照らされざる君に   作:山石 悠

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8/5(日) 「この気持ちの正体」

 大和さんのことを知る度に、親近感と違和感の両方が積み重なっていく。

 同じ人生を歩んでいるわけでもないのだから当然ではあるのだけど、それでもどうしてこんなにボタンを掛け違えたような気持ち悪さを感じてしまうのだろう。

 

「おはよう」

「あ、おはよう、山科君」

 

 今日は8月5日。大和さんのライブ一週間前だ。

 今日はその準備のため、大和さんは来ない。

 

「今日は昨日の続きだし、頑張ろうね」

「うん。衣装は順調に進んでるし、今日は大道具の方だよね?」

「そうそう」

 

 葛西さんと話しながら、その顔を見つめる。

 僕が大和さんに恋をしているのか、女子に免疫がないだけなのか、それを確認するには他の女子ならどう感じるかを調べるのが一番早いはず。

 

 それが、いろいろと考えて出てきた結論。

 

「山科君、作るもののリスト持ってる?」

「ああ、うん。これだよね」

 

 持ち込むリストを取り出して見せる。

 作らないといけないものはいくつかあるけれど、少しずつ作業は進んでいる。この調子なら、比較的余裕をもって完成させられると思う。

 

「じゃあ、今回作るのは……」

 

 葛西さんが出したリストを覗き込む。隣り合うように立ち一つの紙を見る形になるので、その距離は肩が触れるほど近くなった。

 唐突なことで驚いたけど、そのことを悟られないように平常心を保つ。

 

「この辺、かな」

 

 リストを指さしてみる。

 この舞台自体、あまり多くの大道具を用意する予定はない。一番大変になると考えられていたベンチもほとんど完成している以上、この舞台で時間を要するようなものはあまり多くない。

 

「そうだね。今日はこれにしようか」

 

 大和さんよりもわずかに身長が高いので、顔がかなり近くなる。

 作業をするためシンプルなヘアゴムで髪をまとめているから、人よさそうな笑顔が横眼からでもよく分かった。

 

「どうかした?」

「え? あ、いや、髪長いと大変なのかなぁって」

 

 ポニーテールになってる部分をジェスチャーで示すと、葛西さんは「ああ」と納得したようにうなずいた。

 

「確かに、こういう作業の時は邪魔になっちゃうよね。でも、ここまで伸ばすと切るのももったいなくなっちゃってさ」

「伸ばすのって時間かかるものなの?」

「もちろん。すっごく大変なんだから」

 

 葛西さんの髪は腰にも届きそうなほど長い。

 いつもはシンプルに垂らしたままだったり、器用に編んであったりとバラバラだが、ポニーテールは初めて見たような気がする。

 

「それにしても、珍しいね」

「何が?」

「山科君がそんな話題振るなんて」

「そう?」

 

 まあ、確かに今までそういうことを話した記憶はない。

 

「他の男子は、結構いろいろ聞いたりするよ? それこそ、彼氏いるか、とかね」

 

 葛西さんが少し離れたところにいる何人かの青蘭生を指さした。確かに聞きそうな顔ぶれで、僕と視線が合うと何やら目配せをしてくる。ごめん、分かんない。

 

「なるほどね」

 

 と、視線を戻すと、葛西さんが僕の方を見ていた。

 ……聞いてくれ、って意味だったのだろうか?

 

「えっと、葛西さんは彼氏いるの?」

「いないいない。……っていうか、そんな『とりあえず聞いた方がいいのかな?』みたいな顔しないでよ」

「あはは、ごめん」

 

 苦笑しつつ、違ったかなと内心首をかしげる。

 ダメだ、こういう話をしないので分からない。

 

「山科君、こういうのに興味ないと思ってたから新鮮」

「興味ないわけじゃないけど、ずっと青蘭だったからよく分かんないんだよね」

「分かる分かる。私もずっと羽丘だったし」

 

 だからね、と困ったように葛西さんが言葉をこぼす。

 彼氏がいるかとか、そういう話をされても困るだけだったのかもしれない。

 

「あ、ごめん……」

「いいよいいよ、気にしないで。山科君はなんかそうでもなかったし」

「え?」

「あれだけ機材とか演出とか加工の話をしたんだもん。山科君はもう、そういうのとは違う方面って感じだし」

 

 葛西さんはそこまで言って時計を確認する。

 僕もつられて確認すると、もう活動開始予定時間になろうとしていた。

 

「もうこんな時間。そろそろ行こうか」

「だね」

 

 リストをしまい、そっと胸に手を当てた。

 葛西さんは僕のことを恋愛対象とは違う関係だと言った。なら、僕はどうなのだろう。

 

「…………そう、か」

 

 鼓動は、いつも通りだった。

 

 

 

 

 

 今日の昼休みは、葛西さんと食べることになった。

 まあ、一緒に食べるとは言うものの、僕達の座っている席にはカレンダーが置かれている。昼食時間を利用した今後の方針会議だ。

 

「今週の金曜から盆休みに入るから、今のうちに予定を確認しておこうと思って」

「なるほどね」

 

 8月10日から15日までは、盆休みということになっている。僕達の短い、本当の夏休みだ。

 これを活動日から抜けば、残りの活動日は今日を入れて2週間分しかない。余裕を持って活動しているとはいえ、何が起こるかは分からない。

 

「監督達によると、18日までにはすべての準備を終わらせて公演が可能なようにしてほしいって話だった」

 

 それも除けば、残りは一週間分しかない。

 

「18日ってことは、盆休みが明けてからは2日か」

「この時間は最終調整の時間に充てたいから、実質作業に使う時間は今週の木曜までにしておきたいの」

「だね。ウェザリングが必要なベンチはもう少し直前でもいいとして、それ以外は終わらせておきたいね」

 

 残りの物を考えれば、おそらく終わるだろうとは思う。

 

「衣装は役者の練習予定もあるから、できればこれが最優先。大道具や小道具類は空き時間を見てやろう」

「後は、細かい丈の調整だけだったよね?」

「うん」

 

 基本的に衣装は買ったり自前で用意してもらうような形にしているので、そこまでやることは多くなかった。

 

「メイクの方は決めてあったっけ?」

「あ、それもあった!」

 

 葛西さんが予定に慌てて書き足す。

 

「多分、役者の方も衣装と合わせてイメージはあるだろうから、そこはそれぞれに話を聞いて決めていこう」

「今回はフィルムで色を足すから、そこの色とメイクの兼ね合いをしておきたいね」

「確かに」

 

 リストを見ながら、それぞれの進捗を確認していく。裏方全体で作成するモノについては、こんな感じで何とかなるだろう。

 問題は、それ以外のものだ。

 

「……色の方は、どうかな」

「こればっかりは、体育館が借りられない限りはどうにもね」

 

 色の調整は、体育館が使えるタイミングでなければ何もできない。

 場合によってはフィルムの出し入れのためにボーダーをいちいち降ろさなくてはならないので、かなり時間がかかる作業なのだ。

 

「体育館使えるのって、18日までに何回ある?」

「えっと……7、8、17、18……だから、4回?」

「割とあるね」

「ここは、薫君のおかげだよ。運動部のみんなも、薫君のファンだから協力は惜しまないって。代わりに、いい席は頼むって言われてるけど」

 

 いたずらっぽく笑う葛西さんにつられて笑ってしまう。いつの間にそんな協定を結んでいたのか。

 でも、別に収益を求めているわけでもないから、観客が増えるというだけで充分ありがたい話ではある。

 

「照明同士、頑張ろうね」

「だね」

 

 僕と葛西さんが本番で照明を担当することになっている。

 連携はとっても大事だ。

 

「そういえば、麻弥ちゃんはどれくらい来れるんだっけ?」

「えっと、確か……」

 

 スマホを出して、僕達三人のグループを確認する。

 大和さんは来週のライブに向けての練習が本格化するので、ほとんど来られなさそうだと聞いている。

 

「今週は7日が最後みたい。ライブが終わった後、盆休み明けからは毎回参加できそうって感じらしいけど」

「なるほどね。じゃあ、7の体育館の練習は気合入れなきゃね」

「音響と照明と演技の三つを合わせる、最後の機会だもんね」

 

 今回は特殊なSEを入れるような予定はないため大変ではないと思うけど、BGMの入りはきっちり確認しておきたいところだ。

 

「とりあえず、話すことはこのくらいかな?」

「多分ね。ぎりぎりまで忙しそうで大変だね」

「ほんとだよ。せっかくの夏休みなのに、全然遊びに行けないもの」

 

 実際は全員が毎日来ているというわけではなく、交代で休日を用意している。ただ、僕や葛西さんは裏方の取りまとめもしているので、毎日来ることになっているだけだ。

 

「早めに終わらせたら、長めに盆休み……とか、言ってもよさそうだけどね」

「と言っても、1日か2日くらいだけどねー」

 

 お弁当に箸を付けながら、葛西さんがぼやく。

 確かに、他のメンバーよりは休みが少ないのは事実だ。

 

「山科君は休みの間何する予定?」

「僕? 僕は、夏休みの宿題を片付けるくらいしか」

「趣味とかないの?」

「特にないかな。葛西さんは?」

「私はね、アクセ作りをしようかなって」

 

 葛西さんはスマホを少し操作してから、僕の方に向けた。

 

「ほら、こんなの作ってるの」

「これ葛西さんの手作りなの?」

「そうそう」

 

 画面に映っていたのはブレスレットだった。黒っぽいゴム製のバンドに星等のつけられている。飾り気こそ少ないものの、そのシンプルさが綺麗な一品だ。

 手作りだなんて到底思えないほどのクオリティだった。

 

「こういうの作るの趣味なんだ。いくつかは周りにあげたり、ネットで売ってるの」

「へぇ、すごいね」

 

 前に金継ぎに興味を示していたのもそうだけど、葛西さんはこういうのが好きらしい。

 

「興味ある?」

「面白そうだと思うけど……難しくない?」

「そんなことないよ。大道具や小道具作るようなものだし。ショッピングモールにも、こういうのが売ってるお店があるんだ」

 

 葛西さんは少し調子を上げながら説明を続ける。

 実際に見たわけではないのでよく分からなかったけれど、ウェザリングの時に葛西さんの段取りの良さが特に目立ったのは、この趣味が生きていたからなんだと思う。

 

「……って、山科君聞いてる?」

「あ、うん。聞いてる聞いてる」

 

 愛想笑いを浮かべて、首を大げさなくらい振る。

 話に集中しないと、怒られてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 昼休みが終わると、午後からは作業の時間だ。

 今は、裾が長いという衣装を調整するためにちまちまと針仕事を進めていた。制服のボタン付けをしたりすることが多い関係で、ミシンよりも手縫いの方が慣れている。

 

「よし、オッケー」

 

 綺麗に縫えたのを確認して、もう片方の裾に手を付ける。長さは既にまち針で留めてあるので、その通りに縫うだけだ。

 

「山科、調子はどう?」

「いい感じ」

「お、きれいじゃん」

 

 後ろから他のメンバーに声をかけられたので、既に終わっている方の裾を見せる。

 

「そっちはどんな感じ?」

「今は着てもらって確認中。オッケーが出たら終わり」

「お疲れ」

「ほんとだよ。裁縫とか家庭科でしかやらねぇって」

 

 大きく伸びをしながら僕の隣に座ると、彼は衣装の確認をしている方を見た。

 

「山科はさ、彼女作ろうとかないの?」

「どうしたのさ、いきなり」

「いや、今朝の話もあったし」

 

 そういわれ、朝の葛西さんとの会話を思い出す。

 

「聞いてたんだ」

「聞こえるって。そんなに離れてるわけでもなかったし」

 

 今朝、僕に向かって意味あり気な目くばせをしていたのを思い出す。

 

「前に葛西ちゃんに聞いたら、好みのタイプは“趣味を共有できるしっかり者”って言ってたぞ」

「そう」

「そう、じゃないだろ。山科ならいい線言ってると思うぞ?」

「そうかもだけど、今朝の聞いてたんでしょ?」

 

 葛西さんは僕を恋愛対象として見ていない。

 そして、僕が葛西さんのことに恋している可能性もないだろう。

 

「いやいや、友達から始まる恋というのもあってだな?」

「ないよ」

 

 返事をすると、離れたところから葛西さんがこちらを指さした。

 

「ほら、そこ手動かして!」

 

 叱られてしまった僕達は、互いに顔を見合わせて首をすくめた。

 

「……ちぇっ、ばれちまった」

「時間ないんだし、仕方ないよ。ほら、もうひと頑張りしよう」

「だな」

 

 彼が戻っていくのを見送ってから、また自分の胸に手を当てる。

 

 僕の大和さんに対して感じていた鼓動は、決して女子への免疫がないからではなかった。それは、今日の葛西さんとのやり取りで十分理解することができた。

 僕が葛西さんに抱いている感情はきっと友人に対する好意で、それは葛西さんが僕に向けてくれているものもそうだ。

 

「はぁ……もうちょっと」

 

 この仕事が終わったら、いったん休憩を挟ませてもらおう。

 

 そう決めて軽く肩を回しながら針と衣装を持ち直すと、後方のドアが開く音が聞こえた。

 葛西さんが「あれ」と声を上げるのが聞こえた。

 

「今日来ないんじゃなかったっけ?」

「いや――」

 

 その声が聞こえた瞬間、僕は後方を振り返っていた。

 

「練習が早く終わったので、顔出しておこうかと……」

 

 短めの茶髪。赤い縁の眼鏡。誰に対しても変わらない敬語。

 

 本当は、この後も他の女子で確認してみようかとも思っていたけれど、これ以上は無意味だと感じた。

 こんな反応をしてしまう相手なんて、二人も三人もいるわけがないのだから。

 

「あ、山科君、お疲れ様です」

 

 その言葉が聞こえるだけで、心臓が早まるのを理解した。

 

「お疲れ様、です」

 

 この気持ちにどんな名前が付くかなんて、もう一つしか思いつかない。

 大和さんに返事をしながら、心の中では「やっぱりそうだったんだ」という納得の言葉が繰り返されていた。

 

「今、どんな感じですか?」

「え、えっと、今のところは……」

 

 近付いてくる大和さんに決して悟られないよう、顔をそらして資料を探す。

 

 

 ――僕は、大和さんに恋をしているらしい。

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