音響や照明を含めた通しでの練習があり、翌日。
昨日で部活の疲労が限界を迎えたのか、帰ってきた瞬間にベッドに撃沈した。今朝は、そのせいもあっていつもより少しだけ早く目が覚めた。
寝すぎて逆に怠くなった体をゆっくりと起こしてスマホを見ると、ロック画面には大量の通知が付いている。
「うぅ、寝すぎた」
今日からは大和さんがライブの方に向けて準備しなければならないため、練習には来れなくなる。次に会うのはライブのタイミングになるだろう。
いや、ライブはライブで忙しいかもしれないし、もしかしたら盆明けになるかもしれない。
そのことに気付くと、少しだけ気が重くなった。
「はぁ……」
最長で一週間は会えないかもしれないという事実に気分を落としながら、バッジ通知*1が来ているアプリを起動していく。
「……ん?」
通知はよく動く友人や部活のグループばかりだったけれど、今日は珍しく大和さんの名前が並んでいた。
中身を確認してみると、大和さんの要件は『週末のライブのチケットを渡し忘れていたから、空いてる時間帯を教えてほしい』とのこと。
「あー……」
ライブに行くのはもちろん、演者に誘ってもらうことなんて経験がない。アイドルバンドのライブだからドレスコードとかはないと思うけど、確かに準備をしておく必要はあるだろう。
舞台の準備が忙しすぎて、完全に失念していた。
「まあ、細かい準備は兄さんに聞くとして」
とりあえず、チケットの受け取りだけは済ませないといけない。僕は練習以外すべて空いてるから、どちらかといえば大和さんの方に合わせた方が都合がいいだろう。
その旨を大和さんに送って予定を確認する。練習終わりか休みの日……いやでも、直近になるのは大和さんにも迷惑だろう。行くのは今日明日辺りで済ませたい。
一度スマホを置いて着替えに手を伸ばすと、再びスマホがバイブレーションする。先に着替えだけを済ませて手に取ると、大和さんから返事が来ていた。
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メッセージを送ってから今日の部活の終了時刻を確認し、部屋を出る。
我ながら現金な話だけど、大和さんに会えるのだと思うと少し気持ちが上向きになった気がした。
「ねぇ、山科君」
練習の合間の休憩時間。
「聞きたいことがあるんだけどさ」
「何?」
外に飲み物を買いに出ていると、一緒に来ている葛西さんが声をかけてきた。
「15日……部活休みの最終日なんだけど、予定ある?」
「休みの最終日? 何もないよ」
この夏の予定は特にない。
いや、正確に言うなら、この夏の予定も特にない、だろうけど。
「なんか残ってる作業があった?」
「ううん、別にそういうわけじゃないの」
「別件?」
「うん、個人的な用件。だから、その日は空けておいてくれないかな? 詳しくはまた連絡するから」
「いいよ」
スマホのカレンダーに、“葛西さんと出かける?”とメモをする。
葛西さんとは個人的なことを話すことは多くないので、こうやって誘われるのが意外だった。
……もしかすると、大和さんとの件だろうか。催促されているわけではないけれど、早めに答えを抱いておいた方がいいのも事実ではある。
入力を終えてスマホをしまうと、自販機の前に到着した。
葛西さんに手で「お先にどうぞ」と先を促してラインナップを眺める。葛西さんは買うものを決めていたみたいで、すぐにお金を入れてボタンを押した。
「後、このことは他言無用だからね。知られると面倒だし」
「どういうこと?」
「私、盆休み中はお爺ちゃんの所に行ってるから遊びに行けないってことになってるの」
「最終日に帰ってくるんだ?」
それにしては妙な言い回しなことに首を傾げつつ、自販機の前に立ってとりあえずお金を入れた。
「鈍いなぁ、山科君は。……お爺ちゃんの所には行かないの」
「え?」
「ちょっと青蘭の人に誘われたりしちゃってね……」
「ああ、なるほどね」
事情は大まかに理解した。
デートに誘われたけど帰省を名目に断ってるから、僕と出かけることを知られると面倒なわけだ。
脳裏には、候補になりそうな数人の姿が浮かぶ。
まあ、誰だったとしても居心地が悪いのは間違いない。青蘭のメンバーから仲を取り持ってほしいとか頼まれてたのをはぐらかしてたけど、ちゃんと断っておいてあげた方がいいかもしれない。
「それにしても、葛西さんってモテるんだね」
「んー、まあ、ミステリアスで可愛いし?」
「確かに」
ツッコミを期待した言葉だったんだろうけど、あえてスルーしながら自販機のボタンを押す。
実際、その評価は別に間違ってない。
ミステリアスに感じるのは一緒に活動するのが僕や大和さんばかりで話す機会が多くないからだろう。容姿に関しては、クールな雰囲気の美人な上に、髪型やシュシュの種類が毎回変わるのもオシャレだと思う。
少なくとも、僕はそういったオシャレは舞台美術としてしか興味がないので、自分を着飾るなんてやろうとも思わない。
「ちょっと。ツッコミしてくれないと恥ずかしいんだけど……」
「ごめんごめん」
本当の葛西さんは、工作好きで悪戯っぽくてよく表情の変わる人だ。
特に、アクセサリー作りの話になると熱がこもるあたり、不思議と親近感がわく。好きなものに熱中している姿は、ライトの前の僕やドラムについて語る大和さんみたいに“好き!”という感情が溢れ出している。
自販機から買ったスポーツドリンクを取り出して振り返る。
「っていうか、モテるだけなら山科君もそうじゃないの?」
「僕?」
「うん。うちのメンバーが噂してるの聞くもん」
僕は聞いたことないんだけど。
「落ち着いてて、困ってるタイミングでさりげなくフォローが入るのがいいんだって」
「まとめ役だから、見てなきゃでしょ?」
「だとしてもだよ」
反論をその場で止められて何も言えなくなる。
「だから、もしかしたら予想してない誰かからアプローチが来ることもあるかもね」
「え?」
思わず声が出る。
そんなことされたら、どんな反応をしていいのか分からなくなってしまう。
「少なくとも、そんな困った顔しちゃダメだからね」
「は、はい」
確かに、こんな表情をすれば傷付けてしまうだろう。それくらいは分かる。
「……っと、もうこんな時間」
「そろそろ戻ろうか」
「だね」
大和さんがいないので今日の練習は照明だけになっているが、夕焼けの色作りはかなりモノになり始めた気がする。
練習中はずっと細かい修正を繰り返しているけれど、監督や役者陣のお墨付きもあり、最初よりも遥かにいいものになっているとは思う。……ただ、同じ色を見すぎて色覚が狂っていないかだけが不安の種ではあるけれど。
「色は他の裏方のみんなにも一回見てもらって、そこで考えようか」
「そうだね」
道具や衣装制作の方はほぼ完了した。後は、ベンチのウェザリング等、当日付近で行うモノやブラッシュアップとして行うことしかない。
こちらに関しては、熱心にやってくれたみんなに感謝するばかりだ。
「じゃあ、休憩して元気も回復したし、この後も頑張ろっか」
「だね。残った課題もなんとか解決できるようにね」
もう終わりかけの照明の色の件もそうだけど、暑い体育館で二時間公演をする方法等も残っている。
みんなで頑張ればきっと終わる内容だ。
キャップを開けて、口を付けないように気を付けて飲む。夏の暑い時期は口を付けると、そこから雑菌が繁殖しやすい。特に、体育館みたいな暑い場所でのスポーツドリンクは酷いことになる。
そんな雑学を、先日の練習をきっかけに知った。
「よし、行こう」
キャップを閉めて駆け足気味に体育館へ向かう。
不意に吹き抜けた風に涼みながら、今ならなんだってできそうだなんて思った。
部活が終わり、僕は家の最寄り駅ではなく、市街地の方の駅に出た。
大和さんに連絡したところ、まだ事務所にいる様子だったので僕の方が受け取りに行くことにしたのだ。
「結局、出たんだろうか……」
もうすぐ出る、というメッセージ以降、既読はついてない。
とりあえず、もう一度メッセージを確認してみる。
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相変わらずリアクションがないので、パスパレの所属事務所の場所を調べてそちらに向かうことにする。
僕が大和さんの名前を出して事務所に入れてもらえるような気はしないけど、現状そうするしかないだろう。
地図アプリで表示した行先を確認しながら、とりあえず歩き始める。
「えっと、この向きだから……」
この場所に来るのは、一週間ほど前にあった舞台の見学会以来だ。あの時は原田さんに案内してもらって、宮川さんの舞台を見せてもらった。
それに、プロにならないかと誘われたりもしたっけ。
「すみません、通ります」
お盆の時期が近くなり帰省ラッシュに衝突するこの時期、地方に向かう起点となるこの駅はかなりの人が行き交うことになる。
定期的にスマホに通知が来ていないか確認しながら歩いていると、反対方向に向かう二人組の女性の話し声が耳に届いた。
「パスパレがいるなんてびっくりだよね」
「ほんとほんと、私すごくびっくりしちゃった」
思わず振り返るが、向こうは僕に気が付くことなく流れに乗って雑踏に消えていく。すぐに人の間を縫うようにして先を急ぎながら、先ほど聞こえてきた会話の内容について考える。
今、確かにパスパレと聞こえた。
僕が知っているパスパレだとしたら、大和さんが連絡できなかったのはファンの人に見つかって捕まってしまっていたからってことになる。
「ありがとねー!」
人が事務所のあるに向かいながら、歩いていると途中で今しがた解散したような人だかりが目に入った。中心には三人の女の子が立っており、去っていく人だかりに向かって手を振っている。
そして、そのうちの一人に目が留まり、ほっと息をついた。
僕はその三人組にゆっくりと近付いて、そのうちの一人──大和さん──に声をかけた。
「大和さん」
「あ、はい。……って、山科君!? どうしてここに!?」
「いや、大和さんからの連絡がなかったので、事務所の方まで伺おうかと思いまして」
スマホを出してトークの画面を見せると、大和さんが自分のスマホを取り出して通知を確認する。
「す、すみません! 完全に見てなくて」
「出たら、なんかすぐにファンの人に捕まっちゃったもんね」
「ファンの方を無下にするわけにもいかず……」
「それは、日菜さんがあんなに目立つからじゃないですか!」
日菜さん、と呼ばれた女の子が照れたように笑っており、もう一人の外国人? ハーフみたいな女の子は申し訳なさそうにしている。
どうやら、彼女もパスパレのメンバーらしく、名前は確か……
「何でもできちゃう天才肌な日菜さん、と、武士道が好きなフィンランドから来たイヴさん、だっけ?」
「はい! 若宮イヴと申します! よろしくお願いします!」
「ご、ご丁寧にどうも。山科遥です、よろしくお願いします」
若宮さんの礼に思わず体が動く。日本語もかなり丁寧だったし、そういえばサインもかなりの達筆だったのを覚えている。真面目な人なんだろうというのが第一印象だ。
……で、問題はもう一人の方。
「あの、えっと」
「ん? どうしたの?」
「そんなにまじまじと観察されると、どうしたらいいのか分からないんですけど」
僕と若宮さんが話をしている間、ずっと僕の方をじっと見つめているのだ。ここまで隠すことなくじっと見つめられると、流石に恥ずかしさというか居心地の悪さを感じてしまう。
「すみません、山科君。これから会うと話したら、会ってみたいと……」
「ああ、なるほど」
白鷺さんの姿が脳裏をよぎった。このままだと、パスパレのメンバー全員と会うことになってしまうのではないかという気さえしてくる。
後会っていないのは、ドジが多いけど夢を諦めずに頑張ってアイドルになった彩さんだけだ。
「ねぇねぇ、麻弥ちゃん」
「何ですか?」
「この人が麻弥ちゃんに似てるっていう山科君?」
日菜さんは、僕の全身を訝し気に眺めてから首を傾げた。
「ふーん」
「えっと……」
「ねぇねぇ、どうしてライブに来ようと思ったの?」
「え?」
「なんで照明が好きなの? 麻弥ちゃんのサインだけでよかったのはなんで?」
「ちょっと、日菜さん!」
唐突な質問の連続に思わず戸惑う。
なんていうか天真爛漫な、アイドルっぽい可愛いタイプの女の子かと思っていたけど、全然そんなタイプではなさそうだった。
「あたし、彼と麻弥ちゃんが似てるようには見えないんだよね」
「そうですか? 私は、マヤさんみたいに礼儀正しい方だと思いますよ」
「イヴちゃんの言いたいことは分かるんだけど、なんていうか彼はポカーンって感じなんだよ」
「ポカーン、ですか?」
「そうそう」
日菜さんは、若宮さんの言葉に同意しながらも何か思うところがあるらしく、訝し気な視線を僕に向けている。
僕も彼女の方を見つめ返すと、その黄色い瞳には戸惑った表情の僕が映っていた。
「ねぇ、麻弥ちゃんに似てるって、自分でも思う?」
白鷺さんには演技という裏打ちされた技術を以ってすべてを見抜かれていた。だけど、日菜さんはそういうタイプには見えない。役者としては技術で演技をしないタイプだと思う。
確かに違うのだと理解はしているというのに、その底知れなさは白鷺さんよりも恐ろしい。
ホラーは分からないことこそが恐怖につながるらしいけど、日菜さんに対して感じているのはまさしくその類だった。
「僕、は……」
白鷺さんのように釘をさすことなんて考えてすらいないだろう。もしかすると、応援すらされてしまいそうな予感すらある。
だからこそ、彼女が何を知りたいのかが分からない。
「僕は、そんなに似ていないと、思っています」
ただ事実を述べる。
新しい場所へ踏み出すことができて、なりたい自分がある大和さん。
今いる場所から動くことができず、夢すら見つけられない僕。
似ているかなんて、明白だった。
「大和さんは僕より機材に詳しいし、ドラムもできちゃう凄い人ですからね」
取り繕うように言葉を重ねる。
この感情は、大和さんへの恋心以上に知られてはいけないものだ。
「こんな答えで、大丈夫ですか?」
「ふーん……そっか」
日菜さんは何か納得したように小さく一つだけ頷いて、若宮さんの手を取った。
「じゃ、行こっか、イヴちゃん」
「どこにですか?」
「帰るの。……じゃ、麻弥ちゃん、山科君、またねー」
「ひ、ヒナさん! えっと、お二人とも、またー!」
手を振りながら二人があっという間に遠ざかっていく。
結局、僕に何を聞きたかったのかも分からないし、何に納得したのかも分からない。
「い、行っちゃいましたね」
「そう、ですね」
二人が去っていった方角を呆然と見ながら、大和さんの返事をする。
そして、お互いに顔を見合わせて一息。
「えっと……そういえば、チケットを渡すんでしたね」
「あ、そうでした。わざわざ来てもらってすみません」
「いえ、僕の方こそ何も聞かずにいてすみません」
大和さんがカバンからチケットの入ったクリアファイルを取り出した。
「これ、チケットとパンフです。後、ライブには行ったことないってことでしたから、必要そうなものはまとめてますから参考にしてください」
「本当ですか? わざわざありがとうございます」
「いえいえ、誘ったのはジブンですから」
大和さんは何でもないようにそう言うけど、ライブに必要なもののリストはしっかりと作られている。
これがあれば、ライブに行くのに不都合はないだろう。
「当日は、これをパンフで印をつけた受付に持って行けば問題ないはずです」
「なるほど」
実際にパンフも確認しながら大和さんの説明を確認する。
じっとパンフレットを眺めていると、大和さんが「あっ」と声を上げた。
「路上で立ち話するのもよくないですね。山科君は時間ありますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「もしよかったら、どこかお店に入ってでもいいですか?」
「大丈夫です」
「なら、一度移動しましょうか」
頷き、クリアファイルをカバンにしまう。
「せっかくですし、今日の練習の話も聞かせてもらえませんか?」
「もちろん」
今日は盆休みまでに立ち練習ができる最後の機会だったので、その辺りのことだろうか。照明の問題はかなり解決したので、残りは体育館の気温のこと等、いくつかの問題についてだ。
特に、体育館の気温については解決策が出ていないので、要検討といったところだろう。
「とりあえず、ファストフードでいいですか? ジブン、ちょっとお腹が空いてしまって……」
「練習、大変みたいですしね」
苦笑を漏らしつつ、大和さんの後をついていく。
こうして二人で話す時間ができたことに心が弾むのを自覚しながら、僕は日菜さんのことをいったん忘れた。
パスパレのメンバーと出逢う19話です。この話というよりは先の話の伏線みたいな感じでしょうか。
それと、実は以前の話では既に実装済みなのですが、某アプリ風のチャット画面を実装してみました。
極力見やすい形になるようにしているつもりですが、見にくいようなら感想やDMに投げていただけますと幸いです。あまりにも反応が悪いなら使わない描写に変更することも考えています。