照らされざる君に   作:山石 悠

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8/6(月) 「君のためにできること/貴方のためにできること」

 どうやら僕は大和さんに恋をしているらしいと気付いて、一日。

 恋をすると世界が色づいて見えるのだという言葉とは裏腹に、僕が手に入れたのは猛烈な睡眠不足だった。

 

「ね、むぃ……」

 

 眠い目をこすりながら、揺れる電車の中で睡魔と戦う。

 昨日はずっと眠れずにいたせいで、今朝はずっとこんな調子だ。

 

「あと、なん……えき」

「5駅ですよ」

 

 羽丘まで何駅かを確認しようとすると、その答えが返ってくる。親切な人がいたものだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ」

 

 お礼を言うと、その人は僕の隣に座った。

 

「眠そうですね」

「はい……ねれなくて……」

 

 僕が、大和さんに恋をしていることは分かった。

 

 そうすると、次の問題が浮上してくる。

 この気持ちをどこにやるのか、というところだ。

 

「着くまで寝た方がいいですよ」

「いや、でも……」

 

 きっと、好きになったのなら告白をするのだろう。

 

 でも、僕には白鷺さんの言葉がある。

 大和さんはアイドルとしての生活があり、プライベートにそんな隙を作らせるわけにはいかない。それは僕でも何となく分かる。

 

 だから、僕はこの気持ちの行き先を決めなくちゃいけない。

 アイドルということを承知で大和さんにこの気持ちを伝えるのか、迷惑はかけられないと気持ちをしまい込んでなかったことにするのか。

 

「ジブン、起こしますから」

「あー……たすかり、ます……」

 

 赤べこみたいにガクガクと振り続けていた首を落とす。

 

「おやすみ……なさい」

 

 “気持ち()”の次は、“行動()”を決めないといけないのだ。

 

 

 

 

 

 流れるように寝入った山科君を見ながら、いろいろと働いて大変だったんだろうなと思う。

 

 横から見える山科君の顔は、いつもの穏やかながら瞳に熱が籠った姿とは打って変わり、どこか幼さを感じさせた。

 少し長めの黒髪は整髪料を使っている様子もなく、癖がないからさらりと重力に従って垂れたままだ。

 

「お疲れ様です」

 

 そう言ってみると、電車の揺れにつられたせいで力なく落ちている頭が横に揺れる。まるで、いつものように「いえいえ」と言っているようで、思わず笑みがこぼれた。

 

 趣味というのは人を仲良くさせるのにはうってつけなんだと、彼との日々を思い出す度に思わされる。

 以前は、機材の話を人とすることができなかった。パスパレに入ってからはイヴさんや日菜さんが聞いてくれるようになったけれど、それは語り合えるという意味ではない。

 

「……あか、つよすぎ……」

 

 そういう意味では、機材の様々なことを同じような熱量で話し合うことができる山科君という存在は、大和麻弥(ジブン)の中で大きいものになっているのだと思う。

 様々な舞台機材の世界に足を踏み入れて、少しずつその存在を知っていく山科君の姿はいつかのジブンを思い出させてくれる。

 

 この趣味を受け入れてくれる人達ができて、とうとう語り合える仲間までできた。

 これはとても素敵なことで、得難い存在だと思う。

 

 ……だからこそ、その距離感は考えなければならない。

 

「ジブンは、アイドルなんだから」

 

 思い出されるのは、前に千聖さんに言われた言葉。

 

 ジブンはパスパレのドラマーで、れっきとしたアイドルだ。だから、そのプライベートにはある程度の注意を払うことが必要になるのは当然。

 決して、周囲に迷惑をかけてはいけないのだ。

 

 ジブンと山科君は同じ趣味を共に語り合うことができる、得難い友人だ。

 だからこそ、その距離感を間違えれば周囲からは問題として捉えられてしまうことがあるかもしれない。そうなってしまえば、その被害はジブン一人では決して済まない。パスパレのみんなも、山科君も巻き込んでしまうことになる。

 

 ただでさえアイドルらしくないのだ。

 まだまだパスパレのみんなにも応援してくれる人達に対しても胸を張れるジブンでいられないのに、そうした責任問題すらまともに扱えなければ、それこそ中途半端どころではない。

 

「それだけは」

 

 それだけは、絶対に嫌だ。

 

 山科君への迷惑を考えるなら、最低限の関係にするべきなのかもしれない。少なくとも、この舞台が終わった後も会い続けるのはあり得ない選択肢だ。

 でも、彼との関係をこの一夏だけのものにするにはあまりにも惜しく、ジブンはその魅力を知ってしまった。

 

 誰かと一緒に何かをやる楽しさはパスパレを通して知っていて、それで満足できていると思っていた。なのに、その上でジブンは「もっと! もっと!」と強欲に、彼との舞台を一緒に作る魅力に惹かれていた。

 山科君がいて、涼さんがいて、みんながいる舞台を彩るのは楽しすぎるのだ。

 

 この魅力に、どうして抗えるだろう。

 

「あ、後一駅」

 

 電車が止まり、もうすぐ着くことに気が付く。隣の山科君はまだ眠っていて、起きる様子は見せない。流石にそろそろ起こさないといけない頃だ。

 

「あの、山科君」

「ん……まだ、ねる……」

 

 その言葉で手が止まる。

 彼や涼さんに負担をかけているのは、まさにジブンがライブの準備で参加できる時間が減ってしまっているせいだ。

 

 裏方の進行予定はもらっている。

 最終調整を済ませないといけないこのタイミングに限ってライブの準備で参加できない。これは、ジブンのわがままが引き起こした問題だ。

 

 そう思ってしまうと、彼を起こすことができない。

 

「あ、」

 

 そして、ジブンの中途半端さにまた気付く。こういう時は、些細なことも自己嫌悪の材料になってしまう。

 パスパレのドラマー(アイドル)としても裏方(ただのジブン)としても中途半端で、どちらも掴み取ることもできないまま。

 

 両方を取れないなら片方に決めてしまった方がいいのに、そうすることもできないジブンに対して、言いようのない嫌悪感が胸にうずいた。

 

 

 

 

 

 作業合間の休憩時間になり、飲み物でも買おうと自販機に向かうと、そこには飲み物を買おうとしていた大和さんがいた。

 視界に入っただけで心音が加速するのを自覚する。

 

「大和さんも休憩時間ですか?」

「はい。山科君もですか?」

「ですね。喉乾いちゃって」

 

 大和さんがしばらく自販機を見つめてから、前を開けてくれた。まだ決まっていないらしい。

 僕は小銭を入れてランプが付くのを確認する。

 

「悩んでる感じですか?」

「そうですね。山科君は何にするんですか?」

「スポーツドリンクですかね。部屋、窓開けてても暑いし……」

「汗かいてますしね」

 

 エアコンは学校側が一括で管理しているので、むやみに付けることはできない。だからこそ窓を開けているのだけど、それでも吹き込む風は熱を帯びていてどうにも涼しくならなかった。

 そして、とどめと言わんばかりの人口密度の高さは、かなりの地獄を生んでいた。

 

「室内と言っても、あれだと流石に熱中症になりますよ」

「確かに。気を付けてくださいね」

「それはもちろん」

 

 スポーツドリンクでも二種類あるのに気付いて手が止まる。

 

 ちょっと、あることを思いついた。

 僕はボタンから手を離して大和さんの方を振り向いた。

 

「大和さんは、結局どうするんですか?」

「ジブンもスポーツドリンクですかね」

「どっち派です?」

「右の方の」

「なるほど」

 

 とりあえず、大和さんが指さした方のボタンを押す。すぐにガコンと音を立ててドリンクが受け取り口に落ちてくる。

 僕は、それを取り出して大和さんに差し出した。妙に顔が熱いのは、決してこの気温のせいだけではないだろう。

 

「はい、どうぞ」

「え?」

「朝のお詫びです」

 

 今朝、電車で眠っていた僕は一駅分寝過ごしてしまったのだ。

 そして、一緒に座っていた大和さんをそれに付き合わせてしまったのだ。朝にもたくさん謝ったけれど、流石にそれだけでは足りないと思っていた。

 後は、きっと見栄だ。

 

「でも……」

「まあ、大した金額じゃないですし、お気になさらず」

「……ありがとうございます。次はジブンが奢りますから」

「お詫びだから、返さないでくださいよ」

 

 そうは言いつつも、気持ちは分かるので隙を見せないようにするように気を付けることにしよう。大和さんが忘れてしまえば、何の問題もない。

 僕はそっと自分の分も買ってお釣りを回収した。

 

「戻りましょうか」

「はい」

 

 先に行く大和さんの背を少し見つめる。

 何が嬉しいのかはよく分からないけど、でも確かに嬉しいと感じている自分がいた。こういう感情が恋なんだろうか。短くても言葉を交わせるだけで幸せを感じてしまうような、これが。

 

「…………」

 

 少し遅れて、その背中を追いかける。

 

 僕がどんな行為を選択するにせよ、幸せが心に注がれるようなこの感情を恋と呼ぶのなら。今はこの日常を、苦しいほどギュっと抱きしめたくなった。

 

 

 

 

 

 筆を持ちながらぼうっと大和さんのことを目で追っている自分に気付き、慌てて視線をそらした。

 

「もうちょっと……」

 

 周囲に気取られないように視線を手元に集中させながら、少しずつ作業を進めていく。

 

 もともと、大和さんのことを目で追ってしまう回数は多かった方だという自覚はある。少なくとも、部活動の中で一番追っている時間も回数も大和さんが一番だった。それは、調べるまでもなく明らかだろう。

 そして、今日――恋心に気付いてから――は、それが顕著であることもまた明らかな事実だった。

 

 周囲に恋愛をしている人があまりいない上に自分も恋愛経験がからっきしということもあり、この気持ちを持て余している自分がいるのは否定できない。

 今までは意識していなかったのが鎖のようなものだったのだろうけど、こうして自分の感情を理解してしまった今となってはそれもない。完全に自分の感情に振り回されっぱなしだ。抑え方が分からない。

 

「山科君、今どんな感じ?」

「もうすぐ終わるよ」

 

 幸いなことに、今はまだこの気持ちを誰かに悟られている、ということはないと思う。演劇部で少しは演技の練習をしたおかげかもしれない。

 知られてしまった日には、それこそどうしたらいいのか分からない。

 

 線だけ描かれた布に絵の具を塗りたくり終えると、絵筆を近くのバケツに突っ込んで数度ゆすぎ、布で水と絵の具を拭き取る。

 そして、反対側の方を担当していた葛西さん手を上げて終わったと合図する。

 

「お疲れ」

「お疲れ様。いったん、乾かそうか」

 

 今回使用した画材は布で、絵の具はアクリルガッシュを採用した。

 

 絵を描く、色を付ける、と言ったところで様々な種類や方法がある。

 水彩、油絵、アクリル、墨、ペンキ、変わり種なら色紙を切り貼り……と、知識の浅い僕ですら指折りしていけばそれなりの数が挙がり、これに対して、筆で塗る、漬けて染める、スプレーを吹きかける、という方法が出てくる。

 その時々、作りたいものと環境によってそれらは容易に変更していく。

 

 今回は“布に塗れる絵具”、“すぐに乾いて平台に貼れる”、“低予算で済む”の三点が大きなポイントだった。その点で言えば、アクリルガッシュは都合のいい絵具と言えた。

 まず、アクリルガッシュは近隣の中学の美術の授業で採用されており、既に持っている人が多かったために買う必要がなかった。そして、布に塗れて乾くのが早い。また、耐水性もあるので何かあった時に濡れても問題ない、等も挙げられる。

 

「少し休憩にして、乾いたら平台に貼ろうか」

「うん」

 

 布に描かれたレンガのタイルを見る。

 近くで見ると、完全にべた塗りしているので綺麗ではない。ただこれは背景素材の一つであるため、リアリティよりもはっきりとレンガだと分かるような色の強さが必要だった。その点で言えば、綺麗に描けていると思う。仮に違和感を覚えるとしても、乾いていれば上から色を塗りなおすこともできるので修正もしやすい。

 

 後は、これを平台の側面に張り付けて花壇の代わりにして、舞台後方に設置して終わりだ。

 

「張り付けるのは釘だっけ?」

「うん、その予定」

 

 それなりに強力だし、釘を抜くだけで済むので今のところはそれを想定している。それに、これなら複数公演で使いまわすこともできるというのも魅力的だ。

 今回は素材を出した羽丘側に置いておくことになっている。

 

「他のところの進捗はどうかな?」

「悪くはなさそう。他のところも終わりそうだね」

 

 今回、布は4枚用意してみんなでそれを一気に塗った。見れば他もすでに終わろうとしているか、僕達よりも少し早く塗り終わった、といったところだろうか。

 

「みんな、塗り終わったら平台と釘を出して一度休憩しようか。私達が平台取ってくるから、釘の用意してて」

 

 葛西さんが声をかけて、僕と葛西さんは平台と釘を探しに移動する。釘は部室の隅に置かれているのを見たことがあるのが、平台を見た記憶はない。

 見たことがない、ということは隣の倉庫になっている部屋にあるのだろう。

 

「平台って隣?」

「うん、そうだよ」

 

 その肯定を聞いて、僕達は隣の部屋に移動する。

 

 部室から出ると、葛西さんが「そういえばさ」と僕に声をかけた。

 

「山科君って、麻弥ちゃんが好きなの?」

「ん゛ん゛っ!?」

 

 リズムを崩してよろけた。

 

「やっぱりそうなの?」

「な、なんで……?」

 

 バレバレだった? そんなに?

 

「だって、いつも麻弥ちゃんのこと見てるし、昨日の反応なんて露骨だったよ?」

「あ、いやそれはその」

 

 慌てて反論しようとするけど、言葉が出てこない。

 これでは肯定しているのと何も変わらないじゃないか。

 

「まあ、みんなはそんなに気にしてないと思うけど」

「……そうなの?」

 

 それは吉報だ。

 

「うん。多分、気付いてるの私だけだよ。このままだとどうか分からないけど」

「そうだよね……」

 

 それは、自覚している。

 

「他のみんなは割と自分達の方が気になったりしてる感じだろうし。恋に部活に、大忙しだね」

 

 他人事みたいに葛西さんが笑いながらドアを開けた。中に入る。

 

「まあ、今から気を付ければ同じ趣味の友人ができてテンション上がってる、くらいで済むよ」

「……気を付けます」

 

 奥に進むと、平台が置かれているのが見えた。

 特に前方に邪魔になりそうなものがあるわけでもないし、そのまま持ち出せそうな感じだ。

 

「そっち持ってもらっていい?」

「うん、任せて」

 

 せーので持ち上げる。一人でも持てるけど、葛西さんが持てるかは分からないし二人で行った方が安全なのは間違いない。

 足元に注意しながらゆっくり進む。

 

「そういえば」

「なに?」

 

 僕は、葛西さんに一つ疑問をぶつけた。

 

「いつから、僕が大和さんのこと好きだと思ったの?」

「え? ……明確にいつってわけではないけど、少しずつそう感じることが多かった、って感じかな」

「そうなんだ」

 

 葛西さんの言葉で、少し納得する。

 明確に気付いたのが昨日というだけで、僕はもう少し前から大和さんのことが好きだったのだろう。それこそ、初めて会った時から。

 

「それで告白す(コク)るの?」

「えっと、それは……」

「まあ、麻弥ちゃんそういうの興味なさそうだしねー」

 

 それは確かにそうだ。

 大和さんが誰に恋しているとか、そういうイメージは全然わいてこない。

 

「頑張るなら、私応援するよ?」

「え?」

 

 葛西さんの言葉に思わず声を上げた。

 

「そういうの見てるの好きだし。麻弥ちゃんと山科君、普通にいい感じになると思うし」

 

 葛西さんの顔を見る。

 いつもと変わらない表情のせいで、葛西さんが何を思ってそんなことを言い出してくれているのかが分からない。善意なのか面白がっているのか、まるでこの前の白鷺さんに翻弄されていた時みたいだ。

 

「頑張るなら、いつでも声かけてね」

 

 葛西さんは、ポーカーフェイスのままウインクを飛ばしてくる。

 

 そこから感情を読み取ることなんて、僕程度には全然できやしなかった。




どうなるんでしょうね。先を知っているとは言いつつも、自分自身もドキドキしながら書いてます。正直、ちゃんと恋してる感じ出せているのか分かんないです。絵具の話してる時の方が10倍くらい自信あります。
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