照らされざる君に   作:山石 悠

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本編:照らされざる君に
7/20(金)~7/21(土) 「開幕」


 少しだけ期待していた。

 もしかして、と思っていた部分は確かにあった。

 

 だけど、今ならはっきり言える。

 この気持ちは、永遠に叶えてはいけないものだ。

 

「大和さんのことが好き、です」

 

 だって、僕は最初から舞台の上になんて立っていなかった。

 

「……言えないくせに」

 

 僕が立っていたのは、客席の遥か上階。舞台を照らすライトの裏側だったのだから。

 

 

 

 

 

 7月の定期公演が終わり、我ら青蘭高校演劇部もまた夏休みを迎えようとしていた。

 定期試験直後の公演はかなり大変だったが、無事に納得のいく舞台を作り上げられたと思う。

 

 傍で部長と副部長が話しているのを聞き流しながら、僕は舞台の感想が書かれたアンケート用紙をめくった。

 

「さて、次はどうしたもんか。大会に向けて新しい脚本を書くか?」

「やっぱり、大会は既作よりもオリジナルがいいよ。山科はどう思う?」

「え、僕?」

 

 部長の高橋から急に振られて答えに詰まる。

 

 公演が終わったばかりということもあり、今日は練習よりも反省会の色が強い。アンケートの集計や顧問がとってくれていた映像を見返しながら、各々が自分達の課題について考えている。

 かくいう僕もアンケートの束をパラパラとめくって内容を確認している途中だった。

 

 僕が質問に詰まって間が空いてしまったからか、高橋と一緒に話していた副部長の柴田がアンケートを軽く覗き込んできた。

 

「山科に対する意見、あったか?」

「全然」

「そりゃそうだ。照明や音響の演出について書く奴なんて、普通はいねぇ」

 

 僕はこの演劇部で唯一の専属裏方だ。舞台に出ることはなく、音響や照明装置を操作している。

 アンケートを書いてくれる観客のほとんどは、演劇に詳しくないか役者の二種類。だから、裏方的な部分に対する意見を書いてくれる人っていうのはほとんどいない。

 

「悪く書かれてないってことは、違和感を与えずにいられたってことでしょう? なら、それはきっといいことだよ」

「……ま、そうだな。っても、山科のライトワークにケチ付けるのはかなり難しいわけだが」

「確かにね。山科の演出とライトワークはプロでもそれなりにやっていけると思うよ」

「いやいや、それは言い過ぎだよ」

「言いすぎじゃねぇって」

 

 柴田と高橋が妙に褒めちぎるからくすぐったくなる。

 僕は専属の裏方として活動している分、みんなよりもライトワークがうまくなっているだけだ。それなのに、みんな褒めてくれるので恥ずかしい。

 

「今度、劇団で照明触ってる人紹介するから、会ってみろよ」

 

 柴田が「どうだ?」と言った。

 彼はプロの劇団の人達とも芝居をしており、その演技の技術は並の高校生では比較にならないほどだ。

 

「え、プロが使ってる機材が見れたりする!?」

「ああ、かもな」

「行きたい!」

 

 高校の設備を悪いという訳ではないが、それでもプロが使っているものに比べれば幾分か劣る。

 演劇部に入って照明や音響機材にハマってしまった身としては、プロが使っている機材が見られるというのは心が躍ってしまう。

 

「皆の話をたまにするんだが、普段は劇場で照明触ってる人が山科に興味があるって」

「柴田、僕のこと誇張して話してたりするからじゃない?」

「公演の記録見せてそう言ったんだから違う。山科には実力ある」

 

 柴田は僕の手を握った。

 

「夏休み中に日程調整するから、絶対空けとけよ」

「分かったよ。大会までに裏方の勉強もしたいし」

「決まりだ」

 

 柴田がいつもは見せない笑みを浮かべたところで、高橋の方を見た。

 

「そういえば、今日は先生が来るんじゃなかったのか?」

「ああ。なんでも、次の公演について話があるって──」

 

 高橋がそこまで行ったタイミングで、教室のドアが勢いよく開いた。

 

「よう、お前らいるか?」

 

 唐突なことに教室にいた全員が黙り込み、ビデオから流れる舞台の時の音だけが流れている。

 

「……せ、先生?」

 

 皆がポカンとしている中、高橋が少し早く正気を取り戻した。

 そして、ゆっくりとドアの前で、してやったりと嬉しげな表情を浮かべている先生の方に向かった。

 

「おはようございます」

「おう。反省会の調子はどうだ?」

「まだ、途中です」

 

 高橋が教室の方を示しながら説明をする。

 先生は「振り返りも大事だが、ほどほどにしておけよ」と声をかけて高橋の方に向き直った。

 

「……で、別にそれはどうでもいいんだった」

「あ、はい」

 

 いつものことだけど、切り替えが早い人だ。

 

「実は、次の公演のことでみんなに話があってな。ちょっと集まって」

 

 先生は手早く話題転換すると、軽く僕らに手招きをした。

 各々が手に持っていたアンケート用紙やビデオを置くと、先生の近くに移動した。

 

「さて、次の公演についてだが、一つ提案したいことがあるんだ」

「提案ですか?」

「ああ」

 

 一度僕達を見渡して、間を開けた。

 

「次の公演、別の高校と一緒にやってみないか?」

「別の、高校?」

 

 合同公演ということだろうか。

 でも、いきなりどうしてそんな話に……?

 

 みんなが顔を見合わせてざわつきだすが、先生が軽く手を叩いてそれを静めた。

 

「実は、知り合いに別の高校で演劇部の顧問をしている先生がいてな。飲みの席で『一緒にやってみないか?』って話になってな」

「なるほど」

「相手が女子高で、うちが男子校。やるには十分な理由だろ?」

「面白そうですね」

 

 女子がいる舞台になるのなら、僕らの演劇の幅は大きく広がる。

 女装でどうにかするのは高校生の技術ではやはり難しく、僕らのやる舞台では女性のキャラクターを登場させられないのが常だ。

 しかし、女子高と一緒にできるのなら、作れる舞台の種類は格段に広がる。

 

「それで、どこの高校ですか?」

 

 手を挙げながら柴田が聞いた。

 

 皆も頷きながら先生の方を見る。

 先生は「どこだったかなぁ……」と思い出すそぶりを見せてから「そういえば」と手を叩いた。

 

「羽丘女子学園だ」

「やります!」

 

 柴田が食い気味に答える。

 

「どうした、柴田。そんなに急いで決めなくても」

 

 他のメンバーが苦笑しながらそう言ったが、柴田の表情は変わらない。

 

「何ってるんだ! 羽丘っていうと、あの瀬田薫がいる高校だろ! やるしかねぇ! むしろ、俺一人でもやらせてほしいくらいだ」

 

 柴田がそう言うと、みんなが「あの瀬田……!?」とざわつきだした。

 人の名前を覚えるのが苦手なせいで、その瀬田という生徒に覚えがない。誰だったっけ。

 

 こっそりと隣の肩を叩いた。

 

「ねぇ、瀬田って誰? 何に出てた人?」

「おいおい、山科ってば忘れたのかよ。瀬田っていえば、去年の大会で演技賞をもらった立役者だよ」

「え、覚えてないって。役名とか言ってくれない?」

「役? えっと確か、異国の貴公子が立ち寄った国の平民の娘と恋に落ちるっていう……」

「あ! 『その月の名を呼ばない』のルーク王子!!」

 

 確かに、彼……いや、彼女はとてもオーラのある役者だった。

 思い返せば、大会では審査員に「柴田君と瀬田さんは、高校生とは思えない素晴らしい演技を見せてくれた」なんて言われていたのを覚えている。

 

 そうか。だから、柴田が躍起になっているのか。

 

「……決まり、みたいだな?」

 

 先生が高橋に尋ねた。

 高橋は全員を見渡してから、力強くうなずいた。

 

「もちろんです。ぜひ、やらせてください」

「じゃあ、明日の練習は代表者で羽丘に行ってくれ。細かい時間はまた連絡するから」

「はい! 分かりました」

 

 先生がそれだけ言うと、職員室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 高橋、柴田、僕の三人は羽丘女子学園に来ていた。

 

「……女子がいるぞ」

「女子高なんだから、当たり前だろ」

 

 高橋の呟きに柴田がツッコミを入れた。

 校舎はかなり綺麗で、ここ最近できたように見える。学校には女子生徒ばかりで、男子校にいる身としては中にいてもいいのか不安になってくる。

 

「っと、ここか」

 

 通りがかりに受ける女子生徒の視線を気にしないようにしながら、なんとか教室にたどり着いた。

 高橋がノックすると、向こうから「はーい、どうぞー」と声がする。

 

「行くぞ。……失礼します、青蘭高校演劇部です」

「あー! 君たちがね! 待ってたのー! 入って入って!!」

 

 部屋に入ると、肩先まで髪を伸ばした快活そうな女子生徒がこちらにやってきて僕たちの手を引いた。

 

「迷わなかった~? っていうか、そもそも女子ばかりで戸惑ったよねぇ。今更だけど、迎えに行った方がよかったかなぁ~。あ、飲み物ってお茶でよかった? ジュースがよかったなら、こっちにまだあるけど…………って、みんなは練習しててってばー。気になっちゃうのは分かるけどねー。ほんとごめんね、やっぱり男子と関わる機会ってないからみんな珍しがっちゃっててさ~」

 

 マシンガントークをかます彼女は部室の中央に用意された席まで案内し、慣れた手つきで飲み物を用意している。

 あれだけのスピードの言葉を噛まずにはっきり伝えているところを見ると、きっと役者(キャスト)なのだろう。基礎錬をしっかりとしている人であることは想像がついた。

 

「って、自己紹介もまだだったね」

 

 コップを僕らに渡したところで、彼女はくるっと回ってバッチリとポーズを決めた。

 

「はじめまして、私は新藤(しんどう)七海(ななみ)。二年生で、この演劇部の部長です。よろしくね」

「はじめまして。俺は高橋(たかはし)修平(しゅうへい)、同じく二年生の部長です。よろしくお願いします、新藤さん」

「もー、修平君ってば硬いよー。七海でいいって。同い年なんだしさ」

 

 新藤さんはバシバシと高橋の背中を叩いている。妙に距離が近い人だけれど、不思議とそのことに対する嫌悪感のようなものはない。

 ただ、高橋が助けを求めてるような視線を送っているから、助けには入ろう。

 

 僕は新藤さんの前に移動しながら、頭を下げた。

 

「はじめまして。二年生の山科(やましな)(はるか)です。僕は裏方代表ということ出来ました。こちらは、同じく二年の柴田」

柴田(しばた)克之(かつゆき)役者(キャスト)代表ってことで」

「うんうん。遥君に克之君ね。よろしく!」

 

 僕らが新藤さんと握手をすると、新藤さんが後ろの方を振り返った。

 

「おーい、薫君! 麻弥ちゃん! こっち来てー!」

 

 新藤さんが声をかけると、二人の生徒がこちらにやってきた。

 一人は見覚えがあるような……

 

「……瀬田、薫」

 

 柴田がぼそりとつぶやいた。

 そうだ。彼女は、去年演技賞を手にしたルーク王子こと、瀬田薫さんだ。

 

「そういう君は、柴田克之だろう?」

「……知ってるのか?」

「ああ。先月の劇団MoonLightの公演を見に行ったんだ。そう、確か君は天涯孤独の苦学生役で出ていただろう?」

「『黎明』を見に来てくれたのか!」

 

 柴田がグイッと瀬田さんに詰め寄った。

 

「一度、あんたとは話してみたいと思っていた」

「私もだよ。君の演技について、いろいろと聞いてみたいことがあったんだ」

「そんなの、いくらでも話してやるよ!」

「ああ、ぜひこちらに。今、ちょうど即興劇(エチュード)をしていたんだ。君もどうかな?」

「俺も参加させてくれ」

 

 柴田と瀬田さんは、あっという間に意気投合して役者達が練習しているスペースに行ってしまった。

 

「……薫君と演技の話ができる人、初めて見たよ」

「……柴田の熱についていく人なんて、初めて見た」

 

 新藤さんと高橋がポカンとその様子を見送っていた。

 柴田の性格はともかく、瀬田さんもかなり個性的な性格をしていることは今のやり取りだけでも十分わかった。

 

 そして、僕は自分の隣に視線を向けた。

 隣にいるのは、眼鏡をかけた茶髪の女子生徒だ。多分、彼女が裏方担当の生徒なのだろう。なんとなく、雰囲気で分かる。

 それは、相手もそうだったのだろう。向こうも僕の方を見て曖昧に笑った。

 

「山科遥です。よろしくお願いします」

「大和麻弥です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 これが、彼女との出会い。

 

 僕はきっと、彼女に抱いたこの気持ちを、生涯忘れることはないだろう。




演劇部のくせに薫さんはそんなに出ないです。大和さんがメインヒロインというか、唯一のヒロインです。

例によって音楽はほとんどしないと思われます。今回は演劇をしてもらうだけになりそうです。
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