Magicaborne   作:せるじお

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chapter.4『ヤーナム市街ー狩人の夢』

 

 

 

 

 

 ――最初、その異形な姿は恐ろしげですらあった。

 

 奇妙な嘴をもった仮面に顔は全く覆われ、その下の素顔を僅かにも窺うことはできない。

 先の尖った帽子も黒ならば、身を覆う烏羽のマントは無論烏羽玉の黒だ。

 両手には歪んだ刃の短刀が握られ、切っ先からは仕留めた大男の血の雫がしたたる。

 

 ほむらは、血のような夕陽を背に佇む、烏羽の怪人を見上げた。

 仮面の両眼にあたる部分は陰になっていて、その下の瞳すらほむらからは見ることができない。

 ただその声色だけから、かろうじてこの怪人物が女性であることは知れた。

 

「どうした? 狩人ともあろうものが、ちょいとばかしどつかれた程度でお寝んねかい?」

 

 ハスキーな、独特の調子のある声で、烏羽の女はからかうように言った。

 ほむらはハッとして、立ち上がろうと藻掻く。だが体中にわだかまった痛みがそれの邪魔をする。

 いつもの鉄面皮は、常になく苦痛に歪み、額には汗が滲んでいる。それは血と溶け合って一層ほむらの顔を汚す。それでも、ほむらは弱音を一言でも漏らすこともなく、身を起こそうと努めた。

 だが、魔法少女の時はたやすくできた、苦痛を遮断する力が失われた今、たかが立ち上がるだけのことが、傷ついたほむらには酷く堪える。

 

「……やれやれ」

 

 刃と刃が重なり合うような涼やかな金属音が鳴ったかと思えば、いったいどんな「仕掛け」か、左右の手に各々握られていた筈の二本の短剣は、魔法のように一振りの短剣へと変じていた。

 

「手を貸すかい?」

 

 開いた手を、烏羽の女が差し出してくる。

 その声にはもうからかいの調子はない。 

 そっけないが、自分のことを気遣っていることがほむらにも解った。

 

「……必要ないわ」

 

 ほむらは手袋に包まれた掌をしばし見つめ、掠れた声で答えた。

 暁美ほむらは手を差し伸べられるのが苦手だった。忌まわしい、古い記憶を思い出してしまうから。

 

 ――もう、誰にも頼らない。

 

 だらかこそ、ほむらは自力で立ち上がろうとし、痛みを堪えながら半ば身を起こしつつあった。

 

「あ――」

 

 不意に、力が抜ける。

 落ちるようにして、ほむらは石畳の地面に座り込んだ。

 足が痙攣し、上手いように動かない。ほむらは焦り、体を持ち上げようとするが上手くいかなかった。

 

「まったく」

 

 烏羽の女は溜息をひとつつくと、ほむらの手を強引に握ると、恐ろしい怪力でその体をひっぱり上げた。

 

「しっかりするんだよ」

 

 そう言う烏羽の女の声には、仄かな暖かさがあった。

 

「こんな所でチンタラしてたら奴らの餌さね」

 

 だがその暖かさは即座に消え失せ、冷徹なる言葉に取って代わった。

 

「もう誰も人じゃあない。人を喰らう獣どもだからね」

 

 この言葉が、ほむらの心には何故か強く響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとたび血を体に入れれば、恐ろしいほどの速さで痛みは消え、真っ直ぐに立ち上がることができた。

 死んだ大男の死体から輸血液の瓶を抜き取り、盾のなかにしまい込む。

 武器として使われていた石像には……流石に手は伸びない。ほむらが使うには、これは大きすぎるし、何より彼女の戦闘スタイルには合わない。

 しかし狂った群衆たちから奪い取った得物も銃も、戦いの中で壊れ、失われてしまっている。

 

「……アンタ、その体たらくでも狩人なんだろう? 『仕掛け武器』はどこかになくしちまったのかい?」

「『仕掛け武器』……?」

 

 聞き慣れぬ単語に、ほむらは眉をしかめた。

 仕掛け武器。

 言葉通り、何か特別な仕掛けがある武器ということか。

 しかしほむらが今思い当たるものなど、目の前の烏羽の女が使う奇妙な短刀ぐらいしかない。

 二本の剣が、魔法のように一本に変ずる。まさしく仕掛け武器と呼ぶにふさわしいではないか。

 

「……つくづく、世話のやける後輩だね」

 

 ほむらの表情と、その後の沈黙をどう受け取ったのか、烏羽の女は背中の方に手をまわしたかと思えば、まるで魔法か何かのように、巨大な鉄塊を手にしていた。

 

「使いな。あたしにはどうせ無用のものさ」

「ちょ」

 

 その鉄塊を、まるで紙くずかのように軽く放り投げる。

 ほむらは、ノコギリのようなギザギザの刃が生えたそれを、冷や汗垂らしながら掴み取った。

 恐ろしく重い。しかし不思議なことに、投げられた紙くずを受け取るような軽い感触で、ほむらは鉄塊を握る。

 

「元の持ち主はとうに死んでる。弔ってでもやろうかと思ったが……同じ狩人に使ってもらうほうが余程マシじゃないかね」

 

 ほむらは投げ渡された鉄塊を改めて見つめた。

 言うなれば、巨大なノコギリである。

 奇妙なのは取っ手と刀身とが座金と太いピンによって繋がれている点だ。

 まるで折りたたみナイフような構造ではないか。

 烏羽の女に手ほどきを受けながら、一定の動作を施せば、果たして、まさに折りたたみナイフのようにギザギザの刃が留め金より解き放たれ、巨大な鋸は、巨大な『ノコギリ槍』と化した。

 

 ――『ノコギリ槍』。

 

 それ以外に何と評すことができようか。

 長い柄に、先の鋭く尖った刀身という形状はまさしく槍であり、そして刃には血肉を削りとるギザギザが生えている。恐ろしいほどの殺意と、害意に満ち溢れた武器ではあるまいか。

 

「それは『工房』が拵えた獣狩りの為の道具……つまり狩人の武器、狩人たちのための武器」

「『工房』?」

「そうさ。まぁ、今となっちゃ、もうずっと前のことだけれどね」

 

 烏羽の女は、若干の感傷を滲ませながら仮面の下で苦笑する。

 

「本当なら『獣狩りの銃』も欲しい所だけれど……生憎、そこまで面倒は見きれないね。後は、自力でなんとかするんだよ」

 

 言うだけ言うと、烏羽の女はほむらへと背を向け、そのままどこに去ろうと言うのか歩き去ろうとする。

 

「待って」

 

 その背中を、ほむらは呼び止めた。

 

「なんだい? まだ何かあるのかい?」

 

 不機嫌さを隠さぬ烏羽の女に、ほむらは久しく使うことのなかった言葉を投げる。

 

「ありがとう」

「……」

 

 あるいは相手にとっても、久しぶりに聞く言葉だったのかもしれない。

 戸惑いの沈黙が流れ、烏羽の女は苦笑いを滲ませながら言う。

 

「出来の悪い後輩への餞別だよ。とくに……今夜は特に、ひどい夜だからね」

「……名前」

「ん?」

「あなたの名前を、聞いておきたい」

 

 烏羽の女は、ほむらへと向き直り、やはり苦笑の調べをのせて言った。

 

「名前ね。今更名前など何の意味があろうものか。……でも呼び名がないのも面倒か」

 

 一拍の間。

 

「アイリーン。それがあたしの名さね」

 

 それでも彼女はそう名乗った。

 

「ほむらよ」

 

 魔法少女も、そう名乗り返す。

 

「覚えておくよ」

 

 今度こそ、烏羽の狩人狩り、アイリーンは立ち去った。

 最後に、謎めいた言葉をほむらに残して。

 

「あんた、『夢』を見るんだろう?……『人形』の嬢ちゃんに、ばばあがよろしくってね」

 

 その意味を問う間もなく、彼女の姿は素早く消え失せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリーンと別れたほむらは、群衆たちや狂った犬を避けながらも、街を彷徨う。

 ノコギリ槍は仕掛けを動かして槍状にして、両手でそれを構える。

 柄の長さから考えるに、本来この武器は片手で扱う武器なのであろう、ということは解っていたものの、今や銃もなく、ほむらの左手の盾は直接腕に備わっている。武器の両手持ちも不可能ではないし、慣れぬ武器だ、片手でこれを振るうにはまだ不安があった。

 がらくたの向こうに道を見出し、跳び降りる。

 それなりに高い段差を降りることができるのは、ひとえに魔法少女故か、あるいは血のなせる業か。

 吠える狂犬の檻の間を抜け、階段を昇り、昇り、閉ざされた扉に行き着く。

 

「……?」

 

 しかし、試みにドアノブを握って見れば、それが開くことにほむらは気がついた。

 扉の向こうは灯りもなく、真っ暗な屋内であった。

 その闇の奥に、微かに見えた人影。その影はカトラスを手にし、それをほむらへと振りかぶらんとしている。

 

 ――地面を、蹴る。

 

 ステップひとつでカトラス男の懐に飛び込み、思い切りノコギリ槍を前へと突き出す。

 鋭い切っ先は何の抵抗もなく、服を、皮を、肉を裂いて進み、最後は背中を突き破って反対側まで達した。

 その間にもノコギリはさらに血肉を削り、獣の強靭な肉体を以てしても耐えざる傷を負わせていた。

 

「ハッ!」

 

 鋭く息を吐くと同時に、再び床を蹴って後退する。

 深く突き刺さった刃が引き抜かれ、さらなる血肉を削り取り、撒き散らし、ほむらの頬に降りかかる。

 常人ならば即死するほどの一撃だが、獣はまだ生きて、なおもカトラスを振り下ろそうとしている。

 ほむらは仕掛けを動かし、刃を納めると同時に斬りかかる。

 下から上へ、逆袈裟に切り上げ、肉を抉る。返す刀で、今度は逆、上から下へと斜めに切り下げる。

 獣は重い鉄塊を続け様に叩きつけられ、刻まれ、抉られ、怯み、動くこともできない。

 

呪われた獣め(Cursed beast)……』

 

 そう断末魔を最後に残し、獣は斃れた。

 カトラスが床に当たって、金が鳴る音が響く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 あとに残ったのは、喘ぐほむらの呼気だけだ。

 しかしじきにそれもおさまって、音は闇の中へと吸い込まれた。

 

この街は終わりだ(This town is done for)……』

誰のせいか、みんな知ってる(We all know who's at fault)……みんな、知ってるんだ(We know precisely who it is)

呪いだ、みんな呪われてる(Cursed, we're all cursed)……』

なにもかもおしまいだ(We're finished)……』

 

 ささやき声が、どこからか聞こえてくる。

 見れば暗闇の向こうに、階段のシルエットがある。ささやきはその上から聞こえてくるが、わざわざ階段を駆け上がって獣を狩りに行く元気は、今のほむらにはない。むしろ、彼女の心を捕らえるのは、ノコギリ槍のことだ。

 この殺意を害意に満ちた鉄塊を、自分はペーパーナイフでも振るうかのように、軽々と操ってみせた。

 それは、意識しての行動ではない。殆ど自然に、体は動いていた。

 銃に、現代兵器に慣れた自分が、こんな武器を使いこなした事実に、ほむらは驚いていた。

 ああ全くもって、自分の内側に、何者が潜むのか。 

 あるいはそれは、体内に注ぎ込んだ、血のなせる業かもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入ってきた扉の向こうに、もうひとつ扉が見えた。

 それを開き外に出れば、新たな獣が襲ってきたので、これを屠る。

 振り下ろされた斧を盾で弾き、相手が怯んだ所に、拳を突き入れる。

 腸を掴み、奥の奥からかき乱し、引っ張り出す。

 何の感動も後悔もなく、機械的に獣を屠ったあと、その亡骸を踏み越えて階段を昇る。

 出くわした、軋む柵状の鉄扉を開けば、見覚えのある場所にでた。

 

 響き渡る咳の声。

 そして――何故か道の真中に突き出た、先にランタンを吊るした鉤棒。

 

 最初は見過ごした筈のランタンに、ふと興味が惹かれた。

 何故か脳裏を過るのは、アイリーンが残したあの言葉。

 

 ――「あんた、『夢』を見るんだろう?……『人形』の嬢ちゃんに、ばばあがよろしくってね」。

 

 ほむらが手を翳すと、ランタンが灯り、紫の光を辺りに放ち始める。

 手を翳せば、意識が遠のき始める。

 体が薄くなり、希薄化し、陽炎のように消え失せる。

 まるで眠りに落ちるように、ほむらの意識は途絶え――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『狩人の夢』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【Name】暁美ほむら
【装備:頭部】なし
【装備:胴体】異邦の服
【装備:腕部】なし
【装備:脚部】異邦のズボン
【右手武器1】ノコギリ槍
【右手武器2】なし
【左手武器1】砂時計の盾
【左手武器2】なし
【所持アイテム】火炎瓶、石ころ
【ソウルジェム発動】???
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