鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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話数が進むにつれて誤字報告報告してくれる方々への感謝が募る今日この頃。誠にありがとう御座います。
漢字変換ミスが多いですね。
皆もPCで「異形種」と打つ時は「いぎょう」、「しゅ」と分けましょう。「いぎょうしゅ」と打つと……。
タグを一つ消しました。必要に応じて追加して行くつもりです。 




9話 魔王

「あれが、英雄の戦いなの!?」

  

 

 ラキュースはイビルアイと連携して、モモンとヤルダバオトの戦いで起こる音と剣戟が放つ光に吸い寄せられるように広場に入ってきた悪魔を数体倒しつつ、速すぎて目で追いきれない一人と一体の激闘に見入ってしまう。

 

 一人で『蒼の薔薇』四人に圧勝出来るイビルアイがしきりにモモンの凄さを語っていたが、はっきりと次元が違う様を目の当たりにした。あれこそラキュースが憧れた英雄譚の中の英雄そのものだった。

 王国でも有数の貴族────アインドラ家の長女でありながら『朱の雫』の英雄譚を聞き、両親の反対も振り払い出奔し冒険者となり、冒険者最高位アダマンタイト級まで上り詰めたが、それで満足した訳では当然ない。 

 天上の如き戦いを目に焼き付けようとしているが、無粋な輩が邪魔をしてくる。

 

「ラキュース!あちらから悪魔数体。私はこっちをやる!」

 

 イビルアイが示す方向を見ると、悪魔五体が固まってこちらに向かってくる。

 

「もう!邪魔しないで!超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)

 

 魔剣キリネイラム────漆黒の刀身には夜空の星を思わせる輝きがあり、魔力を注ぎ込むと刀身が膨れ上がり、無属性エネルギーの大爆発を起こすことが出来る。

 邪魔者を速攻で倒すため、最大の攻撃で五体の悪魔を纏めて吹き飛ばす。

 

 周りを見渡すとイビルアイも終わっている。彼女の意気込みもラキュースと変わらない程だ。見える範囲に敵の姿は無く、悪魔の増援もしばらくは無いだろう。

 

 ヤルダバオトは大鎌による攻撃だけでなく、魔力の塊や炎を合間に飛ばしている。あれ一つ当たるだけで自分達なら致命傷だろう破壊力を秘めているのが、抉られた地面、直撃し崩壊した建物が物語っている。

 

 対してモモンは前後左右、上へと避けたり、二本のグレートソードで切ったり防いだり、時には広範囲を氷で覆う短剣のような武器を使ったり、どこからともなく取り出した炎を纏う真紅の槍を投擲しながら立ち回っている。

 

 時々足を止めて火花を散らしながら打ち合う時に確認出来た。悪魔には無数の傷が出来ている。

 

 だが、モモンにも同じくらい漆黒の鎧に傷が付いている。

(なんとかモモンさんに回復魔法を)

 

 互角の戦いを繰り広げているが、ここに支援魔法を行える者が居る方が圧倒的に有利なのは自明の理。

 しかし、ここからでは回復魔法が届かない。近づこうにも戦いの余波が激しすぎてこれ以上前に行けない。

 

(なにを怖がってるの。ここで私が行かなくて誰が行くの。私がモモンさんを助ける)

 

「イビルアイ!援護して!」

「分かっている!」

 

 イビルアイも私と同じ思いなのだろう。アイコンタクトだけで理解を示し二人同時に走り出す。

 

 後少しで魔法が届く。

 

「!!────下がれ!」

 

 二人の接近に気付いたモモンが叫ぶ。

 

 「えっ!?」「なっ!?」

 

 同時に声を発した。気付かなかったがヤルダバオトの腹部に漆黒の魔力が集まっていた。

 咄嗟に止まり後ろに下がる。

 

「喰らえ!」

 

 ヤルダバオトの声と共に黒い光の波動が使用者を中心にして一気に周囲を飲みつくす。

 

「ぐっ!」

 

 モモンが二本のグレートソードを交差して防御するが、踏ん張った足で地面を削りながら後ろに押される。

 

 ラキュースはモモンの声のお陰でギリギリ範囲外まで下がっていた。イビルアイは少し影響を受けたのか十メートルほど後ろに飛んでいた。

 

「モモンさん!重傷治癒(ヘビーリカバー)

 

 第三位階の治癒魔法をモモンに掛ける。 

 

「危険を顧みず仲間の為に死地に来たか。先にお前を始末してくれる」

「あっ!?」「ラキュース!」

 

 イビルアイの声が後ろから聞こえる中、治癒魔法を使ったため反応が遅れる。ヤルダバオトはもう目の前に居て、左手に鋭い爪を十センチ伸ばし腰溜めに下から切り裂こうとしている。

(やられる!)

 

 防御も回避も間に合わない。

 死の間際の感覚なのか、いやにスローな動きで長い爪が下から迫ってくるのが見える。

 

 死を覚悟した瞬間ヤルダバオトと自分の間に漆黒の影が飛び込んでくる。

 

バキィイイイン

 

「つあ!」

 

 飛び込んできた漆黒の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の右頬から右目の上までを下から襲った爪に裂かれ、兜の破片が宙を舞う。

 

「モ、モモンさん!?」

 

「もらったああ!」

 

 ヤルダバオトはこうなると分かっていたのか、大鎌を放り出した右手をモモンの腹部に当て、溜めていた魔力を解放した。

「ぐはぁ!」

 

 解放された魔力はモモンの腹を突き抜け、ラキュースの横を通り過ぎていく。

 至近距離で受けたモモンは体勢が崩れ、片膝を付く。

 

「よくもおおお!」

「モモン様あああ!」

 

 キリネイラムを振りかぶり大上段から振り下ろす。  

 イビルアイも後ろから<飛行(フライ)>で突っ込み、魔力を込めた拳をラキュースの左側から突き出す。

 

「ふん。遅いわ!」

 

 決死の攻撃もヤルダバオトは余裕さえ感じる所作で、両手でそれぞれ受け止める。

 仮面で表情は見えないが、あざ笑っている顔が透けて見えるようだ。

 そしてヤルダバオトの腹部に魔力が集まるのが見えた。

 今あの技を使われたら三人纏めて直撃してしまう。

 ラキュースとイビルアイに絶望が襲う。

 

「ギィ!?グアアア!」

 

 ヤルダバオトが血を撒き散らしながら吹き飛んで行く。

 モモンがグレートソードを両肩に突き刺し、凄まじい蹴りを放ったのだ。

 

 悪魔の手から解放された二人をモモンがそれぞれ片手で腰を抱える。

 

「モ、モモンさん」「モモン様!」

 

 ラキュースから見たモモンは兜の右側が一部欠けており、暗がりの中その目を見ることが出来た。

(なんて澄んだ瞳……) 

 あれほどの頂にいるモモンはそれなりに年齢を重ねていると思っていたラキュースは、意外に若く見えるその顔立ちに少なからず驚いた。

 空には星が瞬き、月明かりに照らされた英雄に抱きとめてもらっている状況は、御伽噺に出てくる女騎士が英雄に助けられた場面のようだ。

 

(……はっ!いけない。変な妄想している場合じゃ)

 

重傷治癒(ヘビーリカバー)

 

 モモンに再度治癒魔法を掛ける。

 

「ありがとう御座います。アインドラさん」

「いえ。……むしろ私のせいですみません」

「ううぅ……モモン様~」

 

 イビルアイがモモンに抱えられながら両足も使って抱きついている。────尤も体が小さいから子供が親にくっ付いている様であったが。

 

「そんなことありません。二人のお陰です。……奴を見て下さい」

 

 モモンの言葉にヤルダバオトを見ると。吹き飛ぶ際に肩から抜けたグレートソードの刺し傷は、千切れてはいないが深く、マトモに喰らった蹴りで口からも血を吐いている。

 

 モモンが二人を下ろし、落ちているグレートソードを一本拾い、ヤルダバオトへ歩いて行く。

「さて、チェックメイトだ」

 

「……はっはっは!……ああ!楽しかったなあ、冒険者よ」

 

 待ち焦がれた恋人を迎えるように両手を広げたヤルダバオト。

 もはや勝負は着いたと理解したのだろう悪魔を一閃。

 

 袈裟切りにされ、その身を光の粒子に変え────消えていく。

 

「……終わった…のね」

「ああ……さすがモモン様だ」

 

 周囲には冒険者や衛兵。いつからいたのか作戦に参加した者達が遠巻きに集まっていた。他の班も悪魔を討伐してここに辿り着いたようだ。

 

「モモンさん。皆集まってます。勝ち鬨をお願いします」

「えっ?……いや、それは」

「どうしたんですかモモン様?」

 

 モモンが兜越しに人差し指で頬を掻いている。 

 

「……恥ずかしいな」

「……ふふふ」

 

 これだけの強さを持つ英雄なのに照れている姿が可笑しく思えてつい笑ってしまう。

 

「駄目ですよ。偉業を成し遂げた者として締めくくって下さいね」

 

 

 観念したのか、右手のグレートソードを天高く掲げる。

 

「オオオオオオオオオオオオオ!」

 

 モモンの雄たけびに合わせて集まった全員が叫ぶ。

 

 日暮れから始まった悪魔騒動は、日を跨ぐ前に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 レエブンは子飼いの元オリハルコン級冒険者が見つけてきた山羊の頭をしたニ十センチ程の悪魔像をその手に持っていた。

 冒険者モモンがヤルダバオトを討伐した後、襲撃予定であった八本指の拠点の隠し扉から見つかったのだ。

 悪魔像は腹の前で両手の平を上に向け、大事そうになにかの玉を持っている。────が、それは真っ二つに割れ、石ではないなにか黒い鉱石のようになっていた。魔法詠唱者に鑑定させたところ、微弱な魔力が残っており、少しずつ薄れていっているらしい。

 悪魔像が見つかった隠し部屋には八本指の男も見つかった。目は血走り、涎と糞尿を垂らし、全身を震わせる様にただ事ではないと現場の判断で治癒を施し尋問したら、ヤルダバオトが語っていた通り、この男が偶然マジックアイテムを発見し召喚。恨みのある者達への復讐を願ったと。

 詳しくはわからないが手順が違ったらしい。

 そのため呪われ、男はそのすぐ後、発狂して死んでしまった。

 どういった心境か、召喚されたヤルダバオトは願いを聞き入れ王都を襲う。

 他にも捕らえた何人かの構成員からは碌な情報を得られなかった。

 蘇生魔法も考えてみたが灰になるだけだろう。これ以上の事件の究明は不可能と判断し、悪魔騒動は一人の八本指の男が私欲で起こした事件と推測する。

 幹部クラスや六腕は見つかっていない。同じ組織内でのことだ、こちらより早く気付きさっさと逃げ出したのだろう。

 

 それにしても。────この国の未来を思うと胃が痛くなり頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。

 

 少し離れた後ろの方にいる王の姿を見る。

 リ・エスティーゼ王国。国王『ランポッサ三世』。

 民を想う心優しい王として敬意を持ってはいる。

 だが、その優しさは決断力の無さと相まって甘い、甘すぎるのだ。

 第一王子の『バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ』が八本指と関係があったのをレエブンは知っている。当然王も気付いているだろう。

 だが、王は息子可愛さにバルブロを糾弾したりはしなかった。いつか過ちに気付いてくれると考えているのだろう。自分も息子を持つ身として分からなくもない────が、第一王子が王位を継承すれば瞬く間に王国は滅びるのは分かりきったこと。

 貴族派閥との摩擦を恐れるあまり後手後手へと回り、王権が地に落ちるのも時間の問題。

 

 先日、第二王子『ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ』とラナー王女との会談で話し合ったように、出来るだけ早くザナック王子が王位に就いてもらわなければならない。

 

 今回の事件で、王本人とザナック王子は兵を連れて王都を廻り、民を助けるべく行動する姿を民衆に知らしめることが出来た。

 ラナー王女は自費で冒険者を雇う形を取っている。これで王派閥側が民衆の支持を得る。

 反対にバルブロ王子は城を守ると立てこもり。一番安全な場所で伸う伸うとしている。事実であり、これを民の中に伝わるよう手配することになっている。

 

 そうしてザナック王子が王位に就き、自分は愛する息子に完璧な状態で領地を継がせるのが目的。

 

 ラナー王女は愛する男と一緒に暮らすことが出来るよう確約していた。

 尤も、その愛はハッキリと歪んでいると言えるが。

 愛する男を首輪で縛り、ずっと犬のように憧れの瞳で見ていて欲しい。など理解出来るわけがないし、したくもない。

 それを愛だと言う女に薄ら寒いものを感じる。

 ────しかし、それも幼少期の体験談を聞けばある程度は納得は出来た。理解はやはり出来ないが。

 

 

 

 

 

 

 ユリはプレアデスの代表としてガゼフと話していた。

 

「では、捕らえられていた王国民は確かに引き渡しました」

 

 プレアデスはしっかり任務をこなし衛兵を連れて王国民が捕らえられていた倉庫を見つけ、救出に成功していた。

 

「御助力感謝する。ところで、貴方方はゴウン殿からの指示で来られたと聞いたのだが?」

 頭を深く下げ、礼を述べるガゼフだが。────なんでメイド?と不思議だった。その強さはアダマンタイト級と聞いており、今目の前にすると自分より強そうと感じるが疑念は消えない。

 

「その通りです。我が主が悪魔の存在を感知し、御自身が現在動くことが出来ない状態のため、私達を転移魔法で飛ばされました」

 

 思えばカルネ村の時も王国に仕える自分への協力は断られた。

 その後助けてもらったが。あくまで村人を守るため、国に手を貸す気はないという表明なのだろうか。

 いずれにしてもゴウンは民を想い、守る力を持つ素晴らしい御仁なのだと改めて想う。

 

「そうですか。……ゴウン殿にはカルネ村の件でも礼をしたかったのだが、また借りが出来てしまった。ぜひ一度王都に来られた時には声を掛けてほしい。王も直接礼がしたいと仰っていたとゴウン殿に伝えてくれまいか」

 

「畏まりました。必ずお伝え致します。その際にはストロノーフ様に日にちをお伝えしたほうがよろしいでしょうか?街の復興が終わってからの方が良いかと」

「お気遣い感謝する。私の家の住所を紙に書いて渡しておこう」

 

 

 

 戦いが終わり感激したイビルアイが「うわあああああ」と叫びながらモモンに抱きついていた。

 すぐ傍ではラキュースもモモンを「ジッ」と見つめている。

 広場に集まってきた冒険者や衛兵は少し遠巻きにモモンを囲って勝利に騒いでいる。

 

 そんな人の群れを<飛行(フライ)>で飛び越え、主に引っ付く二人の女を確認したナーベが顔を引きつらせ、どうやって我が主から引き離そうか考えながら近づき、ヘルムの右側の一部が掛けていて尊顔が見えかけているのに気付いた。月明かりだけでは夜目が利かない者にはよほど近づかないとなにも見えないぐらいだが。

 

「モモンさん。あ、あの、ヘルムに傷が……」

 

「え?……あっ……」

 

 ヘルムを触って確認したモモンから間の抜けた声が出る。

 戦闘に集中するあまり気付かなかったのだ。

 慌てて首に巻いているマントを上に上げて隠す。ラキュースから残念そうな声が聞こえた気がする。

 アインズとしては仮面で隠しているが、今後表舞台に出る必要もある。

 どこで素顔を晒すかはまだ分からない、モモンの時に素顔を晒す気も今のところない。冒険者として初日に幻術で作った顔はリアルの自分だが、幻術を破られる可能性もあるから今更使う気もない。

 とりあえず宗教上の理由で「人前で素顔を晒せない」。という言い訳がエ・ランテルで浸透しているのを継続していくつもりだった。

(暗がりだし、見られていたとしてもこの小さな傷じゃ一部だけだし問題ない……かな?)

 

 

 

 ようやく冒険者達の喧騒が収まった頃。レエブンがモモン達の前まで来る。

 

「モモン殿。ヤルダバオト討伐、本当に助かりました」

「いえ。依頼をこなしたに過ぎませんので」

 

 モモンの謙虚な姿勢に噂通りの英雄だと感じ、モモンを王都に呼んだ自分の判断を褒めたい気分だった。

 

「今日は疲れたでしょう。『蒼の薔薇』も利用している王都で最高級の宿を手配してありますのでナーベ殿もそちらで休んで下さい。無論、代金は払ってあります。被害の確認等、事後処理は王国兵士達に任せて下さい。私もしなければならない事がありますので依頼報酬は明日、宿に届けます」

「分かりました。御言葉に甘えさせてもらいます。……では、ナーベ。行くぞ」

「はい。モモンさん」

 

「ん?……ちょっと待ってくれレエブン候。手配した宿とは二部屋なのか?」

 

 唐突にイビルアイがレエブンに問いかける。ラキュースも何か気付いたような顔をして、レエブンを威嚇するように見つめている。

 

 レエブンも『漆黒』の噂は聞いている。モモンはナーベを仲間と言っているが、ナーベのモモンへの態度は従者、もしくは部下のような対応であり。常に敬意を払っているのだと。

 中には寵姫だといった噂もあるぐらいなので同部屋で問題無いと思っていた。

 

「二人一部屋だが」

「それはダメだ!」「絶対ダメ!」

「いい!?」

 

 イビルアイとラキュース。人類最高峰と謳われるアダマンタイト級の突然の大声と圧力に思わず身を仰け反らせ後ずさる。

「い、いや。……『漆黒』の二人は相棒同士なのだし、……問題ないのでは?」

 

 二人が同じ屋根の下で寝るなど容認したくなかった。しかも自分と同じ宿で。チーム内での信頼関係が大事なのは冒険者の常識。ましてや『漆黒』は他に例が無い程珍しい二人チーム。寝泊りを共にするのは当然と言える。色々な噂があるが、二人が関係を持っていないとしてもイビルアイには反論する言葉が浮かばなかった。

 

 「ううぅ……」と両拳を顎の下で握り、呻くイビルアイの傍でラキュースが閃く。

「いえいえ、レエブン候。強大な悪魔を倒し、王国を救って頂いた方には十分な休息が必要でしょう。その為には個室を用意するのが宜しいかと思いますわ」

 

(おお、ナイスだラキュース)

 二人の心が通い合った瞬間であった。ラキュースは秘かにウィンクしてくる。イビルアイも、誰にも分からないが仮面の下でウィンクしていた。

 

「……そうですな。それも一理ありますね。どうでしょうモモン殿。一部屋ずつの用意も出来ますが?」

「……お任せします」

 

 その辺はどうでもいいモモンは素っ気無く答える。

 

 いつの間にか居た『蒼の薔薇』の他の三人は、そのやり取りを呆れたように見ていた。

 

「こりゃ完全に重症だな」

「キャットファイトの予感」

「とうとうウチの乙女に春」

 

 

 

 

 

 

「モモン殿。話がしたいのですが、少し時間をもらえるでしょうか?」

 宿へ向かう途中にブレインがモモンに話しかける。共に行動していたクライムは事後処理を任されていた。

 

「貴方は……ブレイン・アングラウス殿でしたか。どういった話でしょうか?」

「ここでは話せません。どこか落ち着ける場所が良いんですが」

「ふむ……では今向かっている宿は酒場も兼業しているらしいのでそこでどうですか?」

「分かりました」

 

 

 案内された宿に入るとすぐに食堂兼酒場があり、宿は二階からとなっていた。

 モモンはブレインと話があると酒場に残り、ナーベと『蒼の薔薇』は部屋へと向かって行った。

 

「あんな戦闘の後で時間を取らせて申し訳ありません。貴方の噂を聞いて話しておくべきだと思いまして」

「気遣いは無用ですよ。それでアングラウス殿。話と言うのは?」

 奥にある丸テーブルに座る。悪魔騒動により他に客はおらず店内は二人しかいないが、ここならカウンターの店員にも聞こえないだろう。

 

「貴方が探してる吸血鬼について」

「!?」

 

 ブレインの発言に急速に警戒を強める。モモンに関わった吸血鬼といえばシャルティアしかいない。組合にはホニョペニョコで通しているが。

(シャルティアを洗脳したのはこの男か?・・・いや、この男が世界級(ワールド)アイテムを持っているとは思えない。……ならば関係者か?)

 

「おっと。……そんなに警戒しないでほしい。気迫だけで縮み上がってしまう。……実は私がある傭兵団の用心棒をしていた時の事なんですが────」

 

 ブレインはシャルティアに会った時の事を洗いざらい話していく。己の不甲斐無さも包み隠さずに。

 セバスやシャルティア。そしてモモンという強さの極致に居る存在を知り、自分の弱さに心が折れ掛かっていたが。先ほどクライム達と炎の中で探索中に再度会ったシャルティア・ブラッドフォールンの爪を切り飛ばす事が出来、どこか吹っ切れた状態になれた。

 人間は弱い。だが、それでも、いつかは自分も頂に届くかも知れないと。セバスにも人が持つ可能性を教えて貰えたのだ。

 モモンは最初こそ警戒していたが、途中からはブレインの心境の話に聞き入っていた。

 

 特にシャルティアの爪を切ったことには俄然興味が湧いた。

 Lv100のシャルティアの肉体を、たとえ爪といえどLv30程の者が傷付ける等本来ありえない。それほどの差を跳ね除けたのは人の意思の力か、はたまた武技によるものか。興味は尽きない。

 

 そして、この男、ブレインはシャルティアを洗脳した者とは関係が無かった。

 

「……以上です。貴方が討伐したホニョなんとかの吸血鬼の片割れがシャルティア・ブラッドフォールンではないかと思いまして」

「いや。残念ながら違うな。私が探しているのは別の吸血鬼だ」

 

 冒険者モモンとしてここは違うと表明しておかなければならない。

 シャルティアが襲ったのは所謂犯罪者。プレイヤーの耳に入ったとしても言い訳が利く。

 エ・ランテルの冒険者を殺してしまったのは『血の狂乱』を発動させた姿でありホニョペニョコとして討伐した事になっているのだから。その時死んだ冒険者には申し訳なく思うが、冒険者に危険は付きもの。彼らも承知で活動しているのだから。

 シャルティアを洗脳した連中が、シャルティアという名を知っているとは思えない。

 ブレインが名を知っているのは戦う前に自分が名乗りを挙げ、困惑したシャルティアに問いかけたからだと言っていた。

 武人気質なところがこの男にはある。

 洗脳という手段を使う連中が名乗り合うような対応をする。────ありえないだろう。

 

「そうですか。……違いましたか」

 

 ブレインは他にも人外のモンスターが居る事を不思議に思わない。ここ最近同じような化け物級の強さを持つ者を何人も見てきたのだから。目の前のモモン含めて。

 

「せっかくの情報をわざわざすみません」

「ペコリ」と頭を下げるモモン。

 

「いえ、貴方と話せて良かったです。……では私は事後処理をしているクライム君を手伝って来ます」

「こちらこそ、貴重な話をありがとう御座います」

 

 お互い握手をして分かれる。ブレインは外へ、モモンは渡されていた部屋番号の付いた鍵を手に最上階へと。

 シャルティアがアインズの傍に居る事実はばれても問題ない。

 だが、今後ナザリック外────特に人間の居る場所で活動する際は変装する必要がある。とモモンはこれからの事を考えながら、静かに階段を昇る。

 

  

 

 

 

 

 王都で最高と言うだけあって、エ・ランテルの『黄金の輝き亭』と変わらぬ程豪華な部屋に入り、備え付けのソファーに座る。

 

 ブレインの話は有意義ではあったが、残念ながらシャルティアを洗脳した連中の情報は何もなかった。

 悪魔騒動により潜んでいるかもしれないプレイヤーの確認をしていたニグレドからの報告もない。

 今回はハンゾウなどの護衛を外して行動していた。万が一看破に特化したプレイヤーがいた場合、察知される可能性があったため。

 

 それにしても────

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)の堂に入ったロールを思い出す。

 アインズは大まかな希望を言っただけで細かい内容はデミウルゴスが考えたものだ。強者を求めるロールも指示によるものだとすれば感心する。

 

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)の攻撃は非常に強力でアインズの希望は十分に叶えられた。常人なら悶絶していただろう痛みにも戦闘を続行出来るぐらいには耐えられた。オーバーロードの力があることで精神力が強くなっているのかも知れない。

 

 モモンとして一晩泊まることになったのは既にアルベドへ伝えてあり、宿に入ってすぐに居なくなれば怪しまれるかもしれないため、ナザリックへ帰るのはもう少し後だ。ナーベも、今は与えられた部屋で休んでいる。

 

 ベランダへ出る大きめの窓から星が見える。ソファーから立ち上がり、窓を開け十分な広さのベランダから星空を見上げた。

 ナザリックの表層で見たのと変わらない、美しい夜空が広がっている。

 まだ時間があり、時間潰しにあの時のように近くで見たくなり、魔法を唱えようとした────

 

「綺麗な星空ですね」

 

「……アインドラさん?」

 

 不意に掛けられた声に振り向くと、隣の部屋だったらしいラキュースが窓を開けて立っていた。武装は解いており、見る者を煽情させない上品な空色のネグリジェを着ている。

 

「まだ起きていたんですか」

 

「ふふ……今日は本当に色々ありましたから、目が冴えてしまって。……モモンさんも星を見に?」

 

 微笑みを浮かべたラキュースがベランダに出ながら問いかける。

 

「ええ。空に上がって近くで見ようと思いまして」

 

「上がって?」

 

 戦士であるモモンの言葉に疑問を持つのは当然だ。「これを使ってね」とアイテムボックスから出すのを隠すようにマントの中に手を入れて羽を模ったネックレスを取り出す。<飛行(フライ)>の効果が秘められたマジックアイテムだ。

 

 見たことの無いマジックアイテムに冒険者として興味を持つラキュース。

(今までどんな冒険をしてきたのかしら)

 今度ゆっくりと冒険譚を聞かせて欲しいと思っていた。

 

 モモンはアイテムの効果を発揮させて浮かび上がり、ラキュースの前までゆっくりと近づいてくる。 

 

「良ければ一緒に見に行きませんか?」

 

「え?……はい。喜んで」

 

 差し出された手をダンスに誘われた淑女のように掴む。

 

「では、行きますよ」

 

 モモンの声と共に想像していたよりも速いスピードで空に上がっていく。あまりの速さにモモンの腕に両腕でシッカリと掴まり雲を突き抜ける。

 

 目を瞑ってしまっていたラキュースが体に感じる空気抵抗が無くなったのを確認し、目を開く。

 

「……わあ♪♪」

 

 視界に広がるのは星。星。星。手を伸ばせば届きそうな輝きに思わず掴もうとしてしまう。

 下を見れば自分の住んでいる王都の町並みが小さくなっている。

 その絶景にまるで子供のように目を輝かせる。

 

 ラキュースの反応が自分がしたのと殆ど同じだったことにヘルムの下で頬が緩む。 

 

「アインドラさんにも魔法の効果を掛けましたのでもう手を離しても大丈夫ですよ」

 

「!!」

 

 言われて気付いた。モモンの腕に絡ませていたのを。

 慌てて離そうとしたが、離した瞬間地上に真っ逆さまにならないだろうかと不安になる。

 モモンを信じて名残惜しいかのようにゆっくりと手を離していく。

 

「ん、こほん。……本当に綺麗ですね。私、こんなに高いところまで来たのは初めてです」

 

「そうですね。……この世界は本当に美しい」

 

 冷たい風が吹いてくる。その拍子にモモンのヘルムの傷を隠すように巻いたマントが風に煽られ素顔の一部が晒される。

 ラキュースが良く見えない素顔を見つめていると、体が震える。地上からはるか上空で風に晒されて冷えてきた。

 

 ラキュースが両腕を逆の腕に絡ませ震えているのに気付いたモモンがマントから臙脂色のマントを取り出しラキュースに羽織らせる。

 

「女性をこんな寒い場所に連れてきて申し訳ない。これはどんな環境でも快適な温度を保ってくれるマジックアイテムです。あまり過酷な環境だと効果は薄いですが、ここでなら問題ないでしょう」

 

 マントを着せられた瞬間震えが止まる。触れてみると肌触りは極上の絹のように柔らかく、ずっと触っていたくなる感触だった。

 

「暖かい。……モモンさん、ありがとう御座います」

 

「気にしないで下さい」

 

 再度星を見ているとブルー・プラネットが第六階層の空を完成させた時のことを思い出す。

 

『ほら、見て下さいモモンガさん。あれがデネブ、アルタイル、ベガ、あの三つで夏の大三角と言われていたんですよ。あっちの赤い星はさそり座のアンタレス。こっちにあるのが北斗七星ですよ。モモンガさん、北斗七星のしっぽの先から二番目の星の傍に変光星があるんですが、……今は見えませんね。実はその星は超低確率で見えることがあるんですよ。もし見えたら知らせて下さいね。……うぷぷぷ。それであれが────』

 

 リアルで失われた星を熱心に話す仲間を思い出し、つい「ふふ」と笑ってしまう。

 

「何か楽しいことでも考えているんですか?」

 モモンの雰囲気が柔らかくなったのを感じて絆される。

 

「……昔の仲間の事を、ね。……彼にもこの空を見せられたらと思いましてね」

 

 元気が無い声になったのを悪い事を聞いてしまったかと後悔する。過去になにかあったのだろう。

 冒険者は仲間と言えど無粋な詮索は御法度なのは常識。

 ラキュースはモモンの寂しそうな姿に胸が熱くなってくる。

 いつか自分が彼の心を癒してあげられるようになりたいと。

 

「元気を出して下さい。……そ、その、……私でよければいつでもこうして御付き合いしますから。……だから……」 

 

 そう言ってモモンの正面に向き、顔をヘルムまで近づける。

 

「…………」

 

 右頬に感じた柔らかい感触に彼女がキスしたのだと理解したモモンは心底焦る。

 

 モモンから離れたラキュースが耳まで真っ赤にして俯き、足をモジモジとすり合わせる様に、モモンの心臓がバクバクと五月蝿く鳴っていた。こういう時にアンデッドの精神沈静化が欲しいと思う。

 月と星の明かりに照らされラキュースの姿は神秘的に輝きまるで女神のように見えた。こちらをチラチラと見上げてくるラキュースをこれ以上見ていると精神が持たない。

 

「……そ、そろそろ戻りましょうか?」

「……は、はい。そうですね」

 

 ラキュースも恥ずかしくて居た堪れないのか大人しく付いてくる。

 

 昇りと違い、指と指を触れ合わせるように繋いで。

 

 ラキュースを彼女の部屋のベランダへ送り。二人はしばし無言のままに見つめ合う。

 

「あ、……モモンさん。お借りしたマントを」

 

 モモンから借りたマジックアイテムを返そうとする。

 

「いえ、それはアインドラさんに差し上げますよ。今夜付き合ってくれたお礼です。……では」

「待って下さい。……わ、私のことはラキュースと呼んでくれませんか?」

「……えっ?」

「ラキュース。です。それ以外で呼ばれても返事しませんから」

「……分かりました。……お休み。ラキュースさん」

「お休みなさい。モモンさん♪」

 

 満面の笑みを浮かべたラキュースと別れ、自分の部屋に戻る。

 

 

 

 モモンは部屋に入ると気恥ずかしさからベッドの上でもんどり打って倒れていた。 

 

 ラキュースはベッドでモモンから貰ったマントに包まり幸せそうに眠っていた。

 

 

 

 月だけが二人を見ていた。

 




 この世界ではプレイヤーは痛覚が無い、もしくは鈍化する種族じゃないと100レベル同士の攻撃に精神が耐えられないだろうと思う。
 本編のアインズさんは痛覚無しでも鈍化でもなく、普通に痛みを感じます。オーバーロードの残滓的なもので精神的にも強くなってます。(人間と比べたらですが)

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