鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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タイトルはオバマスより。


27話 カルネ村の戦い

 王国と帝国との開戦前。カッツェ平野への進軍準備が始まったエ・ランテルから北へ進むバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは苛立ちに顔を歪めていた。

 

「糞。何で俺がこんなことを」

 

 悪魔騒動の時、弟は自ら前線へ赴き評判を上げた。

 逆に長男である自分は王宮に引きこもっていたとされ評判を落としてしまった。

 

(王宮を守る必要もあっただろうが)

 

 バルブロは今でも自分が間違っていたとは思っていない。しかし、愚か者たちはそれが分からず、ただの見栄えに騙される。ザナックは巡回しただけで悪魔と戦った訳ではないというのに。

 

 もう一つ、バルブロが不快に思っているのが、カルネ村という寒村に向かっている自らの惨めさだ。

 今回の帝国との戦争において、バルブロこそが王国を継ぐに相応しい王子であると内外に知らしめる必要があった。

 なのに辺境の開拓村に行って、アインズ・ウール・ゴウンとの関係について調べるだけというお使いのような仕事を命令されてしまった。

 

(まさか、既に父は弟に王位を譲る気で……俺に手柄を立てさせないためにこのような仕事を俺に?)

 

 そう考えた瞬間、背筋にぞわっとしたもの走る。

 

 嫌な考えが頭をよぎるバルブロだが、これは単なる被害妄想であった。

 バルブロをこの任務に就かせた実の父である王はバルブロが考えているような思いは一切無かった。

 アインズ・ウール・ゴウンと敵対するのは非常に危険だとずっと主張していたレエブン侯とガゼフ。王が真に信頼している二人の言葉があったからこその采配であった。

 アインズ・ウール・ゴウンと正面から闘う危険な戦場に息子を立たせたくなかった親心。

 しかし、悲しいかな。親の気持ちは息子には届いていなかった。

 いつかは届く日がくるのか、それとも────。

 

 

 

 偵察を行ったティラから告げられた内容はエンリたちに動揺をもたらした。

 その軍隊の中に王旗があったらしく、王族に連なる人物が軍勢を率いて来たというのだからなおのこと。

「一体どうして? なんで王国の兵が?」

 

 困惑するエンリにティラが一つの可能性を述べる。

 

「……もしかしたら内乱かも。王国はあまり王の力が強くない。王派閥と貴族派閥が常に争っている状態。王族の中には貴族派閥と繋がっている話もあるから……王の直轄領に対する攻撃とかかも?」

 

 エンリは顔から血が引いていく気分だった。またあの恐ろしい虐殺に晒されるかもしれないと。 

 しかし、昔のエンリとは違い前を向く。

 

 まずは逃げる準備をしつつ、相手が何故ここに来たのか理由を確認。戦いを挑むのは最後の手段。

 五千人もの大軍に戦いを挑むなど、自殺行為でしかない。

 

 

 

 正門の前で守りの準備を始める自警団と“フォーサイト”。

 トブの大森林へと逃げる準備も同時に進む。特に小さい子供たちは優先的に逃がさなければならない。エルフたちはその能力から護衛を務めることとなった。

 

 そして、王国第一王子の使者と名乗る者からの問答で得られた、彼らがここに来た理由。

 

『かつてカルネ村を救った魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンが王国に敵対した』

 

 だからアインズ・ウール・ゴウンと関わりのあるこの村の調査を行うと。

 

 エンリは驚きのあまり声を出せなかった。

 しかし、逃げる準備を整えて集まっていた村人たちからぽつりと疑問の声があがる。

 

「あの方が王国に敵対したということは、王国の方が間違っているんじゃないか?」

 

 この場に居る者には同意の色しかない。

 特に実際村を焼かれて移住してきた者は顕著だ。高い税を払わせておきながら守ってくれなかった王国への憎悪が浮かんでいる。

 “フォーサイト”にしても村を救ったアインズ・ウール・ゴウンの話は聞いており同様の気配だ。彼らは王国の腐敗ぶりをある程度は知っているというのもあった。

 ゴブリンを召喚するアイテムを無償でくれたこと。

 分厚い塀などを作るためのゴーレムの融通に村の防備の強化。

 労働力であるアンデッドの提供。

 本当にお世話になっている。あの方の助力なくしてカルネ村の今がなかったのは周知の事実なのだ。

 

 村人たちは互いに意見を言い合う。

 

 門を開けるのは正しい行為なのか?

 相手はかなりの軍勢。門を開けなければ……

 あの方の恩義をこれだけ受けておきながら裏切るような行為は出来ない。

 調査と言っているだけなのだから、それを受けることが裏切り行為になるとは限らない。

 

 どの意見も非常に良く分かる。板挟みになったエンリは決断出来ずにいた。

 だが、エンリの気持ちも知らずに使者からは催促の怒鳴り声が聞こえてくる。

 エンリは時間を稼ぐために行動する。

 

 

 

 いつまで経っても門が開けられる気配がない現状に、バルブロの苛立ちは上がっていく。

 

(何故だ。何故門を開けない。俺は次期国王なのだぞ。俺の命に従わない者なぞ王国民ではない)

 

 我慢の限界が来たバルブロは火矢を射かけるよう侯爵配下の兵に命令する。

 炎を纏ったいくつもの矢は緩やかに放物線を描きながら物見櫓へと乾いた音と立てて刺さる。

 ただの木の骨組みで作られた櫓は時間をかけることなく火が広がり、倒壊する。

 

「敵だ!」

「敵だ!あんなことをするのは敵だ!」

 

 火矢が放たれたことで、憎悪が場に満たされる。

 

「エンリの姐さん。決を採るべきです」

 

 このまま放っておくと暴走しないとも限らない。それに次は火矢よりも苛烈な攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。一刻の猶予も許さない状況だと判断したジュゲムはエンリに決断を求める。

 

 エンリは大きく息を吸い込む。周りを見れば、スピアニードルのラビに乗ったネム。ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェ“フォーサイト”の四人にティラ。皆真剣な顔つきで見守ってくれていた。

 

 そして、村の総意は。

 

 王国には屈しない。命をかけてでも王国に反対し恩義を返すことに決定した。

 当然恐怖はある。しかし、あれほどの恩義を受けておきながら、仇で返すような人間にはなりたくないという思いが皆を突き動かしていた。

 

 すぐにジュゲム主導で作戦が練られることとなる。

 

 まずは戦えない女子供たちを森の中に逃がす必要がある。

 敵の大半は正門にあり、トブの大森林側の裏門にも兵をいくらか集めている。

 正門を開け、不用意に近寄ってきた敵をこちらから打って出る。分散させていた兵力を正門に集結させざるを得ないほど、強い攻勢をかけなければならない。

 森の知識を持つアーグやブリタを避難組に付けることで、奴らがいなくなるまでの間ぐらいならば森の中でもなんとかなる。

 村の長として村人たちを死地へと向かわせる決断を下したエンリは当然最後まで一緒に行動するつもりだった。

 だが、ジュゲムを始め皆から避難組へと編成される。

 エンリが反論の言葉を考えている間に本人を置き去りにして「俺の最後の家族、子供を頼む」「エンリちゃん。頼んだよ」と村人から後を託され、結論が出てしまう。村人たちの力のこもった握手に目頭が熱くなっていた。

 

 

 

 エンリたち退避組を見送ったジュゲムは満足気な表情をしていた。一番守りたいエンリを一番生存率が高い所へ送れたのだから。

 ジュゲムは横に立つ男に声をかける。

 

「すいませんねえ、ヘッケランさん。あんたらに危険な役目を頼んじまって」

「気にしなさんな。この村は俺たちにとっても恩人が大切にしている所なんだしな……ただ、リーダーとしてイミーナとアルシェは途中で逃がして欲しいんだが」

「はっ!? あんた何勝手なこと言ってんのよ」

「────私も最後まで戦う」

 

 ヘッケランの願いにイミーナとアルシェは食って掛かる。ロバーデイクはヘッケランの意見に賛成しているようで静かに頷いている。

 

 ヘッケランの言い分は恋人のイミーナに生きていて欲しいとの思いから。

 アルシェは幼い妹のためにも絶対に死なせる訳にはいかないからだった。

 口論が始まりそうな四人だったが、ジュゲムの言葉がそれを止める。

 

「安心して下せえ。あんたらには全員、途中で逃げてもらうつもりなんで」

「はっ?……いや、でもそれじゃ」

「一回目の攻撃。裏門に分散している敵を集結させるためにもあんたらの、特に第三位階魔法が使えるお嬢さんの力は当てにしてんですよ。その後の二回目の攻撃。森に逃げたエンリの姐さんらのための時間稼ぎの時に最初の方だけ、遠距離攻撃で手を貸してもらったらもう十分なんで」

 

 なおも何か言いたそうにしているヘッケランたちを再度ジュゲムが黙らせる。

 

「いくら俺たちより強くても、エンリの姐さんのために死ぬ役目は譲れねえんですよ。……それに十分に時間を稼げたと判断したら俺たちも引くつもりです。そんな訳でティラさんもちゃんと逃げて下さいね」

(尤も、最後まで残る俺たちを逃がしてくれるとは限らねえけど)

 

 そこにはワーカーとして討伐してきたゴブリンとは明らかに違う、戦士の顔をした漢がいた。

 

 

 

 ジュゲムの作戦通りに事態は進む。

 正門を開けて、不用意に近づいてきた兵たちを五体のオーガが吹き飛ばした。更にオーガの背後に隠れたアルシェの<雷撃(ライトニング)>が兵士の体を貫通し複数人を倒した。

 

 バルブロはカルネ村へ向かうにあたり、ゴブリンなど(・・)の亜人を使役している者の情報は聞いていた。だが、今回の任務を命じられた時点で冷静でいられなくなり、詳しい話の内容はほとんど右から左状態であった。だから、人食い鬼と呼ばれるオーガがこんな辺境の村にいるのが信じられなかったのだった。

 

「殿下! お下がり下さい! あれは第三位階魔法です」

「何なのだあ、あれは!? ただの寒村ではなかったのか!」

 

 バルブロは侯爵配下の兵に守られながら正門へ兵を集結させるよう命令する。

 

 無駄な時間を取り過ぎた分、かなりの強行軍でカッツェ平野に赴かなくてはならない。そのために大半の歩兵がへばろうとどうでも良い。

 王子である自分の命を聞かずに閉じ籠っていた村の連中は縛り首にしてくれる。子供も生かしておいてもしょうがない、親子共々吊るしてやるのが慈悲だろう。

 門が開けられるまで、そんなことを考えていたバルブロは門の前でボロボロにされた王家の旗を見て激高する。

 

(絶対に許さん!この村を滅ぼしてくれる)

 

 

 

 ジュゲムの作戦通り、敵を正面に集めることに成功。後はタイミングを見て退避組を逃がす時間を稼げば良い。

 カルネ村の防衛力は砦のようにかなり強固になっている。

 アインズの協力で塀はかなり分厚く作られており、たとえ火をかけられても簡単には瓦解しない。塀上には弓兵を配置出来るほどの幅があり、弓兵を守るための矢除けの防護壁も備えてある。配置についたゴブリン・アーチャーのシューリンガンとグーリンダイに弓の得意なイミーナと遠距離魔法が使えるアルシェが的確に攻撃していく。

 ヘッケランとロバーデイクも同様に塀の上にいる。二人はスリングで攻撃しつつ仲間のフォローを行っていた。

 村人たちは散々練習してきた弓の一斉曲射を披露していく。

 敵からも発射位置を予想された反撃の矢が振ってくるが、それらは的外れな場所に矢が突き立つ。ジュゲムの指揮の元、場所を移動しつつ矢を放っていく。その中で一人の村人に当たる軌道で飛んで来た矢が不自然に逸れていくという現象が起こっていたりしたが、戦闘中という過度な精神状態にある村人たちはそれを認識することはなかった。

 

「くっ、数が多い」

 

 イミーナは卓越した射撃で一人ずつ確実に仕留めていた。出来れば指揮官クラスを狙いたいがそれらしき人物は完全に射程外の位置にいる。

 近くではアルシェが<魔法の矢(マジック・アロー)>を放っている。<雷撃(ライトニング)>を使わないのは射線が斜めとなる塀の上からでは消費魔力に効果が見合っていないからだった。貫通の効果を十分に発揮させるには地上から打つ必要があるが、それは余りにも危険な自殺行為。仲間としてやらせるつもりも、アルシェ自身やるつもりはなかった。

 範囲攻撃の<火球(ファイヤーボール)>の魔法であれば、この場において有効な手札になっただろう。しかし、アルシェはその魔法を覚えていない。必死に魔法を放っているアルシェの姿は自分の未熟さを悔いているように見えた。

 

 村人の指揮をしていたジュゲムがゴブリン・クレリックに指揮を任せ、塀上に上がってくる。

 

「ヘッケランさん! ティラさんの姿が見えないんですが知りませんか?」

「えっ、戦いが始まったあたりでは居たと思うけど……」

「それって、まさか!」

 

 弓を構えているイミーナが驚きの表情をしながら嫌な予想をした。

 

「いえ、逃げたんじゃないと思いますよ。あの人はお館様に認めて欲しがってましたからね。ただどこに居るのか……」

「うーん。……ねえ。なんかあそこの親玉が居るっぽいとこ。なんか騒がしくない?」

 

 他より優れた目を持つイミーナが指し示した場所。王国軍の大将がいる本陣。

 そこでは────。

 

 

 

「ええい! たかが辺境の村如き、まだ落とせんのか!」

 

 バルブロが苛立ちをそのままに、声を大にして叫んでいた。

 傍に仕える侯爵配下の兵も村の抵抗力。砦にも等しい分厚い塀に、正確に飛んでくる矢と魔法。今は引っ込んでいるオーガの存在もあり、一筋縄ではいかないことを進言してもバルブロの憤りを鎮めることは出来ずにいた。

 

 傍付きの彼がソレ(・・)に気付けたのは全くの偶然だった。バルブロの理不尽さに気持ちが滅入り目線を下げた先。

 バルブロの影から何かがキラリと光る。

 

「殿下ぁ!」

 

 咄嗟に騎乗していた馬の上からバルブロに飛びつき、二人一緒に地面を転がる。

 

「んぐおぉ! 貴様いきなり何を……はっ!? こ、これは」

 

 バルブロが首筋に何か伝う感覚がしたので手で触れてみる。ヌルリとした感触が指を伝う。そこにあったのは血だった。

 

「これは、俺の血か?」

 

 頸動脈は切れてはいないようだがもう少し深ければ致命傷になっていただろう切り傷。自分にもたれかかる兵がしたのかと思った時。聞きなれない女性の声がした。

 

「ちっ、まさか感づかれるとは。それとも、ただ運が良かっただけ?」

「なんだ貴様はぁ!」

 

 王子の周りに居た精鋭たちに囲まれ、クナイを片手に構えている人物。

 それはティラであった。

 ただしその姿はいつもの忍び服ではなく、黒いローブにフードを深く被った顔が見えない怪しい姿。

 この変装は、王国が相手ということでティラの顔を見られた場合、王都で冒険者をしている姉妹に迷惑をかけかねないと危惧したからであった。

 

 ティラは影から影への短距離転移を行う忍術<闇渡り>と<影潜み>を駆使して密かに敵大将に近づき。感情が高ぶった隙を狙い撃ちしてこの戦いを終わらせようとしたのだった。

 

 敵大将を討ち取るのを失敗したティラは自身を囲む兵たちを見る。

 

(こいつら結構やる)

 

 その間にも標的(大将)はどんどんと離れていく。いくらティラがアダマンタイト級の忍びといえど、何十人もの精鋭に囲まれた今の状態で標的を討つのは不可能に近い。

 

 

 

「ああ!? あれ、敵陣のど真ん中でクナイ持ってるの、ティラさんじゃない?」

「なんだって!?」

 

 イミーナの指差す方向にヘッケランとジュゲムが目を凝らす。

 近くで話が聞こえていたアルシェとロバーデイクも同様に目を凝らす。言われなければ分からないぐらいだが、あのローブ姿の人物がティラだというのは佇まいからなんとなく分かる。

 恐らくは奇襲したのだろうが失敗してしまったようだ。

 そして、周囲を囲まれ絶体絶命のピンチ。

 なんとかして助けたい。

 ヘッケランたち“フォーサイト”にとってはまだ交流も短く、仲良しと呼べるような間柄ではない。

 しかし、短期間と言えど共に協力し合って暮らしてきた仲だ。なんとか助ける方法はないものかと頭を回転させるも、離れたこの距離では打てる手段は────なかった。

 イミーナが届きもしない矢を放とうとした時。

 

 ティラを中心に大爆発が起こる。

 

「なっ!?」

「じ、自爆?」

「そんな……」

「なんということを……」

 

 確かに大将を討ち取る。もしくは捕えることが出来れば、戦況はこちらに大きく傾いただろう。

 しかし、だからといって単身で敵陣のど真ん中に突っ込むなど無茶にも程がある。

 “フォーサイト”の四人に何も出来なかった無念の感情が溢れる。

    

「あの人はお館様に認めてもらいたくてあんな無茶を……」

 

 ジュゲムが爆発がおきた方向。キノコ雲を見ながら呟く。

 

「そうだね、この活躍をしっかりと伝えないといけないね」

「ええ、勿論でさあ。生きて帰ったらエンリの姐さんからしっかりと伝えてもらいやしょう」

「うんうん。ついでに夜伽も勧めるとなお良し」

「そうですね。あの人、こちらが呆れるくらい熱烈にアピールして……って、ええぇ!?」

 

 ジュゲムと会話していた人物。ジュゲムの後方から声を出していたのは────。

 

「「ティラさん!?」」

「ども」

 

 何食わぬ顔でなんでもないように立っていた。

 

「いや、あんた自爆したんじゃ?」

「そもそも爆発の中心にいて何で平気なのよ?」

 

 ヘッケランとイミーナが唖然としながら当然の疑問をぶつける。

 

「あれはイジャニーヤに伝わる忍術<微塵隠れ(みじんがく)>」

 

 爆発を起こす直前に影に逃げ込み自爆に見せかける超荒業。

 本来の用途は洞窟などに追い込まれた時に深追いしてきた相手を全滅させるように使う技である。爆発自体に大量の魔力を消費してしまうため、今のティラでは一回こっきりしか使用出来ない高難度の忍術。

 

「魔力がもうカラッポ。残念ながら敵大将を巻き込むことは出来なかった」

 

 爆心地から離れていたため敵大将は無事のようだ。それでも敵陣中央で起こった大爆発により敵兵はかなり浮足立っている。

 敵将を討てなかったのは残念だが、時間稼ぎがしたいこちら側としては、先の一手は十分な効果があった。

 更に、カルネ村にはまだ敵側に見せていない手札がある。

 

 敵の動揺が収まった頃。城門や城壁を破壊し、突破することを目的とした攻城兵器。破城槌が持ち出された時に隠していた手札を切る。

 正門の外。門の左右に不動で立っている二体のミスリル製の騎士ゴーレム。

 

 製作には時間と手間と費用が非常に掛かる為に、ゴーレムという存在は非常に稀である。これはゴーレム作成技術がしっかりと確立されているわけではないからだ。

 最弱とされるウッドゴーレムでさえ、作り出すには高位の魔法使いたち複数人を一年は拘束することになるという。なので最も弱いものでもかなりの金額で売買されている。

 リ・エスティーゼ王国王都でも魔術師組合に数体のウッドゴーレムがあるだけであった。

 

 破城槌を持って突撃してくる兵たちは、矢が振り注ぐ中を突破した先に待ち構えるゴーレムに蹴散らされることとなる。

 

 

 

 エンリたち避難組は物見やぐらから外の兵が表に回っていなくなったのを確認してからトブの大森林を目指す。先頭にブリタとアーグたち。続いて子供と女性にエルフたち。エンリは責任者として一番最後であった。

 ンフィーレアとリイジーはここにはいない。二人はアインズより借りている錬金術のアイテムを地下室に隠しているからだ。逃げる時間はないかもしれないが、覚悟の上での行動だ。

 ピニスンとトレントたちも村の中にいる。

 トレントは自力で移動が可能だが、ピニスンには自力で移動することが出来ない。何故か腕力がついてきたエンリでも、流石にピニスンの本体を担ぐなんてことは出来ない。

 「火をかけられそうになったら死ぬ気で暴れてやる」とはピニスンの言葉だ。彼女もアインズの配下として、村を襲ってきた連中に怒りを露わにしていた。

 エンリには無事を祈ることしか出来なかった。

 

 必死に足を動かすが森まではまだ遠い。普段よりも遠くなっているように感じる。

 極度の緊張感から息が乱れだしたエンリは馬の嘶きを後方から聞く。

 恐怖に怯えながら振り返ったエンリは────絶望を見る。

 

「嘘……」

 

 騎兵が百人以上、後方から現れた。恐らく物見やぐらから見えないよう、塀に張り付くように隠れていたのだろう。

 村から森まではそれほど距離があるわけではないが、人と馬とでは速さが違う。

 先頭を行く者たちは森まで間に合うかもしれない。

 ラビに乗ったネムと何人かは間に合うだろうか。

 でも、他の子供や女性たちは絶対に間に合わない。

 エンリは過去の虐殺を思い出し戦慄する。

 

(時間稼ぎにしかならないかもしれない。無駄に死なせてしまうだけかもしれない。それでも)

 

 エンリは逃げ延びた先。「終わった後で、俺らの仲間をこき使ってほしい」。そうジュゲムに言われていたみすぼらしい角笛を取り出す。

 

(ゴブリンさん!助けて!)

 

 轟いたのは大地を揺らすような重低音。

 ジュゲムたちを召喚した時はもっと貧相な、子供のおもちゃのような音色だったのだ。

 何故か騎馬隊が突撃を止め、手綱を引いて急停止している。その視線はエンリを通り越し、もっと後方を見ているようだった。

 エンリは後ろを見て────。

 

「……えっ?」

 

 エンリには聞こえていなかったが、上空から。

 

「えっ?」

 

 そして、とある軍の駐屯地の天幕内から。

 

『えええええぇぇぇぇ!?』 

 

 




忍法の中では<微塵隠れ>が一番好きです。
ンフィー君は空気。仕方ないね。
次回の話は結構すっ飛ばします。 
 

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