投げつけられた車輪と共に、現れた銀の仮面の怪人物。
顔は見えずとも、その声にほむらは聞き覚えがあった。
彼女にとっては、あまりいい思い出が多いとは言いかねる、その声の主は。
「……美樹さやか」
そう、彼女に他ならない。
「転校生じゃんか!? なんでここに!? てか、アンタも狩人ぉっ!?」
顔を覆う兜は美しくも厳かで、高貴なる風格を備えているが、その下から飛び出した素っ頓狂な声はやはりいつもの美樹さやかであった。
「……」
敢えて言葉は返さず、血に酔った古狩人への注意を外すこともなく、改めてさやかの姿を一瞥する。
今の彼女の姿は魔法少女だった頃のさやかのものとは大きく異なっている。
どちらかと言えば露出が多く、青と白と基調とした装束は、全身を隙間なく覆う赤と黒のものへと変じている。肩にかかるのも、白いマントから裏地の赤い黒ケープへと変わっている。
得物は左手に下げたものこそ元来の武器とよく似たサーベル――というよりも日本刀――然とした代物だが、右手に持つのは一体それをどう使うのか、いやそもそも本来武器なのからすら怪しい巨大な車輪なのである。
マミも杏子もまどかも、このヤーナムへとやって来て大きく変わった。
そしてさやかもまた、例外ではないらしい。
「……まぁ良いや。その格好、とりあえず医療教会の狩人じゃないみたいだし」
内面的な意味でも、さやかのほうは何がしか変わったと見える。
ほむらの知るいつものさやかならば、いつまでも騒いでそうな状況にあって、瞬時に平静さを取り戻し、油断なく古狩人のほうへと顔を向けている。その視線、表情は銀の兜のせいで明らかでない。
「ひとまず、協力しあわない? お互い狩人で、獲物も同じみたいだし」
「……」
ほむらは、またも返事もせずに再度一瞥した。
自分の知る美樹さやかは腹芸の出来るタイプではなかったが、しかしここはヤーナムであって見滝原ではない。
彼女の声の、いつにない底冷えする響きが、ほむらには気がかりなのだ。
――いや、違う。そんな自分のなかに浮かんだ懸念の言葉は、全て誤魔化しに過ぎない。
『あのさあ、キュウべえがそんな嘘ついて、一体何の得があるわけ?』
『はあ、どっちにしろ私この子とチーム組むの反対だわ』
『どうしてかな。ただ何となく分かっちゃうんだよね。あんたが嘘つきだって事』
『いつも空っぽな言葉を喋ってる。今だってそう』
『あたしの為とか言いながら、ホントは全然別な事を考えてるんでしょ?』
脳内で反芻される、拒絶の言葉の数々。
思い返すだけで、はらわたの底が冷たくなる。
彼女とは
ありとあらゆる面で、人間として合わない。
それはコレまでの数限りない巡礼の旅のなかで、嫌という程思い知らされたことだった。
これまでの擦れ違いの数々は何も彼女一人が原因でないことも解っている。
悪い人間ではない。それは、まどかの一番の友人――このことが、ほむらには一番に癪に障る――であることからも明らかだ。
ならばこそ、ほむらは純粋にさやかのことを憎むこともできず、鬱屈とした想いを胸にしまい込むしかない。
「……解ってるわよ。怒ってるんでしょ?」
マスクの下で、言葉もなくどろどろとした黒い感情を波立たせているほむら。
その無言をどう解釈したのかはわからないが、さやかが発した言葉は意外なものだった。
バツの悪そうな、どこか詫びるような調子の声。
ほむらにとっては、初めて聞く類の声。
「あんたの忠告を無視して、まどかも傷つけて……きっと、あたしが魔女になった後も、迷惑かけたんでしょ?」
「……」
言葉の内容から、幾度か遭遇した魔女化した後の美樹さやかであるらしいのに、ほむらは気づいた。
マミやまどかと違って、具体的な時間軸まではわからないが、しかし、この言葉を聞くに間違いはあるまい。
「あんたが、どうしてここにいるかも解んないけど……それは……私のせいかも知れないし――」
ほむらからすれば目が丸くなるような、さやかからの謝罪の言葉。
だが、その全てが発せられることはなく、中断を強いられる。
「――ってああもう! ひとが喋ってるところを!」
最初は予期せぬ乱入者を前に様子見をしていたらしい古狩人が、折りたたんた曲刀を手に、さやかへと襲いかかったのだ。
どうやらほむらとさやかの会話に痺れを切らしたらしい。
『You filthy beast!』
「くっ! このこの!」
激しく金属同士がぶつかり合い、その音は壁や柱に反響してハウリングする。
獣のごとき狩人の雄叫びと、さやかの苦しげな呻きが交差する。
車輪を盾のように構え、怒涛の連撃を防いではいるが、さやかのほうが明らかに劣勢である。
相手の素早い動きに、左手の刀で反撃を挿し込む暇もないようだ。
勢いに押され、あからさまに後ずさっているが、背後は壁で逃げ道もない。
「……はぁ」
覆面の下で、嘆息をひとつ。
見滝原であれ、ヤーナムであれ、さやかは何だかんだでまどかの友なのだ。
事情はどうあれ現状がどうあれ、助けない、というわけにもいくまい。
実に、ほむらには不本意なことであるけれど。
ほむらは同士討ちを避けるべくガトリング砲をしまうと、すばやく左手で短銃を抜き、引き金を弾く。
横槍を突く形の銃撃を、しかし赤目の古狩人はたやすく避けた。
「!――サンキュー、ほむら!」
だが、元よりさやかを助けるためだけに放った一発であり、相手を退かせられればそれで充分なのだ。
さやかは態勢を立て直し、素早い相手に対するためか、一旦車輪を石畳の上に下ろす。
「気をつけて。相手は素早いわ。僅かな間だけど、目にも留まらぬ速さで『加速』できるようよ」
「……『加速』?」
さやかは、次なる攻撃のためじりじり歩み寄ってくる古狩人に顔を向けたまま言い返した。
そして懐から何かを取り出す。
(――骨?)
ほむらにはそう見えた。
半ばで折れた、大腿骨と見える骨であるのだ。
「それって――」
さやかは骨を掲げた。
骨は僅かに光り、不可視の何かが、騎士装束の狩人少女の周囲に迸る。
「――こういうのじゃぁないっ!」
瞬間、さやかの体は古狩人の目の前へと跳んでいた。
「!?」
ほむらもこれには驚いた。
なにせ古狩人の見せたのと寸分変わらぬ動きを、さやかが見せたのだから。
「ちっ!」
振り下ろされた真っ向唐竹割りの剣閃を、さやかと同じ動きで古狩人は躱してみせる。
後退した古狩人を追撃すべく、更にさやかは姿が消える程の速さで駆ける。
意匠の異なる曲刀同士がぶつかり合い、弾かれたように二人の狩人の体が反対方向に跳ぶ。
「くらえ!」
さやかは空いた方の手を背後にまわし、新たな得物を抜き放った。
抜き放たれたのは細身の騎士剣。しかし仕掛けがひとたび動けば、隠れた銃口が顔を出す。
三連射。
しかし血と水銀の銃弾は古狩人の身を穿つことはない。
「……」
ほむらは静かに、さやかと古狩人の高速の攻防を静かに観察していた。
残像を見出すほどの高速で互いに動き、刃を交え、銃撃が飛ぶ。
しかし、互いに決定打は放てないでいる。
さやかは時折、例の謎の骨をまた取り出し、それを翳さなくてはならない。
恐らくは『加速』の術をかけ直すためなのだろうが、その度に攻撃が中断され、攻めきれないでいる。
古狩人もまた飛び道具を持たぬ為にさやかが『加速』をかけ直す隙をうまく捉えられない。
例の銃と剣とが一体化した奇妙な得物の放つ弾丸に、突撃を阻まれてしまっているからだ。
一方は術をかけ直す必要があり、一方はそれを必要としない。
にも関わらず、均衡を保つ銃弾はいずれ尽きるであろう。
最終的にどちらが勝利するかは、言うまでもない。
「美樹さやか」
「!――なによ転校生! こっちは取り込み中なんだけど!」
さやかは戦闘中に集中を乱されたせいか、ほむらの呼びかけに怒鳴り返す。
――全く、自分から共闘を申し出ておいて、いざ戦闘が始まれば夢中になってそれを忘れたらしい。
ほむらは怒鳴り返すこともなく、平静に応じた。
「私が機会を作る。合わせなさい」
「!?」
ほむらはそれだけ言うと、盾を廻し、時間を止めた。
地面を蹴って、動きを止めた古狩人へと肉薄する。
曲刀を構え、油断なく立つその姿の周囲に火炎瓶を、道中で拾った投げナイフを、手当たり次第にばらまく。
魔法少女だった頃に比べ、止めていられる時間は短い。必殺と呼べるだけの仕込みをするためには、まるで足りはしなかった。だがそれも、問題はない。
『!?』
古狩人は一瞬だけ赤い双眸を見開いたものの、すぐに加速の業で避けられるものは避け、払えるものは曲刀で払う。一撃たりとも、ほむらの放った数々の武器は命中しなかった。
だがやはり、問題はない。
「今よ!」
ほむらが叫んだ時には、さやかは既に動いていた。
地面に下ろしていた車輪のもとへと加速し、既にそれは両手で構えられている。
仕掛けが起動され、秘匿されていた真の姿が顕になる。
車輪から溢れ出した、赤黒い怨霊の数々。
ほむらは知らぬが、それは今やさやかの同朋となった血族たちの残り香であり、車輪の表面に染み付いた血は、彼女の仕える血の女王のものである。
「どぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
さやかは、車輪を両手で掲げ、振りかぶり、そして投げつけた。
『加速』の業で走り、勢いを加えられた車輪は砲弾のように宙を駆け抜け、ほむらの攻撃に動きを止められた古狩人へと、過つことなく命中する。
『!?』
がら空きの胸板へと車輪は衝突し、紙くずのように古狩人の肉体を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられ、そのまま四散する。
血と肉とが拡がり、青い光が溢れ出す。
――からん、と音を立てて、遺された古びた杯が、床の上に転がった。
――『YOU HUNTED』
――『トゥメルの聖杯』
「……」
ほむらは古狩人の失せた後、遺った杯へと手を伸ばした。
――『聖杯は神の墓を暴き、その血は狩人の糧になる。――聖体を拝領するのだ』。
この単なる古びた金属製の杯としか見えないものが、地下への鍵となるとゲールマンは言った。
故にほむらは、床に転がる聖杯へと手を伸ばす。
そこで、銀色の篭手に包まれた指先と、ほむらの指先が触れた。
「……」
「……」
ほむらが顔を上げれば、銀色の兜と見つめ合う格好になる。
その内側のさやかが、どんな顔をしているのかはまるで解らない。
「なんで、アンタがこれを欲しがるのよ?」
その声は訝しげであった。
さやかはなおを続け、言った。
「アンタも、
その言葉は、ほむらには聞き捨てならぬものだった。