大和麻弥、という彼女の第一印象は「可愛い人だな」だった。
街を歩けば誰もが振り向くような華やかさはない。しかし、しっかりと彼女を見れば美少女なのはよく分かった。
正直に言って、下手に話しかけにくい一般的な美少女よりも僕の好みのタイプだ。
はっきり言おう。
今、すごくドキドキしている。
「……どうかしました?」
「え!? あ、いや、別に、何でもないです」
ずっと見つめてしまっていたかもしれない。これは気を付けないと、変な人だと思われる。
「えっと、大和さんが裏方の担当ですか?」
「はい。ジブンがいろいろさせてもらってます。山科君も、裏方の担当ですよね?」
「そうですね。こっちの機材をいろいろ触らせてもらうと思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
軽く会釈すると、新藤さんが大和さんに声を掛けた。
「麻弥ちゃん。遥君を体育館に連れて行ってあげて。設備を見てもらった方がいろいろと早いと思うし」
「分かりました。……ということですけど、行きますか?」
「ええ、ぜひ!」
早速、ここの機材を見せてもらえるらしい。
思わず笑みがこぼれる。
「山科。あんまり機材について質問しまくって迷惑かけるなよー」
「わ、分かってるって」
「え?」
「ん?」
高橋に言い返したタイミングで隣から大和さんが驚いたような声を上げた。
気になってみてみれば、少し嬉しそうな表情をしている。
「山科君、機材には詳しいんですか?」
「え? 詳しいって程ではないですけど、割と好きです」
「そうなんですか!? ちなみに、どんな機材が特に?」
「照明機材ですね、特にスポットライト。一番触ることが多いので、思い入れが深いというか」
「いいですよねぇ! やっぱり普段よく触るものってこだわりが多くなりがちっていうか、できるなら自分でカスタムしたくなるというか──」
大和さんが一気に明るい表情をして饒舌になる。先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこに行ったのか、とてつもないスピードで飛んでくる質問に少し戸惑ってしまう。
これが、彼女の素?
「ま、麻弥ちゃん! 暴走しかけてるよー!」
「はっ!? ……すいません。ジブン、そういう機材が好きで、つい熱くなっちゃうと言いますか……フヘヘ」
大和さんが少し照れた笑みを見せた。
そんな印象はなかったけれど、かなり詳しい人らしい。意外な気もするけど、こうして聞いてみると納得している自分もどこかにいる。
「そ、それじゃ、さっそく体育館に行きましょうか」
「はい、お願いします」
演劇部を出て体育館に移動する。
土曜日で少しは人数が減っているようだが、たまに通りすがる度にこちらを見られる。
「うちは女子高ですし、やっぱり男子がいるのは珍しくて」
「ですよね。逆でもやっぱりそうなっちゃう気がします」
軽い雑談を挟みながら移動する。機材の話は、またヒートアップしてしまうから避けているらしい。
「大和さんは、機材以外に何か好きなものとかあるんですか?」
「趣味とかですか? ドラムをやってます」
「へぇ、バンドとかされてたり?」
「してます。山科君はバンドとか詳しいんですか?」
「全然です。音楽はあんまり得意じゃなくて。楽譜もろくに読めないし、今ではリコーダーすら吹けないでしょうね」
「ジブンも、リコーダーはちょっと自信ないかもしれないです」
興味がないわけではないけれど、何となく縁遠い世界だし触れたことはない。
兄さんは、そういうロックなのとかバンドとか詳しいらしいから曲は聞いたことあるが、その程度だ。
「大和さんのバンドって、何て名前なんですか?」
「pastel*palletsっていうバンドです」
「かわいらしい名前ですね」
聞き覚えはない。
「ガールズバンドなんです」
「ガールズバンド? 女の子だけとか、そういうことですか?」
「はい。女性だけのバンドをそういうんです。ジブンはドラムをさせてもらってて」
「へぇ。じゃあ、他のメンバーもこの学校の人ですか? やっぱり、学祭で演奏したりとか?」
「いえ、学祭には出たことないですね。メンバーも他の学校の人もいますし」
「あ、そうなんですか」
他の学校の人もいて学祭にも出たりしないのか。思ったより、本格的なバンドだったりするのだろうか?
後でちょっと調べてみよう。
と、思ったところで大和さんがクスリと笑った。
「山科君、あんまり詳しくないんですね」
「え?」
「あ、ここです。たぶん、他の運動部が練習してるかもしれないのであんまり大掛かりな操作はできないかもしれないですね」
「あ、はい。今日は最初ですし大丈夫です。また、どこかで触れれば」
……何が詳しくないんだ?
体育館の中では、バスケ部やバレー部が練習中だった。
ここでもやっぱり、男子が珍しいのか注目を集めてしまう。
しばらく立ち尽くしていると、バレー部の方から女子生徒がやってきた。
「大和ちゃん、これから演劇部の練習?」
「今度の公演は青蘭高校の演劇部と一緒にすることになってまして、案内してる途中なんです」
「そうなんだ。薫様はやっぱり出るのよね?」
「本人はそのつもりだと思いますよ。『かのシェイクスピアも言っている。「名前とはいったい何? 他のどんな名前で呼んでも、薔薇は甘い香りを放つでしょう」つまり、そういうことさ』って言ってましたから」
大和さん、意外とモノマネが上手だ。
瀬田さんのことはほとんど知らないけれど、それでも彼女の特徴を感じさせる話し方だった。
「やっぱり出てくださるのね! 分かったわ。他の部活には私からも話をつけておくから、自由に練習して」
「ありがとうございます。さ、行きましょう、山科君」
「あ、はい」
体育館の端の方を移動しながら、少し大和さんに顔を近づける。
「あの、瀬田さんって有名人なんですか?」
「薫さんは、この学園の王子様みたいな人で、すごい人気なんですよ。ファンクラブとかもあるくらいで」
「そういうの、本当にあるんですね」
「ええ、薫さんは演技力もある方ですし、うちの演劇部の花形です」
体育館のステージ前に着くと、大和さんは「こっちです」とステージの中央に立った。
「まず、照明の簡単な説明から始めますね」
「お願いします」
大和さんに頭を下げると、大和さんはぐるっとステージの周りを見渡した。
「えっと、この体育館にある照明器具は4種類ですかね。まず、頭上にあるボーダー」
ボーダーはステージの上からステージを照らしてくれるライトだ。
ステージ全体を明るくする役割がある。この学校の体育館はカラーフィルムを入れることで、ステージ全体の色調を三原色の組み合わせで変えることができるらしい。
「ボーダーは3つごとで一纏まりに設定されていて、3つの明るさを組み合わせて照度を調整します。ボーダーを含め、体育館の照明器具は下手にある調光卓で一括で操作できます。客席の照明もここで調整している仕様です」
「なるほど。ちなみに、明るさの調節はどうやって?」
「普通にバーで調節できますよ」
舞台の天上部を見るが、明かりはボーダーしか見えない。サスやホリゾントはないらしい。強いて言うなら、ボーダーがこれらの役割を兼ねていくのだろう。まあ、サスの仕事はできないだろうけれど。
「後、舞台近くで使うのはフットライトだけですね。こちらはいつも、ステージ降りてすぐのあたりを台で底上げしてから設置してます。こちらもスイッチを下手の調光卓付近まで引っ張って操作するようにしてます」
「調整は効きますか? うちの高校のは、付けると消すしかないんですけど」
「調整できないの不便ですね……。うちはできますよ。ただ、普段はなかなか出すのが大変なので眠っていることも多いですけど」
フットライトは足元からステージを照らすライトで、上手く使えば舞台や役者を綺麗に見せることができるようになる。
ステージ下に台を設置してから、ということだから準備するのはそれなりに労力を必要とするかもしれない。
「ステージ周りは基本的にこの辺だけですね。続いては、体育館の向かいです。二階席の方ですね」
「シーリングとスポットライトですか?」
「よく見えましたね。そうです」
二階席、と言っているが体育館脇の二階席と比較した感じ、三階席の方が表現的には近いように見える。体育館の天上ぎりぎりの位置に設置してある場所だ。多分、あそこは客席として用意されているわけではないように見える。
「あそこは照明やら体育館の設備が置かれてる場所ですね。あそこから屋上に上がって整備をしたりすることもあるらしいです。あそこでは、シーリングの調節とピンスポの操作がメインになります」
「本番中、あそこは一人ってことですね?」
「そうですね。でも、インカムがあるので、それを使って演出が指示を出したりすることになります」
「本当ですか!? インカムあるっていいですねぇー」
「青蘭はないんですか?」
「ないですよ」
僕は基本的にあの位置で仕事をすることがメインになる。あそこは本番中に舞台の情報を得る手段がなくなるので、唐突なアドリブもすべてその場で照明を操作することになる。それができる裏方が僕だけ、という訳だ。
ちなみに、うちの高校はスマホの使用が禁止なのでスマホをインカム代わりにすることはできない。
「まあ、今回はそういうこともないでしょうから、安心してできると思います。……って、まだ山科君があそこに立つって決まったわけじゃないですけどね」
「あはは、そうですね」
何もなければあの場所に立つつもりではあるが、確定事項ではない。
「この舞台を、あそこから見れたらいいな……」
「山科君は裏方の仕事、好きなんですか?」
「好きですね。最初は、役者をやるのが恥ずかしかったからなんですが、気が付いたらこっちが楽しくなってて」
「その気持ちは少しわかります。ジブンもあまり人前に出るのが得意な方でもないですし、見栄えがいいわけでもないので、気持ちが引けてしまうんですよね。ジブンはドラムをしていることもあって音響機材が好きになって、機材を弄っている時が一番楽しい時間です」
「大和さんって、意外とマニアックというか詳しい人ですよね」
先ほどからしている照明器具の説明も、僕のレベルを見ながら説明しているのが伝わってきた。少なくとも、後半に行くにつれて説明が薄くなっていったのは間違いない。
「いえ、山科君も想像以上に理解されていましたし、説明がしやすくて助かりました。これ以上は、説明するよりも実際に触ってもらった方が早い気がします」
「確かに。自分自身で一通り操作した方が分かりやすい気もします」
習うより慣れろ、とは金言だと思う。
何があるかを説明してもらったら、後はどこがどのように動くかを自分の手と目で確認してしまった方が、より良い操作を身に付けられるはずだ。
「照明器具の操作は流石に今はできないと思うので、今は止めておきましょう。山科君は、今日は何時までいるんですか?」
「今回は打ち合わせ程度ということだったので昼で帰るくらいのつもりでしたけど、多分、柴田が帰らないでしょう」
瀬田さんと意気投合して演技熱が一気に上昇した柴田を止められる者はいないだろう。
そして、
「僕も、ここの照明を弄り倒すまでは帰りたくないです」
僕もまた、柴田のことを言ってられない立場になっていた。
結局、舞台は約一か月後の8/25の土曜日に決定した。
体育館から羽丘演劇部室に戻ってくると、高橋が僕と柴田を呼び、部室の隅で三人がそれぞれ話したことを伝えあっている。
「お互いに合同で出来る様な台本は書いてないだろうからってことで、今回は既作を使用することで一致した。俺達青蘭は山科以外が役者志望ということもあって、山科だけが裏方で作業、後は役者として役の奪い合いをすることになるんじゃないかと思う。極力、役は多めにするつもりだけど」
「俺は構わない。山科は?」
「僕も大丈夫。脚本は誰が探すの?」
「俺と新藤さんの二人。今回、演出と監督は部長二人で担当することにしようって話になってて。俺が演出、向こうの新藤さんが監督になると思う。この辺は二人で二役の方が近いかもしれないけど」
「まあ、分かりやすいな」
高橋の話に柴田がうなずく。
確かに、極力公平な立場になるようにしてあると思う。
「脚本は急だけど今週末には決めておこうって話になった。来週の頭にはまた集まって台本を発表して希望する役を聞く。そして、一週間後は全員で羽丘に来て顔合わせ兼オーディションって感じ。出だしは急だけど、始まればある程度落ち着くと思う」
「でも、高橋。そんなに急に脚本が決められるのか?」
「柴田、そこは大丈夫。実は俺も新藤さんも、話が決まった時点で先に調べてたんだ」
「用意がいいな」
「部長ですから」
高橋が自慢げに胸を張った。
出だしは順調に始められそう、ということだろう。
「幸い、お互いに今週末は一日中活動できるみたいだから、この期間に俺達三人が、みんなの混ざりやすい空気を作っていきたい。特に柴田と山科には負担をかけるけど、よろしくな」
「……俺はいつも通り芝居に集中するだけだし」
「僕も、裏方の方はできる限り把握しておくようにするよ」
「頼む」
高橋は僕らに負担が、と言っていたけれど、一番負担を受けるのは高橋自身だろう。
二つの学校のかけ橋になっている上、詳しくないメンバーと設備に対して演出と監督の仕事をしなければならないのだから。
僕と柴田の仕事は、それぞれで頑張ることだけじゃなくて、高橋を支えることでもあるはずだ。
「こんな機会、二度とないだろう。精一杯、頑張ろう」
高橋の言葉に、僕らは力強くうなずいた。
運動部の人達は4時ごろに部活を終わるので、それから設備を触らせてもらえることになった。運動部が早めに終わるのは、暑さもあるが瀬田さん効果が大きかったらしい。
運動部が終わる時間までは、簡単に音響設備や大道具関連の話を聞きつつ大和さんと時間を潰すことになった。
「大和さんは、役者で出られたりはするんですか?」
「いえ、ジブンは演技はからっきしなので。もっぱら音響関連の仕事だけですね。山科君もきっと、照明関連だけなのでは?」
「基本的にはそうですね。でも、うちは人数が少ないので裏方はもちろん、役者もやったことありますよ」
裏方の仕事は全部やったことがある。
照明、音響、演出、大道具、脚本、監督、メイク……どれもこれも、人数の少なさゆえにせざるを得なくなった仕事達ばかりだけれども。
そして、演技ももちろんしたことがある。演劇部ですもの。
「え、演技もするんですか?」
「まあ、舞台に立たないだけで、演技練習はしてるんです。最低限、みんなとレベルを合わせにいかないといけないですし、滑舌や
ただでさえ人数が少ないのだから、みんなが一つの専門を持ってなどいられない。
僕は裏方全般に加え、非常時の役者としての役割を担っている。
「大和さんはその辺の基礎練習もあんまりされてない感じですか?」
「ジブンはパスパレの方で喋ることもあるので、基礎錬のあたりは。でも、活舌だけで
大和さんが苦笑する。
でも、そうやって一つの仕事を専門としてできるというのは素敵なことだと思う。それだけの仲間がいる証拠だし、好きなことをしっかりとやれるということでもある。
それにしても、バンドで活舌練がいるのか。ライブの時とかに喋ったりするってことだろうか。漠然としたイメージだけど、そういうのはボーカルの人だけがやるものだと思っていた。
「まあ、役者はあんまりできないですけど、裏方の方はある程度知ってますから何でも聞いてください」
「ある程度知ってるだなんて」
ものすごく詳しいの間違いだろう。
この舞台がどうなるのかは想像もつかなかったけれど、この大和麻弥という女の子に会えたことは、僕のとても大きな収穫の一つになるに違いない。
演劇部の詳しい設定は、僕が演劇部をしていた頃の設備を思い出しながら書いています。
用語などは確認していますが、間違っていたら教えてください。直しておきます。
山科君がパスパレを全く知らない様子は、僕が昔AKBを全く知らなかった時のことを思い出しながら書いてる感じです。実際フライングゲットくらいまでは、このくらい知らなかったです。
パスパレの知名度ですけど、個人的には興味のない人が名前を聞いたことがあるかないか、くらいにしています。テレビを話題になり始めたくらい、でしょうか。その手の番組を見ている人なら知っている。見ないなら知らない、くらいだと思います。