Pixivにあげていたものをこちらにも投稿させていただきました。
モカ蘭のお話です。泣いている蘭ちゃんをモカちゃんに慰めて欲しかったんです。
キーンコーンカーンコーン……。
と、鐘の音は一定の音階を駆け上がり、その後すぐに駆け降りて昼休み開始の合図を校内に伝える。
午前中の授業の科目をほぼ『睡眠』に塗り替えたモカはまだ寝足りないのか、大きな欠伸を繰り返している。本来勉強に使ったエネルギーの不足を補給するためにある昼食だが、モカはそんなことお構いなしに言わんばかりに腹部から空腹を知らせるサイレンが鳴らす。お昼ご飯食べに学校に来ているのかお前はと言われても返す言葉がない。
「……お昼だ~」
机のフックに掛けてあったビニール袋を指先に移行させ、袋の中身を確認する。ちゃんと大小様々なパンが所狭しと詰められているのを視認すると、モカは周りを見回した。するとモカから見て右斜め前にいるひまりがちょうど振り返り、モカと目が合う。
「……あ、ごめんモカ!今日の昼休み、私テニス部のミーティングがあって……」
「うん。わかった~」
ひまりが全部言うより先に『今日は一緒にお昼ご飯食べられない!』というところの用件まで察知する。いつも、チャイムとほぼ同時に教科書を鞄に突っ込み、同時に昼食を取り出すひまりが、今日は焦った様子で早めに教科書を畳むだけだったので一刻を争う予定でもあるんじゃないか、とは思っていたが。
「あ、あとつぐは生徒会の仕事があって、巴も先生と二者面談があるみたいだから……」
「おっけー。わかったー」
「うう……でもモカ一人残していくのは……」
「蘭がいるじゃーん」
「うん、そうだね……。それじゃ、行ってくる!」
早足で人や机の間をくぐり抜けるひまりの後ろ姿に「いってらっしゃーい」とのんびりしたトーンで言う。ひまりが教室を出たのを確認すると、モカはもう一度袋の中に視線を落とし、その後窓の外に広がる青空を見上げる。雲一つ無い、春の満天の空。
(いい天気だなー……。今日は屋上で食べようかな)
モカは思い立ったがすぐに行動に出る。椅子から立ち上がり、ビニール袋を指先に提げたまま教室から出ていく。階段を一段ずつ上がっていき、4階の階段の先にある重厚感溢れる鉄の扉を開ける。
墜落防止用のフェンスが張り巡らされた屋上の拓けたスペースに誰もいないのを確認すると、扉を閉め、あまり人が来ないためか一つだけしかないベンチに腰かける。
モカは制服の胸ポケットから携帯を取り出すと、蘭に屋上で待っている旨を伝えるメールを送り、作業を終えるとビニール袋の中のチョココロネを取り出し包み紙を剥がし始める。蘭が来るまでの間、ひとまず空腹を少しでも満たすために、まずは一個。
やっぱり外に出て正解だった。ぽかぽかとした陽光と緩やかに頬を撫でていく風が絶妙だ。体験したことはないが、例えるなら、山の紅葉の絶景を見ながら足を伸ばせる露天風呂に浸かることと同じくらい心地よい。
「蘭、まだかわー」
言葉尻の方でチョココロネにかぶりついたため、『な』が発音できなかったが、誰が聞いてる訳でもないので良しとした。
蘭は次回の授業までに解くようにと指定された英語の和訳の問題をノートに書き終えると、携帯が光っているのに気づき、モカからのメールを確認する。
蘭はメールを見るや否や口を真一文字に結び、渋い顔を見せる。それもそのはず、メールの文面は、
【件名:告白~♪ヒューヒュー】
【本文:いとしーいとしー蘭先輩。今日の昼休み、屋上で待ってます。大事な話があるので、ぜったいぜったい、来てくださいね。可愛い可愛い後輩モカちゃんより】
……どこから突っ込んでいいのか分からなかった。
告白という状況は女子高であるここでも、一概に無いとは言い切れないが、まず蘭は1年生である。この先輩設定はなんなんだ。もう一つだけ突っ込んでおくと、『大事な話』とぼかしている割には件名に『告白』と明記されている。これが冗談でなければ杜撰すぎるだろう。
蘭は何の反応も示さないまま携帯をポケットに仕舞い込み、教室を出る。4限の授業終了から10分ほどの時間が経っているので、購買でパンを買った人も既に教室の中に入り、机をくっつけたりしてお昼ご飯を食べている。
1-Bの教室の前を通りすがる際に、中を覗き込み、Afterglowのメンバーの誰かがいるかどうかを見る。モカから屋上への誘いが来たということは他のメンバーは用事かなにかがあったのだろうが、一応確認しておく。ひまりも巴もつぐみも教室の中にはいない。
蘭が小さな用件を人知れずに終え、体を反転させたその時。
「あれ?青葉さんは?」
「え、教室にはいないけど……」
「しまった~、係の仕事で連絡したいことあったのに」
「てか、どこほっつき歩いてんだろ。いつも一緒にいる友達、今日はいないから、ボッチ回避?」
「えー?女子トイレの中でも探してこようか?」
「…………」
廊下側の席に座っている女子二人の会話が蘭の耳に入る。モカの話題が出ているみたいだ。が、その内容はあまり聞いていていい気分にはならない。蘭は屋上の方に足を向けようとした。だが、床から足が離れない。頭の中でふつふつと沸き上がってくる感情を抑え、ようやく一歩目を踏み出す。が、
「いっつも寝てる印象しかないよねー」
「そうでもしないと目立たないからじゃない?『私授業中でも寝てます、そういうとこかわいーでしょ?』みたいなの狙ってんじゃない?」
「国語の音読の時もめちゃくちゃトロいし、不思議ちゃん演じてるんでしょ」
「そうでもなきゃあんなマイペースなのあり得ないって。まあそうまでして友達作りたいんでしょ。キモいね」
「あはは。ウケる~」
蘭は手を拳の形にして握りしめる。
そのまま通りすぎればよかったのかもしれない。
聞き流せばよかったのかもしれない。
でも聞き捨てならなかった。
耐えられなかった。
許せなかった。
自分のことならまだしも、モカのことを。
「特別できることがあるわけじゃないし、ぶっちゃけ生きてても意味無ーー」
その瞬間、廊下側の窓が勢いよく[[rb:開>ひら]]く。
女子二人は驚いた様子で蘭の方を見る。「何?何の用?」とでも言いたげな顔だったが、蘭は意にも介さない。
女子二人の内、一人の襟元を掴みあげる。
「ーーモカのことを、馬鹿にするな!」
相手の目を睨み付けながら蘭は強く言い放った。
「何にも知らないくせに……!」
その威圧感に怯んだ二人は蘭の手を振りほどき、廊下側の窓から遠ざかる。
蘭の声に反応した教室の中に居た生徒たちはざわめき始める。
「びっくりした、どうしたの?」
「何?こわ……」
「喧嘩?」
ひそひそと近くの生徒同士で蘭を見ながら口々に突如起きた混乱について短文の意見を交わし始める。
その場に居づらくなった蘭は口の端を噛み締めると、体を屋上の方に向け、駆けていった。
元から取っつきづらいと言われていたが、今のでまたそれが助長されるだろうか。そんなことは大したことないし、別に構わない、が、Afterglowの皆とは接しづらくなってしまうのは嫌だ。たまらなく、それだけが身を切られるように辛い。
考えていると、目に涙が浮かんできた。
今さっきの怒りがまだ持続しているのか、皆と居づらくなるかもしれない悲しみがこみ上げてきたのか、いろんな感情が心の中で渦巻く。
今からモカと会うのに涙はまずいと、選択授業でしか使われない教室が多いため、あまり人がいない4階の廊下の水道で顔を洗う。
大きく息を吐き、顔を上げる。歩みを進め、屋上の扉の前に立ち、もう一度大きく息を吐き、ドアノブを回す。
「やっほー、先輩。遅かったねー」
いつも通りのモカがベンチに座り、軽く左手を振る。右手には餡パンが収まっている。
「待たせてごめん」
蘭は短く言うとモカの隣に座り、弁当の包みをほどき始める。
「スルーはひどいよー」と言いながらモカは蘭の顔を覗き込む。その体勢のまま静止したモカは無言のまま蘭の方を見続けている。
「……何、どうしたの」
「……いや?別にー……」
モカは何か引っ掛かるような表情で蘭を見続けている。
前髪の先に僅かに残る水気、布かなにかで擦ったのであろう目の縁を、モカは視認する。
「……蘭ー」
「……何、どうしたの?」
モカは口の中で咀嚼していた餡パンを飲み込む。
「それはこっちのセリフだよ。……なんで泣いたのー?」
「……泣いてなんかないし」
「……ふーん?じゃ、パン一個どーぞー。このほとばしる甘さで、痛いの痛いの、とんでゆけー」
「いらないよ」と言い、モカから顔を背ける。また目の奥が熱くなってきた。
「……蘭、こっち向いてよー。可愛い後輩ちゃん、泣いちゃうぞー?」
「……向きたくない」
「じゃあモカちゃん泣いちゃうよ。えーん、えーん」
わざとらしく声に出して擬音語を口に出す。
いつも通りのモカだ。
飄々として、掴み所の無い、それでいて自分のことを気遣ってくれている、優しいモカ。
蘭にとって今この時は、屋上が、モカの隣という此処だけが安心できる居場所だった。
「…………っ、」
辛い。だからこそ、嫌だ。
モカの目の前で、涙を流したくない。でも、この優しさがじんわりと胸に染み、涙腺を弛めていく。
「……蘭ー?」
「…………なに、?」
言葉をなんとか絞り出す。だけど、震えている。
「……好きだよー」
「は……?何……」
「えー?何って、決まってるじゃん。告白~♪ヒューヒュー」
「意味、わかんないし……」
「ぜっせーの美少女、モカちゃんからの告白だよー?ここで受けずしていつ受ける?」
本当に意味がわからない。
だけど、これがモカなりの優しさ、慰めなんだということだけは明瞭に伝わる。
それが逆に、違う意味で辛かった。
蘭の目から一筋の雫が頬を伝う。
こんなモカを、解っていない人がいる。その事実が、蘭にとって腹立たしかった。
自分がバカにされるよりも、こんなにも優しい彼女を罵倒する人の気が知れなかった。
確かにモカは、マイペースで、毎日我が道を行っている。その過程でああいう風な印象を持たれることもあるかもしれない。
だけどーー。
「……返事してよ、蘭。こっち向いてー?」
モカは蘭の顔を覗き込む。潤んだ瞳と目が合った。
「おー?もしかしてー、モカちゃんからの告白が嬉しすぎて泣いちゃった?うう、美しすぎるって罪だなあ。ああ、儚い……!」
どこかの、本当の意味での先輩のようなことを言う。そんなモカが面白くて、蘭は口角を上げた。笑っているが、涙は次から次へと溢れてくる。
「本当に……意味わかんない……」
モカの周りの空気が、声が、振る舞いが、全て心地よい。
もし願いが叶うならばーー。
ずっと隣に、安心できる、この場所に。
「……落ち着いた?」
蘭の感情の堰が切れてから10分ほど、モカは顔を伏せた蘭の背中をずっとさすっていた。
「……ありがと、モカ」
目の周りを赤くした蘭が、顔を上げる。
「で、蘭。何があったの?」
モカの好奇心の矛先は蘭を向いたまま揺るがない。仕方なく蘭は1-Bの教室で起きたことを話した。
「ーーなるほど~。つまり蘭はモカちゃんの悪口を聞いていてもたってもいられなくなり、ついにその子達にガツンと言ってやったわけか~、『俺の女に手ぇ出すな!』って」
「言ってないから」
伝わっているのか、いないのやら。恐らく前者であることを信じたまま、蘭は話を進めた。
「ごめん、やっぱり、聞き捨てならなかった」
「別に謝らなくてもいいよ~。蘭の意思なら、それでよかったんじゃない?」
「そうかもしれないけど……。モカは?陰口叩かれてて、嫌じゃないの?」
「んー、そりゃもちろん嫌といえば嫌だけど、まあいっかで済むよー。だってトモちんもつぐもひーちゃんも、そして蘭もいるし。あふたーぐろうの皆が居てくれれば、あたしは良いと思う」
「そっか……」
そうなのだろう。自分だって取っつきづらいだの怖いだの言われても、あまり響かない。嫌なのは、Afterglowのメンバーとの間に亀裂が走ることだ。ずっと一緒にいてくれたあの仲間が居なくなることが、一番辛い。
「だから、蘭。本当に好きだよ。変な意味じゃなくて、ただただ素直に。大人になっても、ずーっと、一緒だよ」
「……分かった。私にとっても、モカは特別な存在だから」
「あー、やっと告白返してくれたねー。もういっそ性別の垣根なんか越えて付き合っちゃう?」
「バカ言わないで」
モカはこれまたわざとらしく、舌を出して右手を軽く握り込み、自分の頭をコツンと叩いた。
そうこうしているうちに、予鈴のチャイムが鳴る。
「あ、もう授業始まる。モカ、急ごう」
「わかったー」
モカはかなりの量のパンが入っていたはずの空になった袋を持ち、ベンチから立ち上がる。
「あ、蘭ー。このあと1-Bに寄っていかない?」
階段を降りながらモカは言う。
「え、なんで……?」
「いーからいーから」
二人は1-Bの教室の前に着く。モカは蘭の袖を引っ張って無理矢理教室の中に一緒に入る。他のクラスの教室ほどアウェー感溢れる場所はない。蘭は「ちょっと……!」と言いかけているが、モカは聞く耳持たない。
そして二人は教壇の上、教室の中央に立った。教室内はいきなり奇行に走り出した二人を見る。その中にはAfterglowのメンバーもいた。
「何やってるんだ?モカと蘭」
「えっ……なんで二人とも教壇の上に?」
巴とつぐみがモカと蘭を不思議そうに見ている。ひまりも同様だ。
モカがすぅっ、と息を吸う。蘭は戸惑いの表情を隠せない。今回ばかりは何も、本当に意味がわからない。
「みなさーん、蘭のことを、誤解してるみなさーん!今からあたしが、蘭は本当は良い子だってことを証明します!」
「えぇ!?ちょっとモカ!?」
ひまりがまあまあな声量で教室に言い放ったモカの方をながら驚く。いきなり話の槍玉に挙げられた張本人の蘭も目を見開いてモカを見ている。
「これを見てくださーい」
モカは携帯を取り出し、画面を教室の方に向けて目の高さに掲げる。生徒たちはなんだなんだ、と興味心から教卓に集まっていく。
画面には色鮮やかな振袖を着こなし、髪飾りをつけ、赤面する蘭の写真が写し出されていた。Afterglowに滅茶苦茶出回っている、蘭の貴重な赤面シーンを捉えた画像だ。
「え、これ美竹さん?」
「めっちゃかわいー!」
生徒たちが皆モカの携帯の画面に顔を寄せていく。
「すっごいねー!美人~!」
「やばーい!」
たちまち教室は大騒ぎとなる。モカはなぜか誇らしげに頷いている。
「ちょ、待っ……!モカなに……」
「こんなのもありますよー」
モカが画面を横にスライドさせる。すると今度はスタジオで練習し疲れてしまったであろう、蘭のあどけない寝顔の写真が表示される。
「わ~、かわいー!」
そして次にはファミレスで皿に残されたグリンピースを敵視しながら沈んだ顔をしている、日常の一コマを切り取った写真。
「モカ、やめ……」
その次にはお菓子屋さんのショーウィンドウに張り付き、ビターチョコレートケーキを眺めているのを後ろからこっそり撮った写真。
「え~、美竹さん意外ー!ちゃんと女の子らしいとこあったんだー!」
「グリンピース駄目なんだ!普通~!」
普段クールな印象を持たれているせいのギャップ効果か、生徒たちは蘭を慈しむような目で見始める。
蘭はそれこそタコのように顔を真っ赤にしながらモカの携帯を奪い取ろうとするが、モカはひらりひらりと蘭の手を躱す。
「モカ!返して!」
「返してって、これあたしの携帯じゃ~ん」
教壇の上の二人を中心に、人の輪ができる。そろそろ授業が始まりそうだと言うのに、生徒たちは笑ってモカと蘭の周りから離れない。
「……青葉さん、あんなに人を魅了できる人だったんだ……」
「うちらが簡単にバカにできる人じゃなかったね……。美竹さんも……」
先ほどモカの陰口を叩いていた女子二人が言う。しゅんとして、反省している様子である。
その後、蘭のぶっきらぼうさに付いて回ったクールなイメージは見事に崩壊し、ギャップの効果か彼女のファンが増えたらしい。蘭の写メは広範囲に広まり、蘭自身は疲弊したが、そのきっかけを作ったモカも偏ったイメージを持たれることはなくなった。
これにて、一件落着。
彼女たちの物語は、まだまだ続く。