照らされざる君に   作:山石 悠

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8/3(金) 「蜘蛛糸を掴むように」

 二階席にフットライトを置くことで、夕日を演出しようという作戦は結果的に成功した。

 

「結構、良い感じじゃない?」

『こっちからも操作できるけど、どんな感じ?』

「ん、良い感じに差し込んでると思う」

 

 葛西さんが動かすのを確認する。

 コードの長さ等が心配されていたけれど、設置位置を調整することで解決した。無理にコードを引っ張るなんてことをしなければ、問題なく舞台で使えるだろうと思う。一応、動かないように固定する方法を考えておいた方がいいかもしれない。

 

『フィルムは、少し調整したのを入れたいな』

 

 赤みが強い光を見ながら、高橋が呟く。

 確かに、単色の赤だから夕日とは言いにくい色合いになっている。

 

「そこは、複数のフィルムを使うか、赤フィルムに穴をあけてもともとの白い光も当たるようにするのがいいかなぁ」

『ちょうどいいフィルムがあれば、それが一番なんですけどね……』

「確かに」

 

 カラーフィルムは、別に三原色しかないわけではない。当たり前だけど、別の色だって存在する。ただ、ここにはないだけだ。

 

『確認はもういいか?』

「あ、ああ、うん」

 

 不意に声をかけられて慌てて返事をする。

 客席から光源の存在が眩しくなってしまうのではないかと少しだけ心配していたけれど、高橋達の様子ではあまり問題はないらしい。

 

『これで使えそうか?』

「うん。ただ、前回から話し合いの内容に上がっていた色の再現については、夕日が出たのもあってさらに大変にはなったかな」

 

 それぞれの色の遷移の様子を再現するために、ボーダーを一種類だけを使う予定だった。しかし、今回でフットライトが登場したことによって色付きのライトが二種類に増えてしまったので、両方の調節が必要なのだ。

 

『……できるのか?』

「できるかじゃなくて、()()()()だよ」

 

 どんな無茶ぶりをされたって、それが舞台をよくするものなら、必ず実現するのが裏方根性だ。

 

 幸い、公演まで20日以上ある。

 舞台を使える日数こそ限られてはいるだろうけど、じっくり時間をかけて調整していけばいい。

 

 

 

 

 

 ライトの確認が終わると、大和さん、葛西さん、僕の三人は一度休憩時間がもらえた。今日最初の休み時間だ。

 

「疲れたねー」

「そうですね、ずっと動きっぱなしでしたから」

 

 食堂のテーブルに倒れこみながら葛西さんが呻く。

 もともと衣装の調整も兼ねていた立ち練だったので、他のみんなは僕達が休んでいる間に衣装の確認作業をしている。

 

「それにしても、あの演出どうして思いついたの?」

「ああ、あれ?」

 

 葛西さんが僕の方を見て首をかしげる。

 

「フットライトを二階席に置くなんて、普通しないですもんね」

「それは昨日のことがあったからですかね」

 

 思い出すのは、昨日の見学。実際に照明機材を操作して、宮川さんの演出を自分自身の手でやった時のことだ。

 僕は、あの時の言葉にならない気持ちを必死に言葉に直した。

 

「って、感じなんだけど」

「そんなことが……」

「プロの演出の手伝いなんて、普通じゃできない経験だよ」

「だよね。今考えると、全身がくがくだもん」

 

 僅かに震える体を抱えるそぶりを見せる。手汗がいつもより多いのがなんとなく分かった。

 

「だから、あの時のことが脳裏をよぎって、もしかしたら行けるんじゃないかなって」

「そうだったんだ。早速生きて良かったね」

「ただ、ちょっと大変になっちゃったけどね」

「そこはみんなで頑張っていくしかないね。私達の代になってからは色を使うような演出はあんまり使ってなかったし、試行錯誤って感じかな」

 

 スマホを出して“茜色”と検索をかけてみる。夕焼けと言えば、茜色というイメージがある。

 

「とりあえず、こんな色を目指す感じなのかな」

「色の比率はこれを見ればいいんだっけ」

「“#b7282e”?」

「うん、カラーコードだよね」

 

 葛西さんがネコのキャラクターが描かれたメモ帳を取り出した。そして、セットで付いているらしいシャーペンをノックして芯を出す。

 

「光はRGBで表せるでしょう? その三原色を16進数で順番に並べたのがカラーコードだったはず」

 

 そう言いながら、メモ帳には「R:b7 G:28 B:2e」と文字、もとい数字が並ぶ。

 

$R: b7_{(16)}: 12\times16+7=184_{(10)}$

$G: 28_{(16)}: 2\times16+8=40_{(10)}$

$B: 2e_{(16)}: 2\times16+14=46_{(10)}$*1

 

「ね? こういうこと」

「この割合で色を混ぜるってこと?」

「だいたい……9:2:2ですね」

「どうやって混ぜたらいいんだろ?」

「いや、そもそもそこから色を変化させるわけだし、変化した後の色も決めておかないと」

「そっか」

 

 夜の色に類する名前がパッと出てこない。藍色とか、紺色とかだろうか。

 とりあえず、紺色で検索をかけてみる。

 

「紺色だと、“#1d3156”だね」

「じゃあ……」

 

 葛西さんがペンを走らせる。

 

$R: 1d_{(16)}: 1\times16+13=29_{(10)}$

$G: 31_{(16)}: 3\times16+1=49_{(10)}$

$B: 56_{(16)}: 5\times16+6=86_{(10)}$

 

「こうかな」

「それで、茜色から紺色になればいいんだよね?」

「そうですね」

 

 そして、葛西さんがそれをまとめなおす。

 

$R: 184\to29$

$G: 40\to49$

$B: 46\to86$

 

 大きく変化するのは、RとBの二つ。今回の舞台で言えば、Gの変化は誤差と言ってもいいだろう。

 

「夕焼けをやるわけだし、フットライトにはRを単色で使うようにしたらいいかもね」

「ボーダーにGBの二つを付けるってこと?」

「そうそう。後、フットライトだけじゃ足りない赤みを出すのに、多少はRはボーダーにも用意しておくべきだとは思う」

「……確かに、そっか」

 

 こうすれば、気にするのは赤の色合いだけになる。

 

「Bが倍になることは分かってるから、最初のシーンでのボーダーは半分に設定しておきたいね」

「Rが4倍以上になるので、様子を見てもう少し弱めておくことも考えておきましょう」

「暗くなりすぎないですか?」

「そこは要調整ですね」

「そもそも、これで綺麗に色が出るのかは分かんないもんね」

 

 葛西さんのメモをそのまま使い、出てくる意見をまとめていく。とりあえず、色の入れ方や変化のさせ方はなんとなくイメージできるようになってきたと思う。

 

「戻ったら、すぐに試してみようか」

「みんなはまだ衣装の確認中かな? だったら、その間に進めておきたいよね」

「とりあえず、体育館に戻りましょう」

 

 バタバタと、興奮した気持ちを抑え込むように飲み物等を片付けて、僕達三人は早足気味に体育館へと戻った。

 

 

 

 

 

 正面玄関から外に出ると、今の僕の技術では到底作り出せなさそうな眩しい光が目を焼いた。じっと目を細め、焦がれるような茜色を網膜に刷り込む。

 これが、僕が最後に作り出さなくてはならない色だ。

 

「山科君、おつかれー」

「お疲れ様です」

「二人とも、お疲れ様」

 

 時間はあっという間に過ぎ、気が付けば既に下校時間になっていた。

 衣装の調整部分はだいたい確認し終わり、残りの日数を使って細かい調整をしていくだけの予定だ。照明についてはフィルムを入れて確認をしたが、細かい色の調整をしていけばおそらくものになりそうな様子だった。

 

 校門を出ると、葛西さんが僕と大和さんに手を振る。葛西さんは徒歩通学で、電車通学の僕達とは移動する方向が違う。

 

「じゃあ、また明日ね」

「お疲れ様です」

「また明日」

 

 葛西さんと別れ、僕と大和さんは駅に向かう道を歩き出した。

 

「疲れましたね」

「そうですね」

 

 大和さんの言葉に返事をしながら、僕の頭は違うことを考えていた。

 視線は、彼女の横顔に向かう。

 

「どうかしました?」

「あ、いえ、何も」

 

 慌てて視線を戻す。

 

「すみません」

 

 僕は、未だに昨日の白鷺さんの言葉を持て余していた。

 

 隣を歩いている大和さんと、どんな距離感でいればいいか分からない。

 僕にとってはマニアックな話をできる貴重な友人で会ったとしても、彼女がアイドルであることは間違いのない事実。そこに、僕の認識が入る余地なんてない。

 今こうして隣を歩いている瞬間も、大和さんに迷惑をかけてしまうかもしれないのに。僕は、彼女の隣から離れることができない。

 

「…………」

「…………」

 

 僕も大和さんも沈黙でいることに抵抗感がないため、特に会話することがない限りはあまり喋らない。今は、その沈黙がとてもありがたかった。

 

 今度は、ばれないように大和さんを盗み見る。

 僕よりも平台一つ分くらい低い身長で、その体は本当にドラムをしているのか疑ってしまうくらい華奢だ。肩の上くらいまでで切りそろえられた髪は、眼鏡と共に横から表情を確認させてくれない。

 

 一つ一つ確認していくと、胸の鼓動が早くなるのに気付く。顔も熱い。夕日がなければ、きっとバレバレだっただろう。

 視線を外して、少しうつむく。

 

「…………」

 

 これが、好き、という感情なのだろうか。

 青蘭という男子校でずっと生活してきた身としては、女子に対する免疫がないせいなのか、大和さんのことが好きだからなのかの区別をつけることができない。

 

「あ、あの」

「え?」

 

 唐突に大和さんが声をかけてくるせいで思わず立ち止まり、大和さんもそれにつられて立ち止まった。

 人一人が入るかどうかの微妙な距離を開けて、僕達は互いの方を見た。

 

「あー……えっと……」

 

 大和さんが言いにくそうに口ごもる。

 少し待つが、言葉が続くようには見えなかった。

 

「……すみません、なんでもないです」

「そう、ですか?」

 

 そう言われると、強くそのためらった言葉を尋ねることもできなかった。

 言葉が出ない居心地の悪さに負けて、僕は代わりに「あの」と口を開いた。

 

「白鷺さんって、どんな人なんですか?」

「千聖さん、ですか?」

「はい。昨日話しましたけど、大和さんから見るとどんな人なのかなと思って」

 

 そうだ。まずは、あの言葉の意味をできる限り正確に知りたい。

 僕は白鷺さんのことを何も知らないのだから、最初はその人となりを知るところから始めてみよう。

 

「千聖さんは、何事にも真剣に向き合う人だと思います」

「真剣に向き合う人?」

「はい。もともと千聖さんは子役として芸能界に入って、舞台にも出てるんですけど」

「宮川さんの舞台とかですよね?」

「そうです」

 

 宮川さんと話す白鷺さんの姿を思い出す。

 正直、彼女が僕と同い年というイメージがない。あまりにも舞台女優としての姿が似合いすぎていて、もっと大人な印象がしみついている。

 

「千聖さんはパスパレのことも仕事のことも真剣に努力できる人です。それに、人への気配りが上手いんですよ。ジブンはドラムや演奏のことくらいしかできないので、千聖さんにはいつも助けられてばかりで」

 

 昼食をとりながら白鷺さんとした会話を思い出す。

 あれも、パスパレ――大和さん――のことを考えた上での言葉だったのだろう。そのために、僕の人となりを見極めようとしてわざわざ僕の前に現れたのだ。

 

「仲間思いな人なんですね」

「はい! 大事なパスパレの仲間です!」

 

 無条件に僕が拒絶されなかった理由は分からないけれど、僕が大和さんに迷惑をかけてしまうような状況になれば、白鷺さんは確実に僕を大和さんから離すだろう。

 それだけは、確かな事実として認識した。

 

「そういえば、山科君は部活以外に何かしているんですか?」

「僕ですか? いえ、何も」

 

 突然の話題の転換に驚くが、特に気にすることもなく答える。

 

 僕はそもそも、長らく好きになれるものがなかった。

 それを考えると、照明はこれまでの人生の中でもかなりのめりこんでいる方だと思う。原田さんに持ち掛けられたプロにならないかという誘いも、すぐに拒否できないでいるのもそのせいだ。

 どんな進路になるのか想像がつかないからこそ二の足を踏んでいるが、何かきっかけがあればその道を選びそうな自分がいた。

 

「大和さんは、将来ドラムやアイドルを続けていくんですか?」

「そう、ですね。パスパレは、このまま続けられたらいいなと思います」

 

 大和さんは薄く笑みを浮かべた。

 

「大好きなドラムやパスパレは、これからも一緒だと嬉しいと思います。でも、こんなジブンにアイドルが続けられるかな、とは思いますけど」

「え?」

「えっと、そもそも、ジブンってこういう性格じゃないですか。こんなアイドルっぽくないジブンが、来年、その先とアイドルを続けていられるのかなって思うんです」

 

 前に、アイドルっぽくない、と言った自分の言葉を思い出す。

 確かに大和さんはアイドルらしい性格ではないと思う。どちらかというと、そのアイドルの舞台を彩るスタッフの方が似つかわしい。

 

 でも、そう言うのはなぜか躊躇われた。

 

「他のみんなはすごくアイドルらしくて、素敵な人達ばかりなんです。だから、ジブンが足を引っ張ってしまわないかって思っちゃったり」

「大和さん……」

 

 碌な言葉が出てこなかった。

 僕は、建設的な意見が出せるほどアイドルの大和さんを知らない。

 

「って、こんなこと言ってすみません。山科君はジブンに似てると思うからか、ついつい喋ってしまって」

「いやいや、気にしないでください。僕でよければ聞きますから」

「あはは、ありがとうございます」

 

 大和さんの言葉には納得するし、僕が大和さんの立場なら同じようなことを考えたはずだ。それは間違いない。

 だけど、大和さんの言葉に違和感を覚えている自分がいるのも確かだった。

 

「えっと……僕はアイドルの大和さんを全然知らないわけですけど」

 

 そう、僕は知らない。

 だからこそ、言えるのは一つだけ。

 

「続けられたら、いいですね」

 

 この、大した重みもない、つまらない慰めだけだ。

*1
n進数を提示する必要がある際は、その数字nを下付き添え字で記載する。




本作は一応、二章と“ジブン、アイディアル”の間くらいの気持ちでいます。細かい時系列は考えてないというか、バンドリ時空歪んでますからね、あまり正確には決めてないです。

そういえば、作品書くときには曲を聴いているのですが、再生リストを作ってたりします。良ければ聞いていただけると嬉しい。
このお話にマッチするような曲を選んでいるつもりです、一応。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLu6yiYjIlrj2vCXti4uIXXZoOWDkX4PUD
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