鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

24 / 53
読者様から情報提供を頂き、”イジャニーヤ”の女頭領の名前をティラと変更させて頂きます。
情報検索不足によって、御迷惑をお掛けして申し訳ありません。
情報提供して下さった方に、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう御座いました。



23話 漆黒と薔薇と邪竜と

 

 

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。19歳にして幾つもの偉業を成し遂げアダマンタイト級冒険者となった“蒼の薔薇”のリーダーを務める神官戦士。更に第五位階の蘇生魔法も行使可能な水神を信仰する信仰系魔法詠唱者である。

 

 

 

 これはそんな彼女と仲間達────そして後に真の英雄と謳われる漆黒の戦士の物語。

 

 

 

 始まりはリ・エスティーゼ王国の王都から南にある都市エ・ペスペル。その都市の冒険者組合へアダマンタイト級への依頼が入ったことだった。

 内容は数々の英雄譚でよく語られる『竜退治』。

 

 エ・ペスペルから南。アベリオン丘陵方向の山の上空に一匹の巨大なドラゴンの影が発見される。目撃者は幾人にものぼり、いつ自分達のところまで迫ってくるか恐怖に怯える民達。

 都市の上層部は人類最高峰のアダマンタイト級冒険者へ討伐依頼を出すことを決定する。

 エ・ペスペルの冒険者組合から王都とエ・ランテルの組合へと依頼内容が伝えられる。

 そして、その依頼を受けたのが“蒼の薔薇”と“漆黒”の二組だった。

 

 可能な限り早期討伐を望まれ、音沙汰の無い他のアダマンタイト級を待つことなく両チームは一度エ・ペスペルで合流。

 作戦会議とアイテムの補充を手早く済ませ早々に旅立つこととなった。

 

 山裾までは馬を使っての移動。 

 足が速く、訓練された馬を人数分揃えられることが出来ず、二人乗りする事となるのは自然な流れだった。

 

 ティアとティナが索敵しつつ先頭を走る。

 ガガーランは一人乗り。代わりに食料等の荷物を一緒に運んでいる。

 馬に乗れないイビルアイは“漆黒”の相棒、“美姫”ことナーベに乗せてもらっている。

 そして私は────

 

「ラキュースさん、もう少しシッカリ掴まっていないと振り落とされるぞ」

「はい」

 

 漆黒の英雄、モモンの後ろで彼にしがみついていた。

 馬に乗るのは慣れているのだが、こんなに緊張したのは初めて乗った時以来かもしれない。

 

 双子の忍者が時折ニヤニヤした顔をしてこちらを見てくる。 

 ちゃんと索敵はしているのだろうが。

 

 イビルアイは仮面を被っていても丸分かりなほどガン見してくる。多分仮面の下では「ぐぬぬぅ」と唸ってそうだ。

 

(そんな怒らないでよ、くじ引きで相方を決めるのは貴方が言い出したことでしょうに)

 

 ガガーランはやれやれといった仕草で肩を竦めていた。

 

 索敵係の双子忍者、重量のあるガガーラン、二人チームのモモンとナーベ、そして私とイビルアイ。最初はそのような振り分けだったがイビルアイが待ったをかけたのだ。

 双子とガガーランを除いた四人で、厳正なくじ引きを行った結果なのだから運が無かったと諦めてほしいものだ。

 

 優秀な索敵のお陰で、モンスターに出会う事無く山裾に到着する。普段からよくふざけていたりするが自分達の役目の重要性は理解しており手を抜いたりはしない。

 “蒼の薔薇”自慢の優秀な忍びなのだ。 

 

「予定通りここからは馬ではなく足での移動になる。ラキュースさん、手を」

 

 颯爽と真紅のマントを翻し馬から下りたモモンがラキュースに手を差し出す。

 

「はい。ありがとう御座います」

 

 モモンの手によりエスコートされたラキュースはフワリと軽やかに舞うように大地に着地する。

 まるで小さな少女が憧れる、騎士がお姫様に対して行うような、そんなひと時の瞬間。

 

「お熱い所申し訳ねえけどよ、今からドラゴンを探しに行くんだぜ。ココ(・・)をよ」

 

 ガガーランが親指でクイっと指した先は依頼されたドラゴンが生息しているとされている山脈。

 全員が雄大な山々を仰ぐ。

 

「ここから一匹のドラゴンを探すのは…………かなり大変」

「一匹とは限らない。(つが)いが居る可能性もある」

 

 ティナの言う通り他にもドラゴンが居てもおかしくはない。

 移動中ずっと空の警戒をしていたがその姿を確認することは出来なかった。今は住処に篭もっているのかもしれない。

 

「ドラゴンは金銀財宝を集める種族的習性がある。今は外敵から宝を守っているのかもな」

 

 イビルアイは特異な経験から色々な知識を持っている。これまでの冒険でも博識な彼女に助けられたのは一度や二度ではない。ただ今回は彼女より豊富な知識を持ってそうな人物が居た。

 

「ドラゴンにも様々な種類がいる。中には狡猾で嘘つきなのも居れば、人間に知恵を授ける者も居たりする。最強種族と言われているだけあって、どんな種類であってもほぼ共通しているのが巨体で強固な鱗に翼を持っている」

「最も危険なのが固有のドラゴンブレスですね」

「その通り」

 

 ラキュースも知り得た知識からモモンの話に続く。

 有名所ではアゼルリシア山脈に住むと言われている霜の竜(フロスト・ドラゴン)は冷気属性のブレスを吐き出す。

 今回発見されたドラゴンの種類は不明だが、最も警戒しなければならないのは間違いなくブレスだろう。

 『怒れるドラゴンとの遭遇は死を意味する』という言葉まで存在するのだから。

 

「おっかねえなあ。せめて炎とか雷とかどんな攻撃が得意なのか分かってりゃ対策も取り易いのにな」

「緊急の依頼だからしょうがない」

「ドラゴンを倒せたらそろそろガガーランは変異するかも?鱗が生えたりしたら見物」

「尻尾も生えるかも」

 

 忍者のいつものネタに「てめえらぁ!」と怒るガガーランがじゃれ合っている。

 

「そろそろ出発しましょうか?発見に手間取って日が暮れるとこちらが不利になるし」 

   

 ラキュースの言葉にそれぞれが頷く。じゃれ合っていた三人もようやく真面目な顔つきになる。

  

 今回は非常に稀な二組のアダマンタイト級チームによる討伐任務。

 依頼を円滑に進めるためリーダーを決めることになったのだが、推薦されたモモンはこれを辞退。彼はラキュースにリーダーを任せたいと言った。

 恐縮しながらも真の英雄からの薦めに嬉しく思い了承する。

 

「それじゃ手筈通りに行きましょう」

 

 リーダーの声でいよいよドラゴン退治が始まる。

 

 

 

 鬱葱と生い茂る木々。進むのは人一人歩くのが精一杯の狭く険しい獣道。

 常人なら歩くだけで体力を大幅に削られてしまうが、そこは最高位の冒険者。この程度で息を切らすほどやわな肉体ではない。

 

 目撃報告によれば、この山脈あたりに標的が下りたのは間違いない。 

 しかし、ここは広大で特に高い山が三つあった。

 だから三つのチームに分かれてそれぞれの山頂を目指しつつ探索する事となった。

 

 一つ目のチームはティアとイビルアイ。

 二つ目のチームがティナとガガーランにナーベ。

 最後のチームが────

 

 ラキュースは前を歩く、広い背中を見つめる。

 真紅のマントをたなびかせ、周囲を探りながら迷い無く進んでいる男を。

 

 人数を割くのはもしもの時に不安があるが、この三つのチームならば緊急時の対処も問題ないと判断した。

 

 三つのグループに分け、目標及び住処を発見したら連絡を取り合い一先ず合流するのが作戦の第一段階。

 ティアとティナは忍びの技と持ち前の素早さを駆使すれば、たとえドラゴン相手でも仲間を支援しつつ振り切れるだろう。

 ガガーランは重装備故、足の速さに難点があるが、ティナと魔法詠唱者(マジック・キャスター)のナーベが居るので特に心配していない。

 イビルアイも単独でどうにか出来るほどの強さを持っている。

 

 そしてガガーランほどではないが、足の速さに難のあるラキュースにはモモンという傍に居るととても強い安心感を与えてくれる英雄が居る。ラキュースが感じる安らぎにも似たこの気持ちは、彼が単純に強いだけではないだろう。

 

(はっ!?いけないいけない、今は仕事に集中しなきゃ)

 

 連絡手段として<伝言>(メッセージ)の魔法が込められた巻物(スクロール)が腰にぶら下げた道具袋に入れてある。

 <伝言>(メッセージ)の魔法はイビルアイもナーベも習得している。彼女達が別のチームに分けられたのは自然な成り行きだった。

 

 

 

 それから随分歩いた。後数十分ほど進めば山頂に到達する頃。

 ずっと斜面だった道から平らな岩肌へと変わる。

 広さは大体五十メートル程だろうか、山頂方向を見れば壁のように切り立った岩山があり、巨大な洞窟の入り口があった。

 

「モモンさん。あそこに」

「ああ…………中から生物の気配は無い。確かめてみよう」

 

 十分に警戒しながら洞窟の中へと入る。少し進むと小山となった金銀財宝を見つける。 

 

「ここが当たりだったようだ。皆に連絡を取り一度離れた場所で落ち合おう」

 

 モモンが振り返り面頬付き兜(クローズド・ヘルム)越しにラキュースを見つめる。

 洞窟を出て、ラキュースが腰に下げた道具袋から巻物(スクロール)を取り出そうとした時。

 

「伏せろ!」

「えっ?きゃっ!?」

 

 モモンが叫ぶと同時にラキュースに覆いかぶさり押し倒される。

 いきなりの事態に取り出した巻物(スクロール)が手を離れ宙に舞う。

 

 ゴオオオォォォ!と黒い濁流のようなナニカが通りすぎ、巻物(スクロール)が完全に消滅していく。

 何が起こったのかと声を出すまでもなく、覆いかぶさる漆黒の戦士越しにその正体を目にする。

 

「どうやら帰って来てしまったようだ」

「あれが…………」

「財宝を盗みに来たとでも思っているんだろう、随分怒っているな」

 

 ドラゴン。

 全身を黒い鱗で覆わた十メートルはゆうにあろう巨体。闇のオーラを纏い、二つの翼を羽ばたかせホバリングしながらゆっくりと降下している。

 頭には竜というには似つかわしくない禍々しく大きな角が二本。小さな角も何本も生えている。赤黒く明滅している目には怒りと憎しみを宿しているようだ。

 

「見たことも無いタイプだな、黒竜とも違うようだし…………」

「あの邪悪な気配は…………邪竜、とでも言った方が合いそうですね」

「邪竜か…………しっくりくる響きですね。と、どうやら逃がすつもりは無いようだ」

「そのようですね。ここは二人で闘いましょう」

 

 巻物(スクロール)を失い、仲間との連絡手段が無くなった今、選択肢は二つ。

 一つは一度逃げ、仲間と合流してから再度挑むこと。だが、邪竜の様子を見るに絶対逃がさないと言っているようだ。見つかってしまった以上、モモンはともかくラキュースでは空を飛ぶ相手から逃げ切るのは不可能。

 ならば取れる選択肢は一つ。

 

「ゴオアアアァァァァ!!」

 

 邪竜の放つ咆哮。全身にビリビリと痺れる感覚が襲ってくる。

 

「行きますよラキュースさん!」

「ええ!二人であの邪竜を倒して見せましょう!」

 

 そして、強大な邪竜に対して二人の冒険者の死闘が今ここに始まる。

 

 

 

 闘いは当初こちらが劣勢だった。

 モモンは二本のグレートソードを手に、邪竜の豪腕からの振り下ろしの爪を弾き、尻尾の振り回しを華麗に避け、時には高く飛び上がり勇猛に戦っていた。

 だが、なかなか致命傷を与える事が出来ずにいた。

 

 ラキュースは少し距離を取り、モモンに治癒・補助魔法をかけつつ隙を見つけては邪竜に斬りかかっていたが、こちらも深く傷を与えることは出来ない。

 

 時折吐いてくる黒いブレスは最も脅威だった。

 

 このままでは体力で劣る人間であるこちらがいずれ疲労で碌に動けなくなる。

 そう考えたラキュースは、地上から空に飛び上がろうとした邪竜の翼目掛けて渾身の一撃を放つ。

 魔剣キリネイラムに魔力を注ぎ込み無属性エネルギーの大爆発を起こすことが出来るラキュース最強最大の必殺技。

 超技<暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)>。

 

 ラキュースの放った一撃は狙い通り邪竜の翼に直撃し、奴の翼はボロボロの無残な状態となる。これでもう空を飛ぶことは出来ない。

 

 怒りの雄叫びを上げる邪竜だったが、この好機を逃すほどこちらは甘くない。

 

 モモンが素早く懐に入り込みここが勝負どころと武技を立て続けに放つ。

 

(おぼろ)と消えろ列空陣(れっくうじん)!」

「最後の夜に名を刻め鬼刃双天乱舞(きじんそうてんらんぶ)!」

 

 他にも聞いた事も無い技を幾たびも繰り出し、邪竜に深手を負わしていく。

 ラキュースも負けじと魔剣で切り込む。

 

 段々と弱ってきた邪竜に最後のトドメと再度ラキュースの超技<暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)>が喉に直撃。

 ラキュースの一撃と同時に天高く舞い上がったモモンの剣が急降下と共に邪竜の首を断ち切る。

 

「…………やった、の?」

「ああ、私達二人の勝利だ」

 

 とうとう邪竜を倒した。あまりにも長い闘いが終わったことに気が抜けたラキュースはその場にペタンと座り込む。

 

「やったのね、私達。…………うっ、ゴホッ!ゴホッ!」

「ラキュースさん!?」

 

 どうしたのだろうか?酷く気分が悪い。上体を起こしていられなくなり、後ろに倒れそうになったラキュースを駆けつけたモモンが両手で支える。

 

「大丈夫か!?ラキュースさん!一体何が!?」

「分かりません、気が抜けたら急に気分が…………ゴホッ」

「むっ!?これは瘴気か?そういえばあの邪竜のブレスには何か邪悪なモノを感じていたが直撃せずとも体を蝕んでいたというのか?」

「…………瘴気?」

「そうだ。瘴気とは…………」

 

 モモン曰く、毒のように体を蝕む非常に稀有で厄介な状態異常らしい。

 抵抗(レジスト)に失敗すれば身体機能と体力を徐々に低下させ、いずれは心臓の動きも止めてしまう。

 何より厄介なのが特効薬が無く、高位の治癒魔法でも回復出来ない。

 唯一の回復手段が冷えていく体を人肌で温め、相手に瘴気の毒を分け持ってもらうこと。

 

(人肌って、ええええええ!?)

「とりあえず外は冷える。奴の洞窟まで移動しよう」

 

 モモンはラキュースを横抱きにして洞窟まで運ぶ。

 

 

 

 洞窟の中は思いの他暖かかった。

 モモンは焚き火を起こす。燃え上がる火の近くに一枚の毛布を敷き、その上に優しくラキュースを横たえる。

 

 ラキュースは漆黒の全身鎧を脱いでいくモモンを横目で見る。

 

(これは人助け。これは人助け。モモンさんに(よこしま)な気持ちは無い)

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呪文のように何度も唱える。

 そして、裸になったモモンがラキュースの乙女の証である<無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)>に手をかける。

 

 遠のきそうになる意識の中、ラキュースを見つめるモモンの瞳を見る。

 

 

 

 

 

 

「『そこには恥ずかしそうに顔を赤くしたラキュースが写っていた』と、『そして、ラキュースを見つめるモモンも顔を赤くして…………』」

「よう、帰ったぞ」

「きゃっ!?」

「ん!?なんでえ、変な声出して?」

「な、何でもないわよ、なんでも」

 

 ラキュースは大慌てで本を閉じる。

 

 ここは“蒼の薔薇”がいつも利用している宿屋の一室。ラキュースとガガーラン二人の相部屋。

 ラキュースは今日は特にしなければならないことが無く、一人の時間を使って趣味の執筆活動を行っていたところに突然の乱入者が現れたのである。

 

「もう、部屋に入るときはノックをしなさいと言ったでしょう」

「別にいいじゃねえか。女同士なんだからよ。それとも一人で自分を慰めてたのか?」

「そんなわけないでしょ!…………全く」 

 

 こちらが油断していたのが悪いのだが、この豪胆な戦士は怒って聞かせてもカラカラと笑い、あまり反省している様子がない。

 

 ラキュースが呆れていると、他のメンバーも帰って来た。

 

「ただいま、鬼ボス」

「今帰った、鬼リーダー」

「…………」

 

 双子の忍者とどこか元気の無いイビルアイが部屋に入ってくる。 

 

「お帰りなさい。今日はどうしたの皆?…………もしかして八本指?」

「ああ、王都中探ってみたが目立った行動はしてないみたいだな」

「賭博と金貸しはまだやってるけど、かなり良心的になってる」

「他の部門は動きどころか構成員も見つからない」

「そう、やっぱりラナーの言った通り、もう王都に幹部は居ないのかもしれないわね」

「…………」

 

 ヤルダバオトを撃破してから数日、八本指を叩くために調査を続けていた。

 ある日ラナーから「恐らく、もう王都に幹部達は居ないでしょう」と一時調査を打ち切る方針だと伝えられていた。

 今日は休日として各々休息に当てていたが、彼女達はまだ気になるようでそれぞれ探っていたようだ。

 ラキュースもラナーの考えと同じ判断をしていた。

 だからこそ自分の趣味に休日を使っていたのだ。

 

「それよりイビルアイの様子がおかしいけど、どうしたの?」

「…………」

「ああ、うちのちびさんは態々エ・ランテルに行ったのに目当てのダンナに会えなくて意気消沈してんのさ」

「うう…………泊まってる宿屋に行ったら、今帝国に行っていて留守だと。ナーベに軽くあしらわれてしまった」

 

 モモンがエ・ランテルに帰り、王都の復興が始まった辺りで、どうしてもと言うイビルアイをエ・ランテルへ行く許可を出した。

 一度行き、転移魔法の登録を済ませれば、以後は一瞬で行き来可能。

 その時もモモンは留守でガックリと凹んでいた。ついでにずい分雑な作りの木彫りの人形を買っていたのを覚えている。

 

「だから言ったろ。遠距離恋愛はうまくいかねえって」

「うう、言うなあ!ホントにそんな気になってくるだろう!」

 

 ポカポカとガガーランを叩く姿は250年以上生きた吸血姫とはとても思えない。見た目通りの小さな少女のようだった。

 

「悪かった、悪かったって」

「ふん!どんな障害があろうと必ず乗り越えてみせるさ」

「今度ちゃんと話を聞いてやるからよ。なにせ俺は“蒼の薔薇”一、恋愛経験豊富なんだからよ」

 

 さっきの子供っぽさは何処へやら。両手を腰に当ててふんぞり返るイビルアイの腰に下げた道具袋がいやに膨れているのがラキュースの目に入った。

 

「イビルアイ。その袋はどうしたの?」

「ん?これか?…………ふっふっふ。モモン様には会えなかったが替わりに良い物を見つけたんだ」

 

 袋に手を入れ「活目せよ!」と取り出したのは木製モモン像だった。

 両手にグレートソードを持ち、右手の剣を肩に担いでマントをたなびかせている。

 

「なんでえ、前に買ってきたのと同じ…………ありゃ、なんかずい分と精巧に出来てんなこれ」

「ほう、さすがはガガーランだな。以前のとは違うと気付くとは。以前のちょっと不恰好なヤツはモモン様の与り知らぬ所、店主が勝手に製作していたらしい。モモン像の存在を知ったモモン様は店主に器用さに補正がかかるマジックアイテムを寄与して作られた第一作目がコレだ。店主に無理言ってなんとか手に入れられたんだ。ついでに私の人形も買ってあるんだぞ」

 

 ちなみにエ・ランテルでは“蒼の薔薇”も人気があるらしく、ガガーランのもあったとか。

 ラキュース、ティア、ティナのは無かったようだ。店主が作り込み出来ていないのか、人気で売り切れたのかは分からないが。

 

「ねえ、イビルアイ。前回頼んだわよね。次は私の分も買って来てって」

「むっ、スマンなラキュース。モモン像はコレが最後の一個だったんだ。お前の分はまた今度な」

 

 ガックリとうな垂れるラキュースにイビルアイは仮面の顎部に手をやり、一つ提案を持ちかける。

 

「そうだな。お前の持っている『漆黒の英雄譚~魔皇編~』を譲ってくれたら次の時、店主との交渉も頑張ってみるが」

 

 『漆黒の英雄譚~魔皇編~』とは魔皇ヤルダバオトと漆黒の英雄との闘いを描いた物語だ。

 吟遊詩人が謳うモノと同じく、英雄譚らしくかなり誇張表現されていて“蒼の薔薇”の活躍もかなり描かれており、ラキュースお気に入りの一つだ。

 

「ダメよ譲るなんて。品薄でもう二度と手に入らないかもしれないんだから。『漆黒の英雄譚~アンデッド編~』なら貸すだけなら良いわ」

 

 『漆黒の英雄譚~アンデッド編~』はエ・ランテルで起きたアンデッド千体と首謀者を討伐した“漆黒”最初の偉業を描いた物語だ。

 以前イビルアイに貸したら、涎塗れになって返ってきたことがあった。こちらなら保存用も有る。

 

「んん、アンデッド編はもういい。だいたい“美姫”ナーベと恋仲な設定の話なんてもう読みたくない」

(分かってないわね。そこに自分を投影して読むのも楽しみ方の一つなのに)

 

 “漆黒”の二人の関係は従者だったり恋人だったり色々な噂が流れている。

 本人は仲間だと言っているが、ラキュースの見立てではとりあえず恋仲ではないと踏んでいる。

 

「だいだいラキュースは他に良い物を持ってるじゃないか」

「な、何のことよ?」

 

 イビルアイがピシッと指差す方向は壁。そこには一枚の絵が飾られている。

 

 それは魔皇ヤルダバオトを倒した後のモモンとラキュースの姿。

 月明かりに照らされ、素顔は見えないが兜の一部が欠け、影に隠された輪郭が少しだけ見えるモモンと見詰め合うラキュース。実際より手が加えられ幻想的に描かれていた。

 本当ならイビルアイの姿もあったはずだが、絵面からは見事に端折られていた。

 

 この絵はあの時その場に居た冒険者の一人が書いた物。

 絵が趣味の変わった冒険者が実家の雑貨屋で売りに出していたのをラキュースが偶然見つけ、即買いしたのだ。

 それを聞いたイビルアイが店に乗り込み「私も書け!」と脅したりしていたが、なかなか本人の満足いく絵にはならなかったそうだ。

 衝撃的なあの夜からすぐに書いた物とでは、作者の感覚も変わるのかもしれない。

 

「全く不公平だ。そもそも、ん?何だその本は?…………薔薇?…………邪竜?」

(しまった!)

 

 目聡く机に置いてあるラキュース自作の背表紙に書いた文字を見つけられ、即座に背中に隠す。

 

「こ、これは違うわよ。イビルアイが求めるのとは違う物だから」

「いや、確かに漆黒と書いてあったはずだが…………」 

 

 嫌な汗が流れて来る。コレを見られる訳にはいかない。絶対に。

 

「…………(ゴク!)」

「…………次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)

「しまっ!」

「も~らい」

 

 転移魔法でラキュースの後ろに飛び、大事な物を奪われてしまった。

 

「それはダメエエエェェェ!」

「なっ!?」

 

 頭一つ抜けた強さを持つイビルアイ相手にラキュースが発揮した速さは目を見張るものがあった。

 見事イビルアイの手から決して見られてはいけない物を取り返す。

 

「いい!これは貴方が求める物ではないの。分かった!」

「う、うん。すまなかった」

 

 鬼気迫る様子のラキュースにイビルアイはこれ以上手を出せなかった。

 

(ふう、良かった。コレは実家の隠し本棚に厳重に保管して置かないと)

 

 二度と手放すまいと、両手で豊かな胸に抱えて守る。

 

 ずっと成り行きを見守っていた双子がイビルアイに話しかける。

 

「気にしなくてもイビルアイにはその像がある」 

「そうそう、今度は良く似たお人形で自分の像をモモン像に寄り添わせたり」

「な!?なんで知っているんだあああ!?」

 

 じゃれ合う双子と小さな魔法詠唱者(マジック・キャスター)。それを見て豪快に笑う戦士と呆れる神官戦士。 

 

 今日も“蒼の薔薇”は賑やかだった。  

  

 




ラキュースの趣味「執筆活動」から妄想を膨らましてみたお話。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。