Pixivにあげていたものをこちらにも投稿させていただきました。
青葉モカちゃんの休日のお話です。
パワプロクンポケット9の内容を含んでいますが、知らなくても読めます。
何をするにも自分次第。一人きりの休日。
何も予定がない、ただの一日。
・・・訂正。
現在、AM11:54。
一日は既に、半日にまで減っていた。
朝食もシリアルで済ませ、今の今まで自室で漫画を読んだり、ただただベッドに寝転んだままぼーっとしたりしており、ガチガチのインドアライフを謳歌していた。
今日はこのまま家で良いか、と思ったが、ふと自分の中でアウトドアへの欲求が生まれてしまう。やはり春は行動的になる季節なのだろうか。
外の空気は春特有の陽気に包まれ、天気も良く、それでいて涼しげな風が吹いており、散歩するにはおあつらえ向きのコンディションだった。
こうなってしまうと、もう興味の矛先は方向を変え、当初の予定の追随を許さない。
このまま外出せずに一日を『ただの一日』にするわけにはいかない。
もう少しだらけていたいという思いに多少は駆られ、後ろ髪を赤ん坊の手で軽く引かれるような思いをしながら、少女はスニーカーを履いて、玄関のドアを開けた。
裾の幅の広い通気性に優れた、丈が膝下くらいまでのグレーのハーフパンツに、白の生地に黒色の筆記体で書かれたような英語の羅列がプリントされたTシャツを着て、その上に黒のパーカーを重ねている。
意図しているわけではないが、いつも黒や白のモノトーンカラーをベースとした服装になってしまっている。とは言うものの今さら家に戻って着替えるのも面倒なので、彼女は悩むことすらなく、目的地も決めないまま歩みを進めていった。
丁度お昼時のこの時間帯は、商店街のどこのお店も混んでいる。
まだ朝からシリアルしか入れてない胃袋が栄養を欲しているのか、お腹が鳴ってしまう。
「…直感で、なに食べるか決めよー」
ちょっと立ち止まり、指を口元に当て目を瞑る。「ん~…」と唸りながら熟考する。
「…よし、やっぱり昼はいつものにしよー」
商店街の入り口から真ん中に向かっての道を選び、歩を進める。
その先には、商店街の中にある行きつけのパン屋さん、『やまぶきベーカリー』があった。
「いらっしゃいま……あっ、こんにちは」
店の自動ドアが開き、焼きたてのパンの匂いがさらなる食欲を掻き立てる。と、同時にレジスターの前にエプロンをつけて接客をしていた顔見知りの山吹沙綾がモカの顔を見て軽く会釈する。「やっほー」と、いつもの間延びしたおっとりとした声で返す。店の中はお昼時、ということもあってか中年の女性から親子連れの子供まで中々の人数で満たされている。モカ曰く、普通のパン屋さんの3倍は美味しいらしいので、当然と言えば当然だ。
入口に設置されているトレーを左手に、トングを右手に取り、今日は何を食べようかと、店内を物色して回る。
やまぶきベーカリーには、クリームパンや餡パン、クロワッサンなどのオーソドックスな物から、胡桃を砕いてパンの中に入れた胡桃パンや雪をイメージしたブールドネージュというクッキーまで、多種多様な品揃えである。
今日もチョココロネが周りの商品よりも多く減っているのを見て、いつもの「謎の食いしん坊さん」は既に来た後か、などと思いながら気になったものや気分的に食べたいと思ったものをトレーの上に乗せていく。
「ん…」
モカが視線の動きを止め、一点に集中する。
その視線の先には「新商品!うさぎのホイップカスタードパン」と書かれた値札があり、同時に視野の中にうさぎ型のパンにチョコレートで顔が描かれた、何とも可愛らしいパンが目に入る。
動きを止めたモカに沙綾が気づいたのか、
「あ~、それ、新商品なんだ。私の友達がうさぎ飼っててね、そこからイメージして新しくメニューに加えてもらったんだ」
と、ご丁寧に商品の説明をしてくれた。
見た目の可愛さからか、それとも味の美味しさからか、まだ食べていない身では明確に判断はできないが、まだ開店から2、3時間ほどしか経っていない割には明らかに残っている量が異常で、残り1個、という始末である。それだけである程度の人気があるんだな、ということは理解できた。
モカの好奇心は最大にまで達し、トングを持つ手がうさぎのホイップカスタードパンに伸びる。
その時、親子連れで来ていた、モカよりは10歳くらい年下に見える女の子がうさぎのホイップカスタードパンを見る。
「あ…、うさぎさん。ママ、あれ欲しい」
「ダメよ。もうお姉ちゃんが取ったでしょ」
「やぁだぁ、うさぎさん、欲しいもん」
女の子は母親に諭されながらも抵抗を止めない。目にはうっすら涙を溜めている。
モカに商品を勧めた沙綾はモカと女の子を交互に見ながら決まり悪そうな顔をしている。戸惑いを隠せない様子だ。
「……。」
モカは女の子に目を向けた後、うさぎのホイップカスタードパンをトングで掴む。
女の子は今にも泣きそうな顔をしている。母親は騒ぐであろう娘を落ち着かせるために手で自分の方に娘の体を近づけている。
「ーーはい、どーぞー」
「え……?」
モカは屈んで女の子に視線を合わせ女の子が手にしていたトレーの上にうさぎのホイップカスタードパンをそっと置く。予想外の行動に、女の子は驚いた様子でモカを見ている。
「うさぎさん、ほしかったんじゃないの~?」
モカの問いに女の子はうなずきながら「うん、ほしかった」と素直に答えた。
「じゃあそれあげるね。ちゃんと残さず食べるんだよー」
モカはそう言うと優しく微笑み、立ち上がるとパンを乗せたトレーをレジに持っていく。
「良いの?あの女の子にあげちゃって」
沙綾は小声でモカに確認する。
「うん、いいよー。また来たときに食べればいいから」
沙綾は「そっか」と苦笑しながら言い、「モカちゃんらしいね」と付け加えた。
モカがパンが入ったビニール袋を提げて店を出る後ろ姿を見送りながら、沙綾はマイペースながらもちゃんと優しさを持ち合わせている彼女の一面を再確認していた。
(何だかんだで……モカちゃんは良い子だよなぁ)
『ツグってる』という謎の形容詞を使ったり、ポイントカードを扇子のように広げてお支払を済ませたりと一風変わった印象を受ける少女だが、内面には優しさや親しみやすさを持ち合わせており、魅力的な人間に思える。
少し抜けてるところもあるけれど、お姉さん気質の沙綾から見ればその点は全く欠点にならず、After glowのメンバーの中でも取るに足りないことのように扱われている。
青葉モカという女の子は、とても風変わりで、とても不思議な、魔法のような引力を持っている、魅力溢れる人物だということを沙綾は再度噛み締め、モカの姿が見えなくなるまで視線で追った後、仕事に集中するために気持ちを切り替え、レジスターに意識を向けた。
レジスターの向こう側には、うさぎのホイップカスタードパンが乗ったトレーを沙綾に差し出す、小さな女の子の満面の笑みがあった。
やまぶきベーカリーで買った、餡パンやチョココロネなどの菓子パンをリスのように頬張りながら、モカは近くの公園の散りかけの桜並木を歩いていた。
歩きながらでは呼吸が若干辛く、また、喉も渇くのでベンチに腰掛けでもして、さっき自動販売機で買ったカフェラテとパンを合わせたいと思っていたが、予想以上にまだ花見客は多く、数少ないベンチは人や広げられた弁当で埋められていた。
5分ほど歩いた後、空いたベンチを見つけ、腰を下ろす。
全体重を後ろに預け、大きく息を吐く。後ろに体を傾けたことで春の晴れた青空が目に映る。
(……春だなぁ)
家に居たままでは得られなかった、なんとも心地よい空気が周りを満たす。しばらくの間、青空を見上げたままの体勢でいたが、すぐにビニール袋の中のパンの存在を思いだし、念願のパンとカフェオレのハーモニーを楽しむ。
少し遅めの昼食を食べ終わり、また周りの景色を楽しむ。道の真向かいでは小さな子供たちが色がついたゴム製のボールを投げ合って、キャッキャッとはしゃいでいる。
明確に平和な風景を見て、モカはうっすらと笑みを浮かべながら、意識的ではなく、ぼーーっ……と、子供たちの方を見ていた。
そんなまったりした春のひととき……の中に、一陣の突風が吹いた。春一番というやつか。そして、これは神様の気まぐれか、ちょうど春一番が吹いたタイミングと同時に男の子が投げたボールが宙に舞い、軽量のボールは近くの桜の枝の隙間に引っ掛かってしまった。
公園の桜は然程大した高さではないものの、子供の身長では手を伸ばした程度では届かない高さだ。
引っ掛かってしまったボールを必死に取ろうと、子供たちは桜の木の周りに集まり、手を伸ばしたりジャンプしたり手を尽くすが、到底高さが足りない。
モカはその光景をややぼやけた焦点で見つめていた。
(うーん……あれはあの子たちじゃ届かないなぁ。でも、いっしょーけんめーに頑張ってるね。……なんだろう、あの可愛い光景。動画撮りたい感じ?かなー……)
あいにく携帯電話は携帯してないが、微笑ましい光景に楽観的に構える。しかし当の子供たちにしてみれば、ボールを失くしたことでお父さんお母さんに怒られるのが目に見えているので、たとえ身長が足りなかったとしても懸命に頑張る。
(……たまには自分で食後の運動して、かろりー消費しようかなー)
いつもはひーちゃんこと、同じAfterglowのメンバーである上原ひまりに食後のカロリーを送っているのだが、一人の今はそうはいかないので、モカは子供たちの方へ近づいていく。余談だが、前述したことなどを踏まえ、ひまりはいつもメンバーから体重に関するいじりを度々受けているが、彼女のプロポーションはかなりのものである。
「ぼくたちー、どうしたの?」
ボールが枝に引っ掛かって困っていることは分かっているが、一応再確認のために『どうしたの』と尋ねる。案の定、「ボールが引っ掛かっちゃって……」と困り顔の男の子が眉を垂らして言う。
「ふっふっふー。そういうことなら、このモカちゃんにまかせなさ~い」
おっとりした口調で言うと、モカは背伸びしながらボールに手を伸ばす。若干高さが足りないが、ジャンプで補い、指先でボールを弾く。ボールは枝からコロッと落ち、下にいた男の子の腕の中に包まれた。
「やった!とれた~!ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして~」
今日は子供たちに好かれる日だなぁ、などと思いながらモカは軽く返すと、また元のベンチに戻り、ため息のように悪いものを含んでない、純度の高い息を、ふぅっ、と吐く。
最初と同じようにベンチにもたれかかっていたら、運動の疲れか、それとも丁度良い塩梅の気候のせいか、睡魔が襲ってくる。し
モカは素直にそれを受け入れ、ものの1分ほどで寝息をたて始めた。
春の陽気とは恐ろしいもので、寝るのに最適である気候はいつまでも続く。
少し『昼寝』のつもりであったが、いつの間にか陽は傾き、青い空はオレンジ色に染まっていた。
「ん……」
ベンチの肘掛けに手を置き、その手の甲にほっぺたを乗せてすやすやと寝ていたモカは寝ぼけ眼をゆっくりと開ける。
辺りはすっかり暗くなり、あれだけ多かった人はまばらになっていた。
「……ん~」
まだ半ば夢の中にいるのか、パーカーの袖で瞼をこすっている。ようやく上体を起こすと、「ふわぁ……」と、大きなあくびをし、目を開けた。
「……おはよー」
いつもの癖なのか、誰もいないのにぽーっとした顔で言う。もう一つあくびをすると、地面を踏みしめ、立ち上がった。
今度は腰に手を当て、背伸びをし、短く息を吐くと、家への帰り道をたどり始めた。
犬をつれて散歩する男性や買い物袋を提げた女性とすれ違いながら、公園を歩いていく。
その時、遠くからギターの音が聴こえてくる。
歌声はなく、ただただギターの音だけが鳴っている。
そのまま道を歩いていると、道端に座り込み、テンガロンハットを被ってギターを演奏している男性がいた。
特別な演奏法を使っているわけではないが、どこか趣を感じさせる旋律は、道を通り過ぎるモカの足を止めさせた。
しばらくその場で聞き入っていると、テンガロンハットの男がモカの方を見て、指の動きを止める。
「……どうかしたかい?」
「うーん……良い演奏だなー、って」
「はは、そりゃ嬉しいね」
テンガロンハットの隙間から除く、夕焼けに照らされた男の顔はどこか深みや渋みを感じさせる。無精髭が生えた顎をボリボリと掻くと、またギターを弾き始めた。
2分ほど経った後、旋律は余韻を残して夕方の公園の中に消える。モカは関心した顔であまり音をたてない拍手をした。
「おじさん、今の、なんていう曲?」
「まだおじさんっていう歳じゃ無いんだけどな……。まあいいや。今の曲?曲名なんて無いさ、即興で弾いてたんだから」
「へえ~……すごいね、パッと弾けるなんて」
「もちろん、ただ考えながらやってるってだけじゃない。今はここの景色を見ながら、その景色をイメージして曲を弾いてたんだ。夕方の春の何とも言えない夕闇。それが今の曲に盛り込まれてたんじゃないかな」
「なるほどー」
「……ちゃんと分かってくれてる?」
「いちおー」
「そうか……」
モカのペースに困惑しながらも男は納得してくれたことに納得した。
「まあ、名前をつけるんなら、『旅ガラスのうた』ってとこかな?」
「旅ガラス?」
「俺は今、旅をしてるんだ。自由気ままに、赴くままにね」
「そうなんだ。じゃあおじさんは旅人ってことー?」
「うーん、そうなるかな」
「なんかカッコいいね~。何と言うか、ロマンだよ、ロマン」
「ロマン……か。確かに良い言葉だ」
男はそう言うと、「あいつも同じことを言ってたな」と小さな声で呟いた。モカには聞き取れなかったのか、首をかしげている。
モカもベンチに腰掛け、好奇心からか男に質問を投げつける。
「ご飯とかはどうしてるのー?」
「……痛いところを突かれたな。まあ、何とかなってるもんだ。その辺に生えてる野草とかキノコとか、案外食えるもんだぞ」
「……それってホームレ……」
「違う。断じて違う」
言いかけたモカを男が制す。
「とにかく、今は旅の道中でこの夕焼けを見て、当てもなくギターを即興で弾いてたってとこだな」
「……それ、あたしにも出来るかなー?」
「それは、即興で、ってことか?」
「うん。そーだよー」
「え、ちょっと待て。君、その前にギター弾けるのか?」
「あたし、こう見えてもバンドやってるんだー。ギターなら弾けるよ」
「そうなのか……人は見かけによらないもんだな。てっきり茶道部か何かかと」
おっとりしたオーラからはイメージがかけ離れていたのか、モカがバンドをやっていることに男は驚いている。呆気にとられている男をよそにモカはギターを受けとるとストラップを肩に掛け、周りの風景を見ながら最初の音を決める。
「……お嬢ちゃん、ちなみにそのバンドの名前は何て言うんだい?」
「あふたーぐろう、だよー」
「Afterglow……『夕焼け』か……。今の景色にぴったりじゃないか」
男とモカが向く方には、あと30分ほどで消えてしまう儚さのせいか、燃え尽きる直前の蝋燭が輝くように燦然と煌めいている夕日があった。
「それじゃ、いくよー」
息を小さく吸うと、モカは夕日を見ながら作る曲にしては暗くない、アップテンポでポップなメロディを奏で始める。
夕日に溶け込むようにじんわりと心を明るくさせるような旋律が夕方の公園を満たした。
気の向くまま、赴くままに毎日を楽しく生きる、モカのスタイルが体現されたような演奏だ。
少し経って、即興で作ったメロディを2回ほど弾いた後、モカは音のキリが良いところでギターをかき鳴らし、最後に強く弦を擦る。
ジャーン、とカッコよく決まったところで演奏は終了した。
観客は誰もいないので、男の乾いた拍手だけが響く。
「いやぁ、なかなか上手いな。毎日練習してる奴の音だ」
「興味があることはとことんやるのが、このモカちゃんなのです」
得意気な顔で言うモカに、「そりゃ良いことだ」と男は返す。モカの顔はさらに艶を増して、今にも天狗の鼻が伸びて来そうなくらいに誇らしげな表情をしている。
「それにしても、楽しげで、明るい曲だったな。普段からああいう曲ばかり歌うバンドなのか?」
「ううん、違うよー」
モカは頭の中にハロー、ハッピーワールドのメンバーの顔を思い浮かべながら男の推測を否定する。どちらかと言えばAfter glowはメンバーを含め硬派なバンドなので、少し影のあるカッコよさが際立つ歌を歌うことが多い。メンバーのドライな性格(リーダーを除き)も相まって、そういう曲の方が自分達の魅力が引き出せると思っていた。
「いつもはカッコいいやつばっかり歌うんだー」
「ふぅん……。そうなのか。でも、なんで夕日の曲があんなに明るい歌になるんだ?」
「……たぶん、あたしにとって夕日っていうのはみんなのことなんだよねー。あたしが毎日楽しく寝て、食べて、笑って生きられてるのは、つぐやひーちゃん、トモちんに蘭が居るからなんだ。だから、『夕日イコール楽しい毎日』なんだと思う」
「なるほどな。大切な人が、いっぱい居るんだな」
「うん。みんなのおかげで、すっごい幸せ~」
冬山の中の温泉に入ったかのようにほっこりした顔で言うモカに、男は慈しむように微笑む。
「おじさんは、大切な人いないの?」
「そうだな……。思春期も過ぎちまったこの歳じゃ言うのもこっ恥ずかしいが、ちゃんといるぞ」
モカはその時初めて男の左手の薬指にはまっていた指輪に気づいた。夕日が反射して、もう一つ小さな夕日が出来たように感じる。
「幸せ、なんだねー」
「ああ、幸せだ」
「お嫁さんは、さっきロマンが良い言葉だって言ってたっていう、『あいつ』?」
「聞こえてたのか……」
先程モカがロマンがあってカッコいいと言った後に男が小さく呟いた『あいつも同じことを言ってたな』という言葉をモカは逃さなかった。「まいったな」と男がまた顎の無精髭を掻くと、遠くの方から人影が見えてきた。
「あ、風来坊さんこんな所に居たんだ~。もう、探したよ!食糧買いに行かせて、待ち合わせ場所が公園なんて言われても、ここの公園広すぎて分かんなかったんだから!」
「す、すまんって武美……」
赤いスカートに白いニットを着て、髪をリボンで二つに括った小柄な女性がテンガロンハットの男にビニール袋を差し出しながら叱責する。男はやり込められたようで、前に手を突きだし距離を図ろうとしている。
モカはその光景を見ながら子供を見るときと同じような微笑ましさを感じていた。
「……あれ、この子は?」
武美がモカに気づき、男に答えを求める。
「えっと……バンドやってる女の子、かな?」
「へー、バンド……。カッコ良さげだね。何て言うんだろ、ロマンよ、ロマン!」
その瞬間、モカと男が同時に吹き出す。「ほんとに同じこと言うんだね」とモカが男に確認すると、男は同意するように頷く。武美だけが一人戸惑いの表情を見せているが、二人は説明することもなくこみ上げる面白さに身を任せていた。
夕日の光が次第に弱まっていき、辺りは段々夜になり始めたのでモカは男に帰る旨を伝え、帰り道を進む。
「…お嬢ちゃん、ちなみにさっきの曲、なんて名前にするかい?」
「えーっとね……。『わくわくなえぶりでい』なんてどうかなー?」
「わくわくなえぶりでい……。おお、らしくて良いんじゃないか」
「じゃあ、それで決定ねー。おじさん、また会おうねー」
モカが後ろを向きながら手を振る。男と武美は姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送っていた。
「さっきの子、上手かったの?」
「ああ、上手かったよ。でも、技術以上にあの子には音楽を楽しむ力がある。……いつか、ライブでもあったら見に行ってみようか」
「良いね。そうしよっか」
「いつか、だからな。俺たちは旅をしてるんだから、全国規模で有名にならないと情報が回ってこないぞ?」
「確かにね。じゃあ、その時までお楽しみは取っとこうか」
「そうだな。……ぼちぼち、行くか」
二人は手を繋いで歩き出す。
木々の隙間から溢れ出る夕日の光が武美の左手の指輪をチカチカと光らせていた。
モカは鼻唄を歌いながら紫色に染まった空を見る。
ただの一日が、良い一日に変わったことを実感しながら、上機嫌で歩道を踏みしめていく。
明日はまた、みんなに会える。
特別なものは含んではいないが、幸せで楽しい毎日が、これからもモカを待っている。