鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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あけましておめでとうございます。
投稿速度がパンパラパンですが、本年もよろしくお願いします。


39話 吸血姫の告白

 

 モモンに扮したアインズは、話があると言うイビルアイに連れられて彼女たちが拠点にしている宿の一室のソファーに座っていた。“蒼の薔薇”が取っている部屋の階は、宿の主人の気配りか他の客が空気を読んだのか、彼女たち専用も同然となっており、余人はいない。

 誰にも邪魔されたくないとしたイビルアイは対面で静かに座っている。

 

「こっちの冒険者にも理解を得られて嬉しいですね。それも“蒼の薔薇”の方々の協力あってのこと、皆さんには感謝しています」

「あっ、いや、そんな…………良い試みだと思ったからなだけで、お礼を言われるようなことは……」

 

 モモン(パンドラ)が前日までに行った魔導国の新たな冒険者の在り方の講習は、アインズから見ても文句の付けようがないほどのもの。そこにオーバーアクションがなければアインズとしては百点満点をあげても良いのだが。

 

(英雄視されてるし、ちょっとぐらいはオーバーにやった方が受けが良いのかもしれないけど……)

 

 モモンが王都に滞在予定の最終日はアインズがモモン役をやったのだが、しなければならないことは既に全て終わっていた。アインズがやったことと言えば、組合長と今後どのようにしていくかの確認作業だけ。

 その際にモモンに対しての感想も聞くことにした。つまりはパンドラへの評価が気になった。

 多くの冒険者からかなりの高評価を得ていた。大衆に呼びかける時の声の張り、人を聞き入らせる抑揚のある話し方。所々で腕を大きく振り上げたり、去り際のマントの翻し方。

 そのどれもが人の目を引き付けて止まなかったとかなんとか。

 そう聞いてアインズは仮面の下で顔を赤くすることとなる。精神沈静化が仕事して欲しい瞬間だ。

 

 その後もイビルアイと冒険者組合について話題を振る。

 

 

 

 やがて話のネタが尽きて、お互い喋ることが減ってきた頃。イビルアイがモジモジしだし、落ち着きがなくなる。

 

「…………なぁ、モモン。私の、その…………話があると、言っていたことなんだが…………」

「ああ、覚えているとも」

「あのな…………私は…………」

「…………」

 

 とても話ずらそうにしているのをモモンは黙って待つ。一分ぐらい経った頃、ようやくイビルアイが想いを口にする。

 

「…………好きだ」

「えっ?」

「私は、モモンが好きだ!」

 

 

 

(ええええええぇぇぇぇぇ!? 好きって、あの好きってことだよな)

 

 突然の告白に動揺を隠せない。幸いというか、兜のお陰で慌てふためく姿を見られてはいないので、その間になんとか冷静さを取り戻すことが出来た。

 

(ここは、マトモに受け取る必要はない、だろうな)

 

 そもそも『モモン』とは、アインズが作り出した虚構の英雄。

 転移後のこの世界の情報と資金を集めるのが目的で、冒険者ランクを上げたのもより質の高い情報と高額の報酬を必要としていただけで、その流れで英雄扱いされるまでに至っただけだ。

 イビルアイの『好き』という気持ちも、アイドルに対して向ける気持ちなのだろうと思ったアインズの思考は更に冷たく、冷静になっていく。

 

(イビルアイの気持ちは嬉しいが、ここは――)

 

 断った方がお互いのためだろう。モモンのそんな空気を感じ取ったのか、イビルアイは続けて話しだす。まだ、話は終わっていないとばかりに。

 

「仮面で素顔を見せていないのに、こんなことを言われても困るよな」

 

 イビルアイは震える手で指輪を外す。モモンがプレゼントした指輪ではない方を。

 

「!?――イビルアイ……君は……」

 

 周囲のアンデッドの存在を感知するスキル<不死の祝福>が反応を示す。

 続いて仮面をゆっくりと外すイビルアイ。

 

「……アンデッド、だったのか」

 

 仮面の下から現れたのは12歳ぐらいの少女。真紅の瞳に尖った歯が見えることから吸血鬼なのだと分かる。

 

「ああ、見ての通り、私はアンデッドだ」

「…………」

 

 固まり、何も言わないモモンを見て、イビルアイの胸は杭を打たれたように痛む。

 

「やっぱり、アンデッドに好きだなんて言われても、困る、よな……分かってたんだ、本当は……」

 

 イビルアイにとって予想はしていた反応。しかし、いざ目の当たりにするのは本当に辛かった。

 

「はっ!? いや、そうじゃない。ただ単純に驚いただけだ」

「そう、なのか?」

「ああ、本当だ」

 

 イビルアイはアンデッドだから嫌われたのではないと分かっただけでも嬉しく感じる。普通ならアンデッドは討伐対象だ。魔導国の進める政策のお陰で認識が変わりつつあっても、アンデッドと男女のあれこれなんて話は荒唐無稽なのは変わらない。

 

「私は生まれついてのアンデッドではないんだ。約250年前、インベリア国の姫として生まれたんだが、ある日国が亡んでしまった。その時、何があったか分からない。よく覚えていないんだ。気が付くと私はアンデッドになっていた。多分、私のタレントが影響していると思う…………」

 

 当時のことを思い出して、悲痛な表情を見せるイビルアイ。本当に辛い思いをしたのだろう。

 

「そのまま50年ぐらい経った頃かな、何もせずにゾンビが彷徨う国で蹲っていた私を、後の十三英雄が見つけて連れ出してくれたのは。私は『イビルアイ』と名を変え、彼らと一緒に国を出た。魔神討伐に共闘した事もある」

 

 一国を滅ぼした『国堕とし』は彼女自身のことで十三英雄によって討伐された。この話は十三英雄によって後付けされたのだと語る。

 

「彼らとの旅は楽しかった。辛い戦いも多かったけど、アンデッドの私を受け入れてくれた掛け替えのない仲間だった」

「…………」

 

 イビルアイは昔を思い出し、遠い目をしながら仲間とのことを話す。

 

 十三英雄の最後の冒険となった神竜戦にイビルアイは参加しておらず、戻ってきた十三英雄は黙して語らず、真相はイビルアイも詳しく知らないとのこと。

 

「仲間が死に、リーダーが自殺してしまったとは聞いている。ババアかアイツなら何か知っているかもしれないけど……」

 

 そう言うイビルアイはどこか納得いかない様子だった。

 

 二百年前のことをザックリとだがモモンに話す。十三英雄の冒険が終わり、仲間たちはそれぞれの故郷に帰ったりで別れてしまった。イビルアイは一人で魔法研究をして過ごしていたと。

 そうして永い時が過ぎ、仲間たちは寿命で亡くなったりして、親しくしていた友人はもう二人ぐらいしか生きていないと話すイビルアイはとても寂しそうだった。

 

「ひょんなことから“蒼の薔薇”に無理やり加入させられたが、今ではあいつ等も掛け替えのない大切な仲間になった。面と向かっては絶対に言えないけどな」

 

 平時でそんな事を言えば、絶対にからかってくるのが目に見えている。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の、そんな表情で今の仲間のことを語る。

 

「でも、そんなあいつ等もいずれは年を取って冒険出来なくなる。そして、人間には寿命がある…………その時が来たら私は…………」

「…………」

 

 その後に続く言葉は言わなくてもモモンには良く分かる。まだ昔の仲間が二人ほどは今も生きているようだが、これから先どうなるかなんて分からない。

 

「だから、今まで生きた中で初めて芽生えたこの気持ちを諦めたくないんだ! モモン、私と…………私と…………」

 

 その先を口にされる前に、モモンは手をかざして止める。

 

「イビルアイ、君の気持ちは良く分かった。だが君はまだ私の事を何も知らない。そうだろう?」

 

 確かにその通りだ。イビルアイはモモンのことを何も知らない。

 だが、イビルアイにとっては例えどのような人物であろうと、この気持ちは揺るがないと信じていた。仮面の下に醜悪な顔であったとしてもそんなのはもはや関係ない。

 自分のピンチに颯爽と現れて助けてくれた。切っ掛けは至極単純であっても、自分が心底惚れた相手なのだ。自分の知らない知識を持っているなども今となっては関係がない。初めて会ってからもう結構な時が経つ。その間モモンを想わない日はなかったのだから。

 

「教えて欲しい。モモンのことを」

「本当に良いんだな」

 

 イビルアイがコクリと頷くのを見て、モモンは漆黒の全身鎧を消す。

 

「!?――――そ、その顔は!?」

 

 知っている。見たことがある。

 王国が亡ぶ瞬間の映像はイビルアイも仲間と共に目にしていた。

 

「ま、魔導王!?」

「そうだ。私は魔導王アインズ・ウール・ゴウン。冒険者モモンとは仮の姿にすぎない」

 

 口をポカンと開けたまま固まるイビルアイの頭の中は『何故? どうして?』といった疑問で溢れていた。しかし、現実に目の前にある真実は間違えようもない真実。

 

「……あれほどの身体能力に強大な魔法……まさか、モモ……貴方は神人? いや、ぷれいやー、なのか?」

「プレイヤーを知っているのか?」

「う、うん。十三英雄のリーダーが、自分はぷれいやーだと言っていたのを覚えている」 

 

(やはり、十三英雄にはプレイヤーが居たか。本来ならここでプレイヤーの情報を余さず聞きたいところなんだけど)

 

 その前に確認しておかないといけないことがある。

 

「それで、私の正体を知って気持ちは変わったか?」

 

 アインズの問いかけに、イビルアイは気を落ち着けようと胸に手を当てる。

 次にアインズの顔を真っすぐに見つめる。ただただ真っすぐに。

 

(うっ、そんなに真剣な目で見つめないで欲しいな)

 

 イビルアイはアインズの方を見ながら自身と対話するように胸に手を当てている。

 

 しばらくして。

 

「モモンが何者だろうと、私の気持ちに変化は、うん、なかった。こうして近くに居られるだけで、こう、心がポカポカと温かくなってくるんだ……やっぱり私はモモンが、貴方が好きだ」

 

 少しだけ目に涙を溜めてはにかみの表情を見せる。

 見た目12歳の少女とはいえ、女の子にこんな顔で告白されてしまってはアインズの顔も赤くなってしまうのは仕方がないだろう。

 

 アインズは思わずOKを出してしまいそうになるほど可愛いと思ったが、すんでのところで思いとどまる。

 

「改めて言うが、君の気持ちは本当に嬉しく思う。だが、今ここで決めるのは少し難しい」

「うん、分かってる」

「えっ?」

「一国の王様なんだから、簡単に決められることじゃないのは分かっているさ」

(あ、そっちか)

 

 確かにその通りだ。王が妃を迎え入れるのにも、何かと段取りというものがありそうだ。

 

(勝手にイビルアイの気持ちに応えたら、アルベドとシャルティアがどう出るか分からなくて躊躇しただけなんだけど)

 

 どちらかと言えばこちらの方が大問題だろう。エンリの時のように若干曖昧な状態と違ってこっちは正式な申し入れ。しかもアルベドとシャルティアの二人のことは保留にしたまま。その問題が片付くまでは彼女の告白をそのまま受け入れることは出来ない。

 幸いなことにイビルアイは待ってくれるようなのでここは甘えておこう。今は少しでも時間が欲しい。

 

「ふふ、なんだか面白い顔をしているな。私が望んでいるのは妃なんかじゃないぞ」

「えっ、そうなの?」

「当たり前じゃないか。私はアンデッドなんだから子供も産めないからな。だから、私が望むのは恋人のような関係だ」

「そうか」

 

 受け入れるのか、断るのか。

 どちらにせよ、アインズは一つだけ決めたことがある。

 

「イビルアイ。何十年か先で君が一人ぼっちになってしまったら私の所へ来ると良い。実は私にも寿命というものがないからな。一人ぼっちになることはないさ」

「ええぇ!?」

 

 盛大に驚くイビルアイだが、よくよく考えてみれば不思議な話ではない。逸脱者のフールーダ・パラダインや仲間であったリグリット・ベルスー・カウラウも、独自の手法で老化を抑えて二百年以上生きている。二人は緩やかに老化しているようだが、魔導王ほどの魔力があれば不老になるのもお手の物だと言われても自然と受け入れることが出来た。

 

 

 

 夜の帳が下りる。

 

「もうこんな時間か?」

 

 イビルアイが寂しそうに呟く。睡眠を必要としない体では皆が眠りに就く時間は一人で過ごさなければならない。本心ではもっと話していたいという思いがひしひしと伝わって来る。

 ならば、とアインズは笑いながら語りかける。

 

「なんならもっと話そうか。私も聞きたいことが色々あるしな。睡眠無効のマジックアイテムもあるから一晩中でも構わないぞ」

「何でもありだな。でも、もう驚かないぞ。それじゃあ……モモ、貴方のことをもっと教えて欲しい」

(俺の事か……さて、どこまで話せば良いか)

  

 あまり情報は流さない方が良い。そんなのは分かっている。

 しかし、この時のアインズは彼女には教えても良い、むしろ自分のことを知って欲しいとまで思っていた。この気持ちがなんなのか、アインズ本人にもよく分かっていない。

 

 アインズとイビルアイ。二人の似通った事柄。

 

 仲間に置いて行かれて『一人残される』ということ。

 これが、アインズが心を開いた理由の一つなのは確かだろう。

 

 他者が聞けば、アインズの場合は所詮ゲームの話だろうと鼻で笑うかも知れない。一人残されてしまった時の永さも、イビルアイの方がずっと永い間寂しい思いをしてきたのだろう。

 だが、アインズは父親の顔も知らずして亡くし、母親も小学生だった”鈴木悟”の好物の弁当を作っている時に過労で亡くし、天涯孤独となってしまった。

 小学校でも卒業出来れば貧民層の中では上出来の世界。

 社会人となってからは、いつ死んでも構わない社会の歯車としてこき使われる日々。

 外出するにもガスマスクを着けなければ命の危険がある汚染された世界。

 そんな生きるだけでも必死な環境で友人を作ることは出来なかった。

 抑圧された世界の中で、貧民層でも遊べる唯一とも言える娯楽がネット世界。

 そして、”鈴木悟”はユグドラシルと出会い、産まれて初めて出来た友人たち。

 そんな彼らとの冒険は”鈴木悟”にとっては宝物のようなもの。イビルアイが仲間と過ごしてきた時と変わりはない。

 

 自分だけ置いていかれる。その寂しさ、無念さはアインズには良く分かる。

 

「イビルアイ、私はな――――」

 

 アインズは自分のことを話す。

 人間としてリアル世界に生まれたこと。ユグドラシルという世界に行き来してきたこと。仲間と造り上げたナザリック地下大墳墓のこと。謎の転移をして来たこと。いつかナザリックの皆に聞かせたものと同じ内容も含まれるが、あの時には詳しく話していなかった出生や肉親のこと、仲間との別れのことも、自分の心境を交えながら語る。

 仲間が居なくなって寂しかったこと。

 未練がましく皆と作り上げた本拠地を守り続けていたこと。 

 自分の情けない部分も隠さず話す。

 それら全てを、イビルアイは真剣に、真摯に聞き、受け止めていた。

 

 

 

 

「今度はそちらが聞かせてくれるか?」

「ん? 何について聞きたいんだ?」

「そうだな、十三英雄のリーダーが何か言っていなかったか? 例えばこの世界に転移してきた原因とか」

「ん~、そう言えばどこから来たのか聞いたことがあったな。ええと、リーダーはあの時なんて言ってたっけ? 確か……『最終日に、いん? してて、最後の時? 瞬間に、気が付いたら来ていた』だったと思う」

「!?――――そう、か」

「どうしたんだ?」

「いや……何でもない」

「それなら良い、けど…………なあ、モモ…………ん~。なあ、これからは陛下って呼んだ方が良いのかな? それともモモンでも良いのか?」

「えっ、呼び方、か」

「あっ、そう言えば私の本当の名を言ってなかったな。私の本当の名はキーノ、キーノ・ファスリス・インベルンだ。これからはイビルアイではなくキーノって呼んでくれると、嬉しいな」

「分かった。よろしくな、キーノ」

「うん、えへへへ。それで何て呼べば良いんだ?」

「そう、だな」

 

 『モモン』。これは冒険者として活動するための仮初の名だ。鎧を着ている時ならともかく、今の自分とは違う。

 

 『モモンガ』。これはユグドラシル時代からの死の支配者(オーバーロード)の時のハンドルネーム。転移してきてからはどこにも名乗っていないし、これも違う。

 

 やはり『アインズ・ウール・ゴウン』が正しいのだろう。魔導王の名であり、かつての仲間に気付いて欲しくてこの名を広めようとしていたのだから。自分にとって大切な名でもある。

 

 しかし――――。

 

「……悟。俺の本当の名は鈴木悟と言うんだ」

「サトル、スズキサトル」

「おっと、サトルがファーストネームでスズキがファミリーネームだ」

「サトル……サトル、か……良い名だな、すごく優しそうな響きがする」 

 

 

 

 その後も二人は一晩中話す。

 お互いの冒険話。

 仲間との楽しかったやり取り。

 空が白み始めるまでずっと――――。

 

 

 

 

 

 

 

 




一話につき一万字前後、と考えていましたがそれは止めることにします。
切りのいい所で区切った方が良いと思いまして。

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