こんにちは、Rau.です。
Pixivにあげていたものをこちらにも投稿させていただきました。
ミッシェルの中の苦労人、奥沢美咲ちゃんの中学生時代のお話です。

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いつも着ぐるみの中で苦労してる、奥沢美咲ちゃん。昔思い描いていた自分の姿とはーー。


静やかデリツィオーソ

 平坦、それを目指してた。

 

 普遍的な、一般的な、平々凡々中流のありきたりの人生。

 

 

 普通の高校に行って、普通の大学に進学して、普通の企業に就職して、絶世の美男子でもなく不細工でもない、普通の男の人と結婚し、幸せな家庭を築く。

 

 

 他人に自分のビジョンを伝えると面白味のない生活だと思われるかもしれないが、私はそれでも良いと思ってた。

 

 

 

 だけどーー……。

 

 

 

 

 私の起伏の無い人生に、地殻変動が起きた。

 

 

 

「かもーん、ミッシェル!」

「はいは~い……、頑張ってますってば」

 

 

 

「奥沢さんは……進路はどうするのかな?」

「花咲川に行こうと思ってます」

「花咲川?ああ、女子校の……。良いのか?奥沢さんの成績ならもっと良いところも狙えるが……」

「いえ、花咲川なら確実に受かりそうですから」

「そうか……。まあ、そう言うのなら止めないが……」

 夏が終わり、季節は秋に移ろい行く。傾いた日が窓の外から差し込む学校の廊下で、美咲は担任の先生と進路についての面談をしていた。

「まあ奥沢さんについては、あまり心配してないな。しっかりしてるし、成績も優秀。この先も大丈夫でしょう」

「はい。ありがとうございます」

「うん。…………えーと」

「……」

 面談は5分と経たずに沈黙へと突入する。問題児や素行不良者、成績が芳しくない者などについては話すべきことは山というほどあるのだろうが、生憎今先生の前に座っているのはいたって真面目で普通の、普通すぎる女子生徒であった。

「あ、あとは特に無いかな?」

「はい、特にはありません」

「じゃ、これで終わります。お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 あまりにも無機質なやり取りを終え、美咲は生徒用の玄関に向かう。上履きをローファーに履き替え、帰路につく。

 文庫本サイズの英単語帳を開き、隙間時間の有効利用をする。

 夏が終わったばかりなのでこの時間はまだ明るい。単語帳に書かれた文字は容易く読める。

 別に高校受験の勉強などしなくても自分なら受かるだろう、と心のどこかでは確信してはいるが、過信である可能性を完全に潰し、用心するためにも美咲は勉強を重ねていた。そうすることが受験生にとってのテンプレートであるし、自分にとってもプラスになっていると感じていた。

 

 ただ、まあ、他人から見れば面白味はないと思う。

 

 どうせ今から何をやろうと思ったって、第一線で活躍するのは選ばれた人間であり、今さら凡人が何をやったって凡人のままだ。それならば凡人の中でも少しは良い人生が送れるように、地道な研鑽を積む。美咲の考えは何もおかしいことはない、前に馬鹿がつくほど真面目な、確かな正論であった。

 

 

 このまま高校に行って、部活だのバイトだのカラオケだのファミレスだので女子高生らしい青春を謳歌し、大学に行き、就職し、結婚し、幸せな家庭を形作っていく。何ら問題のない、順風満帆の人生。

 

「はぁ……」

 なのに、なぜ不意にため息が零れたのだろう。分かっている。面白くない人生になるということは。分かっている。平坦な道だということは。

 でも自分はそれでいい、それがいいと決めて今の今まで生きてきた。目指してきた。

 色々考えていたせいか、開いていた接続詞の使い分けのページの内容は全くもって頭の中に溶け込まない。諦めて単語帳を閉じると、自分が公園の歩道を歩いていることに気がついた。

 いつも帰り道に通りすがるこの公園。家はこの公園の近辺なので、ここに来ると家がもう少しの合図だ。早々と通り抜けて、家で気持ちを切り替えて勉強しよう。

 美咲がそう思い少し歩幅を広げた瞬間ーー、

 

 ジャーーン……と音色が公園に響いた。

 音のした方を見ると、自分よりは年上であろう、でもそこまで年が離れていそうではない男性が数人、それぞれ楽器を持って立っている。

 格好つけた、というような格好の男性たちは互いに顔を見合わせると頷き、右端のギターを持った男性が旋律を奏で始めた。美咲は足を止め、遠目に見える男性たちの演奏に意識を傾ける。

 

 中央の男性が息を吸い、リズムに乗せて歌い始めた。

 

「♪何も満ちない、道無い将来

終止符(ピリオド)打つのは 自分の自由

何も考えてない、感じてみて人生

誰もが幸せな訳じゃない」

 

 ポップなメロディに乗せて、韻を踏んだ歌詞が軽快に歌われる。別に彼らに背を向けてさっさと帰っても良かったのだが、聴き始めた以上は遠目でもその場にいないとマズいか、などと思い、その場に留まる。

 

 

 

「♪チップを持ってても

賭けなきゃそのまんま

増えもしない 減りもしない

そのまんまでいいのか?hey boy!」

 

 楽器をかき鳴らす強さが増していき、曲はサビと思われる箇所に突入してゆく。男性たちは楽しそうに歯を見せて無邪気に笑い、体を揺らして流れるリズムに身を任せている。

 

 

「♪ぶっ飛んで飛んで

飛んでみて

景色はそこに広がってるかい?

ぶっ飛んで飛んで

飛んでみて

今どこにいるなんて関係ない」

 

 ストレートな歌詞が男の声に乗って美咲の耳に届く。テレビで見るバンドなんかとは程遠い技術の演奏だったが、何故かそれは美咲の心の琴線を揺らす。このまま聴いていたいような感覚に襲われるが、演奏していた男たちの一人が明らかに曲とずれた音を出し始め、途中で演奏は中断された。「わりぃ、ミスった!」とひょうきんに振る舞うその男性を他のメンバーが笑いながら小突く。バカっぽくもあどけない笑い声が公園に響き渡る。

 

「……いいなぁ……」

 そんな言葉が自然と出たのは自分でも驚きだったが、訂正する気もなかった。きっと本心から「なんかいいな、ああいうの」と思ったからなのだろう。

 

 美咲は体を家の方向に向け、歩き出す。5分もしないうちに家にたどり着き、自分の部屋に鞄を置く。ベッドに座り軽く背伸びをすると、美咲はまた英単語帳を取り出した。

 

 

 楽しそうにはしゃいでいる男性たちの光景が、今さっきの英単語帳の接続詞のページよりも強く鮮明にインプットされていることを実感し、同時に今日は勉強に身が入らないかもしれないことを察すると、美咲はベッドに体を横たえた。

 右手の甲を額に当て、窓の外から差し込む夕日に焦点を当てる。そのままぼぅっとしていると、今さっきの演奏が頭の中で反芻された。

 

「……ぶっ飛んで、か」

 曲のサビの部分の歌詞が思い起こされる。

 

 確かにそうだ。子供の時の自分が想像してた未来の自分は、もっともっとぶっ飛んでたはずだ。

 

「……いつか私にも、そんな時が来るのかな……?」

 

 夕日を見ながらポツリと呟く。今見ている方向にある公園では、まだあの人たちは歌っているのだろうか。

 

 

 いつか、自分も思いっきり飛べる日が来たらーー。

 

 

 

 

「ーーさあミッシェル!飛ぶのよ!ジャーーンプ!」

「だーかーらー!キグルミ着て飛べるわけ無いでしょ!」

「何言ってるの?ミッシェルはミッシェルよ。キグルミなんかじゃないわ?」

「何度も言ってますけど、ミッシェルはキグルミでーー…………。……はぁ……」

 途中でこころへの説得を諦めた美咲がため息をつく。もういくら説得しても無駄だということは立証されているが、かといってこのままでは分が悪すぎる。が、相手は難攻不落の弦巻こころであり、美咲にはどうしようもない。

 

(私、どこで道を間違えたのかな……?)

 

 

 美咲は疑念を抱きながらも今日もミッシェルとして、いつかぶっ飛ぶ、その日を待っている。そしてその日は案外遠くないのかもしれない。

 

 

「じゃあ次は、ここから出てきたミッシェルをドカーンと……」

「その擬音は何!?」

 

 

 

 ーー訂正。

 

 

 

 案外、遠いのかもしれない……。


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