照らされざる君に   作:山石 悠

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8/3(金) 「新しい演出」

 プロの舞台の見学会が終わり、翌日。

 一日しか休んでいなかったにも関わらず、羽丘演劇部室に顔を出すのは妙に久しぶりな感覚がした。

 

「あ、山科君、おはよー」

「おはよう、葛西さん」

 

 部室に入ると、葛西さんが声をかけてきてくれた。最初よりも軽い口調になった辺り、僕も彼女も互いに仲良くなれたのかなと思う。

 手前が役者達の練習場所になっているので、発声練をしているみんなに会釈だけで挨拶をしながら奥に行く。

 

「大和さん、おはようございます」

「山科君、おはようございます」

 

 大和さんと会うのは三日ぶりだ。

 

「昨日は見学お疲れさまでした。どうでしたか?」

「すごく参考になりました。少し台本に沿って機材も触らせてもらったので、今日はその時に感じたことをこっちに反映させられたらいいなって思います」

 

 話しながら、昨日の照明操作の時のことを思い出す。

 

 宮川さんの演出のセンスはもちろんだけど、プロの充実した機材を用いた舞台は本当に圧巻の一言に尽きた。色も付けず、ただ明かりを細やかに操作するだけで雰囲気を変えるのは並大抵のことではないが、この舞台にもどうにかして反映させたい。

 今回の舞台の地明かり*1は、最初から色を入れておくようにしているが、その明るさの調整は単純な光量の調整によってなされる。きっと、生きる場面はあるはずだ。

 

「今日は体育館で練習できたんでしたっけ?」

「はい。前回はジブンがいませんでしたから、今回は音も照明もありということらしいです!」

「楽しみですね!」

 

 思わず笑みが浮かんでしまう顔を抑えないまま、お互いにうなずいた。

 こうして実際に機材を動かすのは本当に楽しいの一言に尽きる。

 

「って、二人とも! その前に、自分達のやりたかった物を確認してよね」

 

 葛西さんが僕と大和さんの肩を叩いてから、奥の方にある布がかけられた何かに近づいた。

 

「やりたかった物?」

「これだよ、これ」

 

 葛西さんが何かに近づいて、布をはぎ取る。

 

「す、すごい……」

 

 布で隠されていたのは、ウェザリングを頼んでいたベンチだった。

 足元の方は土やコケが生えており、背もたれの木にはへこみや切り傷が付いている。綺麗な緑であっただろうペンキは、少しくすんだように汚れた緑に変化していた。

 

「涼さん、凄いっス! これは本当に流石と言わざるを得ません!」

「僕が最後に見た時は綺麗なベンチだったのに……」

「劣化させるために、最初は綺麗なのを作る必要があったからね。ウェザリング加工自体は、二人がいない昨日やろうってなって」

 

 葛西さんはベンチに腰を下ろす。

 ウェザリングされたと言っても、もともとは普通のベンチだったため軋みをあげたりすることもない。

 

「とりあえず、手早くできそうな土を付けたりは試しにしてみたの。でも、やっぱり動かすとボロボロと崩れるから、この辺は練習するか本番当日にその場でやるしかないかなって思う」

「なるほど……」

 

 舞台道具である以上、運ぶという作業は必須だ。それで剥がれてしまうようなものであるなら、対応はきちんと考えておかなければならない。

 

「座り心地も新品みたいな感じだから、座席の木の部分もやすりで削って滑らかにしたいかなって。他にも、ボルトの部分をちょっといじって、軋む感じも再現する予定」

「すごいこだわり……」

「一か月ある上にメンバーが多いからね、いつもよりできることが多いおかげだよ。それに私、これ結構気に入ったし」

「ウェザリング?」

「それもだけど、こういう物の加工全般かな」

 

 と、葛西さんがスマホを操作して、画面をこちらに向ける。

 すると、そこにはアンティークなカップが写っている。一部のパーツが欠けたようだが、それすらもデザインであるかのように修復されている。

 

「ウェザリングについて調べている時にたまたま見つけたんだけど、金継ぎ*2っていう欠けやひび割れを直す修復方法があるらしいの」

「へぇ……なるほど」

 

 割れた皿を戻すというイメージがあまりないけれど、確かに便利そうな技術だと思った。

 

「それで、この金継ぎをうまく利用したアートっていうか、ひび割れ自体を使って新しいデザインを入れるっていうのがすごく面白そうだなって思うんだよね」

「やっぱり、涼さんって凝り性ですよね」

「そう? 麻弥ちゃんほどじゃないと思うなぁ」

 

 葛西さんが照れたように笑う。

 凝り性という言葉で照れを見せてしまったり金継ぎに面白さを見出したりしている時点で、やはり葛西さんも裏方根性みたいなものが染みついているんだろうなと思う。華道部の活動の方も、こんな感じでいろいろな部分に凝って作るのかもしれない。

 

「っと、話がそれちゃったけど、ベンチの方はこれで一度止めて先に違うのを作る予定。余った時間でクオリティをあげていく感じにしたいと思うけど、それでも大丈夫?」

「大丈夫。ありがとう」

「いいっていいって。私も指示出しとか連絡とかで、実際に作成してたわけでもないから」

 

 やりたいと言っておきながら丸投げしてしまっていたのは申し訳なかったが、こうして初めてとは思えないクオリティで作り上げてくれたのは本当にうれしい。

 

「残ってるのはなんだっけ?」

「えーっと、大道具の方だと、後は平台を使って花壇を用意するくらいでしょうか。レンガ調に見せるために、平台の周囲にレンガの模様を付ける感じです」

「それなら、布あったよね? あれに模様つければいいかな」

「はい。それを平台の周りに巻いてしまえばいいかと」

 

 花壇の位置は、舞台で言うなら奥の方。

 客席の高さとステージの高さを鑑みるに、水平面からどう見えるのかさえ確認しておけば後は特に問題はないだろう。

 

「これに関しては作業場を開けておきたいのもあるので、後で用意した方がいいかと」

「だね。じゃあ、本格的に小道具類の準備の方かな」

「小道具の一覧はこれの通りだけど、今のところはどこまで揃ってそう?」

 

 チェックリストを取り出して三人で見られるように机に広げた。

 大道具、小道具、衣装類のチェックリストは用意しておくと非常に便利だ。どれを揃えているかが一目でわかる。とりあえず、前に買い出しに行った時の物は既にチェックを入れてある。

 

「えっと、こっちは役者側から持ってきてもらった。それと、こことここも終わってる」

「ふむふむ」

 

 葛西さんが確認しているものにチェックを付けていく。

 今回、衣装類はこの前買ってきたもの以外は、各自で用意するか部にある衣装を使うことになっている。細かい小道具こそ用意しなければいけないが、細かい部分は予算と相談という形になるだろう。大道具はベンチが終わればほぼ終わりだったはずだ。その他の小道具も特筆して用意が大変なものはなかったと思う。

 

「じゃあ、ここからは残りの物を揃えてクオリティをあげていく感じにしたいかな」

「役者がまだ衣装合わせてなかったはずですから、そっちの確認も必要ですね」

「じゃあ、今日はそっちにする?」

「そうですね」

 

 立ち*3なので、衣装を着て動いてもらいながら確認してみるのは悪くないかもしれない。

 

「体育館に入るのは午後からだから、午前中に衣装を出して役者に着替えてもらうようにしようか。運動部が撤収する昼休みの時間帯ですぐに始められるように準備する感じで」

「じゃあ、裏方はちょっと早めに昼食にした方がいいかも」

 

 特に、照明や音響を触る僕達三人は午前中に食べる必要があるだろう。

 少し脳内でタイムテーブルを考えてみる。

 

「今が9時半だから、衣装を出して10時から衣装合わせ。こっちは他のみんなに任せて、僕達は先に食堂か売店で食べるものを買っておく感じかな」

「昼食を用意したら運び込む荷物の準備。最悪、ステージに置くだけなら午前中にさせてもらってもいいかもね」

 

 12時に運動部が練習を終えて撤収する流れになるはずなので、そのタイミングで大道具類の運び込みをしたい。そして、役者が昼食を終えて午後一番に立ちに入る。他の裏方のメンバーには、立ちをしている間に二つのグループに分かれて遅めの昼食をとってもらう形にする。

 

「……こんな感じ?」

 

 話している内容を簡単にメモにまとめて二人に見せる。

 

「はい、大丈夫だと思います」

「私も大丈夫だと思う。じゃあ、今日はこんな感じで頑張っていこうか。私が監督と演出に話してくるから、二人が指示出しの方をお願い」

「分かりました」

「うん、任せて」

 

 葛西さんが高橋や新藤さんの方に行くのを見送ってから、僕は裏方のメンバーの方を見た。

 

「はい! 裏方のみんな集合!」

 

 

 

 

 

 一通りの準備が終わり、僕は体育館の二階席――ピンスポのある場所――に移動する。ライトを所定の位置にセットしてから、買ってきた菓子パンを取り出した。

 

(うえ)、準備できました」

『音響、オッケーです』

『照明も大丈夫』

 

 インカムの向こうから大和さんと葛西さんの声が聞こえてくる。三人の準備ができたところで下の方を確認すると、カーテン等もきちんと閉められているので完全に準備は終わったのだと思う。

 

『何とか間に合ったね』

『役者はもういる?』

「うん、今来た」

 

 下の方を確認しながら、役者が体育館に入って来たのを確認する。新藤さんがこちらに勢い良く手を振っているのが見え、こちらからも小さく振り返した。

 新藤さんの隣にいた高橋がインカムを付けるようなしぐさを見せてから、こちらの方を見た。

 

『役者来たけど、裏の準備できてる?』

『大丈夫です』

『了解』

 

 大和さんの返事に高橋がうなずく。

 

『じゃあ、すぐに始めようか。今回は衣装の確認も兼ねてるから、役者はセリフや動きだけじゃなくて、そっちのことも考えて動いてみて。一応、今回は動きの多そうな場面を中心にやっていくから』

 

 高橋の指示がインカム越しに聞こえ、傍にいる役者達の返事も少し小さく耳に入ってきた。

 

『照明や音響のプランは変更してる?』

「いや、してない」

 

 特に前回の立ちの時から、僕や大和さんが欠席していたのもあって演出については特に話はされていない。強いて言うなら、今回の練習を踏まえて練習をしていくことになると思う。

 ……ああ、そういえば、明かりの夕焼けの茜色をどうやって出すかについては考えることになっていたはずだ。でも、それくらいだと思う。

 

 僕は役者が舞台袖に入っていくのを確認してから、インカムの電源を切って菓子パンを咥えた。他の裏方のみんなは立ちの間に食べることになっているけれど、僕達三人はそうする時間もないため作業をしながら食べることになる。

 口をもごもごと動かしながら台本をめくる。行儀は悪いけれど今は誰も見ていないから問題ないと自分に言い聞かせる。

 

「んー……」

 

 荒い動きが出る場面を確認すると、序盤から中盤辺りだろうか。コミカルな場面や喧嘩をするシーンがあるため、この辺りは荒い動きになりやすいと思う。

 と言っても、僕は明かりの強さを変える程度の仕事しかないので、特に大きな問題はない。途中に挟まる回想シーンでピンスポを動かすことになるのだけど、荒い場面にはそういうシーンがない。

 

 なので、前回の練習でもやっていたけれど、夕焼けから夜に移り変わっていく様子をライトに……

 

「あぁ!」

 

 顔を跳ね上げて舞台の方を見る。

 

 ――夕焼け空

 ――ピンスポ

 ――カラーフィルム

 ――宮川さんの舞台

 

 脳裏にいくつものイメージが脳裏を出てきては消えていく。それらは、新しい舞台のイメージを作り出していた。

 急いでインカムの電源を付けて「あ、あの! あの! あのさ!」と叫ぶ。

 

『どうしたの?』

「夕焼けを再現しない?」

『夕焼けの再現? 色はもう入れるって話してたと思うけど』

「そうじゃなくて、夕日の眩しさを舞台に混ぜ込めないかな?」

 

 舞台の客席方向を南、上手が東で下手が西。ピンスポや全体照明を使うことで、西から差し込んでくる夕日の演出ができるようになるのではないかと思ったのだ。

 今までは色しか再現していなかったが、これもできるようになればさらにリアルな公園の空気を出せるんじゃないだろうか。

 

「どう、かな?」

『スポットライトから照らせる範囲を考えても、夕日のような角度は作れないんじゃないか? それこそ、体育館側方の二階席でも使わないと』

「確かに……」

 

 試しにピンスポを付けて移動できる限りぎりぎりのところまで移動してみる。

 

「ダメそう、だね」

 

 あまりいい感じには見えなかった。

 無理な意見だったかと思いながら静かに肩を落とすと、『あの……』と大和さんの声をあげた。

 

『なら、フットライトはどうでしょう?』

『フットライト? でも、光量の調節は……』

「あ、羽丘のフットライトは可変だ!」

 

 高橋の言葉を振り払うように言葉を繋いだ。

 今回の舞台ではフットライトを使う予定がなかった。そして、フットライトは演劇部の照明装置で唯一固定されていない照明装置だ。二階席に置くことができる。

 

「フットライトを二階席に運んで、そこから動かす感じで!」

『確か、二階席の手前の方なら照明卓にも操作が届いたと思う』

 

 葛西さんがさらに援護射撃をくれる。

 前にフットライトを見せてもらったことがあるけれど、二階席でもある程度小回りを利かせることができる程度には小型のものもあった。

 

『試してみる価値はあると思います』

『面白そうだしね』

 

 大和さんと葛西さんは賛成してくれた。僕の方は高橋の方を見る。高橋も新藤さんの方を見た。

 

「どう?」

『良いんじゃないか? 照明に関しては、俺は山科を信じてるからな』

「……ありがとう」

『フットライトは準備できそうか?』

「ちょっと調整に時間をもらうことにはなると思うけど……」

 

 今手元にフットライトはないので、部室まで取りに行くことになるだろう。高橋に「信用してる」と言ってもらった以上、それに応えるのが裏方という人種だ。

 

『昼食が終わり次第、他の裏方のメンバーに運んでもらうようにしましょうか』

「振り回して申し訳ないですけどね……」

『まあ、そこは今更だけどねー』

 

 苦笑しながら、裏方のグループにメッセージを送る。すると、すぐに「任せろ!」と返信が来た。

 

『大丈夫そうですね』

「じゃあ、とりあえず最初はフットライトなしで、来てからライトを設置してもらうようにしておきましょう」

 

 運んで設置して電源を繋いで、と作業をしていればそれなりの時間になる気はするので、今日はできるかの確認程度だろう。

 

『始めても大丈夫そうか?』

「うん、大丈夫だよ」

『じゃあ、行くか』

 

 高橋の確認に返事をすると、新藤さんが手を上げた。

 

「じゃあ、20ページからいくよー」

 

 指示されたページ数を開き、シーリングのボリュームを調整する準備をする。

 そして、新藤さんが手を下ろした。

 

「スタート!」

 

 新藤さんの声が体育館中に響いて、僕はシーリングのボリュームを跳ね上げた。

*1
基本となる明かりのこと。ボーダーライト等で作る。

*2
漆を用いて陶磁器の破損を修復する。金繕いともいう。

*3
立ち稽古のこと。台本を持った状態で行っている場合は、“半立ち”と呼ぶこともある。




そういえば、アニメの2期が終わってふと「羽丘って、体育館よりよっぽど演劇向きの講堂あるやん……」って思ったんですよね。そこでアニメの8話と9話を見返してたんですけど、スタッフのアドリブ力とか設備の充実具合にビビりました。すごいっすね。でも、ピンスポが使えない設備だったので結局は没にしました。一応、このお話ではそういう設定ということにしておきます。

 後、今回思いついた演出ですが、マジで書きながら思いついた話です。山科君の思い付きとほとんど変わらないノリでした。こうした人とのやり取りや新たな価値観から生まれるものもあるので、侮れないですね。
 今後もこのような形で新しい演出や大道具、小道具類が実装されることがありますが、その時はよろしくお願いします。
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