鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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誤字報告ありがとう御座います。


6話 王都娼館

 ユリはカルネ村に新しく造ったログハウスでナザリックから持ち込んだ紅茶を飲みながら、自らの敬愛する主人から面倒を見るよう頼まれたネムの姿を確認する。

「zzz」

 

 よく眠っている。

 シズが第六階層から連れてきたスピアニードルの上で。

「全く。いくらアインズ様がナザリックの僕を好きに使って良いと言われたとしてもなんでその子なの」

「かわいいは正義。・・・アウラ様の許可も取ってある」

 

 ネムを起こさない程度に声を抑えながら問うたユリに、さも当然のようにシズが答える。

 椅子に座り寛ぐシズの目の前でネムと寝ている、高さ2mの白いアンゴラウサギに似ているスピアニードル。普段はモフモフだが戦闘態勢に入ると毛が鋭く尖る魔獣。Lvは67もある。可愛らしい見た目に反して自分より強いのだ。

「はぁ・・・」

 なんとも言えない感情に思わず溜息をはく。 

 

「それにしてもシズは随分ネムを気に入ったみたいね」

 シズがユリの方を向きながら左手の親指を立てる。無表情だが嬉しそうなのが分かる。姉妹として妹の感情ぐらいは分かるものだ。

 

「やっぱ『シズお姉ちゃん』って呼ばれたのがよっぽど嬉しかったんすかね?」

 ルプスが両手を頭の後ろで組みながら「ニシシ」と笑う。

 

「そうなの?確かに気に入ったモノにしか張らない『1円シール』をネ、ネ、・・ネロ?の服に張っているみたいだけど」

「ナーちゃん。それどこの皇帝っすか」

 

 二文字の名前も覚えられないナーベラルに(この子ほんとに冒険者としてやっていけてるの?)と思うが、ルプスも皇帝ってどこで覚えたのかしら。とユリが疑問に思っていると。

最古図書館(アッシュールバニパル)の本で読んだっす。なんか金髪の女の子がお尻半分出して戦ってたっすよ」

 

 ナザリックが転移してしばらく、アインズ様が本来至高の御方専用の第九階層『ロイヤルスイート』にある施設を僕に開放して下さったのだ。なんと慈悲深い御方なのか。というかルプスが得た知識はちょっと違うんじゃないかと思うがあえてつっこまないでおこう。

 

 シズが少しムッとした表情をして口を尖らせる。

「ああ~。ごめんっすシーちゃん機嫌直して欲しいっす」

 悪びれた様子もなく謝る次女にユリはまた溜息をはく。

「あまり騒がないの。ネムが起きちゃうでしょ」

「は~い」

 

 しかしこうして姉妹で仕事を全う出来るのは望外の喜びだ。

 今いるログハウスも私達プレアデスやナザリックから赴いた者の待機場所としてアインズ様から造るよう指示されたものだ。奥の部屋にはナザリック地表にあるログハウスへと繋がる転移の鏡が、厳重に警護されて置いてある。ちなみにマーレ様はすでにナザリックに戻られている。基本ルプスは常駐して、プレアデスが特に仕事が無い時は遊びに来て良いと言われている。特にシズは殆ど仕事が無く、自分は必要とされていないのではないかと落ち込んでいたのを気遣って下さったのだろう。私も勿論そうだが至高の御方から直接勅命を受けたシズの喜びようは姉としても初めて見たほどだった。可愛い妹のその姿に私も嬉しくなったものだ。

 

 再度、眠るネムを見る。

「・・・モフモフ・・・えへへzzz」

 

 自然と微笑む。今日一日でネムは私達を皆、名前の後に『お姉ちゃん』と呼び、懐いてきた。

 私とシズは無邪気なその姿に随分心を開いているが、ルプスとナーベラルはどうなのだろう。エモット姉妹はアインズ様を慕っているのが一目瞭然なのだから悪い気はしていないだろう。

 

 アインズ様にお仕え出来る喜びを感じながら、眠るネムを見守る。 

 

 

***

 

 

 

 日が昇り始めた頃。『黄金の輝き亭』にあるエ・ランテルの英雄『漆黒』が普段泊まっている最上級の部屋。朝食を済ませたエンリは身支度を整えていた。同じく漆黒の鎧に身を包み、出発の準備を終えたあの方は「用がある」と先にロビーに行ってしまった。

 

 昨日の夜、エンリは自分の思いをぶつけ初めてを迎えた。

 知識としてはあったが経験が無かったから不安ではあったが、初めてにしてはちゃんと出来たと思う。男の人のを見た時はちょっと泣きそうになってしまったが、そんな私をとても優しく抱いてくれた。というより気持ち良くて私から何度も求めてしまった。アインズ様も気持ち良さそうにされていたからなにも問題ないのだろう。途中からは頭が真っ白になってよく覚えていないが、かなり激しくしてしまったのか、朝起きたらシーツがめちゃくちゃになっていた。

 他の人のこういう行為の話は知らないが、こんなに何度もするものなのだろうか?いや、求めたのは私だけど。アインズ様は何回しても元気だったからこれぐらいは普通なのかな。

 朝早く目覚め、まだ眠っている愛しい方の顔を見ていると、我慢出来なくなりそっと目を閉じて唇を合わせた。

 ふと目を開けると視線が合った。「おはよう。エンリ」

 慌てる事なく朝の挨拶をして、絡ませていた左足になにか硬いモノが当たる。

「あ、ちょ・・・」

 少しうろたえた様子が愛しくなる。男の人の生理現象だというのは知っている。だから私は「フフ」っと微笑み・・・・・・

 

 昨晩からの事を思い出していると、顔が熱くなってきた。「いけない」下で待たせてしまっているかもしれないのだ。両手で頬を叩き、気持ちを落ち着かせて足早にロビーへと向かう。

 

 一階のエントランスにアインズ様、じゃなくてモモンさんとナーベさんの姿が見えた。

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「おはよう」

「それほど待った訳じゃないさ、もう準備はいいのか」

「はい」

 

 宿屋を出ると、ハムスケさん、ジュゲムさんが馬車と待っていたようで挨拶を交わす。今日は私の冒険者プレートを受け取ったら後は村に帰るだけ。

「そうだ。先にエンリに渡しておこう」

 

 そう言ったモモンさんが布の袋を渡してくれた。中には綺麗な木箱が二つ入っている。

「フロントに頼んで作ってもらった弁当だ。時間がなくて二つしか用意出来なかったが帰ったらネムと食べるといい。<保存>(プリザベイション)の魔法がかかっているから時間がたっても問題ない」

「えっ。ネムの分も。ありがとうございます。ネムも喜びます」  

 

 エ・ランテル最高の宿というだけあってここの食事はとても美味しかった。なのでいつかネムにも食べさせてあげたいと思っていたのがいきなり叶ってしまった。心を読まれたのだろうか。それとも私を気遣ってくれたのだろうか。多分後者だと思う。

 

 幸福な気持ちを抱いて街中をハムスケに乗り、組合へ向かうエンリ一行。

 

 

 

 アインズはチラリとカルネ村で会った時より肌艶が増したように感じるエンリを見て、宿であった行為を思い恥ずかしくなる。

 求められるまま何度もしてしまった。出来てしまったのだ。

 リアルで風俗などの経験はなかったが、性欲は人並みと思っていた。

 性欲が無いに等しかったアンデッドから人間になった反動だろうか。今となっては答えが出ない。

 エンリに手を出した事を後悔はしていない。

 エンリの思いを知り、好意的に感じていた相手というのもあり、急に愛おしく思ったのだ。

 恋愛経験の無かったアインズにはエンリに対する自分の気持ちがよく分からなかった。

 ただこれから先、エンリは必ず守っていこうと密かに決心した。

 

 そんな決意の中。冒険者組合へ向かう途中、アインズに<伝言>(メッセージ)が届く。

 人指し指をこめかみに当てて<伝言>(メッセージ)を受ける。

『アインズ様。ソリュシャンです』

「!?・・どうした。何かあったのか?」

 

 現在ソリュシャンはセバスとリ・エスティーゼ王国の王都で情報収集の任についている。何か不測の事態があった時の為に、<伝言>(メッセージ)のスクロールをソリュシャンに渡してあるが、それを使用してアインズに直接連絡が来るとは緊急事態が発生したのかと訝しむ。

 

『セバス様に裏切りの可能性があります』

「・・・・・・はい?」

 

 

 

***

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国 王都にある人気のない裏路地。

 そんな人の目のない狭い通路で執事服を着た猛禽類のような目をした、白髪に同じく白い髭を蓄えた老人『セバス』は襲撃してきた暗殺者を返り討ちにし、スキル<傀儡掌>で相手から情報を聞きだした所である。

 

 アインズの命により、ソリュシャンを商人の娘、セバスはその執事と偽装し、王都で情報収集を行っていた。

 貴族や他の商人と接触し現状を探ったり。

 魔術師組合で最近開発された魔法の巻物、スクロールを購入したり。

 王都における有名人物や噂レベルの話、冒険者組合での冒険者への依頼内容等を纏め報告していたが。

 ある日。情報収集の一端として王都の地理を完全に掌握するため王都を散策していた際に、死に瀕していたツアレを独断で救出した事で、奴隷売買を禁止する法律を盾に、王都の役人とその王都を裏から牛耳る犯罪組織『八本指』に目を付けられ脅された。

 ツアレを助ければかなりの厄介事を抱え込む可能性が高いのは分かっていた。それはナザリックの不利益に、ひいては至高の御方の御意思に背く行為ではないか・・・

 しかし自分の心に波紋のように生じたモノに従い自らの庇護下に置いた結果、追い込まれてしまった。

 外を歩けば何か策が浮かぶかと思い散策している時にクライムとブレインという人物に出会い、稽古を施し、色々相談を受けたりし、後を着けていた暗殺者を共に倒し、今に至る。

 

 暗殺者から聞き出した情報で、八本指 六腕の一人『サキュロント』なる者の指示でセバスを殺し、屋敷の女主人であるソリュシャンを攫う計画だったのを知り、問題の源を潰しに向かおうとした時、<伝言>(メッセージ)が届いた。

 

『セバス様。ソリュシャンです。至急、屋敷にお戻り下さい』

 

 !?・・いつもより圧力を感じるソリュシャンの声色になぜか背筋が凍る気がした。

「なにかあったのですか?」

『詳細は直接に。至急お戻り下さい』

 

 有無を言わさぬ言いようにやはりなにかあったのだと確信した。

「分かりました。すぐに戻ります」

 

「アングラウス君、クライム君。申し訳ありませんが急用が出来ましたので私は屋敷に戻ります」

「えっ。急用ですか?」

<伝言>(メッセージ)を受けていたようですが、なにがあったのです?」

「申し訳ありませんが詮索はしないで下さい。では、失礼します」

 

 そう言いセバスは裏路地を抜け、人込みのある通りを目にも止まらぬ速さで駆け抜けて行った。

 その心に一抹の不安を抱きながら。

 

 

***

 

 

 

 アインズはソリュシャンの連絡を受けた瞬間、時が止まったように呆けてしまった。

(えっ!セバスが裏切り!?いやいやないだろ。あのセバスだぞ)

 全くもって信じられないがナザリックの者が嘘を言うはずもなく、また、こんな街中で詳しく話しを聞く訳にもいかなかった。

「すまんが急用が出来た。ナーベとハムスケはエンリの付き添いを頼む。村に戻った後は自由にしていて良い」

 

 アインズが<伝言>(メッセージ)で話していたのを唯一気付いていたナーベが返事を返す間もなく、漆黒の戦士は重量のある全身鎧を感じさせる様子もなく、「ズドドドドド」と走り去っていった。

 後に残されたエンリ一行は訳が分からずポカ~ンとした姿を街行く人々と一緒に晒していた。 

  

 

 一度ナザリックに戻り、内容が内容なだけにナザリック三大頭脳であるアルベド、デミウルゴス、パンドラの三人と全体化させた<伝言>(メッセージ)でソリュシャンから詳しく聞くことにする。

 

 全てを聞いたアインズは安心した。

 セバスは裏切ってなどいない。創造主であるたっち・み~の正義感がセバスにも息づいていただけだろうと。

 だが、アルベドとデミウルゴスが怒りの表情を見せている。

 どうやらアインズからの勅命「目立つ行為はするな」の部分を守れていないことに憤っているようだ。

 たしかに王都に居た二人はアインズが人間になり一部方針の変更をまだ伝えてはいなかったがそれはまた別の話であると。

 至高の御方の命を軽んじているというソリュシャン含め三人の意見はアインズとしても分かる話だ。

 皆への示しがつかないし、何も御咎め無しだと士気に関わると、デミウルゴスの案でセバスの忠誠を試すこととなった。

 その際の護衛はデミウルゴス、コキュートス、ヴィクティムを連れて行きパンドラがアインズに変身して影武者を演じるとの案だったが、影武者はアインズが却下した。

 セバスの裏切りなど信じていないアインズは自分が直接セバスから話を聞きたかった。

 護衛から外されたアルベドが「なんでよぉ~」とデミウルゴスに激しく詰め寄り、宥めるのに苦労したが、アルベドにしかナザリックの管理は出来ないとして、待機してもらった。アインズ絡みとなると冷静に対処出来ないのもあるが。(もちろんそれは言わない)

 

 

 

 王都で活動するセバス、ソリュシャンの拠点としている館の応接室。

 その部屋で仮面を被ったアインズがソファーに座り、左にコキュートス、右にヴィクティムを抱いたデミウルゴスが立ち、ソリュシャンは扉の傍でセバスを待っている。

 

 

 

 セバスが拭えない不安を抱きながら常人を超えた速さで戻り、館の入り口を開け入った。

「お帰りなさいませ。セバス様。アインズ様がお待ちになっております」

 

 ソリュシャンの瞳は光を宿さない濁ったような色をしており、その気配は冷酷にセバスを射すくめるようであった。

 自身が絶対忠誠を誓う主人が待っている。その事実にセバスの額から脂汗が滲み、恐怖から足が震えてしまいそうになるが───ナザリックの執事として鋼の精神で抑え込み、ソリュシャンに案内され応接室に入っていく。

 部屋に入りすぐにソファーに座る絶対支配者の姿を確認する。ナザリックにおられる時と違い、芸術品のような白い顔を、泣いているような、怒っているような仮面で隠しておられるが、特に疑問に思うことはない。アインズ様はカルネ村を救われた時、仮面で正体を隠していたのだから。

 それにアインズ様からは至高の御方々が纏う、支配者としてのオーラのようなものを発しており、そのまとめ役であられたアインズ様はとりわけ強いオーラを放っている。仮面を被っていようがナザリックに属する者として、間違えようがなかった。

 

「アインズ様。お待たせして申し訳御座いません。セバス・チャン。御身の前に」

「それほど待った訳ではない、私が来た理由はもう分かっているだろう?ソリュシャンから粗方聞いてはいるが、お前の口からどう思って行動したのかを聞かせてくれ」

「・・・はっ、はい」

 

 

 

 そうしてデミウルゴスが提案したセバスの裏切りの可能性の確認。

 セバス自身の手でツアレを処分出来るか。を証明させるため、セバスの放った拳をコキュートスが受け止め、間違いなく即死させるほどの威力が込められていたのを確認し、セバスに裏切りの心が無いことがナザリックの面々に証明された。

 

 アインズとしてはこういう確かめ方は正直したくなかった。本当はパンドラを替え玉にするのも有りかとも一瞬思ったが、他の皆の士気にも関わるし、嫌な事を部下に投げ出すのは上に立つ者として失格だとこの場に来た。

 戸惑いはあったが自分で来て良かったとも思う。

 セバスの行動原理はたっちさんの正義感を受け継いでの事だ。

 子は親に似るもの。

 その事が分かっただけでアインズは嬉しかった。かつての友人が残してくれた大事な子供のように思えて。

 

「言った通りだろデミウルゴス。私は最初からセバスを信じていたと」 

「はっ。浅慮な私をお許し下さい」

「許すも許さないもないさ、ナザリックを思ってのことだろう。頭を下げる必要などないさ」

「慈悲深き心遣い。誠にありがとう御座います」

 

 自身が招いた失態を「許す」と言われたセバスはツアレと一緒に安堵したように緊張していた体を緩める。

 

「それにしても、セバスとソリュシャンも私の変化に気付かなかったようだな」

「「??」」

 

 同時に首を傾げる二人を尻目に、アインズは仮面を外す。

「「!?」」

 

 優しげな瞳をイタズラが成功した子供のように「ニヤリ」と笑いかける。

 

「アインズ様!その御姿は?」

 驚きからいつもは鷹のように鋭い目を見開き尋ねるセバス。

 ソリュシャンも驚いているが、何か他のことがあるのか、考え事があるかのように思考を巡らしている様子。

「詳しい話は後程しよう。その前に。ツアレ」

「は、はい!」

「お前の今後の処遇について決めなければな。私から提示出来るのは、どこかに身寄りがあるのならそこまで送るし、十分に生活出来るだけの金銭を渡そう。嫌な記憶を忘れたいのならば私の魔法で消すことも可能だ。・・・さて、お前はどうしたい?」

「わ、私は・・・セバス様と一緒に居たいです」

「セバスと、か・・・先に言っておくがセバスと共にということはナザリックに、私の拠点に移るということ。そこは異形種の巣窟、見た目は人間に見える者もいるが人間はほとんどいない。それでも良いのか?」

「はい。私にとってこの国では辛い事しかありませんでした。ずいぶん前に離れ離れになった妹のことは心配ですが、それでも・・・セバス様と居たいです」

「・・・分かった。お前の希望を叶えよう。今後ツアレの身はアインズ・ウール・ゴウンの名において保護しよう。そしてセバス直轄の見習いメイドとして働いてもらう。なにか異論はあるかセバス?」

「いえ。寛大な処遇に感謝致します」

「うむ。ではツアレ、疲れたろうから部屋に戻って休むと良い」

「は、はい。その・・・ありがとうございました」

 深く頭を下げ、少し名残惜しそうにセバスをチラリと見て退室したツアレを見届ける。

 

 かつてアインズが冒険者としての第一歩を踏み出した際に出会った冒険者チームが居た。そしてエ・ランテルで起きたアンデット大量発生の事件で全滅。その後そのチームの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ニニャが残した日記によってアインズはこの世界の一般知識を得ることが出来た。

 コレはその借りを返すだけである。

 

「さて、なぜ私の姿が人間になったかだが、その説明はデミウルゴスに任せて良いか?私はその間にヴィクティムをナザリックに連れて行こう」  

「畏まりました」

「よろしくお願いします。アインズ様」(エノク語)

 

 アインズが転移魔法で移動するのを跪いて見送ってから、セバスとソリュシャンにあの日の内容を事細かに説明していくデミウルゴス。

 予想通りセバスはなんの異論も無かったが、カルマ値がマイナスのソリュシャンの方が喜んでいたのがコキュートスにはナゾであったという。

(後デ、デミウルゴスニ聞イテミヨウ。サスデミ・・・フフ)

 

 

 

 アインズが漆黒のローブ姿で再度応接室に戻ってくる。

「お帰りなさいませ。デミウルゴスから説明を受けましたが、非常に興味深い御話でした。無論アインズ様の決定に異議など御座いません」

「私からも異議はございませんわ。うふふ」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

 

 二人の理解を得られて「ホッ」と内心安堵の息を吐く。

 そして、社会人として大事な反省会を開かなくてはならない。

「セバス。今回の件、何が悪かったと思っている?」

「はい。やはり報告を怠ったのが一番かと。ソリュシャンから幾度も報告するよう催促されたのにもかかわらず、私の甘い考えからそれを怠りました」

 鎮痛な面持ちで応えるセバスに、十分反省の色が見えたアインズは今後同じようなミスはしまいと満足気に頷く。

「そうだ。報告、連絡、相談は大事な事だ。だがそれだけではない。お前がツアレを拾った時に八本指の男に渡した金にも問題がある」

 セバスに渡した金はアインズが冒険者として稼いだ額のかなりの割合を占める。アダマンタイト級になったことで一つ一つの依頼報酬が跳ね上がり、一般人では手が届かないほどになっている。

 そんな金額を袋ごと渡せば、裏組織の人間はカモと思うのは当然であり、必然だろう。

 終わったことをグチグチ言うつもりはなく(十分痛い金額だが)、最後に自分も人間になったことを二人に伝えていなかったのを反省し終わりとする。

 今回の件でナザリックの者が、外の金銭感覚を理解してくれればそれで良いとして。

 

「ところでセバス。この屋敷を窺っている者が二人いるとハンゾウから報告があったのだが心当たりはあるか?セバスが屋敷に帰ってきてからしばらくしてのことだが。敵意は無く、館を窺う様子だけだったので放置していたのだが。一人は短い金髪で兵士風の少年。もう一人はボサボサの青髪で傭兵のような男らしいが」

「!・・まさかクライム君にアングラウス君?」

 

 セバスは今日会った二人のことを話す。

 詮索しないよう伝えたはずだが、自分を心配してこの館にたどり着いたのだろうと。

 

 

「娼館を潰しに行くところをな・・・よし、セバス。お前はその二人と一緒に襲撃してこい。デミウルゴスは姿を隠して補佐をしろ」

「よろしいのですか?」

 デミウルゴスの疑問は尤もだが。

「ああ。娼館で無理やり働かされている者達を救ってこい。セバスの報告にもあったがこの国の上層部は腐りきっている。その少年が言う慈悲深い主人というのも当てにしない方が無難だろう。あまりに酷い傷を受けていた場合、王国や神殿勢力が持つ治癒能力では完治出来ないだろう。もちろん助けを求めない者まで面倒を見る必要はないがな。店の従業員やそんな店を利用していた者はデミウルゴスに任せよ。重要人物だけその少年に渡せば良い。コキュートスとソリュシャンは館とツアレの護衛だ。全てが終わり次第撤収。二人の王都での情報収集は終了とする。」

「「畏まりました」」「畏マリマシタ」

「後は・・・」

 

 

 

 

 クライムとブレインは詮索するなと言われたが、強大な力を持ち恩があるセバスの異様に感じた様子に、なにかあったのは間違いなく、たとえ役に立たずとも力になりたかった。

 あっという間に居なくなったセバスの館の場所は、王都の巡回をよくしているクライムが最近白髪の執事がいくつかの場所で噂になっていたのを知っており、その人物こそセバスだと気付いたため聞き込みを行ったところ割とすぐに分かった。

「ブレイン様。セバス様は中で何をしているのでしょう?」

「分からん。近くの人がセバス様らしき人が屋敷に入るのを見たと言っていたから間違いなくこの館にいるんだろうが・・・ここからじゃな」

「・・・なにも悪い事をするためにここに来た訳じゃありません。思い切って尋ねてみましょうか?」

「そうだな。いつまでもここに居てもらちがあかん」

「では」

 

 二人が屋敷の入り口に向かって歩き、扉まであと五歩ぐらいのところでその扉が開かれる。

 中から・・・

「「セバス様!」」

「おや。どうしたのですかな御二人とも?」

 

 

 

 

 デミウルゴスがセバスと男二人がアインズ様からの指示通りに娼館へ向かって行くのを上空から見下ろす。高位の不可視化で姿を消しつつ。

 

 どうやら男二人は裏手から別行動するようで、こちらにとって好都合だ。セバスが鉄製の扉を腕力だけで開け放し中に入っていく。

(ちょっ!いくら人通りが無いからといって、扉をそんな状態で立てかけておいたら誰かが通りかかったら不審に思うでしょうに)

 溜息を吐きながら入り口付近に幻術と静寂(サイレンス)の効果を持つスキルを使い補佐する。

 

 先へ進んだセバスの後に続くと部屋の中には意識を狩られた従業員が何人も倒れていた。この者達は我が主を不快にさせた連中、主も慈悲をかける必要は無いと仰った。デミウルゴスは自然と悪魔らしい笑みを浮かべて、ナザリックへと送る段取りをする。ちなみに死体はセバスが跡形も無く消し飛ばしたと説明することになっており、デミウルゴスが血だけ本物を使用し演出していく。

 

 開けっ放しの隠し階段から地下に進み気絶した客と従業員を順次ナザリックへと送っていくと、ここの娼婦だろう女に屈みながら話しかけ、困った様子のセバスに追いつく。不可視化したまま近づき。

「セバス。どうしました?」

「デミウルゴスですか。捕らえられていた女性達は意思疎通がしっかり出来ないようです。これでは助けを求めているかどうかの確認が・・・」

 

 デミウルゴスは辺りを見回す。狭い部屋のベッドで何度も殴られたのか、意識を失い顔の原型を留めていない者。牢屋で鎖に繋がれ麻薬でも打たれたのかブツブツと呟いている者。手足の腱を切られたのか、グッタリしている者。両目を潰された者。他にも様々な状態の者がいるが五体満足な者はなく、意識を持っている者もいるがセバスの言う通り、これでは全員の確認が取れない。

 

「ふむ・・・よし、全員ナザリックに連れて行き治療しましょう。アインズ様であればそうされるはずです」

 

 セバスは驚きから声も出せなかった。人間を玩具にし、悲鳴を聞くのが愉悦としているこの悪魔がと。

「何て顔をしているのですかあなたは。私はアインズ様の御意思に添ったまでですよ」

「あ・・・いえ、なんでもありません。ではこの女性達を頼みます」

「ええ。勿論だとも」

 

 セバスが娼館の幹部を探しにさらに奥へと進むのを見送り、女達を眠らせ治療のためナザリックへと送る。

(セバスも何を思ったのか。当然の事ではないか)

 デミウルゴスにとって至高の御方の意思に背くことなどあってはならない。ありえないのだ。

 我々を見捨てずに残って下さった自身が忠誠を尽くせる最後の御方。

 確かに悪魔である身として人間の悲鳴などは好きだ。だが、主がそういった行為を好まない以上、主から許可の出た者以外には友好的にあたるのはなんでもない。

 主の意思に背き、自身がいらない存在と見なされる事や、主自身が我々を見捨て居なくなられる事を思うとこの身が、魂までもが引き裂かれる思いだ。忠誠を捧げる主がいなくなるのは己の存在理由そのものを失うのも同義なのだから。

 主の意に添えるなら、自分の嗜虐的嗜好なぞ七階層の溶岩にまとめて捨てることになんの戸惑いもない。

 デミウルゴスは主人の期待に応えることが出来る喜びに身を震わせて自らがするべきことを全うする。

 

 

 

 セバスが気配を消しながら部屋に入ると、ちょうどブレイン君(そう呼んで欲しいと言われた)があの時館に来た六腕の一人サキュロントを倒したところだった。もう一人の見慣れない、逃げようとしているオカマのような男がここの幹部だろうと気配を消したまま気絶させる。

 

「御見事です」

「セ、セバス様!?」

 

 ブレインの実力からすればサキュロント相手に苦戦もしないだろう。現に怪我一つしていない。

 

 サキュロントにやられたのであろう、倒れているクライムを<気功>で回復させ店の従業員は怒りから消し飛ばしてしまったと説明する。

「え!?・・・そう・・なんですか。セバス様であればそれくらい出来ても不思議じゃありませんし。ここの者はそうなっても当然ぐらいのことはしてきたでしょうし、問題ないと思います」

 

「ここに捕まっていた女性達ですが、私の方で治療のため預かろうと思いますが構いませんね」

「え?待って下さい。それは・・・」

「王国に住む者を勝手に連れ出しては奴隷禁止法に抵触する。・・・ですか」

「い、いえ。わ、私の主人に頼めばなんとか・・・」

 主人とデミウルゴスが予想してきた返答が帰ってきた。そのための対応もセバスは貰っていた。

「なんとか出来ると?手足を失った者や精神を病んでしまった者を完治させられると言うのですか?」

「そ、そこまでの事は・・・」

「失礼。貴方や貴方の主人を責めているのではないのです。この国や神殿ではそこまでの治療は不可能でしょう。ですからこちらで治療をし、完治した彼女達がこの国に戻りたいと望めば帰します。彼女達にとって悪いようにはしません。約束しましょう」

「・・・分かりました。そこまで仰られるなら」

「ではそこで倒れている二人はお任せします。私は急ぎ彼女達を安全な場所に運びます。では」

「はい。今日は色々とありがとう御座いました」

 

 礼を言うクライム君と無言で礼をしているブレイン君にセバスは執事らしい優雅な所作で礼をし、役目の済んだ館へと帰る。こうしてセバス、ソリュシャンの二人は長かったような短かったような王都での暮らしを終えた。

   

 

 

 

 

 

 




ソリュシャンの裏切り報告が原作よりちょっとだけ早くなってます。
アインズ様がツアレとニニャの関係に気付く描写はありませんが、その辺りは割愛で。
まだ少数ですが、牧場に人が増えたり人間が好物な僕もニッコリ。
とても大事に扱われています。ナザリック的に。

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