鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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短い紹介回。


15話 フォーサイト

 バハルス帝国国土のやや西部に位置する帝都アーウィンタールは中央に皇帝の居城たる皇城を置き、放射線状に各種の重要施設が広がった、帝国の心臓部とも言える都市だ。

 人口こそリ・エスティーゼ王国の王都に劣るものの、規模という点では王都以上だろう。更にここ数年の大改革によって過去最大の発展を遂げている最中であり、将来に対する希望的な光景にここで暮らす市民の顔も明るい。

 

 通りには帝国騎士が常時警邏しており、治安はかなり良い。

 大通りから少し外れたたくさんの店が並ぶ通りの少し先にある『歌う林檎亭』と書かれた看板の酒場兼宿屋。

 ワーカー御用達とも言える場所で、四人組のワーカーチームがテーブルを囲っていた。

 

 ワーカーとは、冒険者のドロップアウト組のことである。

 彼らは犯罪行為を始め、冒険者組合が取り扱わない仕事を生業にしている。

 そのため、多くの仕事が汚れ仕事で危険度も高い反面、冒険者よりも多く金銭を稼ぐことが出来る。

 組合が存在しないため、依頼人は自分の伝手で契約を結びたいワーカーを探す必要がある。

 また、それぞれが個人のチームなので、冒険者組合がやっているような、依頼の調査や仲間探しなどは、全て自分たちでやらなければならない。

 同じ理由で、状況次第ではワーカー同士で殺し合いに発展する場合もある。

 そんな彼らを嘲笑と警戒の意味を込めて請負人(ワーカー)と呼ぶ。

 

「アルシェ。お前に会いに変な男が来たんだが…………」

 

 ワーカーチーム”フォーサイト”のリーダー。ヘッケラン・ターマイトの声が、四人の他に誰も居ない酒場で静かに響く。

 身長は170センチ半ばの軽装で二刀流の戦士。金髪に碧眼、日に焼けた健康的な肌をしており、顔立ちは美形ではなく帝国では十人並みの容姿を持つ。

 しかし、薄く浮かぶ朗らかな笑顔からか、自信に満ち溢れた所作からなのか、どことなく人を惹き付ける魅力を放っている。

 装備品は、腰にナックルガードのあるショートソードくらいの長さの剣を二本下げ、腰の後ろには殴打武器のメイスと刺突武器の鎧通しを付けていた。

 

「そいつは最後にこう言った。…………なんだったっけ?」

 

 ヘッケランは隣に座る仲間に問いかけると、何を言ってんの、という視線で迎え撃たれた。

 

 問いかけられた女性はチームのレンジャー、イミーナ。半森妖精(ハーフエルフ)のため、耳の長さが森妖精(エルフ)の半分程度まで伸びているのが特徴。化粧はしておらず目つきは悪いが、周りからはかなり綺麗な女性と評価されている。

 体型は全体的にほっそりしており、言ったらぶん殴られるが胸や尻に女性特有のまろやかさは皆無である。

 見た目以上に過激なところがあり、嫌った相手や敵に対して容赦のない行動や発言をしたりする。言葉遣いも悪い。

 そういった面もあるが、調子に乗ったヘッケランをよく叱ったり、状況をよく理解し、仲間のために自分を犠牲にできる理性も持ち合わせている。

 仲間にはまだ言ってないがヘッケランの恋人だ。

 

「『フルトんちの娘に伝えておけよ。期限は来てるんだから』よ」

「だ、そうだ」

 

 ヘッケランとイミーナ。もう一人の仲間、ロバーデイクも目線をアルシェへと向ける。

 ロバーデイク・ゴルトロン。外見は三十代でメンバーでは一番年上で元上級神官の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 顔の輪郭はがっしりした無骨な形で、髪は刈り上げられ、わずかに生えたヒゲは丁寧に手入れされているので爽やかな印象を与えている。

 ヘルムはしていないが全身鎧フルプレートを装備し、その上から聖印が描かれたサーコートを纏い、同じ聖印を首から下げている。腰にはモーニングスターを吊るしている。弁が立ち、誰に対しても丁寧な口調で話す。

 

「────借金がある」

 

 アルシェと呼ばれた少女。アルシェ・イーブ・リイル・フルトは十台中盤から後半、艶やかな髪は肩口あたりでざっくり切られ、目鼻立ちは非常に整っている。美人というよりは気品があるという雰囲気の美だ。ただ、人形のような無機質さがある。

 自分の身長ほどある無数の文字か記号のようなものが彫られた長い鉄の棒をテーブルに立て掛け、硬質な皮を使用した厚手の服を着用し、その上からゆったりとしたローブを纏っている。 

 

「借金!?」

 

 ヘッケランは思わず驚きの声を上げてしまう。イミーナもロバーデイクも驚きの表情を浮かべていた。ワーカーとしてどれだけの報酬を得たかは、均等割にしている関係上、互いに知っているのだ。自分の懐に入った金額を考えれば借金なんてありえない。

 

「一体幾らなんです?」

「────金貨300枚」

 

 一般人の収入で考えるととんでもない額だ。『フォーサイト』はワーカーでもかなり上位。冒険者としてならミスリル級に匹敵する能力を持つ。そんなクラスでも一回では稼げない、それほどの借金を一体どうやって作ったというのか。

 

 疑問に満ちた仲間の目を察知したのだろう、アルシェの顔は暗い。

 しかし、言わないわけにもいかないと考えたのか、重い口を開く。

 

「────家の恥になるからずっと言えなかった。…………私の家は鮮血帝に貴族位を剥奪された」

 

 鮮血帝────ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 その異名通り、己の両手を血で染め上げた現皇帝だ。

 即位直後、母方の実家である貴族、兄弟たちを次々に葬っていき、母親も事故死している。

 反対勢力も掃討し完全なる中央集権を完了させた。

 更に、無能はいらない、と多くの貴族の位を剥奪し、逆に有能であれば平民でも取り立てる政策でその権力を磐石にしていったのだ。

 そんな人物のおかげで没落した貴族は珍しくない。

 

「────でも両親は未だ、貴族のような生活をしている。無論、そんなお金あるわけが無い。だから少し性質の悪いところから金を借りては充てている」

 

 二年以上前、ぶっちゃけ金が欲しいという理由で集まっていた三人が、あと一人優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でも居ないものかと話していた時。「────魔法の腕に自信がある。仲間に入れて欲しい」とほっそりとした子供が、自分の身長よりも高い杖を両手で持って、そんなことを言ってきた。「何の冗談だ?」と呆気にとられたものだが、その後、アルシェの魔法の実力を知り、別の意味で呆然としていた。

 チームが揃い、幾つもの冒険、時に死にかけることもある冒険を乗り越えて、かなりの金を得ても、アルシェの装備が大きく変わることはなかった。

 その理由が今、ようやく分かった。

 

「マジかよ。いっちょガツンと言ってやろうか?」

「神の言葉を言って聞かすべきですね。いや、神の拳が先ですかね」

「耳に穴開いてないかもしれないから、まずは穴を開けるところからじゃない?」

「…………まって欲しい。ここまで来た以上、私から言う。場合によっては妹達も連れ出す」

「妹がいるのか?」

 

 コクリと頷くアルシェに、三人は顔を見合わせる。この仕事を辞めさせた方が良いのではないかという思いから。

 ワーカーは確かに冒険者よりも稼げる仕事だ。しかし、その反面、非常に危険な仕事でもある。

 安全を確認した上で仕事を選んでいるつもりだが、それでも予期せぬ出来事は珍しくない。下手をすれば妹を残して死ぬ可能性だってある。

 ワーカーとして、これ以上は余計なお世話だというのが一般的だ。だが。

 

「私の貯金を貸してあげるわよ?」

「そうですね。いずれ返してもらえれば良いわけですから」

「俺も良いぜ。どうする?」

 

 『フォーサイト』は帝国に数多くいるワーカーの中でも仲間の信頼関係が抜群に良い稀有なチームだった。

 互いために命をかけるのも厭わないほどに。

 ましてやアルシェは三人にとって妹のように思い、可愛がっているのだ。

 決してあげるとは言わない、それは全員対等なので当然だ。

 アルシェがワーカーを辞めたとしても、彼女は若くして第三位階を使える魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。中退してしまったが、帝国魔法学院在籍中は主席だったのだ。まだ伝手はあるらしく、帝国魔法省に勤めるのも可能だろう。

 更に彼女の持つ相手の魔法力を探知する生まれながらの異能(タレント)。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限り何位階まで使用可能か判別できる。名付けるなら”看破の魔眼”だろうか。

 同じ能力を持つ帝国最高の大魔法詠唱者(マジック・キャスター)、フールーダ・パラダインの存在を考えたらアルシェの存在が希少なのは間違いがなかった。

 

「────それは遠慮する。もう、いい加減両親が返すべき。最後の親孝行で時間だけあげる。次の仕事の報酬で少しでも返しておけば、また待ってくれる」

「そっか。でも、必要ならいつでも頼れよな…………俺達は」

「「「仲間」」なんだからな」

 

 ヘッケランの言葉に『仲間』の部分だけハモらせてきたイミーナとロバーデイク。

 そんな仲間思いの三人に、人形のようだった表情を綻ばせて「────ありがとう」と心からの謝辞を述べる。

 

「でもさヘッケラン。明日の仕事ってカッツェ平野のアンデッド退治でしょ。もっと良い仕事無かったの」

「無茶言うなよ。『ヘビーマッシャー』んとこのグリンガムと情報交換してたけど、今は碌な仕事がねえんだからよ」

「カッツェ平野のアンデッド退治は国家事業ですからね。私も神官として無視出来ません」

「元、神官でしょ。まあ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)でも出てきたら結構なお金にはなるけどさ」

 

 イミーナの主武器の弓では骨系のモンスターに有効打にならないからアンデッドだらけのカッツェ平野が苦手だった。しかし、少しでも金になるたとえ話をするあたり、アルシェを思う気持ちに嘘偽りはない。

 

 

 

 帝都の一区画である非常に治安の良い高級住宅街は、広々とした敷地に古いながらもしっかりした、かつ豪華な造りの邸宅が立ち並んでいた。

 しかし、鮮血帝に身分を剥奪された元貴族が多く居たため、邸宅を維持出来なくなり手放した空虚な入れ物が立ち並ぶ。

 その中に、まだ住民をその内に収めた館がある。しかし、外壁の手入れは行き届いておらず、庭木の剪定も疎かになっているようだった。

 

 そんな館の通路をアルシェは二階にある可愛い妹達の居る部屋を目指して歩いていた。

 

(────やっぱりもうダメ。ここを出て行かないと)

 

 家に帰ったアルシェを応接室で出迎えたのは、いつもの両親。

 最初は笑顔で出迎えてくれたが、アルシェが朝には無かった調度品について言及してからは父の態度が激変。 

 

 貴族には必要なもの。

 鮮血帝への呪詛。

 百年以上帝国を支えてきたフルト家の再興。

 

 などなど、唾を飛ばしながら熱弁してきた。うちはもう貴族ではないというのに。

 

 ポケットに入れた香水の小瓶を手に取る。母がアルシェのためにと買ってくれたものだ。

 値段は金貨三枚。平民の三人家族が一月暮らせる額だ。

 

 調度品や宝飾品といった着飾り、貴族の軍事的示威行為に明け暮れる父と違い、母の買い物はまだ賢い買い物といえた。

 身なりを整え、良いパーティーに出席し、力ある貴族に見初められる。女の幸せは結婚と妊娠出産、子育てにあるという考えは、貴族の観点からするとかなり正しいものだ。今のこの家の状態で今更という思いもあるし、アルシェには興味の無いことだったが。

 

 母を冷たい目で見る気にはならない。

 浪費し続ける父に何度も、何度も何度も無駄遣いを止めるように言い続けた。しかし、父は聞く耳を持たなかった。

 もしかしたら母も、貴族の生活を諦められないのかもしれない。そう思ってしまう時もあったが、いがみ合う二人をそれとなく仲裁するのはいつも母だった。

 母も父に忠告していたのを執事のジャイムスから最近聞いた。気弱な母は、アルシェのように強く言ったりは出来ないようだが。

 この香水は母の、父へ対するせめてもの抵抗なのかもしれない。アルシェの幸せを思う母のせめてもの。

 

 以前にも家を出ようと考えたこともあった。

 だが、その度に小さい頃の、アルシェが幸せを感じていた時の記憶が浮かんできた。

 まだ妹が生まれていない頃、一人娘だったアルシェをこれでもかと可愛がり、愛してくれた両親。

 魔法の才能が発見された時の、あの両親の喜びよう。

 「お前は我がフルト家の誇りだ。アルシェ」と抱き上げ頬ずりしてくる父。それを笑顔で見守る母。

 

 思い出すと涙が溢れてくる。

 

 その時タッタッタッと、軽快に掛けてくる軽い足音が聞こえる。見なくても誰か分かる。

 慌てて袖で涙を拭い、少しだけ口元を緩める。

 走ってきた速度を緩めることなくアルシェにぶつかってきた。

 飛び込んできたのは、身長百センチもない五歳ぐらいの少女。目元の辺りがアルシェに非常に似ている、そんな少女はぶぅと不満げにピンクの頬を膨らませた。

 

「かた~い」

 

 アルシェの胸が平坦だといっているのでは断じてない。皮をたくさん使った冒険者用の服、特に胸部から腹部にかけては、硬質な皮を使用しているからだ。決してアルシェの胸が平坦だとはいっていない。

 

「ウレイ、大丈夫だった?」

 

 ウレイリカの顔に触れ、頭を撫でる。

 

「うん、大丈夫。お姉様!」

「ウレイリカずる~い。私も~」

 

 ウレイリカの頭を撫で回していると、もう一人飛び込んでくる。

 

「かた~い」

 

 ウレイリカと同じことを言い出す双子の妹のクーデリカ。見た目はウレイリカと全く一緒で、家に長く仕えている者ぐらいしか見分けがつかないほど似ている。

 天使のような笑顔の二人を撫で続ける。

 

 先ほど応接室で両親にハッキリと伝えた。もう家にお金を入れないと、そして妹二人を連れて出て行くと。

 これまでは過去の思い出により決心がつかなかったが、今、二人の笑顔を前に改めて決意する。

 明日の報酬で、時間の猶予を与えるのを最後にこの家を出る。

 二人の妹だけは絶対に守ってみせる。

 

「少し話したいことがあるの。部屋にいきましょ」

「「うん」」

 

 双子の小さな手を繋いで歩く。

 冒険によって幾度となく切れ、硬くなってしまったアルシェの手を「大好き!」と言ってくれる宝のような双子を連れて。

 

 

  

 

 

 

 


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