を掲げ、そこに秘められた神秘を開放すれば、一直線にアルフレート目掛けてさやかは突っ込んだ。戦略も戦術もない、ただひたすらに、憎き仇へと向けて突撃する。

 感情に赴くままの、単純極まる攻撃である。歴戦の狩人であるアルフレートを相手取るには、その動きは余りに単純に過ぎた。

 

『みっともない! 報いあれ!』

 

 ならばこそ、『加速』の秘儀を使ってなお、血族狩りに一矢報いることは能わない。

 完璧に拍子をとられ、さやかの突撃に合わせて振るわれた車輪に、またも頭蓋を叩き潰される。

 さやかの肉体は青い光と散って、拡散する。

 

 直後、またもさやかは夢のように蘇る。

 

『!?』

 

 車輪は正しい運命である。

 だからこそ、処刑隊は迷わない。にもかかわらず今、アルフレートは確かに心乱された。

 たった今仕留めた血族が、青い光を纏ってみたび眼の前へと出現したがために。

 

「ナメるんじゃないわよ!」

 

 さやかは、再び『加速』の秘儀を用いてアルフレートへと肉薄する。

 そしてまたも、迎撃されてさやかの肉体は青い光と消える。

 

「負けない!」

 

 消えた直後にさやかは復活する。

 今度は秘儀を使うこともなく、右手に千景、左手にレイテルパラッシュの二刀流で突貫する。

 

「負けるもんかあ!」

 

 それを叩き潰されながらも、甦ったさやかは更に突貫する。

 

「これで!」

 

  それを叩き潰されながらも、甦ったさやかは更に更に突貫する。

 

「とどめだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 それを叩き潰されながらも、甦ったさやかは更に更に更に突貫する。

 度重なる怒涛の攻撃に、アルフレートの防御にも隙が生じ、さやかはそこを容赦なく突く。

 

『がはっ!?』

 

 千景の刃が深く血族狩りの肉を切り裂き、血を撒き散らす。

 好機。ようやく訪れた好機。

 これを逃す、さやかはない。

 

「死ぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 波紋浮かぶ利剣は、血族狩りの狩人の右手首を斬り落とした。

 床へと転がる、ローゲリウスの車輪。さやかは左手でコレを拾い上げる。

 恐ろしく、重い。腕の筋繊維が、引っ張られ、千切れるのを感じる。

 

 しかし、そんな時にこそ、ソウルジェムは輝く。

 

 生じた傷を再生しながら、さやかは車輪を振りかぶり、思い切り振り払った。

 アルフレートの体に、その胸板に、車輪が直撃する。

 肋骨がひしゃげ、心臓が潰れ、肺が爆ぜる。

 いかに狩人と言えど、夢の狩人でなければ、耐える叶わぬ一撃。

 

『師の祀りを、よろしく、お願いします――』

 

 そう言い残して、アルフレートの体は光となって失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 呆然と、さやかは立ち尽くす。

 思考が停止し、ただ茫洋と、阿呆のように立ち尽くす。

 

 仇を討ったさやかに残されたのは、ただ女王が失せたという事実のみ。

 その圧倒的現実を前に、為す術もありはしない。

 

『――やぁ、さやか』

 

 そんな彼女へとかけられる声。

 振り返ったさやかは、そこでさらに茫然自失とした。

 自分を見つめる、赤い宝石のような双眸。

 白い、小動物のような体。

 

『彼女を、血の女王を、蘇らせたくはないかい?』

 

 それは、かつて見滝原で、インキュベーターと呼ばれていた存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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